118.解散


 木の葉隠れと岩隠れの間で平和条約が締結され、大規模な戦闘は沈静化していった。各国が水面下で交渉を続け、第三次忍界大戦は終結したとされる。
 霧隠れはどの隠れ里ともに外交ルートが存在しないため、リンの人柱力事件も公にしたところで得るものがないとして、木の葉も苦汁を飲んだ。

 木の葉隠れは終戦を機に、ヒルゼン様が長年勤めあげた火影を退くこととなった。後継として名前が挙がったのは、ミナト先生と大蛇丸さんだ。大蛇丸さんはヒルゼン様の弟子で、自来也さんと共に三忍と呼ばれた研究者。
 最終的に、上層部の意見と大名の一声で、四代目火影はミナト先生に決まった。

名前、お前に情報部配属の辞令が出た」

 ある日の演習場に、チョウザ先生がやって来てそう告げた。
 ガイが素っ頓狂な声をあげたあと、満面の笑みで私を見やる。

「さすがだな、名前!」

 本部の情報部といえば、世間ではエリートコースと言われている。でもこの二年余り、諜報員として一つずつ経験を積み重ねてきた私にとって、特に感慨はなかった。
 この七年、多くの命を失った。平和という言葉の虚しさに、絶望しそうになることもある。それでも諦めたくない。そのために、これからもできることを重ねていくだけだ。

 チョウザ先生は続けてゲンマに向き直った。

「ゲンマ、お前にも辞令が出ている。四代目火影の護衛小隊として、護衛部の配属だ」

 ゲンマは千本を咥えたまま、寝耳に水といった面持ちで固まった。
 チョウザ先生が私たちを一様に見渡して、穏やかに微笑む。

「ガイは正規部隊に配属。これにてチョウザ班は解散だ。長い間、ご苦労だったな」


***


 その夜、私たちは久しぶりにチョウザ先生の奢りで焼肉屋に行った。アカデミーを卒業して丸六年、下積み時代からずっと一緒だった仲間。最近は別々の任務が多かったとはいえ、馴染みの演習場に行けば誰かしらいると思えば心強かった。
 下忍時代のチームが解散すれば、割り振られていた演習場は次世代に譲ることになる。導かれる側から、次第に導く側へと進まなければならない。いつまでも、子どものままではいられない。

「ボクは!! 君たちが大好きだっ!!!」

 ガイがまるでお酒でも入ったようなテンションで号泣しながら喚き散らした。

「本部に行っても……ボクのことを忘れないでくれ……」
「とか言って、すぐにまた同じ任務で組むことになるかもしんねぇぞ」

 あっけらかんと言ってのけるゲンマの顔を横から覗き込んで、私は問いかけた。

「ゲンマは寂しくないの?」
「寂しくないわけじゃねぇけど……お前、ちょっと近い」
「え? ごめん」

 ゲンマがちょっと壁側に身体を倒しながら顔をしかめた。そんなに近かったつもりはないけど、近いと言われたら下がるしかない。私はちょっと頬を膨らませながらゲンマのぶっきらぼうな横顔を見た。

 チョウザ先生は次々と肉を焼きながら豪快に笑った。

名前、今回の人事でいのいちが情報部の部長になった。言うまでもなく情報解析のプロフェッショナルだ。これからもいのいちの下で精進するんだぞ」
「はい、チョウザ先生」

 私は自然とそう答えたけど、チョウザ先生はちょっと変な顔をした。それから居住まいを正して私たちを見渡した。

「お前たちはもう俺の指揮下を離れることになる。これからは先生ではなく、一人の忍びとして宜しく頼む」

 その言葉を受けて、また別の寂しさが込み上げてきた。そうか。こうやって私たちは、少しずつ変わっていくんだな。

「分かりました。これからも宜しくお願いします。チョウザさん」


***


「ゲンマ、かえろ」

 帰る方向は一緒だから、お店を出たあといつも通りゲンマに声をかけた。でもゲンマはしばらくこちらに背中を向けたまま、聞こえなかったのかなと思うくらい沈黙したあと、ようやく振り返って「おう」って言った。変なの。
 私はゲンマの隣に並んで歩きながら、いつもの調子で話しかける。

