114.来訪者
オビトが死んでから、私は予定が合えばリンと一緒に夕食をとるようになった。リンは少し前に、おばさんを病気で亡くしている。おじさんは相変わらず忙しいし、私がリンにできることはそれくらいだった。
「オビト、俺は火影になるってよく言ってた。にはまだ言わないでって。せめて写輪眼が開眼してからって」
リンの話を聞いて、私は驚いた。ちっとも知らなかったな。
そうだよね。一緒にいる時間の長さが違うもの。私の知らないことなんか、いっぱいあるよね。
オビトはよく、おばあちゃんの話をしていたそうだ。幼い頃に両親を亡くしたオビトにとって、唯一の家族。の血を継いでいることで、うちはの中でも肩身の狭い思いをしていたオビトが、家族の温かさを忘れずにいられたのはおばあちゃんのおかげだと。
十年ぶりのはずなのに、その背中を一目見るだけで、私はそれが標ばあちゃんだとすぐに分かった。きっと、澪ばあちゃんによく似ているからだ。
オビトの誕生日に、慰霊碑の前にいる。そのことも、私の確信を強くした。
「……か?」
振り向いた標ばあちゃんは私を見ても驚かなかった。私が驚かなかったみたいに、標ばあちゃんも私が来るのを予感していたのかもしれない。
澪ばあちゃんと標ばあちゃんは、よく似ている。でもこの数年で、澪ばあちゃんは一気に老け込んだ。標ばあちゃんのほうが幾分、若々しさが残っていた。
とはいえ、たったひとりの孫を失って憔悴しているのだろう。標ばあちゃんの顔色はお世辞にもあまり良いとは言えなかった。
「標ばあちゃん……うん、だよ。体調はどう?」
「お前こそどうなんだい。ちゃんと寝てるのか?」
「ハハ……まぁ、そんな悠長なこと言ってられないからね」
「いっちょ前に……まぁ、そうか。お前はもう、忍猫使いとしてやっているんだったな」
オビトから聞いたのか、他から耳に入ったか。標ばあちゃんは小さく息を吐いて、慰霊碑に向き直った。
その隣に並んで、私は足元にフリージアを手向ける。すでに二輪、別々の花が供えられていた。
標ばあちゃんが顔を上げて、何気ない口振りで聞いてくる。
「お前は、弱音を吐ける相手はいるのかい?」
私は驚いて標ばあちゃんの顔を見た。目は合わなかったけど、その横顔から不器用な温かさがにじみ出ていた。家を捨てた標ばあちゃんは、私のことも快く思っていないと思っていた。
頭の中に自然と浮かんだのは、素っ気ない顔をしたゲンマだった。でも、本当はすごく熱くて、すごく優しい人。
「うん、いるよ。だから大丈夫だよ」
「そうか」
標ばあちゃんは短く答えて、やっとこちらを向いた。標ばあちゃんはもうずっと前に忍びをやめたはずだ。それでも毅然と背筋を伸ばし、落ち着いた眼差しで私を見つめた。
「オビトに花を持ってきてくれて、ありがとうな」
***
戦争なんて、二度と経験したくない。味方を失い、仲間を失い、友人を失い、家族を失う。そして敵の命を奪った以上、いつ殺されてもおかしくない覚悟の上で生き続けなければならない。
それでも生きるのは、大切なものがあるから。守りたいものが、あるから。
いつか必ず平和を成す。そうしなければ、死んでいった仲間たちに申し訳が立たない。
大きな戦闘はほとんどなくなったし、もうこれ以上悪いことなんか起こりっこないと思ってた。状況は、どんどん良い方向に向かう。きっとそう。そうに違いない。
私は自来也さんたちの下で、何を学んできたんだろう。
楽観できる要素なんて、少ししかなかったのに。
その夜、ばあちゃんが布団に入ったあと、家を訪ねてきたのはミナト先生だった。
「ミナト先生、どうしたんですか? ばあちゃんは寝ちゃってて……」
「いや、話があるのは君だ。至急、伝えなければならないことがある」
ミナト先生の顔つきは、オビトの死後に私を訪ねてきたときのそれよりも、緊張しているように見えた。
