136.感情
情報部偵察班と分析班を兼務している、と山城アオバ。
二人が犬猿の仲ということは、本部の人間なら誰でも知っている。アオバは外面は良いが部下にはもともと当たりがきついらしく、四つも年下のとコンビを組まされることになってプライドが傷ついているんだろうという噂だった。
はで、無駄な争いは好まないが、下手に出ることで今後やりづらくなると判断すれば断固とした態度に出る。結果、はアオバに対して慇懃無礼とも言える対応を選び、二人の関係は悪化と停滞を繰り返していた。
――はずだが。
「ねー、アオバ。終わったんならこっちも手伝ってよ」
「嫌だ。自分でやれ」
「いいでしょたまには手伝ってくれたって! どうせあと帰るだけじゃんか!」
「そうだ、俺の今日の業務は完了した。俺の貴重な時間をお前にくれてやる義理はない」
「相方じゃんか! けち!!」
「どうとでも言え。公私混同するな。あぁ、、お前の男が来たぞ。あいつに手伝ってもらえばいいだろう」
共用事務室を覗く俺の顔を横目に見て、アオバが淡々と告げる。内心どきりとした俺の胸中など知る由もなく、は怒ったように頬を膨らませながらアオバを睨みつけた。
「ゲンマはただの幼なじみって言ってんでしょ! アオバ、しつこい!」
「まぁ、そうだろうな。誰がお前みたいな可愛げのないガキと付き合う」
「あの噂、鵜呑みにしてたくせに!」
「してない。お前みたいなガキと好き好んで付き合うような物好きはいない」
「結構です! 興味ないから!」
途切れることなく軽口を叩き合う二人を見て、知らず知らず、胸が痛くなる。
が俺をただの幼なじみと断言することも、恋愛など興味はないと繰り返すことも、犬猿の仲だったはずの二人がやけに親密な掛け合いをしていることも。
いつの間に、二人は親しくなったんだ?
が他の男と二人で組むことになっても俺が平静を保っていられたのは、二人が険悪な関係だったからだと初めて気がついた。
今は、と四代目のことを考えるときとはまた違う感情が湧き上がってきて、息が苦しくなった。
ふてくされるを残し、アオバが不敵な笑みを浮かべながら俺の横を通り過ぎて去っていく。もやもやと渦巻く居心地の悪さを隠して顔を上げると、は入り口に突っ立っている俺を見て、無邪気な笑顔を見せた。
「ゲンマも報告書? 一緒にやろ。ライドウとかイワシは一緒じゃないの?」
「後で来る」
「そっか。じゃあ先に済ませちゃおうよ」
「……おう」
自覚しているより、冷たい声が出た。だがは全く気にした様子もなく、手元の書類に視線を落とす。
もう、迷惑はかけない。俺たちはただの同僚で、強いて言うならかつてのチームメイト。それだけだ。
それなのに。
俺の心の中はもう、を思う醜い感情で埋め尽くされていることを思い知った。
***
アオバとコンビを組んで、半年以上が経過した。
時々別任務のこともあるけど、基本的には偵察も分析も、同じ仕事を言い渡されることが多い。アオバは情報部の若手きっての切れ者と言われていて、私はこれまで学んできたことをさらにアオバの下で磨くように上から求められていた。
が、如何せん、配属時から嫌われている。嫌われているということがはっきり分かる態度を取られるくらい、嫌われている。
「あいつは相当苦労してきたクチだからね。ま、気長にやんな」
一度ばあちゃんにアオバのことを話したら、ばあちゃんは軽くそう言って虫でも払うように手を振った。まるで私が苦労してないかのように言う。ちょっと腹が立ったので、それから一度もアオバの話はしていない。
十一月の中頃、私とアオバはいのいちさんに呼び出された。
本部に配属されてから、機密性などの観点から四代目から直接、もしくは間接的にアオバから指示を受けることがほとんどだった。四代目が不在のときには、こうしていのいちさんから。
いのいちさんによると、戦時中に火の国の大名が自国の利益を守るため、中立国に対して金品を送っていた証拠となる文書が紛失したらしい。もし公になれば、各国間の不信感が再燃し、今後の和平交渉に影響を与える恐れがある。
