DA集会はそれから順調に回を重ねていった。ハーマイオニーの発明した金貨のお陰で集会の日時は集まらなくても全員に伝わるようになったし、メンバーは確実に腕を上げている。
驚いたのはが今まで授業中にはまったくできなかったような呪文も、すぐに習得できたことだった。
「すげえ! お前、それ三年でできるような呪文じゃないぜ!」
強烈なレダクト呪文で傍らの本棚を粉々にしてしまうと、アレフが大声で感嘆した。その本棚は先ほど彼自身が砂ほどの欠片に砕いてしまい直した直後のものだ。
周囲からも驚きの声があがった。
「すごいな! 僕もそこまでは粉々にできない」
レイブンクローの五年生、テリーが言った。
「何で君がハッフルパフなのか分からないよ」
その言葉にアレフが声をあげて笑うと、テリーは彼を見やり「君もだよ」と怪訝そうに言った。
「君もだいぶうまいじゃないか」
「バカやろ。俺は七年だぜ?」
「それにしたってだよ。フレッドたちより強力な『妨害呪文』を使ったじゃないか。成績だってチーロと並ぶくらいだろう? 何でレイブンクローに来なかったのかずっと不思議に思ってたんだ」
アレフは「それは光栄だな」と皮肉っぽい表情で笑んだ。にはチーロが誰なのか分からなかったが、テリーの口ぶりから察するに、かなり優秀なレイブンクロー生らしい。は目を丸くした。
「アレフってそんなに頭いいの!?」
「ん? 何だ? 俺は昔から優等生だぜ?」
涼しい顔でそんなことをさらりと言ってのけるアレフを見ていると、とてもそんな風には見えなかったが、セドリックの隣で笑っていた頃の彼をふと思い出しては目を細めた。そういえば……セドがアレフに何か教えてもらってたときがあったっけ。
不思議そうな顔でこちらを見つめてくるテリーに気が付いて、は慌てて口を開いた。
「あー……わたしは、よく、分からないんだけどね」
そこで一瞬、言葉を切る。
「でもね、何か運命的なものは感じてるよ。ハッフルパフじゃなかったら、今のわたしはないもの。だから、きっと何か……必然的なものが、あったんだろうね」
それを聞いたテリーは目をパチクリさせたが、すぐさま、
「同感だな」
杖先を顎に当てたアレフがニヤリと笑いながら言った。
「俺も、ハッフルパフだったから、だから」
彼の瞳がほんの少しだけ翳るのを、彼女は確かに見た。
「だから……ともこうして、出会えたんだからな」
アレフが何を思ったかにはすぐに分かったが、彼女は何も言わずに涙混じりに笑った。テリーは何だか腑に落ちない様子だったが、ふうんとぼやいて『粉々呪文』の練習に戻っていく。
がレパロ呪文で砕けた本棚を直したとき、ハリーが部屋の向こうでホイッスルを鳴らした。
Quidditch season begins!
シーズン最初のクィディッチ試合、グリフィンドール対スリザリン戦が近付いてくると、DA集会は棚上げになった。グリフィンドールのキャプテン、アンジェリーナがほとんど毎日
練習すると主張したからだ。レイブンクローもハッフルパフも、この試合の勝敗に積極的な関心を抱いていた。
ハロウィンの日、ひとりでセドリックの誕生祝いをささやかに行うと、すぐに十一月がやってきた。クィディッチ開幕戦の日は、寒い眩しい夜明けだった。
は新しいキーパーのロンがどんなプレイをするのか見たことがなかったが、朝食の席で青白くなって動かない彼を見るとあまり期待することはできなかった。
ハーマイオニーにもらった赤と黄色のスカーフを軽く巻いて、ロンのもとへ向かう。
ロンは「僕、どうにかしてたんだ」と掠れた声で呟きながら、ハリーと一緒に大広間を出て行った。
試合はの予想通り、悲惨な流れだった。スリザリンの下らない歌にすっかりあがってしまった様子のロンは、何度もゴールを抜かれひどく打ちひしがれている。
だがハリーがスニッチを掴み、百六十対四十でグリフィンドールが勝利した。
その直後。
スリザリンのビーターが打ち込んだブラッジャーがハリーの腰にまもとに当たり、彼は箒から前のめりに放り出された。幸い、地上から二メートルと離れていなかったので大事には至らなかったようだが。
ニースが立ち上がり、フィールドに向けて「卑怯者!!」と罵った。
グリフィンドールのスタンドから猛烈に、非難、怒鳴り声、野次が飛ぶ。ロン以外のグリフィンドールの選手たちは次第にハリーのもとへと集まっていくが、そばにいたマルフォイが何やらハリーに執拗に話し続けていた。
