158.喪失


 本部の屋上に集まった俺たちに、四代目は里を守るように言った。四代目ではなく、里を。

「俺を守る必要はないよ。君たちは、里の人たちを守ってくれ」
「それは、他の仲間が! 俺たちは火影護衛小隊です! こういうときのために――」
「ライドウ、よせ」

 俺が右手を上げて遮ると、ライドウは険しい面持ちで口を噤んだ。他の小隊のメンバーも、歯がゆそうに唇を噛んでいる。
 四代目の声は静かだったが、この喧騒の中でもはっきりと俺たちの耳に届いた。

「ここは木の葉だ。俺を守るより先に、みんなを守ってくれ。里を守るために俺がいる。君たちが俺を守るために里の家族を死なせることになったら、俺は火影の椅子を降りるよ」

 まだ納得のいかない顔でライドウが歯噛みしたが、それ以上は何も言えないようだった。上司にここまで言わせて、情けない。四代目の意思は、分かっているはずだった。俺だけじゃない。この場にいる、全員が。今は不在の、イワシだって。

 四代目は俺たちの顔を、一人一人しっかりと見た。その眼差しを受けて、来るべきときが来たのだと悟った。
 俺たちは、四代目火影護衛小隊だ。

「さぁ、行ってくれ。君たちを信じているよ」

 その笑顔が、最後だった。


***


 九尾は、四代目が封印した。己の命と引き換えに。
 九尾は尾獣の中でも取り分け強大な力を宿すため、半分を自分に、そしてもう半分を、生まれたばかりの息子に。他に選択肢が、なかったんだろう。

 人柱力は、尾獣から離れれば生きることはできない。四代目、クシナさんはこの夜、共に命を落とした。

 アイが見つかったのは、里から離れた森の中だった。アイが戻らないことを不審に思ったサクが捜索範囲を広げ、発見したそうだ。

 九尾襲来の混乱で、捜査は十分には行われなかったというのが現状だ。火影の殉職、里が半壊した甚大な被害。復興には時間がかかるだろう。

 忍猫を、誰が殺したか。

 九尾にやられた――ような、大きな損傷ではない。鋭利なもので複数箇所を貫かれていた。こんな、小さな身体を。

 レイの話では、その程近くにひっそりと小さな建物があり、その周辺にも同じような傷跡の死体が転がっていたそうだ。
 それも、木の葉の暗部。

「何が、あったんですか」

 四代目、そして犠牲となった人々の合同葬を終えたあと。一人で訪ねた私に、ヒルゼン様は話してくれた。ヒルゼン様の屋敷や、私やゲンマの家がある方角は被害が及ばなかったところなので、懐かしい庭先が見えた。
 でも、時々出迎えてくれたビワコ様は、もういない。

 人柱力は妊娠出産のとき封印が弱まる傾向にあるため、クシナさんは予定日が近づくと里から離れた場所で過ごすことになっていた。これは極秘事項のため、私も知らなかった。同行はビワコ様を含む医療忍者二名に、暗部から護衛として三名。護衛部が動くと目立つため、知らされていなかったそうだ。

 何があったかは、分からない。でも、同行者は全員が同じ方法で殺されていた。アイと同じ、やり方で。

 何者かの襲撃を受けたことは、まず間違いない。
 何者かが意図的に、九尾の再封印を妨げた可能性がある。

 もちろん、このことは伏せられることになった。九尾はあくまで、自然発生的に現れるもの。それが昔から里で語り伝えられてきた筋書きだ。忍びならいざ知らず、民間人が人柱力のことを知ったら。あんなリスクを負ってまで、里が保有を続けていると知れば、火影や忍びそのものへの不満や不信感が膨れ上がるだろう。

 わたしだって、そうだ。何で、あんなものを。戦争のため? 他国に脅かされないため?
 今回のように、逆にそのことを利用されないとも限らないのに?

