エピローグ
「おかえり、ゲンマ」
任務を終えて三日ぶりに帰ってきたゲンマを玄関先まで迎えに出たら、起きてたのかってびっくりされた。確かに今月はつわりが重くて休みをもらったけど、毎日寝てるってわけじゃない。今日は調子がいいから日中少し散歩に出たくらいだ。大丈夫だよと答えたら、ゲンマは少し安心したように微笑んで、私の背を抱き寄せた。
「ただいま、。会いたかった」
「私も会いたかったよ、ゲンマ。おかえり」
ゲンマは私の身体を包み込むように抱きしめたけど、お腹に気を遣っているのか、前より力は抜いているみたい。まだそんなこと、全然気にしなくていいのに。
軽く裾を引いてねだると、優しく笑ったゲンマが腰を屈めてキスしてくれた。
私が寝ていると思って、ゲンマは外で食べてきたみたい。私が起きたときに食べられるようにって、刺激の少ないお惣菜をいくつか買ってきてくれた。一緒に食べたかったけど、仕事柄、こういうことはよくあるから仕方ない。
「調子いいなら一緒に風呂はいろ」
ゲンマは私が食事を終えた後片付けを進んでしてくれる。妊娠する前は一緒にやってたのに、本当に過保護。まぁ、ゲンマは昔からそうだけど。
さらりとされた提案に、ちょっとドキッとした。お風呂はこれまで何回も一緒に入ってるけど、最近ちょっと身体が丸くなってきた気がするから、あんまり明るいところで見られたくないかも。
モジモジしている私を見て、ゲンマが不思議そうに聞いてきた。
「どうした? やめとくか?」
「ん……恥ずかしいから、やめとく」
ゲンマは純粋に、理解できないようだった。怪訝そうに眉をひそめる夫から、私は視線を逸らす。
「……なんか丸くなってきたから、やだ」
恥ずかしい。これからどんどん丸くなるのかな。仕事戻れるかな。ていうか、産んだら身体元に戻るかな。ていうか、無事に産めるかな。
嫌な想像がどんどん膨らんで落ち込む私の頬を、ゲンマの両手が無遠慮に挟み込んだ。
すごく、不機嫌そうな顔で睨まれる。
「お前、そんなことで俺がどうこう言うと思ってんのかよ」
「んっ……お、思わない、けど……」
「けど?」
詰め寄られて、思わず口を噤む。しばらく目を泳がせてから、やっとのことで小さくごねた。
「……だって、私がイヤなんだもん。ゲンマには……ずっと、キレイって思っててほしいもん……」
「………」
ゲンマが、狐につままれたような顔で固まってしまう。口にしたことを私が後悔し始めたとき、ゲンマはまた眉間にしわを寄せてぶっきらぼうに捲し立てた。
「お前、今すぐ全部脱げ」
「はっ!? 何言ってんの!?」
「俺が隅から隅までお前の身体の何が好きか全部説明してやるから」
「何言ってんのバカやだ変態っ!!」
ソファの上で半ば押し倒されそうなほど距離を詰められ、反射的にゲンマの胸をバンバン叩いてしまう。多分、お腹にのしかからないように腰は浮かせながら、ゲンマが仏頂面で口を開いた。
「お前の不安なんかこれまでだって全部潰してきた。これからだってそうするに決まってんだろ。つーか俺との子どもが腹ん中にいるっつーのに、それで丸くなったからって何だよ、好き以外ねぇに決まってんだろ。ありがとうしかねぇよ」
今度は私が、言葉を失う番だ。恥ずかしい。恥ずかしすぎる。何でそんな恥ずかしいこと平気で言うの。
でも、これが私の子ども時代からよく知ってる、不知火ゲンマ――今は、ゲンマだけど――その人なんだ。
これが、私の生涯で心底好きになった、唯一の人なんだ。
「異論なしってことだな?」
「あ…………えっ、あっ」
そのあとのことは、思い出すのも恥ずかしい。
私たちはこの三十年、あまりにも遠回りしたけど。
今、家族になって、新しい未来の門をくぐり、共に歩き出したばかりだ。