101.内通者


 ばあちゃんが目覚めたという知らせを受けたのは、年が明けた一月の上旬。この戦争も六年目に入ろうという頃だった。
 私はゲンマ、ガイと一緒に岩隠れ方面の任務に出ていて、戦闘もあったし、どっとくたびれて里に帰還している途中だった。

 木の葉まであと半日というところで、突然サクが現れて私の肩に乗った。

、澪が起きたにゃ。早く帰るにゃ」

 森の中を歩いて進んでいた私たちは、足を止めて一斉にサクの顔を見た。
 私はドキリと高鳴った心臓に覆いかぶせるように、尋ねる。

「……ばあちゃんが? 大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないにゃ。しばらくは動けそうにないにゃ。それにちょこっと面倒なことになってるにゃ」
「……面倒?」

 何だろう。すごく、嫌な予感がする。
 面倒なことと言う割に、サクの口振りは軽やかだった。

「裏切者が死んだにゃ」


***


 急ぎ里に戻った私は一番に木の葉病院に向かった。ガイもついてこようとしたけど、只事ではないと察したゲンマが引きずって帰ってくれた。
 正直、ありがたかった。内通者のことでもし機密に関わる何かがあれば、ガイたちを危険に晒すことになる。自来也さんやいのいちさんの下で学ぶにつれ、私は情報の恐ろしさを身に沁みて感じるようになった。

 受付でばあちゃんの病室を聞こうとしたら、背後から肩に手をかけられた。
 慌てて振り向くと、自来也さんだ。任務に出てたはずだけど、もう戻ってたんだ。

「さすが、耳が早いな」
「ばあちゃんは……?」
「命に別条はないが、今は会えん。ひとまずこっちに来い」

 自来也さんが軽く手を挙げてエントランスの外へ誘導する。私はサクを肩に乗せたまま、自来也さんのあとに続いて初めて屋上に出た。冷たい風が吹き付けて肌を刺す。空は白んで雪でも降りそうな気配だった。

 自来也さんは何が起きたか話してくれた。霧隠れのスパイが潜入しているのなら、強力な敵に対峙したばあちゃんをこのまま放ってはおかないだろうと推測される。そこでばあちゃんの病室に監視をつけていたのだが、ばあちゃんが目覚めると同時に病室に現れた忍びがいた。

 それは何と、木の葉創設期から里に貢献してきた旧家の上忍だったという。

「油女シキ。蟲使いである油女一族の当主を兄に持つ上忍だ。この大戦の初期に水の国に入り、しばらくの間、消息不明となっていた」

 油女一族のことは知っている。攻撃、防御、偵察、毒などあらゆる術に長けた奇壊蟲を操る一族で、チョウザ先生の同期シビさんとは一度同じ任務に就いたことがある。
 シビさんの蟲を見ると忍猫たちはウズウズしてしまって、アイとサクが何匹か叩いて死なせてしまった。申し訳なかった。うちの忍猫とは相性が悪いなと感じた。

 私は信じられない思いで首を振る。

「油女家の上忍なんて……何でそんな人が霧隠れのスパイなんかに……」
「それはまだ分からん。今は警務部と尋問部が調査中だ。だがこれまでの状況から鑑みるに、水の国での失踪中に何らかの強力な術をかけられた可能性が高いと俺は踏んでいる」

 通常、霧隠れは捕虜を生かして帰さないと言われている。水の国で捕らえられた、もしくは消息を絶った者はまず確実に殺されるというのが、他国の情勢にある程度通じた忍びたちの間では常識だ。自来也さんやいのいちさんのそばにつくまで、私はそんなことは全く知らなかった。

 だから水の国に派遣される忍びは、実力を伴った小隊が選ばれることが多いそうだ。私たちがあのとき任されたのも、連携において木の葉で一二を争う猪鹿蝶率いる少数精鋭であるという理由からだったらしい。

 油女シキも当時、選りすぐりのスリーマンセルで水の国に入ったそうだ。でも深い霧の中で仲間たちは彼とはぐれてしまい、諦めて帰還して半月ほど経った頃、シキが戻ってきたらしい。

