108.神無毘橋
忍猫からもたらされる情報はいつも唐突だ。彼らは依頼された内容を持ち帰ることもあれば、独自に仕入れた噂を興味本位で耳打ちしてくることもある。つまりそれらを精査し、組み立てる能力が不可欠だ。そのためにこの一年、自来也さんやいのいちさんの下で学んできた。
アイに知らされたオビトの死は、私がこれまで彼らから聞かされた情報の中で、最も衝撃的なものだった。
思わず、指に挟んだ千本を取り落とした。
「どういう……こと? ミナト先生と一緒だったんでしょう?」
「別行動だったらしいにゃ。さっきリンたちが戻ってきてたにゃ」
アイの話を聞いて、私は演習場を飛び出した。ゲンマの声が聞こえた気がしたけど、今は彼と話をすることも、その場に留まっていることも自信がなかった。心臓が早鐘を打って、全身から汗が噴き出す。
これまで味方の死や負傷なんて、いくらでも見てきた。私は母を亡くしたし、祖母も失いかけた。目の前でガイの父親が私たちを守るために命を落としたし、自分自身が死を覚悟したことさえある。
でも、生まれたときから何年も姉弟のように過ごし、離れてしまったあともずっと気にかけてくれたオビトを失うことなんて、まるで想像もしていなかった。
ミナト先生がいれば、大丈夫だと思っていた。
そんなもの、何の保証にもならないと、分かっていたはずなのに。
アイを肩に乗せて疾走する私の頭の上に、サクが現れてしがみついた。明け方は晴れていたはずなのに、いつの間にか雲に覆われていた寒空から雨さえ降ってくる。
私が火影邸の前にたどり着くと、中からカカシとリンが出てくるところだった。
二人ともボロボロで、ひどい顔をしている。カカシは怪我でもしているのか、額当てをずらして左目を覆い隠していた。
「リン……カカシ」
息を切らせながら呼びかける私を見て、二人は目を見張った。
リンが声を震わせながら、言ってくる。
「……どうして」
「オビトは――オビトは、一緒じゃないの?」
二人の顔が強張るのを見て、私は悟った。アイが言っていたことは、本当だったんだ。
オビトは、死んでしまったんだ。
口が乾いて、声が出なかった。
先に動いたのはカカシだった。剥き出しの右目をきつく閉じて俯くと、彼は私たちの前から逃げるように走り去った。
リンがすぐさま声をかけたけど、カカシはあっという間に姿を消した。
次第に強まる雨の中で、私たちは立ち尽くす。
ようやく動けるようになって私がリンに視線を戻すと、彼女は震える唇を噛み締めながら、両手で顔を覆ってその場にうずくまった。
私が駆け寄って抱きしめると、リンは勢いよく私に飛びついて声をあげて泣いた。
***
何が起きたのか、リンは私に話してくれた。
ミナト班に与えられた任務は、岩隠れの補給路となる橋の破壊工作。上忍となったカカシ率いる、オビト、リンのスリーマンセルと、ミナト先生とで別行動を取ることになり、リンたちは岩隠れの忍びと交戦になった。
そのときリンがさらわれ、敵のアジトにオビトとカカシが救出に現れたが、敵の術で天井が崩れてオビトが生き埋めになった――。
私のせいだと、リンは泣いた。
「私が足手まといだったから……私が捕まったりしなければ、オビトを死なせずに済んだのに」
「それは違うよ、リン。人はそれぞれ役割が違う。リンの仕事は後方支援でしょ。リンが責任を感じるところじゃない」
それはこの一年、色々な人たちと組んで学んできたことだ。私は弱い。忍猫たちに守られて、やっと戦場に立っていられる。それでも戦闘力でいえば中の下。それを悔やんだところで意味がない。そのために、仲間がいる。
私は私にできることを、やるだけだ。
泣き腫らした目で、リンがこちらを見つめた。長年共に学び、戦ってきたオビトを目の前で失ったリンの気持ちを考えたら、胸が潰れそうだった。それを思えば、私の痛みなんて大したことはない。
「オビトはずっとリンのそばにいられて……幸せだったと、思うよ」
私の言葉を聞いて、リンは再び顔を覆って泣き出した。泣かせたいわけじゃない。それでも、伝えたかった。
オビトはあなたのこと、ずっと、ずっと大好きだったんだよ。
***
オビトの死を知って、三日。
うちは家の葬儀に、私もばあちゃんも顔を出すことはできなかった。
空っぽの棺。慰霊碑に刻まれた名前。
私のもとには、アイたちから断片的な情報がもたらされた。繋ぎ合わせると、オビトが死の直前に写輪眼を開眼し、その左眼をカカシが託された。遅れて合流したミナト先生が何十人もいる敵を殲滅し、最終的に橋の破壊工作は成功。これで戦局は大きく動くだろうと噂されているらしい。
驚くべきことに、カカシが写輪眼を持つことを、うちはも認めたそうだ。
