三つの『憂い』を自分の中に戻してから数日と経たないうちに、クリスマス休暇がやって来た。それは彼女にとって大いなる救いであると同時に、ひどい悩みの種でもあった。
なぜなら、この冬季休暇をあのグリモールド・プレイスで過ごさねばならなくなったからだ。

本来は『隠れ穴』に行くはずだったのだが、ウィーズリー氏が大怪我をして聖マンゴに入院しているらしい。
おじさんが退院するまで病院にはできるだけすぐ出かけられるようにと(煙突飛行は見張られている可能性がある)、ウィーズリー一家はすでにブラックの屋敷に行っているとダンブルドアから聞いた。
そして休暇初日、は昼食後、ハーマイオニーと共に城の石段を下りた。帰省する他の生徒たちの多くは午前中に出て行き、ふたりはダンブルドアの指示で、ホグワーツの敷地を出てから『夜の騎士バス』を呼んだ。

「ハーマイオニー、ご両親と出掛けるんじゃなかったの? 何だっけ、マグルの……ほら、スキィー、だっけ?」

ニキビだらけの痩せた車掌の手に十一シックルを載せながら口を開くと(乗車賃はダンブルドアに貰った。あまりグリンゴッツからお金をおろしていなかったので、ホグズミードに出かけた際、手元の残金はほとんど消えてしまったのだ)、ハーマイオニーが小さく肩をすくめてみせた。

スキーね。実を言うとあまり、趣味じゃないの」

窓際に、てんでバラバラに並べられた椅子に腰かける。車掌はぶっきらぼうに言った。

「で、おめえさんら一体どこまでお望みだ?」

はトランクを前に置き、森ふくろうの入った鳥かごを膝の上で抱き抱えながら、物憂げに顔を上げた。

「ロンドンの……グリモールド・プレイス、十一番地まで」

melting time

世の中にはこうして、何事もなかったかのようにクリスマスを祝おうとしている人たちがいる。そんなことは、分かりきっていたはずなのに。
屋敷中はクリスマスの飾り付けが施され、至るところキラキラと陽気に輝いている。それが殊更、彼女を憂鬱な気分にさせた。

あれから数日、はフランシスとの関係改善を図ろうと、休暇が始まるまで挨拶をしてみたがまるで効果はなかった。おまけにちょっとしたことで一旦セドリックを思い出すと、しばらく涙が止まらない。それに。
地下牢研究室での例の一件があって以来、スネイプからの接触は一度もなかった。端から何かを期待していたわけではないが、あんなことがあったというのに授業中顔色ひとつ変えずに彼女の脇を通り過ぎるスネイプの神経が分からない。
無理やりというわけでもなかったが、愛の言葉を囁かれたわけでもない。分かっている。わたしは愛されてなんかいない。でも。

あまりと言えばあんまりじゃないか。仮にも生徒と、一度でも関係を持っておいて知らん顔だなんて。
彼は所有痕をつけたりしなかったし、わたしの身体を痛めつけるようなこともしなかった。でもそれは、思いやりだとか愛情ではなく、ただの無関心の表れのようでつらかった。
だって彼は    名前すら、一度も呼んでくれなかった。
思い出すだけで胸が締め付けられる。は独り、部屋のベッドで横になりながらそっと自分の身体を抱き締めた。

彼女は厨房にいるというシリウス・ブラックの顔も見ないまま寝室に上がってきた。ハリーもずっと部屋に籠もりきりだという。フレッドとジョージによると、彼の身体にヴォルデモートが取り憑いているかもしれないとムーディが言っているのを聞いたらしい。だがは、双子と同様にそのことに関してはあまり心配しなかった。

グリモールド・プレイス十二番地には、夏休みと同じようにウィーズリー兄弟妹とおばさん、ハリー、ハーマイオニー、ブラックが居り、他の団員たちが時々やって来ては、食事を摂って去っていった。リーマスの姿はまだ見ていない。
そして休暇が始まって二日目の夜、厨房のクリスマスの飾り付けをまた一段と豪華に仕上げたブラックが、夕食を終え厨房を出ようとしたを呼び止めた。