 シキは仲間とはぐれたあと、霧の忍びの目を掻い潜って何とか必要な情報を集めていたと説明した。彼は言葉通りの情報を持ち帰ったし、それだけ優秀な人だったから、特段疑わしいこともなかったという。
 それでも彼は、ごく一部の人間にしか入院を知らされていなかったばあちゃんの病室に現れて、ばあちゃんを手にかけようとした。

 背筋が凍った。

「内通者が死んだって、聞きました……どういうことなんですか? 何で? 捕まえて吐かせれば良かったのに」
「勝手に死んだにゃ。しょうがないにゃ」

 肩のサクがあっさりと口を挟むと、自来也さんは渋い顔をして頷いた。

「その通りだ。恐らく何らかの時限装置としての術がかけられておったか……拘束しようとした時点でシキは突然血を吐いて死んだ。今、シキの検死と並行して、シキ失踪時の隊員や油女家の者たちに話を聞いているところだ」

 油女家のシビさんは、言葉少なで何を考えているかよく分からないところがある。だからといって里を裏切るなんて考えられない。
 いや、考えたくないだけか。それほど私はシビさんのことを知らないし、油女シキなんて会ったこともない。その人が里を裏切らないと、なぜ言える? 失踪中に霧隠れに術をかけられていたとしても、一体どんな? 何年もそんなこと、バレずに過ごせるものなの?

 私の頭で考えたって分かるはずもないし、自来也さんは調査中だと言っているじゃないか。私は頭を振って、一旦シキのことを忘れようとした。

「……そんな大事なこと、私なんかに話していいんですか?」

 こんなことを聞いたら、もう話してくれなくなるかもしれない。そう思ったけど、私は聞かずにはいられなかった。
 自来也さんはきょとんと目を丸くしたあと、あの気さくな笑顔で景気よく笑ってみせた。

「どうせお前の耳にはいずれ入る。それならば下手に断片的な情報を知られるよりも、より俯瞰的な情報を事前に伝えておいたほうがよかろう。これは三代目も了承済みだ。お前の家族に関することでもあるからな」

 確かに道中、サクが細切れの情報は伝えてくれた。でも自来也さんの話を聞いてようやく全体像が分かってきた気がする。
 忍猫たちが情報を持ち寄ってくれたところで私にそれを精査する能力がなければ、かえって仲間を危険に晒すということだ。

「澪様はシキの毒を少し受けてしまったが、すでに解毒済みだ。数日もすれば回復するだろう。だがシキの単独犯という確証が得られるまで、しばらく澪様の所在は伏せられることになる。そこいらで迂闊に澪様の名を出されては困る」
「……すみません」

 ばあちゃんが入院していることも極秘事項だったのに、つい気が急いてしまった。私が肩を落とすと、自来也さんは深刻な顔つきをすぐに崩して穏やかに微笑んだ。

「お前は実に素直なやつだ。その率直さがやがてお前を生かしも殺しもするだろう。忍猫使いとして情報を扱って生きる以上、時には道具になりきる覚悟が必要だということがいつかお前にも分かるだろう」

 道具になりきる覚悟。
 私に、できるだろうか。

 すぐに泣いてゲンマに甘えていた私も、少しずつ自分の足で立つことができるようになった気がする。それでもこうして、気がつくと感情が先立って反射的に動いてしまう。
 いつか冷静に状況を判断して仲間の利益のために行動できるようになりたい。そのために今、自来也さんやいのいちさんの下で学んでいる。

 小さく深呼吸して、私はかつてのシカク先生の言葉を思い出した。焦っていいことなんて、一つもない。
 できることを、一つずつこなすしかない。

「澪様に会えるようになればこちらから連絡する。お前のもとに新たな情報が入れば、俺かいのいち、もしくはミナトの耳に入れるように。いいか、自己判断で勝手に動くなよ?」
「……はい」

 釘を刺された。おとなしく頭を下げる私の肩で、サクは「眠たいこと言うにゃ」と言って大きくアクビをした。
 ちょうどそのとき、私のもう片方の肩にアイが飛び乗った。

、澪がお前と話したいそうにゃ」