134.制御
下忍の捜索任務は、半日ほどで無事に終了した。
対象の下忍は、中忍を臨時の小隊長としたスリーマンセルを組み、里の外で簡単な輸送任務に当たっていた。だが急な悪天候で、一時的に近くの洞窟に避難することになり、そこで下忍の一人の姿が見えないことに気づいたという。
豪雨で視界も悪く、見つけることができなかったため、任務を中断して里に帰還したそうだ。
私たちはそのときの小隊長を連れて、件の洞窟へ向かった。雨風は続いていたものの、雨は当時より弱まっているという。
忍猫たちは雨が苦手ではあるが、特製の合羽を着ていれば嫌々ながらも手伝ってくれる。「あとで倍返しするにゃ」というアイの催促を了承しながら、私たちは下忍の残した手がかりをたどった。
風向きや、雨量。音や、匂い。近くを走る小川の流れ。忍猫たちの見つけた匂いの形跡をたどり、現場の状況を見ながらエビスが仮説を立てて検証。その繰り返しで、私たちは小隊が雨を凌いだ洞窟からさほど離れていない場所に、同じような規模の洞窟を見つけた。
完全に、死角になっている場所だった。
対象の下忍は豪雨の中で崖から落下し、足を挫いてしまったらしい。何とか体を引きずって洞窟までは避難したものの、そこから動けなくなったそうだ。遭難して三日。携帯食のおかげで、衰弱はそれほどなかった。帰りは体力が有り余っているガイが背負い、里まで帰還した。
報告を済ませ、下忍を病院まで送って任務完了。すっかり気落ちしている中忍――コテツを連れて、私たちは居酒屋で打ち上げをした。アオバは重要任務とやらで、今回は私なしで他のメンバーとしばらく里を離れているから、気兼ねなく帰れる。
「俺ってほんとにダメだぁ……あんなに近くにいたのに……」
「まぁまぁ。中忍になってまだ一か月でしょ? そんなもんだよ」
項垂れるコテツの前におでんの大根を差し出すと、コテツはパッと顔を輝かせた。大根、好きなのかな。
するとサングラスのブリッジを押し上げながら、テーブルの向こうでエビスが冷ややかに口を開いた。
「甘いです。今回は捻挫程度で済みましたが、命に関わっていたかもしれないのですよ。中忍になった以上、隊員の命に責任を持つのは当然のことです」
緩んだコテツの顔が一瞬で強張る。私が言い返すよりも先に、ガイが横からエビスの仏頂面を覗き込んだ。
「今回は無事だったんだ! コテツだって反省してるんだし、そう言ってやるな!」
「君は甘いんですよ、ガイくん。そして君のチームメイトもね」
エビスはそう言って顎を上げ、見下すようにこちらを睨んでくる。おろおろしているコテツの隣で、私はエビスを正面から睨み返した。
ほんっとに、サングラス嫌いになりそう。
「情報部といっても大したことはありませんね。四代目も一体この人のどこを評価しているのか……所詮は七光りといったところですか」
「おい、エビス! は七光りなんかじゃ――」
「や、やめてください! 俺のために喧嘩しないで……」
エビスの言葉にガイが反発し、コテツが泣きそうな顔で口を挟む中、忽然と現れたサクがエビスのほうを肉球で示しながら呑気に言い放った。
「こいつ、裏路地のいかがわしい店の前でウロウロしてたやつにゃ」
「じゅーはちきんの店の前にゃ、まだじゅーろくのくせに」
「兄貴のじゅーはちきんの本読んでるのも見たにゃ」
「そうにゃ、鼻の下伸ばしてたやつにゃ」
サクが続けて出てきたアイと交互に口を開く。忍猫の情報は全てが正確なわけではない。だからこそ精査する能力が不可欠で、自来也さんならともかくこんな堅そうな男がそんなことはしないだろうと思って私は顔を上げたけど、エビスはみるみるうちに耳まで真っ赤になって固まった。
ガイはぽかんとしているし、コテツも目を真ん丸にしてエビスのトマトみたいな顔を見つめている。
これ、まさか、図星のやつ?