「あー……その、少し、いいかな」

彼女は驚いて目を丸くした。ウィーズリー兄弟妹やハリー、ハーマイオニーたちもお喋りをピタリと止め、信じられないものでも見るかのように固まってこちらを凝視している。ブラックはひどくばつの悪そうな顔をしてはいたが、そのグレイの瞳はまっすぐの目を覗きこんでいた。
ブラックの顔を、こんなにも真剣に見るのは初めてかもしれない。こんなにきれいな目だったんだと、彼女はまるで他人事のように考えていた。

「……はい」

そう答えた自分に、さらに仰天する。ブラックも一瞬目を見開いたが、すぐに少しだけ頬を緩め、「別の部屋で話そう」と、彼女の脇を通り過ぎて厨房を出て行った。
落ち着かないくらいに心臓が喧しく脈打っている。もちろん、スネイプのそばにいるときとはまったく異なる意味合いで(同じだったら困る)。は双子たちの視線を無視し、ブラックの後に続いて階段を駆け上がった。

ブラックは夏休み最終日の夜に彼女がリーマスと話をした小部屋に入った。促されて、そばの椅子に腰掛ける。彼女と向かい合う形で、彼も傍らの椅子に座り込んだ。
何だろう。今までずっと頑なに自分を避け続けていたブラックが、何の話なんだろう。
ブラックは何とか笑おうと頬の筋肉を動かしていたが、うまくいかなかったらしい、ひどく引きつった不自然な笑みが、彼の痩せた顔に浮かび上がった。

「あー……そうだ、フレッドとジョージに聞いた。ハッフルパフのチェイサーになったそうだな。その……おめでとう。かなりうまいと聞いたよ。あぁ、本当に、おめでとう」

いきなり何を言い出すんだろう。彼女は呆然と相手の顔を見つめ返した。
こちらの反応に不安を覚えたのか、ブラックはうろたえたように慌てて口を開いた。

「ほ、箒を持ってないんだったな、学校の箒ではいいのがないだろう、どうかな、クリスマスには    

は拳を握って勢いよく立ち上がった。ブラックがびくりと身を強張らせ顔を上げた。

「何かと思えば、そんなこと!?」

目を瞬かせるブラックを睨み付けて彼女は声を荒げた。ひどい苛立ちが全身を駆け巡る。何年も放り出していた娘とようやく向き合ったかと思えば、口から出てくるのはクィディッチ、そして箒の話なのか。一年生のとき、ハリーが受け取っていたファイアボルトが頭を掠める。

「そんなことはどうだっていいよ、そうでしょう!? あなたはハリーが一番大事なんでしょう、大事な大事な親友の息子だものね! あなたはハリーのことだけ気にかけてればいい、わたしのことなんか放っといてよ!!」
……」
「あなたに呼ばれるような名前じゃない!!」

母さんですら。一度も呼べずに死んでしまった名前を。
この名をつけてくれたのはリーマスの恩師だという。幼い頃に名付け親に会いたいと言ったとき、リーマスは「大きくなればいつかね」と笑ったが、今同じことを問えばその人に会わせてもらえるのだろうか。だとしても、いま目の前にいるこの人物にだけは口にされたくない。
この人はやっぱり、お母さんのことなんて何とも思っちゃいなかったんだ。
わたしはあなたの口から下手なねぎらいを聞きたいわけじゃない。ただ一言、お母さんを本当に愛していたのだと言って欲しかった。
そうじゃないと    あんまりだ。あなたを待ち続けて死んでいったお母さんが。あまりにも、惨め過ぎる。

部屋を飛び出そうと扉を開けた瞬間、彼女はいきなり背後からきつく抱き締められて言葉を失った。
震えているのはわたしだけでなく、彼もまた然り。
ブラックはひどく打ちひしがれた声で呟いた。

