112.呪い
いよいよ、木の葉隠れと岩隠れとの平和条約が締結される。
この戦争で人生観が大きく変わったのは、私だけではない。カカシもまた、生き様が変わったうちの一人だ。
後に神無毘橋の戦いと呼ばれる戦闘で、ミナト班はオビトを失った。陥落した岩盤に押し潰され、遺体は連れ帰れなかったそうだ。幼少期に姉弟のように育ったオビトを亡くして私の心も少なからず荒んだが、カカシやリンの様子は見ていられないほどだった。
特にカカシはオビトのおかげで仲間の大切さを初めて思い知ったようで、掟に固執する「冷淡なはたけカカシ」は大戦と共に消えた。
同時に、右目の輝きが一層失われた。いつもどこか思いつめたように空を見つめている。そんなカカシを見て、リンもまた表情を曇らせていた。
変わらなかったのはガイだ。
いや、本当は彼が一番変わった。以前は前向きに突き進みながらも、どこか小さなことで卑屈になる瞬間があった。それが父親の死を乗り越えて、今やいつでも百二十パーセントを発揮できるようになったと思う。落ち込むカカシに対しても、以前とまったく変わらぬ態度で暑苦しく勝負を吹っかけていた。
「ガイは本当にめげないね。今日は何だっけ? かくれんぼ?」
「そうだ! ボクの圧勝だったぞ!」
「まあ、カカシは隠れる気なかったからね」
「敵を前にして戦意喪失とは笑止!」
「ほんと、そのメンタルが凶器」
「それ今、韻踏んだか?」
すかさず突っ込んでくるゲンマと、ガイの溌剌とした姿を交互に見て私は苦笑した。今やカカシに何の含みもなく真っ向からぶつかれるのは、ガイしかいない。それが彼にとって救いになっているといいけど、カカシは今日も勝負を適当に終わらせてさっさと去っていった。
今回はミナト班とチョウザ班の合同任務で、先ほどヒルゼン様への報告を終えたばかりだ。私はガイとゲンマに別れを告げて、リンと途中まで帰ることにした。
「チョウザ班はいつも仲が良いね」
道すがら、リンがこぼすようにそう囁いた。その言葉の意味を考えて一瞬どきりとしたけど、歩きながら平然を装って答える。
「まぁ、ガイはあんなだけど、ゲンマと私は大人だからね」
「みんな認め合ってる感じでいいよね」
それに比べて。暗にそう言っているように聞こえた。
私は自信なさげなリンの肩に手を添えて、首を振る。
「ミナト班だってそうじゃない。リンは医療忍者だし緊急時にも冷静に対処できる。みんなリンを認めてるよ。もちろんカカシだってそうだよ」
リンはカカシの名前が出てきたことに驚いたようだったけど、すぐに目を伏せて消え入りそうな声でつぶやいた。
「……カカシは私のこと、認めてないと思う」
「そんなわけないじゃん」
「認め合うって、私はお互い尊重して、補い合って、助け合うことだと思う」
そう言ったリンの足がふと止まった。一歩遅れて私も立ち止まり、彼女の顔を見る。リンは足元に暗く視線を落としたまま、続けた。
「カカシは私を守ってくれるし、任務中もすごく気にかけてくれる。でもカカシにとって私は、ただ『守るべき存在』でしかないの。私を一人の忍びとして認めてないし、私の助けは必要としてない」
「そんなわけないよ……カカシがリンを守るのは、リンのことが大事だからでしょ? お互い大事に思って、守り合っていけばいいじゃん」
「違うの」
リンが少し声を荒げる。彼女はリュックの肩ひもをきつく握りしめ、絞り出すように言った。
「カカシは私が大事なんじゃなくて、オビトとの約束が大事なんだよ」
「……どういうこと?」
リンは泣きながら話してくれた。オビトが最後、カカシにリンを頼むと言ったこと。カカシがそれに応えたこと。オビトがリンを好きだったから、オビトが大事にしていたリンを命に替えても守るとカカシが言ったこと。リンがカカシに気持ちを打ち明けようとしたとき、カカシはそれを拒絶したこと。敵にさらわれたリンを、カカシが一度見放そうとしたから。
「私が敵にさらわれたから二人をあんな目に遭わせたのに……カカシがそんなふうに思う必要ないのに……」
リンが震える手で顔を覆って泣きじゃくる。思わず拳を握り、私は脳裏に浮かぶ隻眼の同期に毒を吐いた。
「カカシ、あの野郎……」
「やめて、カカシを責めないで。カカシは悪くない」
慌てた様子でリンがカカシを庇う。私はリンの背中に腕を回して抱きしめながら、彼女が少し落ち着くのを待った。
「ごめんね、……あなたはオビトの親友だったのに、こんなこと言って。オビトは悪くない、カカシも悪くないのに。二人とも、私を守ろうとしてくれてたのに」
「オビトを親友なんて思ったことないよ。私の親友はリンで、オビトは私にとって弟みたいなもん。私はリンの味方だよ。オビトが片思いなのはずっと知ってたし、オビトだってリンがカカシのこと好きだってずっと分かってた。私もオビトも、これからもあなたたちを見守ってる。自信持って、リン。あなたの気持ちがいつかカカシに届くことを祈ってるよ」
リンは驚いたように目を開いたけど、私がもう一度きつく抱きしめると、ようやく笑みをこぼした。その様子を見て、私も軽快に笑ってみせる。
「いつでも何でも言って。カカシを引きずってでも連れてこいって言われたらやるから」
「が言うと冗談に聞こえない……」
「冗談じゃないから」
リンは苦笑すると、もう一度目元を拭って今度は柔らかく微笑んだ。
「、ありがとう」
でもそれ以来、リンは二度と弱音を吐かなかった。ただ重く口を閉ざすカカシの姿を見つめて、苦しげに目を細めるだけ。
その姿を見ているのがつらかった。リンもカカシも生きているのに、二度と戻ることのないオビトの存在が、二人の仲を繋いでいるようでいて遠く隔てている。それは呪いと同じだ。オビトだって、そんなことを望んでいるはずがないのに。