120.配属


 情報部に配属され、房中術の講義を終えると本格的に班ごとの仕事が始まった。とにかく実践あるのみということで、新人にはひとり、指導係という名の相方がつくことになる。
 偵察班と分析班を兼務する私の相方に選ばれたのは、同じく偵察班と分析班兼務の山城アオバだった。

「……お前か」

 アオバは事務室で顔を合わせるや否や、あからさまに嫌そうな顔をしてサングラスのブリッジを押し上げた。

 アオバとはこれまで偵察任務で何度か組んだことがあって、別に初顔合わせというわけじゃない。確か私より四つ上だから、今は十八くらいかな? 身長はゲンマと同じくらいか、ひょっとしてもうちょっと低いかも。
 任務のときは普通に話せていたのに、今は明らかに私のことを煙たがっていた。

「お前ですけど。何でそんな顔するの」
「お前のことなんて元々好きじゃない」
「別にアオバに好かれなくてもいいけど、露骨すぎない? これから一緒にやってくんだから、もうちょっと大人になってくれないと」
「俺は大人だ。お前と違ってな。嫌われたくなかったら、まず年長者には敬意を表わせ」
「え、めんどくさ」

 敬意を表してほしかったら、敬意を表したくなるような態度をとってほしい。確かに年齢はアオバのほうが上だけど、同じ中忍なんだしこれまで何度もこの調子でチームを組んでるし、後輩になった途端に手のひらでも返したように豹変してくるの、めちゃくちゃめんどくさいな。

「お前が澪様の孫だろうと、自来也様やいのいちさんの教え子だろうと、俺はお前を特別扱いするつもりはない。ここでは俺が先輩だ。相応の態度を取れ。いいな」

 めんどくさ。アオバ、めんどくさ。
 でもこれ以上食い下がっても無駄だと分かったので、私は内心ため息をつきながら、ふんぞり返るアオバに小さく一礼した。

「分かりました。宜しくお願いします、アオバさん」


***


 戦争が終わったからといって、平和が訪れたわけではない。私はアオバと一緒に、国内の反乱分子の動きを探る偵察任務を任されることが多かった。

「お前は住民からの聞き込みだ。俺は町の外を見てくる。余計なことはするなよ」
「はーい」
「返事は『はい』だ」
「……はーい」

 隠しもせずに舌打ちして、アオバが去っていく。腹立つ。配属後すでに何度もアオバと偵察任務に出ているけど、大抵アオバが勝手に役割を決めて押し付けていなくなる。今のところ従ってはいるけど、そのうちちゃんと話し合わないといけないなと思ってはいる。思っては、いる。
 でも。

「退屈にゃあ」

 聞き込みしながら露店で買ったお団子を頬張っていると、アイとサクが肩に乗ってきて同時に大アクビした。
 アオバの口寄せはカラスだ。の忍猫は多くが忍犬嫌いだが、カラスも例外ではない。そういう意味では、私とアオバの相性が悪いのも仕方がないといえる。

(まぁ、油女家よりマシか。シビさんとこの蟲、もう相当死なせてるもんな……)

 最近では、私とシビさんが顔を合わせなくて済むように配慮までされているらしい。ばあちゃんのときはどうだったんだろう。やっぱり油女家とは相性が悪かったのかな。
 でも忍犬使いのサクモおじさんは、よくばあちゃんを訪ねてきていた。サクモおじさんは、私と同級生になるからって、息子のカカシを連れて挨拶に来てくれたな。

 ――カカシ。心の中で名前を呼んで、私は澄み渡った空を見上げた。

 今回の人事で、カカシとも同じ本部勤務になるかと思っていた。でも房中術の講義でカカシの顔は一度も見なかった。どうやらカカシは本部ではなく、火影直轄の暗部に配属されたらしい。
 四代目はずっと、カカシを案じていた。オビトのことも、リンのことも、すべて自分のせいだと抱え込んでしまったカカシのことを。

 あれから私もカカシが心配で、しばしば様子を見に行くようにしていた。といってもなかなか本人に会うことはできないので、渋る忍猫たちに頼み込んで、彼らが里を回るときにはカカシのことも気にかけてもらうようにした。
 私はゲンマのお陰で立ち直ることができた。でも、カカシは? 寄り添ってくれる人がいるの? いたとしてもそれを、カカシは受け入れることができる?

 一人にしたら、絶対に駄目だと思った。

 アイたちによると、カカシは帰宅しても朝まで眠ることはできないようだった。毎日のように明け方には飛び起きて、泣きながら手を洗い続けているらしい。
 きっとリンを死なせたときの感触がこびりついて、離れないのかもしれない。カカシの気持ちを考えるだけで、私は嘔吐感が込み上げて何度もえずいた。

 私がカカシのことを伝えると、ミナト先生は顔を曇らせたけど、教えてくれてありがとうと頭を下げた。

「もう少し落ち着いたら、カカシには改めて俺の指揮下に入ってもらうつもりだ。申し訳ないけど、もう少しだけカカシのことを頼めないかな」
「……分かりました。でも、ミナト先生。カカシには……ちゃんとした治療が、必要なんじゃないですか?」

 私の提案に、ミナト先生は躊躇いがちに目を伏せた。私の母さんも、サクモおじさんのことがあってから、しばらく病院で治療を受けていた。心の傷が完全に癒えたわけではないけど、少しは落ち着いたように思う。
 母の最期を思えば、真実なんて分からないけれど。

「もちろん、考えたよ。でも、本人にその意思がなければ強制することはできない。俺のできる方法で、見守っていくしかないと思ってる」
「……そう、ですね」
「君にも負担をかけて、すまない。もちろん、強制はしない。君の心は君のものだ」

 私は軽く唇を噛んで俯いた。今さら、放っておくことなんてできない。ミナト先生だってそんなこと、分かっているはずなのに。
 ズルい人だと、初めて思った。

 それからミナト先生は四代目火影に。カカシは、四代目直属の暗部に。
 直属ということは、これまで以上にカカシは四代目のそばにいることになるだろう。大丈夫だ。彼が何とかしてくれる。私は未だに彼に縋ろうとしている自分にうんざりした。

 四代目だって、ただの人間。そんなことはもう、分かりきっているのに。

 私だって本部で新しい仕事を始めた。自分の生き方は、自分で決める。

 カカシだって、もう、自分の足で歩ける。

 自分にそう言い聞かせて、私はお団子を食べ終わった串を咥えたまま歩き出した。