「……本当に……すまなかった」

どくん、と鼓動が高鳴った。苦しさに息が詰まりそうになる。憂いが溢れ出そうで。
彼女は掴んだドアノブを、壊れそうになるくらい力強く握り締めた。

「わたしがあのとき……もっと、冷静でいられたら」

ブラックはいつだって彼女の前では情けないくらい狼狽していた。でも今は、それ以上に。

「わたしがあのとき……のことを、考えていたら……」

何なんだ、この人は。
どうして。
取っ手を握る手の力が抜け落ちる。は彼の腕の中で項垂れた。

「……まったくよ」

掠れ声を漏らす。彼女の頭の上に埋めていた彼の顔が微かに動くのが分かった。
情けない。本当に情けない。こんな人が、母さんが愛した人だったなんて。

「考えたことあるの? お母さんが……どんな気持ちだったかって」

ブラックの腕の力が強まった。少し、痛い。でもそれが、とても新鮮で。

「……バカだよ、お母さん」

彼女は乾いた笑い声をあげながら目元に右手を運んだ。バカだ、みんな    なんて愚かなんだ。首を傾けて濁った天井を見上げると、頬を涙が滑り落ちていった。 この小部屋だけは外の世界と切り離されたかのように、何の飾り付けもされいない。

「あなたみたいな人、選ぶなんて」

そうだ、本当に、バカ。
でも。

「バカだけど……でもお母さんは、ほんとに……」

はあいつといて、幸せだったのよ)

トンクスの声が脳裏にこだまする。彼女は上を向いたまま、そっと目を閉じた。

「でもお母さんは……あなたといて、幸せだった……」

だから。
だからノースウェストのあの家にいても。わたしはリーマスの温もりの他に、どこか温かいものを感じながら育つことができたんだ。
彼女は首を回して頭の上のブラックの顔を見やった。彼の灰色の瞳は涙で赤く揺らいでいた。

「……お母さんのこと、愛してた?」

ブラックはしばらく口を噤んだまま動かなかったが、やがて彼女の身体を自分に向けさせると、その両肩を優しく掴んで消え入りそうな、だが深い声でゆっくりと呟いた。

「わたしは本当に    を、愛していたよ」

途端に、堰を切ったかのように涙が溢れてきた。嗚咽を抑えることができない。彼女は彼の痩せ細った身体にしがみつき、声をあげて泣いた。
ブラックの大きな手が、強く背中を抱き返してくれる。
ずっと、その言葉を聞きたかった。
母さんを愛していたと。愛する人が戻ってくることを信じ、死んでいった母さんを、心から愛していたと。
そうでなければ、信じ続けた母も、その母から生まれてきた自分自身も。何の、意味もない存在のように思えて。

彼女を自分から少し離し、その頬を柔らかく撫でながら、ブラックが哀しそうに微笑んだ。

「……君の瞳は……本当に、にそっくりだ」

彼女は自分の瞳を通し、ブラックが母を想うのを確かに感じた。
胸が、ふっと、温かくなり。

きっと今もまだ、彼を許せはしないだろう。けれど、彼に向かって笑う事はできるだろうとは思った。
その翌日、朝食の席では誰もが目を丸くし、しばらくはトーストを口に運ぶこともできなかった。

、カボチャジュースを出してきてくれないか」
「えー、自分で行きなよ」
「……本当に……以前から思っていたが、君は本当に寝起きが悪    
「ええ、えぇそうでしょうね、どこかの誰かさんに似て!

半眼で怒鳴り散らして椅子に腰かけると、向かいに座っているフレッドとジョージの真ん丸の瞳と視線がぶつかった。ちょうどそのとき、ぶつぶつと独り言を呟きながらシリウスが席を立ち、厨房の奥へと消えた。