「ゲンマ、すごいね。火影の護衛小隊なんて」
「別に……たまたまだろ。人手不足とか」
「そんなことで火影の護衛に抜擢されるわけないでしょ。ミナト先生……四代目だってよくゲンマのこと褒めてたじゃん」

 何度かミナト班と一緒の任務に就いたこともあるし、ミナト先生――四代目がゲンマの判断力を褒めているところを見たことがある。ゲンマは褒められたことより反省点を覚えていることのほうが多いから、記憶に残ってないのかもしれない。

 でもやっぱり、ゲンマはすごい。私は苗字澪の孫で、情報部のいのいちさん、三忍の自来也さん、そしてばあちゃんから直接指導を受けた。これで情報部に貢献できないならまるで意味がない。でもゲンマは、完全に実力だ。
 アカデミーの頃から地道に積み上げてきたものが、ようやく正しく評価された。そんな気がして私も嬉しかった。

 ゲンマは普段から饒舌なほうじゃない。無口って意味じゃないけど。でも今日はいつもにも増して口数が少なかった。ぶっきらぼうに両手をポケットに突っ込んで、どことなくこちらから顔を背けている。
 やっぱり、変だ。私は少し大股で歩いて、前からゲンマの顔を覗き込んだ。

「ねぇ、聞いてる?」
「あ? 聞いてるよ」

 千本を咥えてこちらを見下ろすゲンマの顔が、不機嫌に歪んでいる。私は思わずムッとなって睨み返したけど、はたと思い当たって目を見開いた。

「ゲンマ、やっぱり寂しいんでしょ?」
「あ?」
「チョウザ班解散ってなってやっぱり寂しいんだ? ね、そうだよね? 大丈夫だよ、私は同じ本部だしまたすぐ会えるよ、ね?」
「は? おい、お前、まじで、やめろ、」

 私がゲンマの腕を掴んで少し揺すると、ゲンマは弾けたように私の手を払おうとした。私が驚いて手を離すと、ゲンマはしまったという顔をしたけど、すぐにこちらから目を逸らして俯いた。
 ちょっと傷ついた。

「ゲンマ、最近冷たい」
「気のせいだ。お前こそ距離が近い」
「何それ。いつも通りだけど」

 ムッと言い返してから、私は慌てて聞き返す。

「あ……ひょっとして、彼女できた?」
「できねぇ。つーか要らねぇ。そんな話してねぇ」
「じゃあ何?」
「何でもねぇよ」
「何でもないわけないじゃん。ゲンマ、私のこと嫌いになったんだ」

 本気じゃなかったけど、ちょっと寂しくて思わず恨み言を口にしたら、ゲンマは慌てたようにこちらを振り返った。
 その顔を見たら、嫌われてるわけじゃないなって思えて素直に嬉しかった。

 じゃあ、何で?

「ゲンマ、私たちもう離れ離れになっちゃうんだよ? 最後くらい一緒にしんみり思い出話しながら帰ってくれたっていいじゃん。冷たい」

 するとゲンマはしばらく難しい顔をしてたけど、小さく息を吐いて乱暴に後頭部を掻いた。そんな仕草、珍しいなって思った。

「……別に今生の別れってわけじゃねぇんだし。同じ本部なんだからすぐ会えんだろ。どうせまたうちの母さんに飯だって呼ばれんだろ。何も変わんねぇよ」
「……ほんと? また家行っていいの?」
「何だよ、今さら。今までそんなこといちいち俺に確認取らなかったろうが」

 確かに、そうだ。もちろん知り合ってしばらくはゲンマに聞いてたけど、今となっては私がゲンマのおばさんに誘われたらゲンマに確認なんかしないで二つ返事で「行く」って言ってた。そのまんまでいいってゲンマが言ってくれてるみたいですごく嬉しかったし、安心した。

 全てが変わるわけじゃない。

「ゲンマ、これからも私たち、仲間だよね?」

 当たり前のことを、今このタイミングで聞いてみたかっただけだ。
 でもゲンマはまたちょっと変な顔をして、少し迷っているように見えた。

「当然だろ」

 ゲンマはそう答えたけど、私はやっぱりゲンマが少し、変わったのかもしれないと思った。