クリスマス・ランチを食べ終わると、はウィーズリー一家とハリー、ロン、ハーマイオニーと一緒に、ムーディ、リーマスの護衛つきでウィーズリー氏の見舞いに行くことにしていた。ウィーズリー一家とハリーは二度目の訪問だという。
聖マンゴ病院に行くのは初めてだった。今まで少し体調を崩したりしても町の薬局で事足りたし、入院するような大きな事故に遭ったこともない。
ウィーズリーおじさんは予想よりもずっと元気が良かったが、それはマグル療法の「縫合」とかいうものを自分の傷にも試したのを、何とかおばさんに隠そうと演じていたことだと分かった。
「大体そんなことだって、
どういうことですか!?」
おばさんの怒声を聞きながら、たちはほとんど走るようにして病室を飛び出した。ビルと双子はお茶を飲みに少し前に出て行ったし、リーマスは同じ病室の奥の患者のところへ行っていた。もう十年以上リーマスと暮らして得た感覚から、恐らくその人も人狼なのだろう。
六階の喫茶室に向かう途中、たちは五階で金髪の男に出会った。どこかで見たことがあるような気がする。素っ頓狂な声をあげたのは、ロンとハーマイオニーだった。
「なんてこった」
「まあ、驚いた! ロックハート先生!」
ライラック色の部屋着を着たその男はニッコリと意味のない笑いを浮かべ、輝くような白い歯を見せている。は手のひらを打ち合わせた。
「ギルデロイ・ロックハート!?」
「おや、こんにちは! ええ、わたしはギルデロイ。あなたたち、わたしのサインが欲しいんでしょう?」
うわ、本屋で見かけた表紙そのまんまの傲慢な態度。でもどこか抜けている。そういえば、ここ最近ロックハートの本を見ていない。
怪訝そうに眉根を寄せる彼女を見て、ハーマイオニーが耳打ちした。
「ロックハート先生、が入学する前の年に『闇の魔術に対する防衛術』の先生だったのよ。でもちょっと事故があって記憶をなくしちゃって」
記憶喪失。それでここ数年、本屋でも彼の本を見なくなったのか。
どういうわけか、ハリーとロンが顔を見合わせて少しだけばつが悪そうに目配せするのが見えた。
ちょうどそのとき廊下の一番奥のドアから首を出した癒者が、ロックハートの見舞い客だと勘違いしてとても嬉しそうに笑いかけてきたので、たちは仕方なく、少しギルデロイの病室に立ち寄ることにした。
肘掛椅子に腰掛けて嬉しそうにサインに熱中するロックハートを横目に見ながら、は小さく息をついた。この人に教わらなくて良かった。どうもこの手のタイプは苦手だ。
「あら、ミセス・ロングボトム、もうお帰りですか?」
病室の奥に行っていた癒者の声に、ハリーがくるりと勢いよく振り返る。つられてもそちらに顔を向けた。
spread distance
「ネビル!」
ロンが呼びかける。の目線の先には、DAで一緒のあのグリフィンドール生が、年老いた魔女と一緒に立っていた。確かハリーたちと同級生のはずだ。彼女もDA集会で何度か言葉を交わしたことがある。
ネビルはまるで弾丸が掠めたかのように飛び上がり、縮こまった。
「ネビル、僕たちだよ! ねえ、見た? ロックハートがいるよ! 君は誰のお見舞いなんだい?」
ロンが立ち上がって明るく言ったが、ネビルがまずいところを見られたと思っているのは一目瞭然だった。ぽっちゃりした顔に赤紫色がサッと広がり、誰とも目を合わせないようにと俯いている。
「ネビル、お友達かえ?」
老魔女がこちらに近付きながら上品な口振りで訊ねた。彼女は目を凝らしてハリーを眺め、しわだらけの手を差し出して握手を求めた。
「おう、おう、あなたがどなたかはもちろん存じてますよ。ネビルがあなたのことを大変褒めておりましてね」
「あ……どうも」
ハリーが握手する。ミセス・ロングボトムはロンとジニーに次々と、威風堂々と手を伸ばした。
「それに、あなた方おふたりはウィーズリー家の方々ですね? ええ、ご両親を存じ上げておりますよ。もちろん親しいわけではありませんが、しかしご立派な方々です。ご立派な……そしてあなたはハーマイオニー・グレンジャーですね?」