強張った表情で、フレッドとジョージがマルフォイを睨む。「放っておきなさい!」と怒鳴りながらアンジェリーナがフレッドの腕を掴んだ。
それでもマルフォイは口を閉じない。そして次の瞬間には、ハリーとジョージがほぼ同時にマルフォイめがけて飛び出した。
は思わず身を乗り出してスタンドから声を張り上げた。
「ジョージ!!」
ハリーはスニッチを掴んだままの拳をマルフォイの腹に打ち込み、ジョージは罵り声をあげながらマルフォイの頬を殴った。フレッドも、アンジェリーナ、ケイティ、アリシアに押さえつけられていなければ同じことをしていただろう。
ようやく二人がマルフォイを離れたのは、フーチ先生が『妨害の呪い』でハリーを吹き飛ばしたときだった。
「何の真似です!」
マルフォイは身体を丸めて地上に転がり、唸ったり、ヒンヒン泣いたりしていた。
「こんな不始末は初めてです! 城に戻りなさい、二人ともです! まっすぐ寮監の部屋に行きなさい! さあ、今すぐ!」
フーチ先生が怒鳴りつけると、ハリーとジョージは顔を見合わせて息を荒げたまま歩き出した。
「ジョージ、ハリー!!」
が絶叫すると、競技場を出る直前にジョージが一度だけちらりとこちらのスタンドを見上げたが、彼はすぐに目線を外してフィールドを出て行った。
「あぁ……どうしちゃったんだろう」
ニースもアイビスもオロオロしている。はざわめく心臓を押さえつけ、二人の去った競技場をぼんやりと眺めていた。
夕食の席にはハリーもジョージも現れなかった。二人の姿を次に見たのは、翌朝の大広間だった。
「ジョージ、ハリー。昨日はどうしたの?」
はここ最近一緒に食事をとっているベラに言い、ひとりでグリフィンドールのテーブルに来ていた。他寮の席で食事をするのは初めてだ。
フレッドもジョージもハリーも、ロンもハーマイオニーもジニーもみんな虚ろな様子だった。
「ハリーとフレッドとジョージが、プレー終身禁止になったのよ」
瞼を伏せながら、ハーマイオニーがぽつりと言った。あまりといえばあんまりの告白に、は目を見開いて硬直する。当の三人は口を噤んだまま黙々と食べ続け、ロンもひどく落ち込んだ顔だった。
「き、禁止?」
はようやく口を開いて、隣のジョージの顔を覗き込みながら繰り返した。
「
終身禁止? な、何で? だって試合終了後にハリーにブラッジャー打ったあのビーターは……」
「ただの書き取り罰則」
苦々しげにジニーがうめく。ロンが泣き出しそうな顔でつぶやいた。
「僕のせいだ……」
「いい加減にしろよ、ロン」
厳しい声で言いながらフレッドが顔を上げた。
「もうどうしようもできねえんだ」
「でも……フレッドもジョージもハリーも終身禁止なんて……そんなの」
信じられない。が入学した頃、すでにクィディッチチームにはその三人がいて。グリフィンドールには、彼らがいることが当たり前だった。
「……わたし、フレッドやジョージと対戦できるの楽しみにしてたのに」
俯き加減に絞り出すと、ジョージが身体ごとこちらに顔を向けた。
「」
顔を上げて、ジョージの瞳を見返す。フレッドもその向かいで真剣な顔をしてを見据えていた。
「
いいか。お前は、
絶対にこの先、暴れたりするんじゃねえぞ」
「え?」
「までプレー禁止なんてことになったらたまんねえからな。僕らにお前の勇姿をしっかり見せてくれよ、頼むから」
「そうだぜ。絶対にアンブリッジの前で暴れるんじゃないぞ。あいつ、口実さえできればお前だって終身禁止にするつもりだからな」
言い返そうと口を開いたが、双子の真剣な眼差しに負け、はとうとう歯を食いしばって頷いた。
教職員テーブルを見やると、満足げな顔のアンブリッジが朝食にがっついていた。その目がちらりとこちらを見て笑んだ気がして、慌てて視線を逸らす。は煮えくり返るような思いでオートミールを掻き込んだ。誰も、何も喋らなかった。
憎くて、憎くて仕方がない。はアンブリッジがこの城から追放され、もう一度フレッドとジョージ、そしてハリーがフィールドを飛び回る日が訪れることを心から願った。
ハグリッドがホグワーツに戻ってきて数日と経たないうちに、クィディッチ・ゲームの第二戦、ハッフルパフ対レイブンクロー戦が行われた。それまでには何度もアンブリッジの挑発攻撃を受けたが、その都度、フレッドとジョージの言葉を思い出して何とか踏み止まった。これもやはり、スネイプの『憂いの篩』のお陰だろう。
