135.補完


「ゲンマさんっ!! 何ですか、あの人はっ!!!」
「あ?」

 本部で俺の名前を喚き散らしながら大股で駆け寄ってくるのは、一つ年下のエビスだった。アカデミーの同級生の弟で、在学中からよく兄貴にいじられていて何度か絡んだことがある。
 正直、兄貴よりだいぶ出来がいいので、本部配属になってからも何度か組んだ。普段は堅物だが、まぁ、いじり甲斐はあるやつだ。

「珍しいな、そんなに慌てて。で、誰の話だよ」
「決まってるでしょう!! 情報部の、ですよっ!!!」

 響き渡るような大声で捲し立てられて、心臓が跳ねる。だが俺は口の中の千本を少し強く噛んでから、平静を装って聞き返した。

が、何だって?」
「何もこうもありませんっ!! 初めて一緒に仕事をしましたが、ぬるいし甘いし話になりませんっ!! お、おまけに、人のプ、プライバシーまで、ズカズカと……ふ、不愉快極まりないですっ!!! よ、よくあんな人とお付き合いできますねっ!?」

 付き合ってねぇよ。喉まで出かかって、飲み込む。言葉でいくら否定したって無駄だということは、とっくに分かっている。

は確かに甘いところもあるけどな。そんなときのために仲間がいんだろ? あいつは目の前しか見えなくなることもあるが、その分、視野が広くてバランス感覚がいい。仲間の短所は、お前の長所で補ってやればいいんじゃねぇの?」

 エビスは俺の言葉を受けて悔しそうに唇を噛んだ。エビスは確かに頭の回転が速いし、見通しを立てて計画を組み立てるのも上手い。
 が、如何せんプライドが人一倍高い。自分より二つも年下のくノ一であるが、エリートコースとされる情報部に配属されているのが面白くないんだろう。

「それよりプライバシーって何つつかれたんだよ。あいつの忍猫はどこにでも現れるから敵に回さねぇほうがいいぞ」
「かっ! 関係ないでしょうっ!! あんな破廉恥なくノ一、二度と関わりたくないですねっ!!!」

 が破廉恥。後ろめたい想像をしてしまった俺は揺らぎそうになる理性をすぐに取り戻して、冷たく目を細めた。

「お前、そういうこと言うときは、大抵自分のことを言ってるやつが多いんだが自覚はあるか?」
「なっ!! なんてこと言うんですか、ゲンマさんっ!!! もう結構です、彼女とお付き合いしているあなたに話したのが間違いでしたっ!!!!」

 本部の廊下で大声で話すことじゃない。俺は小さく息をつき、あえて声の調子を落とした。

「俺も、あいつも、今それどころじゃねぇんだよ。お前はよっぽど暇らしいな、エビス? こんなところまで愚痴吐きに来るなんて」
「そんな、ことは……」

 反論しかけたエビスは、そのままボソボソと聞こえないくらいの声で何か漏らしてから、すみませんと頭を下げた。

「お忙しいのに、押しかけてすみませんでした。失礼します……」
「おい、エビス」

 踵を返したエビスを呼び止めると、やつは少し間をおいて振り返った。そのいかにも気落ちした顔に、思わず苦笑しながら声をかける。

「お前は兄貴と違って頭がキレんだから、つまんねぇこと気にしてねぇでもっと自分の長所をうまいこと活かして頑張れよ。俺も期待してっから」
「………は、はいっ!!!」

 現金なやつだ。もう顔色が明るくなって意気揚々と笑い、足取りも軽く去っていく。ほんとに、単純だな。まぁ、可愛げはある。

 の評判は、今のところ二極化している。忍猫使いとして情報のいろはを学んだ彼女を高く評価する声と、先ほどのエビスのような、忍びとしての甘さを指摘する声と。もちろん後者には、澪様の孫であることで彼女が実力以上の評価を受けていると考える連中もいる。
 ――が、俺はそうは思わない。贔屓目だろうか?

 一人で完璧である必要はない。互いに、補い合っていけばいい。

「お前は本当に――」
「うるせぇ。それ以上余計なこと言ってみろ。鼻に千本ぶっ刺すぞ」

 物陰から姿を現したライドウを一瞥もせずに切り捨てると、ライドウは苦笑いしたようだった。

「四代目がお呼びだ。行くぞ」
「おう」

 そうだ、今は恋愛がどうとか、恋人がどうとか、そんなことを言っている場合じゃない。

 の結婚まで三年半しかないとしても、今ここで焦っても意味がない。まずは目の前の仕事を確実にこなす。

 そのことに誇りを持って初めて、あいつの隣に立つことができるのだから。


***


 アオバが任務に出ている一週間、だいぶゆっくり事務作業やら分析班の手伝いができた。久しぶりにいのいちさんが分析班に顔を出したから、四代目から頼まれていた情報の整理をする際、すごく勉強になった。

、アオバはどうだ? 上手くやってるか?」

 いのいちさんと二人きりのときにそう声をかけられて、私は一瞬顔をしかめてから、作り笑いで振り返った。

「はい、すっごく、可愛がってもらってます」
、眉間にしわ」
「……はい、すいません」

 すぐさま表情を崩して、私は仏頂面をしてみせる。いのいちさんとはそれなりに付き合いも長いので、アオバへの気持ちを隠さず顔に出すと、いのいちさんは肩をすくめて苦笑いした。

「まぁ、大体の話は聞いている。アオバは見込みがないと判断した部下には雑務も渡さない。お前は期待されてるんだよ」
「……部下? 私、アオバの部下なんですか?」
「例え話だ。まぁ、あいつは文句無しに切れ者だ。先輩として、少しは丁寧に扱ってやれ」
「……はーい」

 思い切り顔をしかめて返事をすると、いのいちさんはまた困ったように笑った。

 数日後、任務を終えて戻ってきたアオバの偉そうな顔を見たら、私は早速いのいちさんの言葉なんて忘れてしまった。