109.自責
俺は本当に大馬鹿野郎だ。
何度も、何度も何度も、何度も。あいつらはずっと、仲間の大切さを教えてくれていたのに。
『あんたはただ拗ねてるだけじゃない!! 五年もずっと、ただ拗ねてるだけよ!!』
あいつの言う通りだ。
俺は子どもだった。大好きな父さんが、俺を置いて行ってしまったことに傷ついて腹を立て、父さんを否定して、傷ついた自分の心を守ろうとした。
そんなことをしたって、傷は深まるだけなのに。
『仲間を大切にしないやつはそれ以上のクズだ』
そうだ。俺はどうしようもないクズだ。
あいつらはいつもいつも、俺にそのことを伝え続けてくれたのに。
もう一度失くさないと気づけないなんて――俺は本当に、最低のクズだ。
俺が死ねばよかったのに。お前が身代わりになるような価値、俺なんかになかったのに。
「……カカシ」
夜はいい。闇がすべて覆い隠してくれるから。
それなのに。
俺がこの世で最も会いたくない女が、暗闇の中から現れた。
***
真夜中の慰霊碑の前で、カカシは立ち尽くしていた。
厚い雲が流れて、時折月明かりが柔らかな影をつくる。私が声をかけると、カカシは一瞬振り向きかけたけど、すぐに前を向いて俯いたようだった。
少し躊躇したものの、私は彼の隣まで歩み寄った。
この一年、忍猫たちと戦うようになって以前より夜目が利くようになった。月明かりが差し込めば、真新しい名前が見て取れる。すでに何度か、ここに来て確かめた名前だった。
――うちはオビト。私の又従弟で、幼なじみで、同級生で、とても、大切な友人だ。
「……目、大丈夫?」
私が尋ねると、カカシは大げさなくらいびくりと身じろぎした。でも、俯いたまま答えない。多分、私と話す気はないんだろう。私はひとりで静かに話し始めた。
「今回の任務のこと、聞いたよ。お疲れさま」
「……………回りくどいんだよ」
「え?」
カカシが口を利くと思わなかった。目を丸くする私の隣で、カカシは震える拳を握りしめ、掠れた声で怒鳴った。
「俺のせいだって言いに来たんだろ。オビトが死んだのは俺のせいだって。そうだ、全部俺が悪い」
「何も言ってないでしょ、そんなこと」
「だったら何なんだ!! お前らがずっと俺に説教してきたことが正しかった、俺が間違ってた!! 俺のせいでオビトは死んだ、全部俺が悪いんだ。回りくどいことせずに、さっさとそう言えばいい!!」
「いい加減にしろ!!」
気付いたときには、私は平手で勢いよくカカシの頬を叩きつけていた。
咄嗟に、やってしまったと後悔した。手のひらは痛いし、心臓がバクバクと早鐘を打つけど、もう、引き返せない。
カカシは一瞬呆けたようだったけど、すぐに表情を硬くして右目だけで私を睨みつけた。相変わらず左目は、ずらした額当てに隠れている。
「あんたね、人の話聞きなさいよ!! いつ誰があんたを責めたのよ!! 少なくとも私は、そんなこと一言も言ってない。自分を責めたいんだったら勝手にやって。人を巻き込まないで」
カカシはしばらくの間、眉間にきつく力を込めて黙っていた。でもやがて、俯いて声を震わせながら捲し立てた。
「何でだ……お前もリンも、何で俺を責めない。俺が最初からあいつと一緒にリンを助けに行ってたら、あいつは死なずに済んだかもしれないのに。俺は最初、リンもオビトも見捨てようとした……俺のせいであいつが死んだも同然なのに、何で俺を責めないんだ!」
「あんたを責めればオビトが帰ってくるの?」
私の言葉を聞いてさらに顔つきが険しくなるカカシに、続け様に言い放つ。
「あんたが今も仲間は要らないとか、足手まといは要らないとか思ってるなら一発ぶん殴ってやろうかと思ってた。あ、もう殴っちゃったけど……でもあんたは、やっと気づいてくれたんでしょ? 大切なのは何かってこと。オビトだって安心してると思う。それに」
カカシが責められたいんだってことは、もちろん分かってる。でもそんなことをしても、意味なんかないから。私はそんなことのために、あんたに声をかけたんじゃない。
私はそっと手を伸ばして、固まるカカシの額当てを上に動かした。ちょうど風が流れて、月明かりがぼんやりとカカシの顔に落ちた。
痛々しい傷痕が走る中、見開かれた紅い瞳を私は初めて目の当たりにした。
「あんたは、オビトの一部をこうして連れて帰ってくれた。ありがとう」
ほんの一瞬、カカシの眼差しが子どもみたいに泣き出しそうに見えたけど、気のせいだったかもしれない。カカシは私の手を払い除けて、すぐさま額当てでまた左目を覆い隠した。
そのままその場に膝をついて、震える拳を地面に何度も叩きつける。
「くそ!! くそっ!! くそっ……………」
やりきれない怒りや、悲しみ、自己嫌悪。責めない私の冷淡さ。
分かってる。分かってるけど。
「あんたを責めてるのは、あんただけだよ」
そのまま慰霊碑に背を向けて、私は歩き出した。
ねぇ、サクモおじさん。
もしかしたらあなたも、今のカカシみたいに。