01.家族


 第四次忍界大戦は、初めて大国が協力し合って勝利を収めた、これまでにない意義を持つ戦いだったらしい。たった二日の戦争だったけど、敵の黒幕を倒した十月十日を里では終戦記念日として、毎年式典が行われている。
 その式典の締めくくりとして、里の人たちの前で踊っているのが、俺の母さんだ。

「陽のお母さん、相変わらず美人だよね」

 母さんが舞衣を着て踊るのは、第四次大戦で死んだ人たちの名前が刻まれた慰霊碑の前。実に一万人の忍者が命を落としたそうだ。俺の伯父に当たる人も、このとき亡くなった。
 参列者の中でも前方を陣取った俺の隣で、いのじんが耳打ちしてきた。

「いのじんの母ちゃんだって美人だろ」
「うちの母さんは全然ダメ。やっぱ女の人は君のお母さんみたいな奥ゆかしさがないと」
「それは家にいるときの母さんを知らないからだと思うぞ……」

 巫女として踊っているときの母さんは、確かに綺麗だと思うし、誇らしくも思う。里から離れたところにあるの神社には、定期的に掃除や祈祷のために足を運び、里の人たちや過去の戦死者、そして世界のために祈っている。何度か父さんに連れられて俺もその姿を見たことがあるけど、本当に綺麗で、カッコいいなと思った。

 ――が、巫女の役目を終えれば、母さんの顔は一変する。

「陽、来てたのか」

 舞いを終えて母さんが袖に消えると、火影様の挨拶で式典は幕を閉じる。人が疎らになってきたところで、俺は聞き慣れた声に呼びかけられた。

「あ、カカシさん!」
「どーも。元気してた?」

 ゆったりと現れたのは、先代火影のカカシさんだ。里の偉い人だって知ったのはごく最近だから、それまではカカシのおじちゃんって呼んでいた。その度に、父さんは変な顔をしていた。
 カカシさんは母さんの同級生で、子どもの頃からの付き合いらしい。俺のことを昔からよく可愛がってくれて、赤ん坊のときの玩具といえば、カカシさんからのプレゼントが多い。さすがにもう使うことはないけど、部屋の押し入れに眠ったまま、捨てられないでいた。

「元気ですよ! カカシさんは?」
「よーうー。そんな他人行儀なのやめて。前みたいにタメ口でいいのよ」
「先代の火影様にそれでは、示しがつきませんから」

 カカシさんの背後から現れて口を挟んできたのは、見るからに不機嫌そうな俺の父さんだ。父さんは四代目の時代から長く火影様の護衛だったけど、七代目になってから、部下の育成が主な仕事になったらしい。つまり、カカシさんはかつての上司にあたるはずだけど――父さんは絶対、カカシさんのことが好きじゃない。
 カカシさんも、少し困った顔で父さんを振り返った。

「お前はホントに真面目だねぇ、ゲンマ」
「こいつも来年からアカデミーですから、そのへんの分別はつけてもらわないと」

 咥えた千本の先が上がっているのは、ちょっと機嫌が悪いときだ。父さんの一族は長楊枝を口にしている人が多いけど、父さんほどその心中が分かりやすく口元に出る人はいない。本当に、歴代火影の護衛だったんだろうか。

 カカシさんの口布がまた動いたところで、今日の式典のために一時的に作られた舞台袖から、ぞろぞろと女の人たちが出てきた。
 全員、俺のよく知る大人たちだった。

「あら、いのじん。待っててくれたの?」
「別に、母さんを待ってたわけじゃないよ」

 いのじんの母ちゃんは、花屋のオーナーだ。式典用の落ち着いた献花も、毎年山中花店に頼んであるらしい。いのじんは素っ気なく答えたけど、いのじんの母ちゃんは豪快に笑いながら息子の肩を小突いた。いのじんも、まんざらではないといった様子だ。

 いのじんの母ちゃんたちと一緒に現れたのは、全員不知火家の家族だった。

「陽、六代目と一緒だったの?」

 いの一番に駆け寄ってきたのは、ネネコの姉ちゃんだ。俺の従姉――まぁ、父さんの従兄の子どもだから、厳密に言えば違うらしいけど――に当たる人で、俺が生まれたときからずっと世話を焼いてくれていたらしい。今もよくうちに顔を出して、時々修行にも付き合ってくれる。
 姉ちゃんのすぐ後ろから、ばあちゃんに伯母さん、それに私服に着替えた母さんが次々とやって来て、カカシさんに挨拶した。

「カカシさん、いつも孫が可愛がってもらって、ありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ。聡明なお孫さんで、将来が楽しみですね」
「カカシ〜そんな猫かぶんなくていいから。誰も今さらあんたに模範なんか求めてない」
「ちょっと、息子の前でなんてこと言うのお前は」

 ばあちゃんが丁寧にカカシさんに挨拶する後ろから、母さんが横槍を入れる。ばあちゃんが呆れた顔で振り返ると、母さんはカラカラと笑いながら近づいてきて、俺を唐突にギュッと抱きしめた。嫌じゃないけど――横にいのじんがいる。やっぱりやめてほしい。

「母さん……人前でやめろって」
「だって陽が聡明でもそうでなくても、元気にいてくれるだけでお父さんもお母さんも嬉しいから。カカシが適当なこと言ったって、何にも気にする必要なんかないのよ」
「ちょっと、お前は俺のこと何だと思ってるの」

 母さんのカカシさんへの扱いはいつもこんな感じだ。俺からすれば、両親が先代火影に塩対応なのは肩身が狭くないわけじゃない。でもカカシさんは母さんにそれこそ適当な扱いを受けていてもどこか嬉しそうに見えることがあって、大人ってよく分からないというのが正直なところだ。

 楽しそうに笑っている母さんの肩に、父さんが手早く脱いだ黒い羽織をかけた。

「お疲れさん」
「うん。ありがと、ゲンマ」

 ――これだ。

 母さんは人前で踊っているとき、いのじんが言っていた『奥ゆかしい美人』というやつに見えるんだろうけど、巫女の衣装を脱げばまるで子どものようなはしゃぎ方をすることがある。
 さっきまでの神々しさはどこへやら、ばあちゃんや伯母さんたちに囲まれて笑う母さんの顔は、誰よりも幼く見えた。誰よりも、は言い過ぎか。ネネコの姉ちゃんに負けないくらい、とでも言っておこう。いのじんの母ちゃんよりは目に見えて子どもっぽい。

 特に、父さんの前ではそのことがはっきりと分かる。

「陽、みんなでご飯でも食べて帰ろ。いのさんたちも一緒にどう?」

 うちの伯母さんが声をかけると、逃げようとする息子の肩に腕を回して、いのじんの母ちゃんが満面の笑みで微笑んだ。

「是非! いのじん、あんたも行くのよ」
「え〜ボクはいいよ……」
「行くのよ!」
「痛い痛い痛い痛い!!」
「いのさん、何も無理にとは……」
「いいえっ! ご一緒させていただきますっ!!」

 いのじん、ドンマイ。

 こめかみに拳を食らい頭を抱えるいのじんに苦笑いして、俺はカカシさんに別れを告げた。