ハーマイオニーは少し驚いた顔をしたが、臆せず握手した。
「ええ、ネビルがあなたのことは全部話してくれました。何度か窮地を救ってくださったのね?」
照れたように笑うハーマイオニーの手を放したミセス・ロングボトムは、最後にに顔を向けた。
「あなたは
」
「初めまして、ロングボトムさん。・ルーピンです」
微笑んで右手を差し出すと、ミセス・ロングボトムは一瞬目を瞬かせたが、すぐに彼女の手を取って嬉しそうに笑んだ。
「あぁ、あなたが! ネビルから聞いていますよ、ルーピン先生がどれほど素晴らしい先生だったか……あなたもお父様の才能をお継ぎになったのか、とても素晴らしい魔女だと」
は自分の頬に、あっという間に熱がこもるのが分かった。セドリックが父親に自分のことを話してくれていたときもとても照れくさかったが、さほど親しくもないネビルにまで、そんなにも高く評価されているなんてなんだか恥ずかしい。
一方でミセス・ロングボトムは、骨ばった鼻の上から、厳しく評価するような目でネビルを見下ろした。
「
ですが、この子は口惜しいことに父親の才能を受け継ぎませんでした」
そして奥のベッドふたつに、ぐいと顔を向ける。彼女の帽子の上で少しだけ揺れた剥製のハゲタカは、一年生のクリスマスにダンブルドアが被っていたものにとてもよく似ている。
ロンが目を丸くして、素っ頓狂な声をあげた。
「えー!? 奥にいるのは、ネビル、
君のお父さんなの!?」
するとミセス・ロングボトムは鋭い声で叫んだ。
「何たることです! ネビル、お前はお友達に両親のことを話していなかったのですか!?」
ネビルは深く息を吸い込み、天井を見上げて首を横に振った。ミセス・ロングボトムの顔が怒りに少し赤らんだ。
「いいですか、何も恥じることはありません! お前は
誇りにすべきです! ネビル、
誇りに! あのように正常な身体と心を失ったのは、一人息子が親を恥に思うためではありませんよ、お分かりか!」
「ぼく……恥になんか、思ってない」
ネビルは消え入るように言ったが、頑なにたちの目を避けていた。ロンは爪先立ちで、奥のベッドを覗こうとしていた。
「はて、それにしてはおかしな態度だこと! わたくしの息子と嫁は
」
ミセス・ロングボトムがこちらに向き直り、誇り高く、厳しい口調で告げた。
「『例のあの人』の配下に、正気を失うまで拷問されたのです」
は目を見開いて硬直した。ハーマイオニーとジニーはアッと両手で口を押さえ、ロンは首を伸ばすのを止め恥じ入った顔をした。ハリーは知っていたのだろう、気の毒そうな顔で目を細めた。
「ふたりとも闇祓いだったのですよ。しかも魔法使いの間では非常な尊敬を集めていました。夫婦揃って才能豊かでした。わたくしは
おや、アリス、どうしたのかえ?」
ネビルの母親とおぼしき魔女が、寝巻きのまま部屋の奥から這うような足取りで近寄ってきた。やつれ果て、目だけが異常に大きい。髪は白くまばらで、まるで死人のようだ。彼女はおずおずした仕草で、ネビルの方に手を差し伸ばした。
「またかえ?」
ミセス・ロングボトムがうんざりした声で言った。
「よしよし、アリスや……ネビル、何でもいいから受け取っておあげ」
ネビルはもう手を差し出していた。その手の中に、ネビルの母親は『よく膨らむドルーブル風船ガム』の包み紙をぽとりと落とした。
「まあ、いいこと」
ミセス・ロングボトムは楽しそうな声を取り繕い、ネビルの母親の肩を優しく叩いた。ネビルは小さな声で、ママ、ありがとうと言った。
母親は鼻歌を歌いながらよろよろとベッドに戻っていった。ネビルはようやくみんなの顔を見回し、笑いたきゃ笑えと挑むような目をした。けれどこんなにも笑いから程遠い光景を、は他に知らない。
ミセス・ロングボトムは緑の長手袋を取り出して溜め息をついた。
「さて、もう失礼しましょう。みなさんにお会いできて良かった。ネビル、その包み紙は屑籠にお捨て。あの子がこれまでくれた分で、もうお前の部屋の壁紙が貼れるほどでしょう」
