125.大人


 ゲンマたちと同じ護衛小隊のイワシは、聞けば私より一歳年下だった。びっくりした。見えない。老け顔。でもちょっと照れたように笑うと年相応にも見えた。可愛い。

 アオバは火影執務室の前でゲンマとライドウに囲まれて以来ちょっと大人しくなったけど、口数が減っただけで私への圧は相変わらずだ。もう付き合うのもめんどくさいし、目的地までは主に護衛部と話しながら移動した。

 と言っても何となく、ゲンマのことは避けてしまった。たぶん火影室執務室の前で、アオバと話していたことを聞かれたと思う。
 ゲンマと私の妙な噂を、よりにもよって私の相方が真に受けてるなんて。ゲンマもやりづらいだろうな。申し訳ないなって思った。

 里に戻るまで結局二週間かかった。目的の街に到着したあとは、情報部と護衛部に分かれて情報収集。もちろん私たちは旅人に扮し、私とアオバは兄妹のふりをして目立たない宿に滞在した。ゲンマたちは地元の自警団を訪ねたため、そこで提供された部屋に寝泊まり。情報共有はアイたちがゲンマを訪ねて持ち帰ることもあれば、身軽なイワシが天井裏から私たちの部屋にやって来ることも。
 室内では、アオバは私が視界に入るたびに露骨に嫌な顔をした。

 結論から言えば、街で暗躍していたのはただのごろつきだった。このあたりは直接戦火に巻き込まれてはいないものの、戦争で流れ者や困窮者が増えて治安が悪化しているらしい。自警団も人手不足で警備に以前ほど手が回っていないのが現状で、私たちは武器の密売現場を押さえて自警団に引き渡すところまで協力した。

 今回の任務で初めて組んだイワシは、ゲンマやライドウに比べて小柄で目立たない。そのため、小隊で動くとき聞き込みなどをひっそり行うのが得意らしい。ライドウは口寄せで大振りの刀を呼び出し、昔から実戦での安定感がある。
 ゲンマは相変わらず全体の調整役という感じで、自警団との交渉も情報のまとめ方も上手くて私は安心して仕事ができた。

 めんどくさいのはアオバだけ。

 アオバだってもちろんすごい。諜報員として私より経験があるし、情報分析は私より遥かに優れている。今回だって私たちが持ち帰った情報から敵の拠点や行動パターンを割り出して、ゲンマたちに的確な指示を出した。実力はもちろん認める。

 でも、私のやることのほとんど全てに難癖つけようとしてくる。私の集めた情報だって半分くらいしか信用してない。

「お前みたいなタイプは男に騙されて偽物を掴まされてくるからな」
「それ自己紹介?」
「俺は男なんぞに興味はない」

 そんなこと言ってない。めんどくさ。

 アオバと組んでからは、帰還前にアオバがカラスを飛ばしてある程度の事前報告をしている。アイたちを先に帰らせてもいいんだけど、気まぐれな猫なんて信用できないんだって。別にいいけど。飛んで帰らせたら私だってチャクラ使うし。

 里に帰ったらもう夜だった。四代目に口頭で簡単な報告を済ませたら、共用事務室で各々報告書の作成。アオバはいつも報告書を仕上げるのが速いけど、今回のメンバーの中でも一番だった。速いくせに、すごく正確らしい。読んだことはないけど、横目で見たらいつもすごくきっちりした文字が見えた。

 アオバはさっさと書き終わると、一人でさっさと帰っていった。感じ悪すぎる。アオバは基本的に外面はいいのであんまりこういうことはしないんだけど、多分、ゲンマもライドウも私と親しいから、彼らと仲良くする気はないんだろう。

 ゲンマが次に終わって、私、イワシ、そして最後がライドウだった。ライドウ、ちょっと不器用すぎる。前から報告書作成は丁寧すぎて遅い。戦い方はあんなに豪快なのに。ギャップがすごい。

 みんなで一緒に事務室を出る頃には、ほとんど深夜だった。イワシは反対方向で、私、ゲンマ、ライドウは家が同じ方向。イワシに別れを告げて、私たちは三人で並んで歩いた。こういうの、前にもあったな。

「お腹空いた。あ、みんなでラーメン行く? イワシも誘えば良かったね」
「お前、よくそんな元気あるな。さっさと帰って寝ろ」

 私の提案をゲンマがすげなく切り捨てる。私は頬を膨らませて今度はライドウに向き直った。

「ライドウは? まだ元気あるよね?」
「元気はあるが遠慮する。じゃあな」

 気づいたら、ライドウといつも別れる路地まで来ていた。ライドウが軽く手を振って立ち去るのを見送って、ふと顔を上げる。傍らにたたずむゲンマと目が合ったら、私は自然と笑顔になった。
 任務中はアオバもいたし、しっかり仕事しなきゃっていつもにも増して気張っていた。でも任務が終わってこうやって向き合ったら、ゲンマの隣はやっぱりすごく安心した。