木の葉の里に出入りしていたこともある商人の手に渡った可能性が高いとして、速やかに回収するよう指示が出た。
「商人は用心深いやつで、抜け忍の護衛を雇っているらしい。木の葉は三人一組で動くと知られているから、今回はお前たち二人に頼みたい」
「こいつと二人、ですか……」
アオバは顔色一つ変えなかったけど、意味深に繰り返してサングラスを押し上げた。
***
エビスに甘いと言われて、内心反発していた自分がいたのは事実だ。
でも、確かに私は甘かったのかもしれない。
件の商人は、アオバのカラスと忍猫たちの集めた情報からすぐに見つかった。抜け忍と思われる護衛は二人。大柄な筋肉質の男と、小柄で俊敏そうな男と。
移動を狙うか、宿の滞在中を狙うか。ゴロツキ程度であれば宿泊中でもよかったかもしれないが、抜け忍となると一般客に被害が出る可能性がある。極秘任務ということもあり、私たちは商人たちが山道を移動中に奇襲をかけることにした。
私が護衛を引き付け、その隙にアオバが商人から文書を回収する作戦だ。護衛は一人しか私についてこなかったので、あとの一人と商人はアオバに任せるしかない。
大丈夫。アオバは私より場慣れしてるし、幻術がすごく得意。相手が忍びだったとしても、問題ない。
問題は、私のほう。
追ってきた男は大柄で恰幅がいいのに、身のこなしまで速い。体術にも幻術にも弱い私はとにかく距離を取るのに必死で、印を結ぶ暇さえなかった。
「倒すのが目的じゃないにゃ」
「足止めするだけでいいにゃ」
口寄せしなくとも、アイとサクは肩の上で指示をくれる。男が口寄せした大刀を振りかぶったとき、サクが飛び掛かってその喉元に食らいついた。
男はよろめきもしなかったけど、代わりに襟元が破れて首に巻いた額当てが見えた。
霧隠れのマークが、二本の線で消されていた。
霧隠れの、抜け忍。
頭の中を走馬灯のように駆け巡るのは、赤い蒸気を噴いて戦うガイの父親の背中。迫りくる忍刀七人衆。ばあちゃんを守って命を落としたライ。一時は瀕死の状態にまで陥ったばあちゃん。
そして――三尾の人柱力にさせられ、自らカカシの術に飛び込んで死んだ、リン。
リンのことを考えたら、身体中の細胞が沸き立つようだった。頭に血が上って、震える手に握ったクナイをがむしゃらに投げつける。男は不気味な笑みを浮かべながら軽く刀身で弾いて素早くこちらに跳んできた。
目前に迫る大刀を見て、息が詰まる。これではまるで、あのときの――。
「何やってる!」
叩きつけるような声と同時に、目の前にアオバの広い背中が現れた。彼は手にした巻物を乱暴にこちらに押し付け、低く怒鳴りつける。
「ここは俺が足止めする。お前は先に行け!」
「でも……」
「足手まといだ! 事情は知らないが仕事に感情を持ち込むな。だからお前は嫌いなんだ」
アオバの冷たい声に、心臓がぎゅっとなる。アオバは感情的に言ってるんじゃない。私の致命的な欠点を、ただ事実として指摘しているだけ。
アオバが口寄せする暇さえ与えず、男は再び大刀を振りかぶって素早く間合いを詰める。後方に飛んでいつも以上に速く印を結ぼうとするアオバの正面で、男が何かをつぶやいた。
すると一瞬のうちに、辺りに霧が立ち込めた。これは、霧隠れの術。
「くそ……お前、逆口寄せで戻れるな?」
薄れゆく姿を残して、アオバの声だけが聞こえる。私は手元の巻物を懐に仕舞いながら首を振った。
「それじゃ私しか戻れない!」
「それでいいんだ! 目的を忘れるな! お前一人でも任務を遂行しろ!」
目的。この巻物を持って帰還すること。たとえ私一人になっても。任務が最優先。
――そんなわけ、ないでしょう。
「仲間を置いて、のこのこ帰れるわけないでしょ!!」
霧に阻まれ、私の五感だって当然制限される。
でも、伊達にこの二年、アイたちと一緒に戦ってきたわけじゃない。
視界が塞がれたって、他の感覚が残っている。
アオバの悲鳴が聞こえる中、私は親指を噛んで素早く印を結んだ。
「口寄せの術!」