そしてふたりは静かに病室を去っていった。
(話せるはず……ないじゃない)
ネビルもフランシスも、きっと同じ気持ちなんだ。大切な人を、痛めつけられ、命を奪われて。ネビルの瞳が思い出された。涙が止まらない。
話せるはずなんかない。
ごめん、ごめんね。ごめん……フランシー、ごめん
。
わたしは何にも、知らなかったんだ。家族をバラバラにされた、でもそれ以上に、あなたは。
「僕、知ってた」
ハリーが暗い声で言った。
「ダンブルドアが話してくれた。でも、誰にも言わないって、僕、約束したんだ……ベラトリクス・レストレンジがアズカバンに送られたのはそのためだったんだ。ネビルの両親が正気を失うまで『磔の呪い』を使ったから」
の全身に衝撃が走った。ベラトリクス・レストレンジ
どこかで、見た名前だ……。
「ベラトリクス・レストレンジがやったの?」
ハーマイオニーが恐ろしそうに言った。
「クリーチャーが巣穴に持っていった、あの写真の魔女?」
分かった。ブラック家の系図に載っていた、魔女。
「……レストレンジが」
ポツリと呟いた彼女を、みんなが青ざめた顔で見た。
ベラトリクス・レストレンジ。ブラック家の一員。ベラトリクス・ブラック……確か、シリウスの従姉妹に当たる
。
つまりわたしは、ベラトリクス・レストレンジの親戚で。
忌まわしい死喰い人。ネビルの両親を廃人にした女が、わたしの、身内。
汚らわしいという思いが身体中を駆けずり回った。そうだ、わたしはあの、マルフォイ一家とも。
自分の身体を抱き締めて身震いするにハーマイオニーがそっと手を伸ばしたとき、ロックハートの怒ったような声が響いた。
「ほら、せっかく練習して続け字のサインが書けるようになったのに!」
ホグワーツへの出発の日が近付いてくるにつれ、シリウスはどんどん不機嫌になっていった。ウィーズリーおばさんが『むっつり発作』と呼んでいるものが始まると(はこの命名をかなり評価した)、シリウスは無口で気難しくなり、しばしばヒッポグリフの部屋に何時間も引きこもっての呼びかけにすら答えない。彼の憂鬱が、毒ガスのようにドアの下から滲み出して館中に感染した。
差出人不明のニンバス二〇〇三は、双子の手に渡ることが多かった。ふたりは箒をアンブリッジに取り上げられていて、ひどく飛行願望が強い。無論、屋敷を出て乗り回すような真似はできないが、ニンバスを見ては「ここがいい」「このしなり具合がたまらない」とか、マニアックな感想をよく口にしていた。
贈り主を探してみると言っていたリーマスもここのところ屋敷を留守にしているので、結局誰からのプレゼントなのかは分かっていない。休暇最後の日、は双子の部屋でベッドに横たわり、飽きもせずにニンバスを触っているフレッドとジョージをぼんやり眺めていた。
「ひょっとすると今年のクィディッチ杯はハッフルパフの手に渡るかもしれねえな」
「そうだな相棒、なにせ我らがが加わった上に、
ニンバス二〇〇三だぜ? おまけに僕らのチームは最強ビーターに最強シーカーが抜けた……キーパーはあのザマだし、、今年はいけるかもしれねえぜ」
「自分で最強ビーターとか、言う?」
「僕は事実を言ったまでだ」
確かにと相槌を打つのも癪だったので、彼女は寝返りを打ってふたりに背を向け、大きく伸びをした。
口には出さなかったが、も今年のクィディッチ・ゲームには自信があった。ハッフルパフの第一戦ではチェイサーもビーターもかなり出来上がりが良く、レイブンクロー相手にかなりいいところまでいった。あとはシーカーのエアロンがもう少し頑張ってくれたら優勝杯も無理じゃないかもしれない。
そのとき、下からドタドタと階段を誰かが駆け足で上がってくるのが聞こえた。部屋の扉を勢いよく開けたのはジニーだ。幸せ一杯という顔をしながら少し息を切らせている。
「パパが退院したわ! いま戻ってきた!」
フレッドとジョージはニンバスを放り出して飛び上がった。
「ほんとかよ!?」
「やった!」