ひどく、嫌な予感がした。
「ミナトが先だったにゃ」
「だから言ったにゃ、ボクたちが急ぐ必要なかったにゃ」
突如現れたアイとサクが、のんびりとそう言った。ミナト先生が忍猫たちよりも急いで私に伝えたかったことって、一体。
後ろ脚で首を掻くアイの傍らで、ミナト先生は静かに口を開いた。
「リンが、殉職した」
***
ガイとの任務を終えて里に帰還すると、火影邸の前で鉢合わせたアスマからリンが殉職したと聞かされた。
「で、ここんとこが家に閉じこもってるらしい」
「……分かりやすいやつだな」
俺は引きこもるを想像し、肩をすくめながら息を吐いた。はつい三か月前に幼なじみのオビトを亡くしたばかりで、そのときも相当落ち込んでいた。そして今度は、親友のリン。
やっと戦争が終わると、はホッと胸を撫で下ろしていたのに。
澪様は相変わらず日中は火影邸にいることが多いが、夜は家に帰ってくるようになったと以前が話していた。
澪様は、引きこもるをそのままにしているのだろうか。国境線の小競り合いもほとんど鎮火し、急ぎの任務はないのかもしれない。今の澪様なら、無理にを引きずり出したりはしないのかもしれないなと思った。
だが、リンの死後、五日経っても誰も姿を見ていないと聞いて、俺は彼女の家を訪ねることにした。忍猫がそばにいるとしても、このまま放っておくのはまずい気がした。
ろくに食べていないとしたら、惣菜でも持って行くほうがいいだろうか。家族がいるのだから、そこまでやるのはやりすぎかもしれない。もっと軽い調子であいつの好きな甘味でも差し入れるほうが気が紛れるだろうと結論付けて、俺は馴染みの店で団子を五本買った。
何度も訪れたことのある平屋の玄関前に立ち、呼び鈴を鳴らす。しばらく待ったが、反応はなかった。
「、いるのか?」
居留守の可能性もある。無理に引きずり出すのも気が引けるし、どうしたものかと頭をひねっていると、玄関の引き戸が勢いよく開いた。
「ゲンニャ! 遅かったにゃ!」
「な、なんだ?」
飛び出してきたのはアイだ。いきなり飛びつかれて俺は不意を突かれたものの、顔を上げれば玄関先に立ち尽くすと目が合って、思わず息を呑んだ。こいつ、絶対ろくに食ってない。否応なく、アカデミー最後の年、彼女がやつれ果てていたときのことを思い出した。
こんなになっても、澪様は孫を放っとくのかよ。いくらなんでもやり過ぎじゃないか。久しぶりに、の家族への怒りが湧いてきた。
は赤く腫れ上がった目をこすりながら、消え入りそうな声で言ってくる。
「ごめん、寝起きで……どうしたの?」
「うそにゃ。こいつ、ずっとメソメソしてるだけにゃ」
「澪の飯も食わずにゴロゴロにゃ」
「だって……」
やいやい文句を繰り返すアイとサクに何か言おうとしたらしいだが、尻すぼみになってそのまま黙り込んだ。俺は自分にへばりついた忍猫をなんとか剥がしながら問いかける。
「ずっと泣いてんのか。干からびるぞ」
「なっ……泣いてない」
「すげぇ鼻声」
「うるさい」
は覇気のない声でそう言うと、鼻水をすすりながら弱々しくうつむいた。
忍猫使いになって、名だたる忍びの下で修行して、もう俺の助けなんか必要ないだろうと思っていたが、またあのときと同じようにボロボロになってひとりで泣いている。
どうしようもなく、歯痒かった。
放っとけるわけ、ないだろうが。
「入っていいか?」
「……何で?」
「団子買ってきたけど、食うか?」
の真っ赤な目がこちらを向き、同時にグーと腹の音が鳴った。彼女が悔しそうに眉根を寄せるのを見て、俺は手元の紙袋を掲げる。
はおとなしく、小さく頷いた。
「……食べる」
「お邪魔しまーす」
あくまで、いつものように。重い空気を感じさせないように。
アイたちに軽く目配せして、俺はのあとに続いた。彼らはそこからついてはこなかった。