116.正論


 ゲンマが持ってきてくれたお団子は美味しかった。多分、いつもみんなで行っていた甘味屋のものだ。ここ数日、夜にばあちゃんが持ってきてくれる食事を少し口に入れて終わりだったけど、不思議と空腹は感じなかった。
 でもゲンマの顔を見たら急にお腹が鳴ってしまって、私はびっくりした。ひょっとして、安心したからかな。

 客間にゲンマを案内して、お茶をいれてから戻った。ゲンマとはここで過ごしたことも、居間で一緒にご飯を食べたことも、私の部屋で将棋をさして過ごしたこともある。ゲンマは私がしんどいとき、いつもそばにいて見守ってくれた。

 きっと今も、どこからかリンの話を聞いたんだろう。ゲンマは静かにお団子を食べて、お茶を飲んで、串を口に咥えたまま時々ゆらゆらと先を揺らした。
 ゲンマと過ごす時間は大好きなのに、今はどことなく居心地が悪かった。口の中のお団子を飲み込んでから、もぞもぞしながらやっと口を開く。

「ゲンマ、今日はどうしたの?」
「別に。お前が何日も引きこもりって聞いたから様子見に来ただけ」

 私は気まずくなって目線を逸らした。いつも心配かけて、本当に情けない。オビトが死んだときも、カカシを引っ叩いて落ち込んだときも、ゲンマは肩を貸してくれて、そばにいてくれたのに。

「ごめん……もう大丈夫だよ」
「アホ。どの面下げて大丈夫とか言ってんだ」

 自分で鏡も見ていないけど、多分まぁ、ひどい顔なんだろうな。あれからお風呂も入ってないし、何なら顔も洗ってない。歯磨きも。そう思ったら軽率にゲンマを家に入れてしまったことを私は後悔し始めていた。

「ほんとに、大丈夫だから……ばあちゃんがご飯作ってくれるし、明日からちゃんと修行にも行くから……」
「そんな腑抜けた面で来なくていい。意味ねぇから」

 ゲンマの言葉に、心臓がぎゅっとなる。ゲンマは正しい。今の私が行ったところで、頭の中がリンとカカシのことで埋め尽くされて、何も手につかないと思う。
 リンが死んだ。それも、カカシの手によって。霧隠れの策略で。

 霧隠れへの憎しみ。やむを得なかったとしても、カカシの手でリンが死ぬしかなかったこと。
 どうしようもなかったとしても、簡単に受け入れることはできなくて。

 そんなの、カカシのほうが絶対につらいのに。

「リンのこと、聞いた。つらいのは分かるし、泣きたいときは泣いたらいい。でもお前は忍猫使いで、あの自来也様の教え子で、家の最後の一人、なんだろ? いつまでもメソメソしてたってしょうがねぇだろ」
「分かってる!! 分かってる、けど、そうじゃなくて……そうじゃ、なくて……」

 思わず口に出して、しまったと息を飲む。尾獣のことも、リンの血統のことも、そしてカカシの千鳥によってリンが絶命したことも、すべて極秘事項。一介の忍びが知るのは、リンが霧隠れ方面で殉職したということだけ。

 でもゲンマには、私の考えてることなんかお見通しだ。黙り込む私に、ゲンマは片眉を上げて聞いてきた。

「他に何かあるのか?」
「……言えない」

 私は本当に、諜報員に向いてない。カカシの言う通りだ。
 俯く私に、ゲンマは無理強いしたりしない。ただ淡々と、事実を告げるだけ。

「言えないことは、言わなくていい。泣きたいなら好きなだけ泣けばいいし、許せないことは無理に許そうとしなくていい。ただ、中途半端なことはすんな。泣くときは真剣に泣け。怒るときは真剣に怒れ。中途半端やるから引きずるんだろ。何のためにここまで頑張ってきたんだよ。許せないものを、変えたいからじゃねぇのかよ」

 私は顔を上げてゲンマを見た。何のため。何のために、ここまで頑張ってきたのか。
 こんな世の中、もう嫌だ。忍びだから、耐えなきゃいけない。そんなもので仲間の死を受け入れなければならない、こんな生き方は嫌だ。

 何百年もが背負ってきた、平和という二文字。どれほど難しいことかなんて、もう分かってる。それでも諦めたくない。この憎しみを抱えたまま、それでも世界を変えたくてもがき続けたい。

 ゲンマはいつも、私に目の前の景色を思い出させてくれる。悩むのはいつも、霞むほど遠くを見てしまっているときだ。どうにもならないことを、どうにかしたいと願って。
 リンはもう、戻ってこないのに。私はあの子を、救いには行けないのに。

「全部、真面目にやれ。一人になりたいなら今すぐ出ていくし、泣き喚くための胸が必要ならいくらでも貸してやるから」
「………」

 座卓を挟んで向かい合うゲンマが、少し足を崩して胸を広げた。コマノの顔が浮かんで、反射的にダメだって思った。でも、そういえばもう、二人は別れたんだっけ。
 いつまでもゲンマに甘えてちゃダメだ。いくら私たちが幼なじみだからって、ゲンマはこれでも男の人で、いつまでも私なんかに縛りつけてちゃいけないって。

 でも、やっぱりダメだ。

 鼻の頭が痛くなってきて、私はもう我慢できなくなった。そのまま膝立ちで座卓を回り込んで、ゲンマの広い胸に飛びつく。
 最後にこうやってゲンマにしがみついたのは、いつだったっけ。あのときよりずっと、ゲンマの身体が大きく感じられた。

 ゲンマだっていつまでも子どもじゃない。私だってもう十四になった。いつまでもこんなことしてちゃダメだって、分かってる。
 でも、でも。

「……悲しいよ……やっと、やっと終わると思ったのに……リンともっと、色んなことしたかったよ……やだよ、許せないよ……オビト……やだよ……もっとみんなと、一緒にいたかったよ……」

 ゲンマは何も言わないで、そっと抱き寄せてくれた。すごく、温かい。安心する。拗ねていた心がゆっくり溶かされていくのが分かった。

 それでも、怒りも悲しみも次から次へと湧き上がってきて。
 ゲンマの広い胸にきつくしがみついて、私は声が嗄れるまで泣き喚いた。