ジニーに続いて部屋を飛び出した双子に、も急いでついていった。良かった、これでみんな安心してホグワーツに戻れる。
シリウスの母親の肖像を起こさないようにと玄関ホールは静かだったが、そこには元気よく笑うウィーズリーおじさんとおばさん、ビルにロン、ハーマイオニーがいた。
「良かったですね! 退院おめでとうございます!」
厨房への階段をみんなで下りながら声をかけると、おじさんはありがとうと嬉しそうに振り向いた。
そして厨房のドアを開けるや否や、おじさんは明るく声を張り上げた。
「治った! 全快だ!!」
だがたったいま厨房に入った全員は、中の光景を見て入り口に釘付けになった。何だ、何が起こっているんだ……。シリウスとスネイプが、互いの顔に杖を突きつけたままこちらを見ている。ハリーはふたりを引き離そうと両手を広げ、その真ん中に突っ立って固まっていた。
スネイプの顔を久し振りに見たの心臓がどきりと跳ねたのは、きっとこの状況のせいだけではないだろう。
「何てこった
一体、何事だ?」
ウィーズリーおじさんの顔から笑いが消えていった。
シリウスもスネイプも杖を下ろし、スネイプはさっさとそれをポケットに仕舞い込んだ。極めつきの軽蔑を顔面に浮かべたまま、スネイプがこちらに歩き出す。だが少し進んだところで彼はハリーを振り返り、「ポッター、月曜夕方の六時だ」と告げるとまた入り口に向かって大股で歩き出した。
ドキドキと胸が高鳴る。
スネイプが、こちらに近付いてくる。は無意識のうちに胸元のセーターをギュッと握り締めた。
そのままたちの脇を通り過ぎるかと思われたスネイプが、いきなり彼女の傍らでピタリと足を止めた。どうしよう
顔を、上げられない。心臓の音がどうしようもないくらい喧しい。
休暇前の彼の研究室で起きた出来事を思い出してしまい、頭の中が混乱する。
何で止まるんだ。早く、出て行って欲しい。
不安になって恐る恐る顔を上げると、スネイプは簾のような黒髪の下からその黒い瞳でジッと彼女を見つめていた。そしてその目がニヤリと笑んだかと思うと、突然ローブの下にあった彼の右手がこちらに伸びてきた。
ぞくりと背筋に奇妙な興奮が走る。は視界の隅で、フレッドとジョージの顔が硬直したままジッとこちらを凝視しているのを見た。
スネイプの手がそっと彼女の顎を掬い上げる。そのまま指先を滑らせ、酸素を求めて唾を飲み込んだ彼女の喉を撫でると、彼は何も言わずに厨房を去っていった。
背中でバタンと音を立てて扉が閉まる。はドキドキと高鳴る胸を何とか抑え込もうとしたが、身動きひとつ取れなかった。どうしよう……耳まで、とてつもなく熱い。何で、いきなりどうして、あんなことを。
厨房中のあらゆる目という目が自分を見つめていることに気付いては慌てて何か言おうと口を開いた。でも、何も思いつかない。彼女は無意味な笑い声をあげて、厨房の奥へとバタービールでも取りに行く振りをして動いた。
だが倉庫に入った彼女をすぐにシリウスが追いかけてきた。
「!」
びくりと身を強張らせ、バタービールの瓶に手を伸ばしたまま固まる。シリウスはひどく狼狽しているようだった。
「あ……その、あー……その……、スネイプは……その、なぜさっき、君にあんなことを」
わたしが訊きたい! 今さら、何なんだろう。しかもみんなの目の前で……一体、何を考えているの。
だが彼女の脳裏にはひとつの可能性が浮上していた。彼はシリウスを憎んでいる。シリウスを挑発するためならあらゆる手段を講じるだろう。つまり、そういうことだ。有り得ない話ではない。彼は決して、わたしを愛してなどいない。
はシリウスに背を向けたまま無造作に瓶の蓋を開けた。そのまま息が切れるまで、一気に中身を喉に通す。バタービールが半分ほどになった瓶を黙って握り締めていると、シリウスが自分でも信じたくないがと言わんばかりの声で訊ねてきた。
「……まさかとは思うが、君は、その……まさか、スネイプとその……まさか、かなり親密な関係ということは、
まさかないだろうな?」
まさか、まさか。うるさい。
彼女は瓶を握ったまま勢いよく振り返った。
