164.薄紅


 二月の中頃、俺たちは火影執務室に呼ばれた。本来はもう少し早くに任命予定だったらしいが、上がバタついているとかで半端な時期になったそうだ――と、これはイクチから聞いた。

 今回、特別上忍に任命されたのは、俺を含めて総勢九名。九尾襲来では七人の上忍が殉職した。対外アピールも込めてこの機会に力のある若手を引き上げ、亡くなった上忍の穴を埋めるという意図らしい。
 だが上忍となると、大名や里の重役の推薦が複数必要となる上、手続きにも時間がかかる。今は迅速な対応が最優先として、全員が特別上忍の枠での昇格となった。

 ガイ、ライドウ、アオバ、紅、エビスに、これまでほとんど接点のなかったイビキ、アンコ。
 そして言わずもがな、だ。

「お前たちの専門性の高さは皆が認めておるところだ。これまで以上に精進してくれ。頼んだぞ」
「任せてくださいっ!!」

 ガイのデカすぎる返事に顔をしかめる面子もいるが、俺は懐かしさに思わずほくそ笑む。横目でちらりと見やると、もまた目を細めて微笑んでいた。その姿に、心臓がぎゅっとなった。

 三代目は満足そうに笑い、煙管を燻らせた。


***


 黄色いフリージアを一輪、慰霊碑の前にそっと置く。去年はそのまま持ち帰ってしまった。

 あの日、標ばあちゃんにを捨てろと言われて、思わず反発して喧嘩別れしてしまった。簡単に捨てられるはずがない。これまでの生き方を、捨てられない。
 は私が終わらせる。誰も巻き込まないで、一人で生きて、一人で死ぬ。そう、決めたんだ。

 それなのに。

「オビト……ごめんね。ちょっと早いけど。誕生日、おめでと」

 生きていたら、明日、十六歳になるはずだった。

 でもオビトは十三歳、そしてリンは、永遠に十四歳のまま。それでも命日ではなく、誕生日に会いに来てしまう。おめでとうって、言ってしまう。
 命日に来たって、なんて声をかけていいか分からない。

 一人で生きて、一人で死ぬ。いつか私の命が尽きたら、真っ先にリンたちのところに行きたい。

 それなのに。私は今、ゲンマのことで頭がいっぱいになりかけてる。

 このあと、不知火家で私の十六回目の誕生パーティーが予定されている。ついでに、昇任祝いも。
 私とゲンマは、もうすぐ特別上忍になる。今よりきっと、お互いに忙しくなる。そしたらもう、不知火家でみんなで食卓を囲むことも、ゲンマと二人きりで過ごすことも難しくなるだろう。

 これが最後だからって自分に言い聞かせて。結局私は、大事にしてくれる人たちの温かいところに、吸い寄せられてしまう。

 ゲンマのおばさんのケーキ、二年ぶり。里の物流もだいぶ復活してきて、色んな種類の食材が食卓に並んでいた。ゲンマの好きな南瓜と、私の好きなクリームチーズを絡めたサラダも。

 ネネコちゃんはよちよち歩きが様になってきて、私の姿を見るとキャッキャと笑いながら歩いてきてくれた。でも、途中でふらついて転んだ。大泣きしているネネコちゃんを抱き上げると、半年前より明らかに重たくなっていた。
 あのときより暴れまくるし、ちょっと抱っこしてるだけでも腕が疲れてくる。それでも、私のことを覚えているのか、嬉しそうに笑いかけて声を出してくれるのが、すごく嬉しかった。ゲンマは相変わらず、大泣きされていた。

 ゲンマのおばさんは、数年ぶりにまた手作りのお守りをくれた。あのときと同じ、薄紅色に鈴蘭の刺繍。前のは忍具ポーチの裏地に縫い付けてあるけど、だいぶ擦り切れて色褪せてきていた。

 コトネさんからもお祝いをもらった。そろそろこういうのもいいんじゃない? って、メイクの基本セットみたいなの一式。
 正直、めちゃくちゃ恥ずかしかった。こういうのは、私には無縁だと思っていた。

「やってあげるから。どうぞ」
「無理無理無理、無理! これから忙しくなるし、練習してる暇ないし、似合わないから!」
「たまの息抜きに、ね? 絶対似合うわよ」

 コトネさんは家にいても綺麗にメイクしてることが多いけど、そもそも大人っぽい、大人。すっぴんも普通に綺麗。
 でも、私はアオバに指摘されるまでもなく子どもだ。どちらかといえば童顔なのも分かってる。メイクなんかしても、浮いちゃうに決まってる。

 おまけにここには、ゲンマもいる。

 ドン引きしている私を、ゲンマ以外の不知火家の人たちは興味津々で取り囲んだ。お、おじさんまで。

 私の誕生祝いのはずなのに。

 なんか、拷問みたいになってきた。


***


 コトネさんは手際よく私の顔に化粧品を載せていった。

 あれから結局、私はイクチとコトネさんに半ば強制的に別室に連れて行かれた。別室といっても、元々ゲンマの部屋だったところだ。今はイクチたちが使っているらしい。昔はなかった鏡台が置かれていて、その前に座らされた。

 イクチが満面の笑みで出ていったあと、コトネさんは真新しいメイクセットを開いた。

「コトネさん……ほんとに、恥ずかしいからちょっとでいいよ……」
「どうして? ゲンマがいるから?」

 当たり前のように聞かれて、顔から火が出そうになる。私って、そんなに分かりやすいんだろうか。イクチから何か聞いたんだろうか。

「ゲンマは本当にちゃんが大好きだからね」

 何それ。恥ずかしすぎる。死にたい。不知火家の人たちは、私たちのことをどう思ってるんだろう。チークも載せてないのに、鏡に映る自分の頬がどんどん赤くなるのが分かった。

「イクチもそうだったよ。何回断ってもしつこくてね、平手食らわせたこと何回あるかなぁ」
「え? そうなの?」
「そうよ。あいつ、お調子者でしょ? 嫌いだったなぁ」

 懐かしそうに微笑むコトネさんの表情は穏やかだ。今は大好きだって、その顔に書いてある。
 コトネさんは優しい手つきで、私の頬にピンクのチークを添えた。

「でも、何年も何年もアプローチしてくれた。私が苦しいときに一番に気づいてくれた。支えてくれた。温もりをくれた。楽しい時間をくれた。気づいたら、ずっと一緒にいたいと思うようになった」

 鏡越しにコトネさんの穏やかな眼差しと目が合って、どきりとした。私の気持ちなんか、全部見透かされているような気がした。

 私の肩に触れたコトネさんの手のひらから、じわじわと熱が広がっていく。

「一生は一度だけ。自分の心の声を、よく、聞いてあげてね」

 涙がにじんで、せっかく引いてもらったアイラインが落ちないか心配になった。でもすぐにコトネさんがティッシュを当ててくれたから、何とか無事だった。
 鏡に映る自分の顔を見て、すぐにゲンマのことを考えてしまう。ゲンマ、どう思うかな。ちょっとは可愛いって、思ってくれるかな。どきどきして、息が詰まりそうになる。

 コトネさんに引っ張られてリビングに戻ったら、イクチの歓声と共に振り向いたゲンマの顔が、これでもかというくらい真っ赤に染まった。