「何?」

寝起きのぼんやりした頭を軽く掻いて訊ねる。すると隣のロンが小声で言った。

「……、シリウスと仲直りしたの?」
「仲直り?」

意外な響きに、彼女は眉をひそめた。仲直り? 仲直りと言うのは、悪化した仲がまた良くなるという意味だろう。は首を振った。

「違うよ、別に喧嘩してたわけじゃないし。ただ、そうだね」

カボチャジュースの大瓶を持ってきて斜め前に腰を下ろしたシリウスをちらりと見て、はバターを塗ったトーストを齧った。

「初めて歩み寄ったってことかな」

みんなのコップに魔法でジュースを注ぎ始めていたシリウスは、こちらの会話には気付かなかったようで、ウィンナーにフォークを突き刺すだけで嬉しそうに笑んだ。
クリスマスをみんなと過ごせることがとても嬉しいらしく、彼女が屋敷に戻ってきたときにはすでに陽気だったシリウスだが、やはりと同じ空間にいると気まずそうな顔をしていた。それも今ではなくなり、文句も言わずに何でも本当に楽しそうにやっている。
ウィーズリー一家もハリーもハーマイオニーも、とシリウスの和睦に最初は度肝を抜かれたようだったが、良かった良かったと口々に囁き、シリウスの陽気さがどんどんみんなにも感染していった。
そして見違えるようにきれいに、華やかになった屋敷をクリスマス・イブの晩に訪れたリーマスも、とシリウスが普通に話をしているのを見てとても嬉しそうにしていた。

あの夜、はあの小部屋でふたり並んで椅子に腰かけて、様々なことを語り合った。幼い日のこと、父親としてのリーマスのこと、ホグワーツに入ってからのことも少し。
シリウスは母との思い出話を、照れくさそうに、だが哀しそうな笑顔で静かに話してくれた。ハリーの両親が死んだ晩のことはリーマスから聞いていたし、彼が親友を放っておけず感情的になって家を飛び出したのだということは分かっていたので、敢えて訊かなかった。そうだ、母はそんな愚かなシリウスの、そういうバカなところにも惹かれたに違いない。
分かっている。わたしがひょっとして母でも    きっと彼のことを、好きになっていたろうと思う。

とはホグワーツに入学したその日に特急の中で初めて会ったんだ」

彼の瞳はどこか遠くを見つめていた。

「だがそのときは……好きだとか、特に何とも思ってなかった。そうだな……少し、可愛いとは思ったかもしれない。だが、特に何もなかった」

そこでシリウスが少しばつの悪そうな顔をしたので、どうしたのと訊くと彼は何でもないと曖昧に笑った。

「だが七年に上がる前の、最後の夏休みにな。あー……ここから少し離れたところに、魔法使いの小さな町があるんだ。わたしは昔からよくそこに遊びに行っていて……そこでと再会した。ホグワーツでは寮も違ったし、あまり接点がなかったから顔を合わせることもなかった。だがわたしはそこで彼女と会ったとき…とても、不思議な感じがしてな。 きっとあのときすでに    彼女に強く、惹かれていたんだろうと思う。それからの一年間はずっと、のことが気になって気になって仕方なかった」

彼はひどく照れたように笑ったが、その瞳には深い哀愁の色が漂っていた。そして実感した。やっぱりこの人は、本当にお母さんを愛していたんだ。良かった、とは心底ホッとした。

「だが、何もできないままとうとうわたしたちは卒業を迎え……そんなわたしの背を押してくれたのが、ジェームズ、ハリーのお父さんだ」

シリウスの目が懐古に細められた。

「わたしは慌てて彼女を探したよ。だがはもうホグワーツを去った後だった。彼女は日本人でな、もう日本に戻ったと友達に言われた」

は顔を上げてシリウスを見た。

「でもお母さんはノースウェストに住んでた!」
「あぁ。ジェームズに促されて、わたしは卒業してからずっと、彼女と再会した町に通い詰めた。日本に行こうかと馬鹿なことも考えたが……『君は強運の持ち主だから、再会した町にでも行けば、ひょっとしてもう一度彼女に会えるかもしれないね』、なんて、あいつに言われたから」

は夏休みにトンクスに見せてもらった騎士団の写真を思い出した。ハリーにそっくりのあの青年が。ジェームズ・ポッター。シリウスの、親友。彼が。

「わたしは毎日あの町に行った。いま思えば、日本に戻ったと聞いていたを探してあの町に通ってたなんて、本当に馬鹿だったと思うが……だがわたしは彼女に再会したんだ」

どきりとした。何が起こったんだろう、どうして日本に戻ったはずの母がイギリスに残っていたんだろう。初めて聞く両親の物語に、は胸が高鳴るのを感じた。

「彼女はロンドンに残っていたんだ。日本に戻っていたのはご両親の墓参りのため。彼女はダイアゴン横丁の本屋に就職することが決まっていたし、変わらずイギリスに住んでいた」