次にエビスの張り上げた声は、ろくに呂律が回っていなかった。
「なっなにっをっ! だ、だからにん、にっ、忍猫なんてっあてにな、なら、なっ!!」
「……エビス、それ以上、余計なこと言わないほうがいいよ。余計な情報を渡すことになるから」
「きっ! 君に言われるま、までも、なっ! なっ!!!!」
私が静かに言い返しても、エビスの反応はより鮮明になっていく。彼の態度には正直腹が立つけど、このときばかりは可哀想に思えてきた。
十六歳のくせに十八禁の本を読んでる時点で、だいぶ気持ち悪いけど。隠れてやってるのに暴露されるのは気の毒すぎる。
こういうのも全部、私が忍猫使いとして未熟だから、らしい。私がもっと彼らと信頼関係を結べていたら、意図しないところで情報が漏れることを防げるようになるそうだ。
油女家の蟲の件もそう。私がもっと成長したら、無益な殺生を減らせるらしい。油女家の中では「未熟な忍猫使いには近づかない」という家訓さえあるそうだ。情けない。
「エビス、ごめん。私が未熟だからあんたが変態だってみんなの前でバレることになっちゃって申し訳ないけど――」
「だっ! だ、だれがっへん、へっ、へんっ……もう、付き合ってられませんっ!! か、かえり、ま、まっ!!!」
エビスは赤い顔のままヒステリックな声をあげて立ち上がり、飛ぶように帰っていった。
状況がよく分かっていないらしいガイが、エビスの消えた方向を眺めながら、首を捻る。
「何だったんだ? エビスはどうしたんだ?」
「分かんないならいいよ……コテツ、エビスが可哀想だからさっきの話はオフレコでお願い」
「わ、分かった……」
全く分かっていない様子のガイと、青い顔で頷くコテツ。私たちはそのあと、微妙な空気感の中をもう少し食事してから解散した。
ガイはもちろん、最後まで陽気に元気だった。
「やっぱり仲間と食うのは最高に楽しいな!」
家は反対方向だからガイとは早々に別れることが多かったけど、今日は店を出てコテツと別れてから、少しガイと立ち話をすることになった。純粋に楽しんでたのは、ガイだけだと思うけど。
「、この間はゲンマと任務のあと飯に行ったんだ。今度はみんなでどうだ?」
「あ、うん……そうしたいけど、ちょっと時間なくて。今日は怖い先輩いないから、終わったあとそのまま来れたけどさ」
「忙しそうだな。カカシも誘ったんだが断られた」
ガイの口から突然飛び出した名前に、私は驚いて聞き返した。本部配属になってから、私は一度もカカシの顔を見ていなかった。
「え、カカシと会ったの?」
「あぁ、慰霊碑の前で会った。どうも疲れてるようだったな。やはりボクも暗部に……」
カカシはきっと今も、自分を責め続けてるんだろうな。
それにしても。ガイが、暗部? わけが分からず瞬く私に、ガイは悔しそうに拳を握り締めた。
「カカシが暗部に配属されたと聞いたとき、ボクも志願したんだが……ミナト先生にもダンゾウ様にも断られた……」
「何であんたが暗部なんか」
「放っておけないだろう!! ボクの永遠のライバルであるカカシが、あんな死んだ魚みたいな目をしてたら……」
その例えは、比喩でも何でもない気がした。リンを失ったあと、一度カカシを見かけたことがある。思い切って声をかけたけど、振り向いたカカシは私を見ても表情を変えなかった。ガラス玉みたいな右目が、虚ろに目の前の光景を映すだけだった。
カカシが眠れず明け方に手を洗い続けることを知ったのは、そのあとだ。
今、カカシはどうしているだろう。四代目の下で、淡々と任務をこなしているんだろうか。
「……ありがとね、ガイ」
「ん? 何がだ?」
「カカシのこと……ずっと、気にかけてくれて」
「……ん? なぜが、礼を言う?」
不思議そうに目を見開くガイを見て、急に恥ずかしくなった。確かに、私がカカシのことで礼を言うなんて、きっとおこがましい。私はカカシにとって、めんどくさい同級生でしかないのに。
カカシは、私に関わって欲しくなんかないだろうに。
「ううん、何でもないよ」
静かに笑って、私は首を振った。