 アイの死は、嫌でもライのことを思い起こさせた。他の忍猫からも一目置かれていたライを殺した、霧隠れ。リンを拉致し、三尾の人柱力にしてまで木の葉にダメージを与えようとした。
 もしかしたら、今回のことだって、奴らが。

「情報が少なすぎる。結論を急ぐな。今は里の復興、そして今回の件を他国に利用されないため、迅速に情報操作を行う必要がある。、お前にも働いてもらうぞ」
「……はい」

 犯人探しは、そのあと。

 ヒルゼン様だって、妻のビワコ様を殺されて、本当はすぐにでも捜査を始めたいだろうに。

 項垂れる私に、ヒルゼン様は少し声の調子を落とした。

「サクは、どうしている?」
「……家で、休ませています。アイのお墓は……庭に、作りましたから」

 レイに導かれて森の中にたどり着いたとき、甲高い、震えるような声を聞いた。サクは血まみれのアイの身体に顔を寄せ、何度も何度も鼻先で押しながら、途切れ途切れに絞り出すような声をあげていた。
 十五年もそばにいて、初めて聞く鳴き声だった。

 アイは私にとっても、生まれたときから一緒にいる兄弟みたいな存在だ。でもアイの片割れといっていいほどいつも隣にいたサクの悲しみを目の当たりにして、私が立ち止まっていたらダメだと思った。
 サクたちはいつも、私を助けてくれた。遠く感じることがあっても、私の呼びかけには必ず応えてくれた。

 今度は、私の番だ。

「サク、行こう。里でみんなが待ってる」
「イヤにゃ! アイとここにいるにゃ! もうどこにも行きたくないにゃ!」

 泣き喚くサクを、私とレイはしばらく黙って見つめていた。レイは、アイとサクの母猫だ。猫は独立した子どもを必要以上に構うことはない。それでも、ふたりを見守るその眼差しにはいつもと違う憂いが宿っていた。

 そっと近づいた私に、サクは牙を剥いて唸った。少し距離を取って手前にしゃがみ込み、サクの視界に入るようにしてゆっくりと手を伸ばす。
 その首筋を静かに撫でると、サクは逆立てた毛を次第に小さく丸めていった。

「私が連れて帰るから。みんなで帰ろう、サク。もっと陽の当たる場所で、静かに休ませてあげようよ」

 ボロボロと涙をこぼしながら、サクがまた掠れた声で長く鳴いた。傷だらけで血に濡れたアイの身体はすでに冷たくなっていて、サクが覆いかぶさって必死に温めようとでもしているみたいだった。

 私はふたりの身体を抱えて里に戻った。いつも右と左の肩に分かれて載っていたから、まとめて抱き上げるとこんなに重いんだなと思った。レイは私たちの前を凛と歩いた。時々振り返って、サクたちを案じているかのようだった。

 忍猫は通常、どこからか現れて、いつの間にか消えていく。彼らの本来の住処がどこにあるかも私は知らないし、死を悟った者は二度と戻らない。だから当然、お墓なんてない。
 でも、アイの亡骸は家の庭に埋めた。その上に、一抱えほどの大きな石を置いた。干し肉も供えた。サクは食べなかったけど、他の忍猫がいつの間にか取っていったそうだ。

 サクは何日も、アイのお墓の前でぼんやりしていた。私は無理に声をかけることはせず、情報部としての仕事は他の忍猫たちとこなした。やっぱり忍猫たちは、基本的にはドライだ。アイがいなくなったあとも、他の忍猫たちは普段通りに過ごしていた。

「サク、行ってくるね」

 声をかけても、サクはぴくりとも動かなかった。アイのお墓の前に座り込んで、黙ってじっとしている。オビトやリンを失ったあと、私もあんな感じだったのかな。どうやって、立ち直ったんだっけ。

 でも、サクは無理に戦う必要はない。私に付き合わなくていい。アイのお墓をここに作ったのだって、私の勝手な都合だ。
 サクは、サクの好きにしていい。いつか私の前から姿を消したとしても、それを私に止める権利なんかない。

 今日もアオバと一緒に外で情報収集。九尾のこと、木の葉が半壊したこと、火影の殉職。当然、里の外にもすでに情報は流れている。それをいかに書き換え、操作するか。私たちの動き次第では、次の戦争を招いてしまう。

 立ち止まっては、いられない。