153.裏腹


 疲れた。めちゃくちゃ疲れた。

 成り行きで、クシナさん、四代目、ゲンマと一緒に、ネネコちゃんを連れて近場を散歩することになった。少し陽射しが暑いから帽子を出してきて、ちょっと涼しい川沿いを歩いた。
 ちょうどお昼時だったから、近くの定食屋さんでご飯。ネネコちゃんのほうが顔なじみって感じで、「今日はママと一緒じゃないんだな〜」ってお店の人に話しかけられていた。

 そしてもちろん、四代目を見たら里のみんなは朗らかに声をかけてくる。

「あら。火影様、もうすぐ赤ちゃん生まれるんですか?」

 そう。クシナさんはゆったりしたワンピースを着ているから一見目立ちにくいけど、お腹が大きくなっていた。妊娠してるんだなってすぐに分かった。

「そうなんです。十月が予定日で」
「あらあら! おめでとうございます!」

 四代目とクシナさんは照れくさそうに笑いながら頭の後ろを掻いた。その仕草がそっくりで、私は思わず笑ってしまった。
 一年前、早く子どもが欲しいとクシナさんが言っていたのを思い出す。

 良かった。クシナさんもきっと、コトネさんみたいに素敵なママになる。四代目だってきっと、素敵なパパに。

 私は新しい世代が戦争を経験しないで生きられるように、全力を尽くすだけ。

 妊娠なんて、私には関係のない話だ。

 散歩を終えて、のんびりとイクチの屋敷に戻る。お腹がいっぱいになったらしいネネコちゃんは、四代目に抱っこされたまま眠り込んだ。その様子を見てゲンマがちょっと悔しそうな顔をしていたので、私はゲンマの袖を軽く引っ張る。

「ほら、また怖い顔してる」

 するとゲンマは千本の先を上げながら私を見下ろして、もっと仏頂面になった。子どもだな、ほんとに。

 帰宅してネネコちゃんを布団に寝かせようとしたら、また目を覚まして大泣きし始めた。でも今回はおしめだったみたいで、新しいものに替えたら程なくしてまたお昼寝を始めた。コトネさんが帰ってくるまで、あと三時間くらいかな。三時間ずっとお昼寝……は、たぶん無理だよね。

 ゲンマが汚れたおしめを洗いに行ってくれたとき、一緒に寝室にいたクシナさんが口を開いた。

「それじゃ、私たちそろそろ帰るね。大変なときにバタバタさせちゃってごめん」
「あ、いえ……楽しかったです。外も出れて気分転換になったし」

 正直、外出もめちゃくちゃ大変だったけど。でも気分転換になったのは本当。四代目はゲンマと違って、率先してネネコちゃんを抱っこしてくれたし。

 クシナさんは穏やかに微笑んで、私の頭を撫でた。何だかすごくくすぐったかった。

は本当に良い子ね」

 まるで子どもみたいに言う。でもきっと、クシナさんにとって私なんかまだまだ子どもで。四代目にとっても、イクチやコトネさんにとっても同じで。
 ゲンマにとっても多分、私はいつまでも妹みたいな存在なんだろう。

「でもね、。時にはワガママ言っていいのよ? いつも良い子でいることないの。やだやだって、駄々をこねていいときもあるのよ」
「クシナはちょっと駄々をこねすぎだよ」
「ミナトは黙ってて」

 クシナさんがピシャリと撥ねつけると、四代目は曖昧に笑って口を噤んだ。クシナさん、強い。
 クシナさんはそのまま両手で私の頬を優しく包み込んだ。すごく、ドキドキした。

「ネネコを見習って、たまにはゲンマに甘えればいいってばね。じゃあ、またね」

 四代目もクシナさんみたいに穏やかに笑って、二人一緒に部屋を出ていった。そっと襖が閉まったあとも、私は二人が消えたところをしばらくぼんやりと眺めていた。

 たまにはゲンマに甘えればいい、か。

 今の私たちは、周りの人の目にどう映ってるんだろう。

 今日は朝から本当に大変だったけど、この四か月が嘘みたいに、すごく楽しかった。すごく。

 洗濯が終わったのか、ゲンマが部屋に戻ってきたとき、両手にコップを持っていた。多分、麦茶。

「飲むか?」
「うん、ありがと、ゲンマ」

 ずっと張り詰めていたものが切れたみたいに、どっと疲れが出て喉も渇いていたところだった。ゲンマって本当に、気が利く。
 今日は初めてのことばかりで、お互い慌ててバタバタしちゃったけど。

 そういうのも全部、楽しかった。ゲンマのそばは、すごく楽しくて安心する。

 麦茶を飲んでいたら、思わず笑みがこぼれた。ふと視線を上げたらゲンマと目が合って、なぜだかすごくドキドキした。
 変だな。こんな息苦しさ、昔はなかったのに。

「こないだは……悪かった」

 ゲンマが小声で突然そんなことを言い出したから、私はびっくりして瞬いた。こないだって? 何の話?
 ゲンマは恥ずかしそうに目を泳がせながら、躊躇いがちに続けた。

「突拍子もないこと言って、驚かせたよな。いきなり……結婚なんて」

 ゲンマの口からまたその言葉が出ると思わなかった。私たちはあの日から、もうその話題はおろか、話をすることさえ避けていた。
 鼓動が速まり、身体が熱くなってくる。やっとのことで絞り出した声は少し震えてしまった。

「……ほんとだよ」
「悪かった。忘れてくれ」

 耳まで赤くなったゲンマは視線を逸らしたままそう言った。私はどこか安心すると同時に、妙な物悲しさを感じた。

 ゲンマはやっぱり私のことなんか、好きでも何でもなかったんだ。ただ妹みたいな、家族みたいな幼なじみとして、私のことを心配してああ言ってくれただけなんだ。
 バカだな。それでいきなり結婚なんて。勘違い、するでしょ。

「別に、気にしてないよ」

 気にしてないわけない。でも、そう言うしかなかった。だって私が気にしてるのが分かったら、ゲンマが気にする。何でもないこと、にしてしまうのが一番いいと思った。

 ゲンマは少し傷ついたような顔をして私を見た。そんな顔、しないでほしい。

 忘れてくれって言ったのは、ゲンマのほうだよ。