155.兄妹


 ゲンマとはあれからまた普通に話せるようになった。時々一緒に組む任務もあるし、昔みたいに連携できるのが嬉しい。

 でもそれだけじゃなくて、お互い新しい環境で身につけたこともたくさんある。私とアオバは連携技とかはないけど、烏と忍猫それぞれの特性を活かしての偵察任務は幅広い範囲をカバーできるため、次第に評価を上げていた。
 ゲンマたちの火影護衛小隊も、三人それぞれの長所を活かすのはもちろんのこと、多彩な忍術の使い手である四代目の下、高度な忍術を身に着け独自性を高めていった。

 中でも難しいのは時空間忍術だ。もともと忍具の口寄せを行うライドウを軸に三人で役割を分担して、彼らは四代目の十八番である飛雷神をマスターした。
 平たく言えば、瞬間移動だ。この術を用いた戦闘スタイルから、四代目は「黄色い閃光」と呼ばれるようになった。

 三人一組での発動とはいえ、飛雷神の会得は、他の火影護衛小隊には成し得なかった偉業だ。

「イワシはすごいよ! 火影護衛小隊ってだけでもめちゃくちゃすごいのに、飛雷神までできるようになるなんてさ。もっと自信持ってよ、ね?」

 本部で落ち込んでいるイワシを見かけたのでしばらく話を聞いてから別れたら、あとでゲンマに捕まってぶつくさ言われた。

「イワシのことめちゃくちゃ褒めてたじゃねぇか」
「え、見てたの? 言ってよ」
「俺にも言えよ。火影の護衛小隊なんて滅多になれるもんじゃない,飛雷神までマスターするなんて天才って」
「え、やだ。ひょっとして拗ねてるの? 自分は褒めてもらえないから?」
「拗ねてねぇ!」

 めちゃくちゃ拗ねてるじゃん。仕事中にいきなり子どもみたいになるのやめてほしい。

「だってゲンマがすごいのとっくに分かってるもん。全部褒めてたら日が暮れちゃう」

 私が当然のように答えると、ゲンマはびっくりしたみたいだった。それからちょっとだけ赤くなって、そうかよ、と不貞腐れた声を出した。
 照れてる。可愛いな。

 あのあと知ったけど、ネネコちゃんの誕生日は七月十日。ゲンマと一週間違い。一緒にお祝いできるねって言ったら、もうそんな年じゃないって嫌そうな顔された。

「だっておばさんはお祝いしたがるでしょ?」
「俺よりお前の誕生祝いしたがってたぞ。まぁ、忙しいのは分かってるから諦めてたけど」

 私の、十五回目の誕生日。ゲンマがお祝いを言ってくれたとき、素直に受け取れなかった。
 ばあちゃんを自死という形で亡くして、かつて家を出て行った標ばあちゃんと喧嘩別れして、私は一人で生きていくと決めた。結婚はしないし、子どもも作らない。は私が終わらせる。

 でも、ゲンマと一緒にネネコちゃんのお世話をして、ゲンマのそばはやっぱり安心するなって思って。
 失くしたくないなって、ワガママなことを考えて。

 昔みたいに、お兄ちゃんみたいに思ってていいって、ゲンマは言ってくれた。それなら余計なことを考えないで、ただそばにいられる。ゲンマにまた好きな人ができるまで、妹みたいな顔をして隣で笑ってていい。

 ゲンマに好きな人ができたら、離れる準備はできてる。

 今年はチョウザさんにも息子さんが生まれたし、シカクさんやいのいちさんのところももうすぐ予定日らしい。猪鹿蝶の本家は古くからの習わしとして、可能な限り同じ年に第一子を設けるという家族計画を立てるそうだ。それはそれで、大変。いつもそんなにうまくいくなんて限らないんだし。

「チョウザさん、これチョウジくんにどうぞ」
「おう、ありがとな。さっきガイも寄ってくれたぞ。少し上がっていくか?」
「そうしたいんですけど、すぐに戻らないと。このあと打ち合わせなんです」

