147.従弟


 ゲンマと組むのは初めてだ。

 護衛部からの助っ人として合流したゲンマを見て、俺の同僚は「そっくりだなお前ら」と笑った。千本を口に咥えるような変人と一緒にするなと返せば、ゲンマは隣で渋い顔をしていた。

 ゲンマは確かに大きくなった。図体だけでなく、火影護衛小隊の名に恥じないような頼もしさだった。完全に追い越されたなと少し寂しく感じながらも、やはり誇らしくその横顔を眺める。

 無事に任務を終えて火影邸を出たあと、俺たちは屋台でラーメンでも食って帰ることにした。

「なぁ」
「あ?」
ちゃん元気か?」

 俺が淡々と尋ねると、ゲンマはラーメンを噴き出した。こいつは本当に、ちゃんのことになるとダメだな。こんなにイケメンなのに残念なやつだな。あぁ、こいつにそっくりってことは、俺もイケメンってことか。うん、まぁ、悪くない。コトネに言ったら多分、全然似てないって言われるだろうけど。

 咳き込みながらテーブルを拭くゲンマに、俺は続けて問いかける。

「澪様があんなことになったし心配してたんだよな。でもふつーに仕事してるって話だしさ。あの子もともと悩みやすいタイプだろ? お前、ちゃんとフォローしてやってんのか? で、プロポーズはした?」
「おま……お前は、何でそんなに、無神経、なんだ、よっ……!!」
「お前相手に神経使ってもしょうがねぇだろ」

 冗談のつもりだったが、ゲンマの慌てぶりを見るに、恐らく。

「ひょっとして、プロポーズした? 振られた?」
「………」
「お前、もしかして何の脈絡もなくプロポーズしたのか? 馬鹿なのか? そういうのは段階があるだろ。振られて当然だよ」
「おま……お前が、結婚しろって言えって……!!」
「結婚しろって言ったのか? え、お前もしかして内弁慶? 付き合ってもないやつに結婚しろって言われて誰がハイって言うんだよ。そもそも付き合っててもそんな言い方イヤだろ。お前、どうした? そんな馬鹿だったの?」
「……もういい、もうお前と話したくない……」

 耳まで真っ赤になって険しい顔でラーメンをすするゲンマに、俺はやれやれと息をつく。本当にこいつは、ちゃんのこととなると途端に馬鹿になるのはどうしたもんかね。

「何でそんな言い方した? 百歩譲ってプロポーズはよしとしても、そこは結婚してください、だろ? 何焦ってんだよ。ちゃんはまだ十四だろ? あ、十五だっけ?」
「十五だ」

 ゲンマは不機嫌そうにうめいて、残りのラーメンを掻き込んだ。あぁ、いけね。麺が伸びる。

 味噌ラーメンをすする俺の隣で、ゲンマが静かに口を開いた。

「……言い方の問題じゃ、ない」
「ほんとか? 言い方も問題あるだろ」
「あいつは……誰とも、結婚しないんだってよ。全部ひとりで背負って、家を終わらせようとしてる。誰も巻き込みたくないって。俺のプロポーズだって……冗談ってことにされた」
「お、おう……それはまぁ、急展開だな」

 なるほどな。こいつは土俵にさえ上がれなかったわけだ。

 ゲンマの話だと、ちゃんはほんの一年前には澪様の決めた許婚と結婚して子どもを産むつもりだった。だが澪様があんなことになって、塞ぎ込んで、もう結婚なんかしないと思ったって何も不思議じゃない。

「……で? 諦めんの?」

 俺がレンゲでスープをすくいながら横目に見やると、ゲンマもまた横目でこちらを睨んでいた。そして消え入りそうな声で、言ってくる。

「んなわけあるか」
「よく言った。それでこそ不知火の男だ。おっちゃん、こいつに替え玉やって。あとチャーシュー二枚」
「はいよ」

 店主がおおらかに微笑みながら手際よく麺を茹でていくのを、二人で眺める。あの小さかった小生意気な従弟が、今や惚れた女や結婚のことで悩んでいる。コトネの言うとおり、確かに俺も年を取ったのかもしれないと思った。

「俺だってコトネと付き合うのに五年かかった。まぁ俺は段階飛ばしていきなりプロポーズなんて馬鹿な真似してねぇけど」
「……うるせぇ」
「まぁお前らは幼なじみ期間が長すぎたからな。俺らの倍はかかると見込んで、ざっと十年か」
「やめろ。五年かけて無理なら十年待ったところであいつが俺のこと好きになるわけねぇだろ」
「へぇ。諦めねえって言ったわりにもう諦めてんじゃねぇか」

 あえて軽い調子で突っ込んでやると、ゲンマは渋い顔をして口を噤んだ。まったく、何でもそつなくこなすくせに、本当にちゃんのことだけは不器用すぎんだろ。デカい図体して、可愛いやつだな。

「ゲンマ、よく聞け。ちゃんは別にお前のことが嫌いなわけじゃない。俺は嫌われてたからお前のほうが出だしは有利だ」
「そうかよ。十年何もなかった幼なじみのほうが不利だろ」
「そういう考え方もある。が、ちゃんはそもそも恋愛も結婚も今は拒絶してる。つまり相手が誰でも関係ない。お前の敵はちゃんじゃない。ちゃんを追いつめてる、家を巡る考え方だ」
「敵って……」

 ゲンマは怪訝そうな顔でこちらを見たが、俺が真顔で見返すと、そのまままた黙り込んだ。
 俺は人差し指でゲンマの肩を軽く突いて、あとを続ける。

ちゃんは真面目そうだし、昔から色々あったんだろうから、考え方を変えるのは難しいだろうな。でも時間がかかっても、解してやることはきっとできる。お前くらいちゃんのことが大好きで、尋常じゃないくらい思い入れが強いやつならな」

 目を見開いたゲンマの頬がまた赤みを増していく。ほんっとに、どんだけちゃんのことが大好きなんだよ。

「頑張れよ、ゲンマ。お前とちゃんが結婚するってなったら、俺もおじさんもおばさんもこんなに嬉しいことはねぇからな」
「お前……まさかうちの両親に余計なこと吹き込んでねぇよな……?」
「さぁ? ちゃんが本物の家族になってくれたら嬉しいなぁなんて話してねぇよ?」
「話してんじゃねぇか……!!!」

 真っ赤な顔で凄んでくるゲンマに笑いかけ、俺は今度はしっかりとその肩を叩いた。

「どんな形になっても応援してっから。自分の納得いくまでとことんやれよ。ほら、麺伸びちまうぞ。食え食え」

 ようやく少し笑顔を見せて、ゲンマは真っ先にチャーシューにかじりついた。昔から好きだもんな。お前はずっとそうだな。一度好きになったもんはずっと好きだもんな。

 たとえちゃんが誰とも結婚しない道を選んでも。お前がそばにいることで、救われることもあるかもしれない。
 ちゃんはきっと、お前のことが好きだから。

 どんな形でもいい。幸せに、なれよ。