189.勝負
「ガイ、最近カカシに会ってる?」
「ん? あぁ、先週会ったぞ。熱き青春対決はボクの圧勝だった! 聞きたいか? 聞きたいな?」
「はい、適当にどうぞ……」
チーム解散後、今日は初めて三人で食事の約束をしている。慌ただしい時期が続いたし、三人で集まれることなんて本当に稀だ。チョウザさんも来れたら来るという話だったけど、任務が入ったとかで里を離れているらしい。ゲンマは遅れて合流する予定。私はガイと一足先に居酒屋でソフトドリンクを飲んでいた。
ガイが意気揚々とカカシのライバル勝負について語るのを眺めながら、私は内心で息をつく。カカシ、先週、木の葉にいたんだ。やっぱり、避けられてるな。
リンを亡くしてから、カカシとどう向き合っていいか分からなかった。ミナト先生の頼みでしばらくカカシの様子を伺ってはいたけど、直接話をすることはほとんどなかった。
ミナト先生が火影になって、カカシを直属の暗部に配置することで、私の役目は終わったと思った。ミナト先生はカカシの最後の担当上忍で、多くの推薦を受けて火影に着くような器だ。私なんかよりずっと、カカシのことを分かっている。ミナト先生がきっと、何とかしてくれる。
でもカカシの噂が一向に明るい兆しも見せないまま、四代目はこの世を去った。四代目は最後まで、カカシのことを案じていた。
一体、何やってるのよ。
でも、私にそんなことを責める資格はない。昔からお節介に絡んで、カカシの傷を何度も抉って、そのくせ自分がゲンマのことで頭がいっぱいになったら、私は都合よくカカシのことなんか忘れた。
そんな私に、カカシの心配なんかする資格ないって。
でも、やっぱり私に大事なことを思い出させてくれるのはいつもゲンマだ。
自分にできることをやる。嫌われたって、カカシに響かなくったって、それはカカシが決めることだ。
私がどうするかも、私が決めていい。
私にカカシを案じる資格なんかないって諦めるのも自由。それでもやっぱり何かしたいって諦めないのも自由。
私にとって、カカシが大事な友人だってことに変わりはないから。
カカシが、サクモおじさんがいなければ、今の私は絶対にないから。
夏から時々、私はカカシの家を訪ねるようになった。でも、ちっとも会えない。里を留守にしていることも多いみたいだけど、それにしてもおかしい。本部付近でも見かけることさえない。意図的に避けられているとしか思えない。
ガイは不定期に会えているみたいだ。カカシとのライバル対決、勝敗の数が増えているから。
それなのに私は、一度も会えない。
「あんなやつに会う必要ないにゃ」
サクは涼しい顔をしてそう言って、手伝ってくれない。だからもう、成り行きに任せることにした。差し入れなんかしても、いつ帰ってくるか分からないし、そもそも嫌いなやつから食べ物もらっても嬉しくないだろうし。
カカシは相変わらず、明け方に飛び起きて手を洗っているらしい。もしもまた会えたら、一緒に病院に行こうと思う。病院に行こうって言っても絶対に行かないだろうな。任務だって嘘ついたら来てくれるかな。私の言うことなんか、聞かないかな。
それでも、何もしないよりマシだから。
カカシは大事な、友人だから。
「ガイはカカシが大好きだよね」
「何を言っているっ!! 好きとか嫌いとか、そんな些細な問題じゃないんだ!! ボクは永遠のライバルとして、生涯にわたり互いに高め合い、努力は天才を凌駕することを永遠に証明し続けるんだっ!!」
「……そうだね。ガイはさ、本当に強くなったよ」
ガイのおじさんの死が、確かに私たちを変えた。里を、仲間を守りたいと強く願う心。そのためには、全てを懸けなければならないこともあるのだと。
かつて落ちこぼれと馬鹿にされていたガイが、努力でここまで這い上がったこと。自分を信じ続けることが、未来を切り拓く力になること。
ガイを見ていると、視界が開けるような気持ちになれること。
カカシももしかしたら、同じなのかもしれない。
「カカシは、どうかな。おとなしく凌駕されてるわけ?」
「おとなしく? フフン、、分かっていないな。まるでカカシがボクとの勝負で手を抜いているような言い草じゃないか」
「だってじゃんけんとかのときあるじゃん」
「だから何だっ!! すべてが真剣勝負だっ!! じゃんけんだろうが鬼ごっこだろうがな!!」
「ハハ……そうだね。カカシ、ガイと勝負してるとき、楽しそうだったもんね」
最近のことなんか、知らない。でもリンが生きていた頃、オビトを失ったカカシがガイに勝負を挑まれたときだけは、純粋に目の前のことに打ち込めているような気がした。
「……カカシに必要なのは、やっぱり、心配なんかよりもただ一緒に過ごすことなのかもね」
そのとき、不意に気配を感じて顔を上げると、すぐ傍らに仕事着のゲンマが立っていた。
一目見て、不機嫌なのが分かった。
「ゲンマっ!! 遅かったな!!」
「事務仕事が長引いた。で、何の話? ずいぶん楽しそうだったな」
そう言って微笑むゲンマの口元で、千本の先が短いテンポで揺れている。
顔で笑って、目が笑ってないやつだ。
ガイはそんなことにはまるで気づかないみたいで、無邪気に笑って素直に答えた。
「おう! カカシの話だ! 聞いてくれ、ボクの勝ち越しだ! 先週は木の葉の外周を逆立ちで三周してだな――」
ガイは意気揚々とさっきと同じ話をゲンマにし始める。人当たりの良さそうな顔で微笑みながらゲンマは私の隣に腰を下ろしたけど、ローテーブルの下でいきなり私の手を握った。
びっくりしすぎて、心臓が止まるかと思った。
全身が熱くなる中、慌ててゲンマを見たけど、ゲンマはガイの話を聞いていて全然こっちを見てくれない。
ドキドキしすぎて、頭が沸きそう。
「、どうした? 顔が赤いぞ」
ひとしきり喋り終えたガイが、不思議そうな顔で聞いてくる。
私は自棄みたいに、でも舌足らずに叫んだ。
「なんでも、ないっ!!」