113.殻
木の葉隠れと岩隠れの間で平和条約が締結されたからといって、すぐに戦闘が収まるわけじゃない。他国の思惑、反対勢力、小国の派閥。そんなものが各地で細々と小競り合いを続け、私はまたツイさん、カカシのスリーマンセルで土の国方面に派遣された。
あくまで偵察任務。戦闘は必要最低限にとどめる。
私たちは必要な情報を集め、里に帰還するため最後の野営地を決めた。
ツイさんが見張りに立ち、私とカカシは小さな焚き火を囲んで座り込んでいる。私たちは任務に必要な最低限の会話しかしていない。目なんか一度も、合ってない。
写輪眼を得たカカシの動きは神がかっていて、もう誰も追いつけないだろうなと思った。うちは一族ならまた別なんだろうけど、私はうちはが写輪眼の力をもって戦うところを見たことがない。でもばあちゃんも、カカシの力はうちはに引けを取らないと言っていた。
「あのさ……話してもいい?」
カカシは視線も上げない。でもそれには構わず、私はずっと思っていたことを口に出した。
「……あんたは、リンのことどう思ってるの?」
カカシは大きく目を見開いて、弾けたようにこちらを見た。当然だ。カカシにとって私はきっと友達でも何でもない、ただの同級生だ。それがズカズカ踏み込んでいいことと思えない。それでも、黙ってはいられなかった。
カカシはすぐに表情を硬くして、私を鋭く睨みつけた。
「お前に関係ない」
「あんたのことなら関係ない。でもリンは私の親友で、オビトは私にとって弟みたいなもんだった。あんたがオビトを盾にしてリンから逃げ続けるんだったら、私はあんたを許せない」
私が強く言うと、カカシは顔を歪めて息を呑んだ。何か反論したいのだろうが、言葉にならないらしい。次第に弱々しく眉尻を下げていくカカシを見て、私も声の調子を落とした。
「リンのこと……好きじゃないの?」
「……お前は、本当に無神経なやつだな」
カカシは弱々しくそう言って、膝を抱えて背中を丸めた。そんな気弱な姿、初めて見た。私には、カカシが少なくともリンを嫌っているようには見えない。
「そんなもの、分からない。それに俺は……リンを見捨てようとした。オビトが行かなければ、俺はリンを助けには行かなかった。オビトは迷うことなくリンを選んだのに、その俺がのうのうとリンを好きになっていいわけがないんだ……」
カカシの声が、かすれて消えた。カカシの苦悩がどれほどのものか、私には分からない。でも優しく寄り添ったって、きっとカカシは閉じこもり続ける。この五年で、そのことがよく分かった。だから。
「じゃあ、リンの気持ちはどうなるのよ。あの子は子どもの頃からずっと、あんたのことが好きだったのに」
カカシは揺れる炎を見つめたまま、きつく拳を握りしめていた。そして抱えた膝の上に額を押し付けて、かすれた声で囁いた。
「頼むから……もう、放っといてくれ。俺にリンを愛せるような器はないんだ」
以前のカカシなら、きっとそうだろう。私はカカシなんかより、ずっと前からオビトとリンに結ばれてほしかった。
でも、今のカカシは違う。オビトが命を懸けて彼を変えてくれた。今のカカシならきっと、リンを幸せにできるはずなのに。
オビトのせいにしてリンから逃げるなと、もう一度言ってやりたかった。でも、できなかった。こんなに弱ったカカシを前にして、もう一度折れるまで叩くような真似はできなかった。もうしばらく時間が経てば、多少は傷が癒えるだろうか。五年もずっと、サクモおじさんのことで殻に閉じこもったままだったあのカカシが?
「カカシ、交代だ」
戻ってきたツイさんの一声で、カカシはすぐさま立ち上がった。そのときにはもう、いつもの冷静な眼差しが光っていた。
今度は私が膝を抱えて、小さくうずくまる。いつの間にか傍らに現れたアイとサクが、私に寄り添うようにして丸くなって眠っていた。
私はカカシに、何ができるんだろう。大好きなリンに、一体何をしてあげられるんだろう。
オビトを失った余波が、私たちの中にいつまでも重く圧し掛かっていた。
***
十四回目の誕生日、私はまた不知火家に呼んでもらった。珍しく、おじさんも帰ってきているらしい。国境線の小競り合いも少し落ち着き、しばらくは任務の予定もないそうだ。
任務明けのゲンマに「俺もその日は家にいるわ」って声をかけられたから、「別に無理して帰ってこなくていいです。彼女のとこ行ってください」って言ったら、「アホ。とっくに別れた」と返ってきて、ひっくり返るかと思った。
「え、なんで! いつ!?」
「覚えてねぇよ。二、三か月前かな」
「え!? そんな前!? 何で!?」
「別にいいだろ、そんなこと。何でお前に言わなきゃいけねぇんだよ」
「そりゃそうだけど……」
めちゃくちゃお似合いだったのに。そういえばオビトのことがあったり、偵察任務でバタついたりで、もう何か月もゲンマとコマノのことなんか気にする余裕がなかった。コマノには任務でも全然会わないし、ゲンマもたまにチョウザ班で組むくらいだ。それより今は、むしろカカシと組むことのほうが多い。
オビトの死から、もう三か月近くが経った。大規模な戦闘は確実に鳴りを潜め、今は水面下で各国が動いているものの、それも徐々に沈静化してきている。ある意味で、大戦は終わったと言っていいかもしれない。
「、十四回目のお誕生日おめでとう。今日も無事に生きていてくれて、あなたをお祝いできて嬉しいわ」
ゲンマのおばさんが作ってくれたケーキと、ゲンマの家族の笑顔。今年はばあちゃんが家にいるけど、ゲンマのおばさんに誘われたと言ったら、行っておいでと言ってくれた。ゲンマや、ゲンマの家族とのことを認められたみたいで私は嬉しかった。
私の誕生日の翌日は、又従弟であるオビトの誕生日だ。私は途中の花屋で、黄色いフリージアを一輪買った。明るいオビトにぴったりだと思った。
花を持って、里の外れにある慰霊碑を目指す。あれから忙しくなり、足を運ぶこともなかった。もうすぐ、終わりそうだよ、オビト。サクモおじさん。ガイのおじさん。母さん。ライ。
慰霊碑の前に、ひとりたたずむ後ろ姿には覚えがあった。