運命的だねと告げると、シリウスはそうでもないと苦笑した。

「ジェームズは知っていたんだ。がロンドンで就職することも、あの町に住んでいることも。それを知ってた上で、わたしの……その、彼女への気持ちの程を試すようなつもりで、あんなことを」

ジェームズはとかなり仲が良かったからな、と言うシリウスの顔は少し苛立っていたようにも見えたが、どこか楽しそうで。ハリーのお父さんがどれほど彼にとって大切な友人だったか、手に取るように分かった。
そうだろうな。そんな大切な友達が殺されたとなれば、この人が黙っているはずがない。改めて、そんなことを思う。

「わたしは自分の気持ちを彼女に伝えたよ。驚いたことに、彼女はずっと    一年のときからずっと、わたしのことを好きだったと言ってくれてな」

シリウスはとても幸せそうで、同時に、今すぐにでも泣き出しそうな顔をした。この人はどこまでも、とことん情けない男だ。でもそんな彼の表情のひとつひとつが、今の彼女にはとてつもなく嬉しかった。

「わたしたちはそれから半年後に結婚してノースウェストに移った。あぁ、君とリーマスが住んでいたあの家だ。とても    幸せだったよ。あの日までは、な」

彼の顔が歪むのを見て、は軽く頭を振った。

「その先は言わなくてもいいよ。リーマスから、聞いたから」

シリウスは苦しそうな顔をして、だが、と言った。彼女はもう一度かぶり振って、相手の瞳を見据えた。

「わたしはいいんだよ。あなたがお母さんのことほんとに好きだったって分かって、それだけで本当に嬉しいから」

お父さん、と呼ぶのは無理だった。彼女の気持ちは彼も察してくれ、シリウスでいい、と短く告げた。
でもその夜のその時間は、ふたりの距離がぐっと縮まるには十分だった。お母さんはシリウスのことが好きで、シリウスはお母さんを愛していた。それだけで、とても。

クリスマスの朝、目を覚ましたはベッドの足元にプレゼントの山を見つけた。

「すごいわ! ねえ見てこれ!」

ハーマイオニーの歓声を聞きながら、物憂げに頭を掻く。ジニーがハーマイオニーの手元を覗き込むのを、彼女はぼんやりした視界の隅で眺めていた。まだとても起き上がる気にはならない。
手編みのセーターを広げたジニーがのベッドの下を見て、アッと声をあげた。

「ねえ、ねえ! 起きて! これ開けてみて!」

また睡眠態勢に入ろうとしていたは布団から顔を出して面倒くさそうに唸った。

「……何よ、もう……まだ寝かせてよ……」
「でも、これ見て! あなたに箒みたいなのがきてるわよ!」

何とか瞼を開け、横になったまま身体をずらしてプレゼントが見える位置まで移動する。ジニーが指し示す先には、他のプレゼントに紛れて、確かに細長い包みが置かれていた。

「ねえ、開けてみてもいい?」
「……いいよ」

歓声をあげて包みを解き始めるジニーを見てからまた目を閉じる。そういえば、シリウスがあの夜、箒のことを少し言っていた気がする。まさかファイアボルトを二本も買う余裕などないだろうから、良くてもクリーンスイープか、それとも……。

「わ、! ニンバスよ、ニンバス二〇〇三!」

ジニーの悲鳴に近い叫びを聞いて、は思わず飛び起きた。

まさか!?
「ほんとよ、見てこれ!」

ジニーは嬉々とした顔で、開けた包みの中から新品の箒を取り上げた。確かに柄の部分に、ニンバス二〇〇三と書いてある。最新型ではないが、それでもかなり値が張るすごい箒のはずだ。二年前には親友の息子にファイアボルト、そして今年は娘にニンバスか。どれだけ裕福なんだ、シリウスは。喜びと驚きを通り越して呆れてしまう。これだから金持ちは……。

