119.明白


 四代目火影の就任式。広場は里中の人たちが集結したと思えるほど賑わっていた。私が生まれたとき、すでにヒルゼン様は火影だったから、就任式を見るのは生まれて初めてだ。

 四代目の文字が縫い付けられた白い羽織をはためかせ、ミナトさんが高台に現れる。火影笠をかぶり、落ち着いた様子で人々を見渡している。

 彼を好きだったことなんて、とっくに過去の話だ。

 四代目の傍らには少しソワソワした様子のクシナさんに、堂々としたヒルゼン様。さらにその後ろに控える、二人の若い忍び。

 不知火ゲンマと、並足ライドウ。

 四代目火影の就任に当たり、その護衛を務めることが決まった、かつての仲間の姿だった。


***


 情報部の中で、私は偵察班と分析班を兼務することになった。戦時中の働きが評価され、複数の上忍から推薦があったらしい。ありがたいと同時に、伸し掛かる重圧にきりきりと胃が痛くなった。

「今更か弱い振りはやめるにゃ」
「そんなもんしてないし無神経なあんたたちに言われたくない」
「無神経はお前のほうにゃ。ゲンマが哀れにゃ」
「は? 何でそこでゲンマが出てくんのよ」

 肩に乗ったアイに睨みを利かせたものの、アイはすぐさま煙のように姿を消した。そう何度も時空間忍術なんて使えないんだから、無駄なところで浪費しないでほしい。

 本部に配属されて最初の仕事は、房中術の講義を受けること。房中術、といっても一般的に知られる男女の性技術の学問とは違う。正確に言うとそれもそのうちの一つではあるけど、広義で言えば忍びとして生きる以上必要になる、精神的・戦術的な技術の総称だった。
 心理的駆け引きやコミュニケーション術、自己防衛や、己のメンタルケアなど。情報部や尋問部、護衛部など機密に携わる本部に配属されると最初に義務付けられるのが、それらの講義の受講だった。

 四代目の就任に当たり、大規模な人事異動があった。そこで今春の講義は、例年以上に受講者が多いらしい。
 その中で、私は早速ゲンマやライドウと一緒になった。

 本部内の会議室の収容人数はおよそ十五人。今回はぎりぎりの十四人が受講するらしい。年齢層は広そうだけど、見たところ私より年下はいないみたい。

 私たちはその部屋で一週間、一緒に講義を受けた。あとはそれぞれの配属先に持ち帰り、実践を積むしかない。
 最終日に会議室の出口付近でゲンマに声をかけたら、ゲンマは素っ気ない顔で振り向いた。

 私はふと、チョウザ班に配属された頃のことを思い出した。

「何だ」
「お疲れさま。今日空いてたらご飯行かない? 任務、来週からでしょ?」
「あのな。俺だって暇じゃねぇんだよ」

 間髪入れず撥ねつけるゲンマの後ろから、ひょっこりとライドウが現れて私の顔を覗き込んだ。ライドウはゲンマと同じくらい背が高いから、どうしても見上げる形になる。

「俺は空いてるぞ」
「ほんと? じゃあライドウ、一緒に行こ」
「ちょっと待て」

 ゲンマが仏頂面のまま、すかさず私とライドウの間に割って入った。思わずムッとして私はゲンマの横顔を睨みつける。

「何なんのよ。暇じゃないんでしょ、いいよ来なくても」
「空いてないとは言ってない」
「めんどくさい! 来なくていい!」
「行くっつってんだろ!」
「言ってないじゃん!」

 やっぱりゲンマは、最近ちょっとおかしい。もうチームメイトじゃないんだし、部署も違うし、一定の距離を保とうとしてるのかもしれないけど。それなら別に、私とライドウがご飯行こうが関係ないじゃん。

 私たちは時間を決めて馴染みの居酒屋で落ち合うことにして、その場は一旦別れた。会議室を出るときに情報部の同期二人と鉢合わせて、一緒に通路に出る。
 通信班のリクがこちらの様子を伺いながら、躊躇いがちに聞いてきた。

「今のって、護衛部のゲンマさん? 四代目の護衛小隊の?」
「あ、うん。そうだよ。あとライドウ」
「仲良いんだな?」
「うん、まぁ、ゲンマはチームメイトだったし、ライドウも一緒に組むこと多かったからね」

 すると、今まで黙り込んでいた分析班のナギサが、眼鏡のブリッジを中指で押しながら徐ろに口を開いた。

「ゲンマさんと、ずいぶんと親しそうでしたね」
「え? うん、まぁ、ずっと一緒にいたからね」
「へぇ? ずっと?」
「うん。私たち幼なじみだから、子どもの頃からずっと一緒だったんだ。まぁ、配属先も違うしそれももうおしまいだと思うけど」

 口にしてからちょっと、切なくなった。そんな私を見て、リクは何だかニヤニヤ笑っているし、ナギサは顔色一つ変えないですげなく私を見ている。なんだかすごく、居心地が悪かった。

「……何?」
「いえ。何でも」

 絶対何でもないわけないのに、ナギサは淡々とそう言った。


***


 お手洗いに行ってから戻る、とが立ち去ったあと。
 俺は二人きりで残ったナギサをちらりと横目で見た。は人懐っこくて親しみやすいが、こいつは正直とっつきにくい。表情が読めないし、口数は少ないし、威圧感が半端ない。が、情報部の分析班に配属されるくらいだ。まともなはずない。

 が、このときばかりはナギサの考えていることが手に取るように分かった。

「……絶対、のこと好きだよな。ゲンマさん」
「そんなこと、火を見るより明らかです」

 やはり淡々と、中指で眼鏡を上げながらナギサが言ってのけた。

 こいつはとっつきにくいけど、思っていたより仲良くやれるかもしれない。