「あのオビトが……カカシに、写輪眼を?」
オビトはずっとカカシを毛嫌いしていた。カカシがあの態度ということに加えて、カカシはいわば恋敵だ。そのカカシに一族の血継限界を渡すということが、どうしても頭の中でうまく噛み合わなかった。
私の疑問を解消したのはミナト先生だ。オビトの葬儀の翌日、ミナト先生が私を訪ねてきた。
「どうしても君に、伝えておきたいことがあってね」
「……オビトの、ことですか」
客間に入ってもらおうとしたら、ミナト先生は玄関先で話し始めた。ミナト先生も疲れた顔をしていたけど、毅然とした眼差しで私をまっすぐに見据えた。
「それもあるけど、一番はカカシのことかな」
「……カカシ、ですか?」
眉をひそめる私に、ミナト先生は躊躇いがちに口を開いた。
こんなに歯切れの悪いミナト先生は初めて見た。
「君も知っての通り、カカシはずっとサクモさんのことを引きずって仲間を遠ざけてきた。でも今回のことで、カカシはやっと仲間の大切さを知ることができた。オビトが彼を変えたんだよ」
「……どういう、ことですか?」
オビトがあのカカシを変えた? だとすればそれはきっと喜ぶべきことなのに、ミナト先生の顔は曇っていた。
オビトが命を落としたから――それだけでは、ないような気がした。
「今回のことは、俺と別れたあとカカシが小隊長のときに起きたことだから、彼は責任を感じている。リンが拉致されたとき、カカシは最初、任務を優先しようとした。そのことでオビトと口論になって、オビトは単身リンを救出しに行ったんだ」
「え、でも……カカシも一緒に行ったんじゃ?」
「オビトの言葉が効いたみたいだ。一旦ふたりは別れたけど、カカシはあとからオビトを追いかけて合流した。結果的にリンを助けることはできたけど、オビトを救うことはできなかった。カカシは、自分が最初からオビトと一緒に行っていたらと……仲間を切り捨てようとしてきた自分が招いたことだと、自分を、許せないでいる」
ミナト先生の話を聞いたら、そのときの情景が目に浮かぶようだった。確かにこれまでのカカシなら、躊躇なく仲間よりも任務を優先するだろう。それが同期のリンだとしても。そのことにオビトが激昂することだって、容易に想像がつく。
でも、オビトがカカシを変えた。きっと仲間を――リンを大切に思う彼の情熱が、カカシの心を変えた。あのカカシが、仲間を助けに行った。仲間の大切さを知ったカカシになら、オビトは写輪眼を託せると思ったに違いない。そう考えたら、涙が溢れそうになった。
オビト、あんたは本当にすごいやつだよ。これまで何年もずっと、誰もカカシを変えることなんてできなかったのに。私が何度ぶつかっても、ダメだったのに。オビト、あんたは本当にすごいよ。
それなのに。
「これは、カカシが自分で乗り越えなければならない問題だ。でも君はずっとカカシを見守ってくれていた。俺もできる限り見るようにするけど、しばらく里には戻れない。もしもカカシがまた自分の殻に閉じ籠もってしまいそうになったら、俺に教えてくれないかな。こんなことをお願いして、本当に情けないんだけど」
私は驚きのあまり言葉を失った。あのミナト先生が、カカシのことで子どもの私に頭を下げている。先生だって何とかしたいのに、そばにいられないことが歯がゆいのかもしれない。
カカシ。あんたは一体、人にどんだけ心配かければ気が済むのよ。
「私なんか……何もできないと思いますけど。もしあいつが馬鹿な真似しでかしそうになったら、先生に必ずお伝えします」
拳を握って答えると、ミナト先生はほんの少しだけ笑顔を見せてくれた。ちょっと困ったようなその笑い方が、こんなときなのにやっぱり可愛いなと思った。
「ありがとう、。でも君も、何かあれば遠慮なく頼ってね。オビトは君にとっても、大切な仲間だったんだから」
「………」
こぼれそうになった涙を飲み込んで、私は首を振る。
「カカシやリンの痛みに比べたら……私なんか、大したことないです」
ミナト先生はまた顔を曇らせたけど、それ以上は何も言わなかった。
目の前で長年の友人を失った二人の気持ちを考えたら、押し潰されそうになる。
ゲンマやガイを目の前で亡くして、連れ帰ることもできないとしたら。
あのときのガイの気持ちだって、私に分かるはずもないけど。
ミナト先生が帰ったあと、私はしばらく居間のストーブにぼんやり当たっていた。アイとサクも少し離れたところで丸くなっているけど、どうにも落ち着かない。ばあちゃんも、今日は戻らないと言っていた。
すでに外は真っ暗だけど、耐えかねて家を出る。冷たい夜風の中、当て所なく歩いてやがて里の外れにたどり着く。
慰霊碑の前に、たたずむ人影があった。