105.ズレ


 その年の夏、オビトが中忍に昇格した。

 アカデミー入学前にばあちゃんに連れられて本選を見に行ったことはあったらしいけど、物心ついてからは初めてだ。何だか気恥ずかしかったけど、ばあちゃんと一緒にオビトの試合を見ているとすごく懐かしい気持ちになった。
 因みにリンは、残念ながら任務で里にいなかった。

 本選が終わってからばあちゃんと別れ、控え室のオビトを訪ねようとしたところ、階段の途中で私はゲンマとコマノに遭遇した。

 二人一緒のところを初めて見た。

「ゲンマ、コマノ! 来てたんだね」
、久しぶり。元気にしてた?」

 コマノは気さくに笑いながらこちらに近づいてきた。ゲンマは照れくさいのか、ちょっと難しい顔をしてその場で立ち止まった。
 へぇ。ゲンマもそんな顔、するんだ。何だかこそばゆくなって私は思わず笑ってしまった。

 さらに難しい顔になって、ゲンマが口元の千本を落ち着きなく揺らす。

「なに笑ってんだよ」
「ゲンマ、恥ずかしいんでしょ。いいじゃん、ほんとにお似合いだよ。もっと堂々とすれば?」
「ほんっとそう。たまの休みに会っても人目があるとすぐこれ。からもっと言ってやってよ、恋人でしょ? って」
「コマノ、余計なこと言うな」

 ゲンマがちょっと頬を染めて口を挟んでくる。相変わらず明るく堂々としていて、やっぱり胸元が目立つコマノと、そこから半歩引いて落ち着きなさそうに目線を泳がせるゲンマ。
 お似合いのはずなのに、あのゲンマがそわそわしているのはめちゃくちゃ新鮮だった。

「ゲンマ、せっかくコマノの隣にいるんだからもっと胸張ったほうがカッコいいよ」
「うるせぇ。胸のないやつは黙ってろ」
「むっ……え、それ今関係ないよね? ねぇ、彼女の前で言うこと?」
「ゲンマ、最低。あんたにいつもそんなセクハラしてるの?」
「事実だからセクハラじゃねぇ」
「事実かどうかは関係ないのよ。に謝って」
「あやま…………………スイマセンデシタ」

 露骨に嫌な顔をして、ゲンマが消え入りそうな声でそう言った。めちゃくちゃ腹立つけど、それよりゲンマが私にそんなことで頭を下げたことのほうが意外だった。
 へぇ。コマノの言うことなら、聞くんだ。へぇ。

 またニヤけてしまって、ゲンマの目つきがさらに鋭くなった。

「ニヤニヤしてんじゃねぇ」
「してない」
「めちゃくちゃ締まんねぇ顔してんぞ」
「もともと! こういう顔です!」
「鏡のあるとこ連れてってやろうか? お前がどんだけアホ面してるか」
「鏡なら持ってますんで結構です!!」

 ああ言えばこう言う。カッとなってさらに言い返そうとしたけど、コマノがいることを思い出して私は次の言葉をグッと飲み込んだ。

「……私、オビトのとこ行こうと思ってたんだった。お邪魔しました! ごめんねコマノ、また!」
「ええ。またね、
「うん、またね!」

 コマノにだけ笑いかけて、足早に立ち去る。なんか分かんないけど無性にムシャクシャした。でも私の知らないゲンマはやっぱり新鮮で、ニヤけてしまったのも事実だ。
 控え室に着く頃には、私はゲンマとコマノのことなんてすっかり頭から抜け落ちていた。


***


 はもっと寂しがるかと思っていた。

 別にコマノとのことを隠すつもりはなかったが、昨日の今日でまさかアイとサクにバラされるなんて思わなかった。というか、何でそんなとこまで見てんだよ。完全に覗きじゃねぇか。まさか店を出たあとのことまで知られてねぇよな?
 忍猫たちの信頼を勝ち取ったに、もう隠し事は何もできないのだということを俺は思い知らされた。

 はガキの頃から俺のことが大好きで、アカデミーの頃も下忍になってからも、中忍になって一緒に戦場へ出るようになったあとも、いつも当たり前のようにそばにいた。恥ずかしげもなく「ゲンマ、大好き」と言って、感極まって抱きつかれたところで俺だって自然と抱き返すだけだ。
 いつか離れるときがくることは、お互いに分かっている。いつまでもチームメイトではないし、はいずれ情報部に引き抜かれるだろう。俺にとってもにとっても、知らず知らずそばにいて、当たり前に笑い合っていた――それが俺たちだった。

 もちろん恋愛感情だとか、そんなものじゃない。俺たちは幼なじみで、兄妹のようなもので、も女だったんだなとふと気づいたところで別に何かが変わるわけじゃない。
 だって俺の知らないところで好きなやつでもいるかもしれないし、いたところで別に何とも思わない。

 だが、当たり前のようにいつもそばにいた俺が、他の女のところに行ってしまったら、はどう思うんだろう。
 毎年当たり前のように一緒に過ごしていた誕生日に、俺が帰らなくなったらどう思うんだろう。

 だがは、俺とコマノが付き合っていると知ったとき、心から嬉しそうに笑っておめでとうと言った。その笑顔に、偽りはなかった。

 引き止められたところで俺は困るはずなのに、引き止められるどころか背中を押されたことに寂しさを感じているのは俺のほうだった。

 はこの一年、見違えるほどに成長した。
 もう、俺なんかいなくても平気なのかもしれない。

 寂しいのはきっと、俺だけだったんだな。