「かえろ、ゲンマ」
「……おう」

 ゲンマは小さく頷いたけど、どことなく余所余所しく感じた。なんか、前よりちょっとゲンマが遠いな。チームメイトじゃなくなったからかな。お互いいつまでも子どもじゃないから、かな。

「あ、そうだ。ゲンマ」
「ん?」

 ん? ってゲンマがちょっと首を傾けて見下ろしてくる眼差しが好きで、私は少し前に回って彼の顔を覗き込んだ。

「遅くなっちゃったけど、誕生日おめでと」

 私のお祝いの言葉を聞いて、ゲンマは驚いたみたいだった。自分で忘れてたのか、私が忘れてると思ったのか。確かに誕生日当日は任務の真っ最中だったから何も言わなかった。五日遅れだけど、忘れてたわけじゃない。

「十八だよね? すごいね、もうお酒飲めるじゃん! ゲンマ、大人になったんだね」

 ゲンマのほうが年上なんだから、先に大人になるのは当たり前だ。でも、最近ゲンマがちょっと遠くて、ちょっぴり寂しい気持ちもあったから、彼が大人になったことで私はまるで暗闇にひとり置き去りにでもされたみたいに心細くも感じた。

 おかしいな。私の目的はただ、目の前の仕事を一つずつこなしていつか平和を築くことなのに。個人的な感傷なんて、置いていこうって思ったのに。
 ゲンマのそばにいたら、安心して揺らぎそうになっちゃうな。

 心許なくて思わずゲンマの袖を引っ張ったら、ゲンマはちょっと顔をしかめた。そのときやっぱり、もう私たちは昔とは違うんだと分かった。
 戻れないんだと、思った。

 ゲンマが伏し目がちに私から視線を逸らす。

「お前が昔みたいに俺を慕ってくれんのは嬉しいけど……だから、誤解されんだろ」
「あ」

 やっぱりゲンマ、あの噂、気にしてるんだ。

 そう、だよね。コマノと別れたって言ったって、いつまでも私と妙な噂があったら嫌だよね。コマノと別れたのだって、好きで別れたんじゃないだろうし、いつまでも幼なじみが引っ付いてたら、邪魔だよね。そりゃそうだ。
 何で、いつまでも、甘えてたんだろ。ゲンマは優しいから、勘違いしてただけだ。

 私はゲンマの袖から手を離して、一歩後ろに下がった。

「ごめん、迷惑だったよね。もうしない。ごめんね」
「……

 名前を呼ばれて、驚いた。名前を呼ばれたから、じゃない。ゲンマが私の腕を掴んだからだ。私が袖を引っ張ったら、嫌がったくせに。
 思わず口を尖らせると、ゲンマは私の顔を見て困ったように眉尻を下げた。

「やっぱ、何でもねぇ。お前はそのままでいい」
「……無理しなくていいよ。だって私とのこと周りから誤解されたままだと迷惑でしょ」
「お前に、迷惑かけてんじゃねぇかと思ったんだよ。俺との噂のせいで、お前、アオバから絡まれてただろうが」

 やっぱり、聞こえてたんだ。居心地悪く心臓がぎゅっとなったけど、私は急いで首を振った。

「アオバのことなら気にしないでいいよ。あいつ、あんな噂出てくる前から私のこと嫌いだから。ゲンマのことは関係ないよ」
「……お前は、あんな噂が広がっても……まだ、俺と関わりたいって思うのかよ」

 ゲンマが躊躇いがちにそんなことを聞いてきたから、びっくりしてしばらく声が出なかった。
 そんなこと、口にするまでもないと思っていた。

「当たり前でしょ。だってゲンマは、私にとってすごく大事な仲間だもん。昔からずっとそばにいて、ずっと私のこと見守ってくれてた。ゲンマがいなかったら今の私は絶対ないもん。昔みたいにそばにいられなくたって、ずっとずっと大事だよ。私だってゲンマの力になりたいよ」 

 ゲンマがこれまで私にしてくれたことを、全部返せるなんて思ってない。でも、少しずつでも返していきたい。この気持ちは嘘じゃないのに、気づいたらいつも甘えてしまいそうになる。
 それならもう、離れたほうがいいのかな。

「あんな噂、もう気にすんな。誰にどう思われてもいいから……お前は、これまで通りでいい」

 ゲンマはそう言って、私の腕を離した。見上げたゲンマの目は優しくて、月明かりを浴びて淡く煌めいている。
 やっぱり、離れたくないなと思った。

「ありがと、ゲンマ。でもやっぱりゲンマは男の人だから、気をつけるね。私、ベタベタしすぎだよね。ごめんね、ゲンマのそばにいたら安心しちゃってすぐ触っちゃう。これからは気をつけるよ」

 ゲンマは何も言わなかったけど、小さく頷いたように見えた。私たちは横に並んで、いつもの道を静かに歩く。

 十八歳のゲンマの隣は、昔と同じように、すごく安心した。