 ガイにも最近会えてないな。ゲンマと三人でご飯でもって言ってあるけど、まだしばらく無理かも。

 八月の中旬には久しぶりにゲンマと帰りが一緒になったから、途中まで一緒に帰った。ゲンマの家は私の家よりもっと先にあるから、いつも私の家の前で別れるのに、ゲンマは今日は一つ手前の角で立ち止まった。

「じゃあ、俺こっちだから」
「え、こんな時間に寄り道?」
「違う。部屋借りたんだよ」
「え、なんで?」

 私はびっくりしてゲンマを二度見した。成人したからって、実家があるのに部屋を借りる人は私の知る限りあまりいない。穴が開くほど凝視している私を見て、ゲンマは居心地悪そうに頭を掻いた。

「別にそんな大層な理由なんかねぇよ。今の仕事にも少し慣れてきたし、自活できるようになったらさっさと出てけって昔から言われてたしな。十九になったタイミングで、ちょうどいいなと思ってよ」
「そう……なんだ」

 なんだかちょっと、寂しくなった。ゲンマの実家に行けば、ゲンマのおばさんもおじさんも、ゲンマもいるって思ってたから。でもよくよく考えたら、確かにいつまでも実家にいるっていうのも変なのかも。
 しょんぼりしている私に気づいて、ゲンマは軽い調子で千本の先を上げた。

「いつでも来いよ。つーか今から来るか?」
「ほんと? 行くっ!」

 私が即答したら、ゲンマは呆れたように笑った。だって一人暮らしの部屋なんて、見たことないんだもん。

 ゲンマのアパートは、私の家から歩いて五分くらいだった。つまり、ゲンマの実家からも十分くらい。近い。たまたまかもだけど、やっぱりゲンマは家族が好きなんだなって勝手に感心した。
 もしも私が部屋を借りるなら、もっと実家から離れたところにするだろうから。

 家にはもう私しかいないし、取り立てて出ていく理由もないんだけど。
 カカシもまだ、実家に住んでるのかな。それとも、部屋でも借りたかな。

 でも何となく、カカシはあの家を離れられないんじゃないかなって、これも勝手に考えた。

 ゲンマのアパートはこじんまりしていたけど、ゲンマの部屋は二階建ての二階。角部屋。南向きだから、ベランダに洗濯物干したらすぐ乾きそう。
 部屋には物があんまりなくて、ゲンマの実家の部屋よりもっとずっと殺風景だった。大きな家具は、ベッドとローテーブルくらい。

「ここ、ほんとに人住んでるの?」
「住人を前にしてなんつーこと言うんだよ」

 まぁ、引っ越してきたばっかりなら、こんなもんなのかな。
 布団だって、キレイに畳んである。

 部屋はキッチン付きのワンルームって感じで、ぐるりと見渡したら全部見えた。ゲンマの実家は、当たり前だけどゲンマや家族の匂いがした。でもここはまだ、知らないにおい。

「飯は食ったか?」

 キッチンの冷蔵庫を開けながら、ゲンマが聞いてきた。まさかもう自炊してるのかな。忙しくて、私は最近ちっとも料理なんかできていない。

「軽く食べたけど、お腹空いた」
「俺も。作り置きのカレーならあるけど」
「食べる! サラダも欲しい」
「遠慮って言葉知ってるか?」

 ゲンマはそう言ったけど、カレーにミニトマトを添えて出してくれた。ゲンマのカレー、具材がゴロゴロ入ってて好き。

「いつでも来いよ。うちの実家寄るより気楽だろ?」
「うん、ありがと。ゲンマもまた来てね。一緒にご飯食べよ」

 今のうちに、いっぱい甘えようとでもするみたいに。少しでも、一緒にいられるように、

 昔みたいに並んで後片付けをしながら、私たちは顔を見合せて微笑んだ。