「でも、誰からかしら」
「シリウスじゃないの?」

首を傾げるジニーに、ハーマイオニーが当然のように言った。だがジニーは顔をしかめて首を横に振った。

「シリウスのプレゼントはそれよ。ほら、カードがついてるもの」

は寝起きに特有のいつもの不機嫌さも吹っ飛んだ頭で、ジニーが顎で示したプレゼントを見た。まだ手のつけられていない大きな箱の上に、確かに『シリウスより』と書かれたカードが載っている。じゃあ、一体誰が?
リーマスがそんな高価な物を買えるはずもないし、騎士団の誰かだろうか。

「カードがついてないわ」

ジニーが怪訝そうな顔をした。
カードのないプレゼント。はそういった星の下に生まれたのか。いや、そんなはずはない。去年も確かにカードなしのプレゼントをもらったが、その差出人は見当がついている。
だが今年のこの思いがけない贈り物の主は。さっぱり思い当たる節がない。
まさか。と、考えてみるが。
有り得ない。
頭に思い浮かんだ魔法薬学教授のことを、はあっさりと選択肢から消去した。なぜ彼が、しかも他寮の学生にこんな高価なものを贈ったりするのか。いや、それ以前に彼が生徒にクリスマスに贈り物なんてこの世の終わりがきても有り得ない。
誰だ、よく考えろ。こんな高い箒をくれるなんて、縁もゆかりも無い誰かからのはずがない。きっとどこかに誰かとこんな接点が。
十分ほど悩んだ挙げ句、はジニーから箒を受け取って部屋を出た。他のプレゼントは後にしよう。今はまだ、この贈り主のことが気になって仕方ない。

厨房に入ると、すでに、ハーマイオニー、ジニー以外はみんな席に着いていた。

「メリー・クリスマス! !」

フレッドとジョージが真っ先に声をあげた。みんな口々に同じことを言った。

「メリー・クリスマス」

軽く笑い返してから、急いでリーマスのもとに向かう。落ち着かない様子の彼女を見て、リーマスは不思議そうな顔をした。

、どうしたんだい?」

彼はそう言ったときに初めて彼女の手の中にある箒の存在に気付いたようだった。

、それは?」
「リーマス知らない? 誰かが贈ってくれたんだけど、カードがないの! こんな高いもの」

するとフレッドが素っ頓狂な声をあげた。

! それニンバス二〇〇三じゃねーか!」
「すっげー! 誰に貰ったんだよ!?」

ジョージも身を乗り出してこちらの手元を覗き込んでいる。は頬が熱くなるのを感じながらかぶりを振った。

「分かんないの、カードも何もついてなくて、一体誰が……ねえ、リーマス、思い当たる人とかいない?」

リーマスは本当に心当たりがないようだった。シリウスも呆けたような表情でずっと新品の箒を見つめている。ロンは心なしか青ざめてもいるようだった。ちょうどそのときハーマイオニーとジニーも厨房に入ってきた。

「うーん……残念ながら、わたしには」

眉根を寄せて唸っていたリーマスが、そこでピタリと動きを止めた。

「え! 誰か思い当たる人がいるの!?」

問い詰めると、彼はひどく厳しい顔をして何か考え込んだ。じれったい。思い当たる節があるならどうしてすぐに教えてくれないのか。
しつこく訊き続けるとリーマスは顔をしかめたまま言った。

「少しね。少し気になる人はいるから、近いうちに訊いてみるよ」
「ねえ、誰それ! 誰なの?」
「……あー、古い友人でね……でも確率は低いと思う。もしそうだったら、いずれまた話すよ」

結局、そんな曖昧な言葉で締め括られてしまった。話している間に、リーマスがちらりとシリウスを見た気がしたのは思い過ごしだろうか。
箒を置きに厨房を出るとき、フレッドとジョージが「後でまた見させてくれよ」と嬉しそうに言ってきた。うんと頷いて、階段を上がる。
リーマスは、嘘はついていないだろう。
けれど。
何か隠し事をしていると、はそのときはっきりと感じた。

参ったな、とリーマスが胸中で呟いたことは、無論、彼しか知らない。
「きっと今もまだ、彼を許せはしないだろう。けれど、彼に向かって笑う事はできるだろうと思った。」
はお題サイトsham tearsさまからお借りしました。
(06.02.03)