「ストレートに訊けばいいでしょう、スネイプと寝たのかって! あなたが訊きたいのはそういうことでしょう!?」
シリウスの顔が途端に強張った。いい気味だ。どうせあなたは、何も知りはしない。
「だったら何だって言うのよ、あなたに関係ないじゃない!!」
「だが……奴は教師だ、もし本当にそんなことがあったなら、奴は
」
「それは先生のせいじゃない! でもダンブルドアに言いつけたいなら勝手に言えばいいわ、あなたにはそれくらいしかできることなんてないものね!!」
シリウスは今にも怒鳴りだしそうな顔をしたが、軽く頭を振って冷静さを取り戻そうとしているようだった。眉根を寄せて、言ってくる。
「、分かっているだろう、奴は死喰い人だった……アイツが
本当に騎士団に忠誠を誓っているなんていう保証はどこにもない 」
「ダンブルドアが信用してる!!」
「! わたしは君のためを思って
」
「わたしのことなんか何にも知らないくせに!!」
彼は、怒りというよりも衝撃に打ちひしがれた顔をした。は持っていた瓶を床に叩きつけた。砕けた破片と一緒にバタービールが辺りに広がっていく。
そうだ、あなたは何にも知らない。
「あなた、知ってるの? 対抗試合で死んだ選手がわたしにとってどれだけ大切な人だったか……知ってる? 知るわけないわよね。あなたはわたしのことなんて何にも知らない、知ろうともしてない……なのに今さら、
父親面しないでよ!!」
シリウスは目を見開いて固まった。怒るかと思った。でも彼は、何も言わずにただ呆然と立ち尽くしていた。
苦しめばいい、悩めばいい。わたしが苦しんだ分、悩んだ分。いや、それ以上に。
「それに去年のクリスマス、わたしにあの羽根ペン送ってきたのあなたなんでしょう?」
彼の眉がピクリと動いた。無視して続ける。
「名乗りもせずに身勝手よ。あなたは結局、自分のことしか考えられない
わたしのためなんかじゃない、
あなたが先生を嫌ってるから、ただそれだけのことじゃない」
は視線を下げて彼の脇を通り過ぎた。シリウスは追ってはこなかった。
厨房でもフレッドやジョージに呼び止められたが、彼女はそれを振り切って寝室へと駆け上がった。どうせ誰も分かってはくれない。わたしがどれほど苦しんできたか
スネイプを好きになって、どれだけ救われたことか。どれだけ愛しているのか。
その夜の晩餐は、ウィーズリーおじさんを囲んで楽しいものになるはずだった。シリウスが努めてそうしようとしているのがにも分かったが、彼女は完全に彼を避けた。もう何も、口煩いことを言われたくなかった。
双子やロンたちも何か言いたげな顔でこちらを見ていたが、それらもことごとく無視する。彼女はただ食べ物を口に運ぶことだけに集中した。
寝室に戻ると、不安げなハーマイオニーとジニーに詰め寄られた。
「あなたまさか……
本当に、スネイプと付き合ってるの?」
「誰がそんなこと言ったの」
着替えながらぶっきらぼうに訊き返す。ハーマイオニーは眉根を寄せた。
「誰も言ってないわよ。でも、昼間あんな光景見たら
誰でも勘繰るわ。シリウスもひどく心配そうだったし
」
「いい気味だわ。人を散々やきもきさせた罰よ」
「」
咎めるような口調でジニーが口を開く。ハーマイオニーも深刻そうに言った。
「、人を好きになるななんて言わないわ。でも……その、先生はさすがに」
「わたしの背中を押してくれたのはあなたよ、ハーマイオニー」
ハーマイオニーの顔が一瞬で強張った。分かっている、彼女は悪くない。ただ誰かのせいにしなければ気が治まらなかった。
「安心して」
は布団に入りながら軽い口調で告げた。
「付き合ってるわけじゃないから」
そしてそのまま背中を向けて、目を閉じる。ハーマイオニーとジニーはそれ以上は何も言ってはこなかった。
付き合ってるわけじゃない。嘘じゃない。
でも、一度関係を持ってしまったのは確かで。
少しだけ後ろめたい気持ちはあったが、今の彼女には、スネイプを思う感情と実の父親への反発の方があまりにも強すぎた。