201.少年
「私、ほんとにクズだ……」
「そう思うなら諦めてゲンマさんと結婚すればいいのに」
「できたらしてる! 怖い! それだけはイヤ!」
「それで嘘ついて別れるなら一緒だろ?」
「違う! このほうが……早くゲンマを解放してあげれる」
はぁ、と大きく息を吐いて、シスイは少しくせ毛の頭を掻いた。
シスイと出会ってから、二年半ほど。私たちはきっと、友人と呼んでいい関係を築いてきた。任務で一緒になることはほとんどないし、何か約束をするわけではないけど、時々こうしていつもの川原で顔を合わせて語り合う。
私は情報部の特別上忍。彼は先日、ついに上忍になったばかり。雲隠れとの間で間もなく同盟が締結される運びとなり、その準備で里は慌ただしい。砂隠れは第三次大戦のあと元々少ない資源を有効活用するためと軍縮を進め、木の葉に対して同盟関係を提案し、三代目火影はその申し出を受け入れた。
これで国交正常化が成されていない大国は、水を残すのみとなる。それは絶望的なまでに困難であると、きっと誰もが認識しているけど。
そんな中、私は自分の身勝手で招いたことに関して、こうしてシスイに泣き言を垂れていた。
シスイは仕事で知り合ったわけじゃないし、共通の知り合いも少ないから、今やこうして本音で向き合える数少ない一人だ。本部の人たちはもちろん、ガイや紅など、ゲンマとも親しい昔からの仲間たちに、こんな話はとてもできない。シスイにしか、できない。
「シスイだってどうせ、呆れてるんでしょ。最初からこんなに近づかなきゃよかった」
「まぁね。標さんは怒ってたよ。俺が止めなきゃの家に殴り込んでたかもね」
「つっ……ちょっと、標ばあちゃんに話したの?」
「俺じゃないよ。標さんは知ってたよ。がゲンマさんと別れて、結婚を諦めたこと」
別れるも何も、最初から付き合ってないんだけど。そんなことを言い訳したって、何の意味もない。私たちはここ数年、確かにまるで恋人みたいなおかしな距離感だった。付き合おうって、口にしなかっただけだ。口にしたらきっと、もっと早くに壊れていた。
そっか。標ばあちゃん、知ってたんだ。私のこと、ずっと気にしてくれてたんだな。
呆れてるよね。怒ってるよね。私が結局、大事な人じゃなくて、を選んだから。
川辺に膝を抱えて座り込む私の隣に、シスイは少し距離を開けて腰かける。この二年半で彼はかなり背が伸びて、いつの間にか同じ目線になっていた。昔は背負われてたみたいな刀も、今はその背中にすっかり馴染んでいる。
男の子って、みんなそうだよね。あっという間に大きくなって、男の人になる。
ゲンマだって、そうだった。
「ゲンマのこと大好きだから、縛りたくない。壊したくない。きっと、ゲンマのこと好きになってなかったら……普通にお見合いして普通に結婚して普通に子ども産んでたかもしれない。でも、ゲンマ以外の人と結婚なんか絶対イヤだから……それなら一生一人でいいって、決めたの」
シスイは黙って聞いてくれた。静かなせせらぎが優しく耳を撫でて、私は目を閉じる。シスイのそばにいたら、自然と何でも話しちゃうな。ゲンマにこれまで甘えてたこと、今度はシスイにしちゃってるだけなのかな。情けないな、ほんとに。
「好きだからこそ、縛りたくない。俺にも少し、分かる気がするよ」
私は顔を上げてシスイを見た。彼はまっすぐに川面を眺めていて、その目元にかかる影が一段と彼の横顔を大人びたものに見せている。
「シスイも、好きな人いるの?」
するとシスイは少し頬を染めて笑った。はにかむようなその笑顔は、彼がまだ少年だということを思い出させるのに充分だった。そうだ。シスイだってまだ十三歳。いくら上忍になったといえ、恋くらい、するだろう。
何だか少し、安心した。
「どんな人? 付き合ってるの?」
「付き合ってないよ……俺も、いいんだよ。結婚なんて考えてないし」
「シスイ、まだ十三じゃん……諦めるの早すぎない?」
「昨日十四になったよ」
「えっ! おめでとう! なんか奢るよ」
「いいよ、気にしないで」
その頃にはもうシスイの笑顔はまた普段通りの落ち着いたものに戻っていた。
そうか。これは達観していると同時に、何かを諦めている顔なんだ。
シスイは前からずっと、そうだ。
「君なら分かってもらえると思う。気持ちだけじゃ、どうにもならないことってあるだろう?」
その深い眼差しに見つめられて、私は目を細める。シスイは私なんかよりずっと先を行く、一人の自立した人間だ。でもきっと、心のどこかで似た痛みを抱えているところがある。
その傷がきっと、私たちを友にした。
私はシスイから目を逸らして、静かに流れる川面を見つめる。
「そう、だね。私も……もっと早くに、気づいてたらよかったな」
するとシスイは小さく肩をすくめて笑ったようだった。
「それは無理じゃないかな、君には」
「ちょ、それどういう意味?」
「イクチさんから聞いたよ。とゲンマさんはアカデミーの頃からずっと一緒だったんだろう? そういうのは、意識したときにはもう遅いんじゃないかな」
「ウッ……イクチ、何でも話す……」
慣れ親しんだゲンマの従兄を思い浮かべながら思わずうめいたあと、私はハッとしてイクチを睨んだ。
「まさか私の話、イクチにしてないよね……?」
「してないよ。してないけど、イクチさんにはお見通しじゃないかな」
「………」
やっぱりイクチには、会いたくない。
私がゲンマにあんな形で別れを突きつけたって知ったら、怒るかな。がっかりするかな。不知火家のみんな、どう見ても応援してくれてたのに。
ごめんね、振り回して。私なんか最初から、関わらなきゃよかったのに。
「イクチさんとゲンマさんみたいに、俺にも兄弟みたいに育った親友がいるんだ。今度、にも紹介するよ」
今日はやけに、シスイが自分の話をする。珍しいな。何かあったかな。
それとも私が落ち込んでるから、励まそうとしてくれてるのかな。
不思議な気持ちになったけど、それが私には心地よかった。余計なことを考えないで、心のままに語り合える。今、私が一番心を開いて話せるのは、確実にシスイだった。
私は逃げているのかもしれない。でも逃げ続ければそれはきっと、いつか正しい選択になるから。
私は最後のとして、里の安寧とその維持のために命を使う。ひいてはそれが世界の平和にも繋がるだろうから。
今はとにかく、雲隠れとの同盟締結。必ず、成功させなければならない。