試合当日はグリフィンドール席からフレッドとジョージが飛んできて、大声で笑いながらの頭をくしゃくしゃに撫で回した。
「、お前のデビュー戦だな! 期待してるぜ!」
「よく耐え抜いたな、。偉いぞ」
フレッドが満足げに目を細めて笑む。すると、少し離れた場所に座っていたアレフが不満げに声をあげた。
「おいおい、フレッド、ジョージ、俺にとっても今日はデビュー戦だぜ? 一声くらいかけてくれよ」
そちらに顔を向け、フレッドとジョージがニヤニヤと笑った。
「それは悪かったな、アレフ」
「でもまあ君は僕らの声援なんてなくたって十二分に暴れ回ってくれるだろうと期待してるのでね」
アレフが苦笑いすると、二人は「じゃあもアレフも頑張れよ」と告げてグリフィンドールのテーブルに戻っていった。DA集会のお陰で、寮は違ってもメンバー同士の親睦は確実に深まっていた。
不平たらたらのザカリアスだけは別だったが。
朝食のサラダをつつきながら、はビーターでなくともどうにかシーカーを箒から叩き落せまいかと考えていた。レイブンクローのテーブルで、チャンは少し落ち着かない様子で口を動かしている。
「、頑張ってね!」
選手たちと席を立ったとき、寮生に声援を送られては笑みを返しながら広間を出た。相も変わらずフランシスだけはこちらを見もしなかったが。
ユニフォームに着替えて競技場に出、スタンドからの歓声を浴びても、はなぜか落ち着いていられた。二年前はスタンドに座っているだけだったのにと考えると信じられない思いではあったが、思っていたよりも自分は度胸が据わっているらしい。
アレフも平然としていた。そわそわしているのは、新しいシーカーのエアロンとチェイサーのパトリックだ。
「よし! まずは一勝!」
握った拳を振りかざすハースは興奮しきっていた。ザカリアスも、ニヤニヤと笑いながらレイブンクローの選手を見つめている。が顔を上げると、向かいでは箒を手にしたチャンが決然とした面持ちで立っていた。彼女はこちらの視線に気付いて小さく笑ってみせた。
ハースとレイブンクローのキャプテン、デイビースが握手を交わす。そしてフーチ先生がクアッフルを放すと、の初試合が始まった。跨いだ学校の箒
彼が選んでくれたあの箒の柄をしっかりと握り、強く地面を蹴り上げる。
「さあ、今年のクィディッチ戦、第二試合、ハッフルパフ対レイブンクロー戦が始まりました!」
リーの解説が始まる。クアッフルを真っ先に掴んだのはレイブンクローのデイビースだった。
「レイブンクローのデイビースがクアッフルを取ります! 今年採用されたバークレーを抜いた! 続いてスミスもかわし
おー! ナイスブラッジャー!
今年採用されたボールドウィンです! 素晴らしい打ち込みでした! デイビース、クアッフルを落とし
お! これまた今年採用されたばかりのルーピン!
ルーピンがキャッチしました!!」
「いいぞー!!!」
ハッフルパフ席からフレッドとジョージが声を嗄らして叫ぶのが聞こえる。は地面すれすれで受け止めたクアッフルを右腕に抱き抱え、まっすぐに相手側のゴールめがけて箒を飛ばした。フランシスの恋人ベータが斜め上から突っ込んでくる。
彼女が身をかわしたところへハースの打ったブラッジャーが飛び込み、ベータを吹き飛ばした。
「ビクスビー、ナイスブラッジャー!! 今年のハッフルパフは強い!! そのまま突っ込めーーー!!!」
「ジョーダン!!」
マクゴナガル先生の怒声を聞きながら、はゴールへ急いだ。すると突然、左腕に鈍い衝撃を受け、咄嗟に庇いながら歯を食い縛る。気付いたときにははクアッフルを取り落としてしまっていた。
「レイブンクローのブロウのブラッジャーを受け、ルーピンがクアッフルを落としました! デイビースがクアッフルをキャッチ! そのままゴールへ突進します!!」
「、大丈夫か
」
左腕を押さえ、小さくうめいているところへエアロンが近付いてくる。は顔を上げて辺りを見回し、チャンの姿を見つけると、彼に顔を向けて声を荒げた。
「何やってんの!! わたしのことはいいから早くスニッチを!!」
エアロンがぎょっとして心持ち半身を引いたとき、レイブンクローのスタンドが歓声をあげ、リーが「デイビースの得点です! レイブンクロー先制点!」と叫んだ。
エアロンがスニッチ探しに戻るや否や、も頭を振って左腕の痛みを何とか忘れようとした。クアッフルを抱えたザカリアスがこちらへと猛然と飛んでくる。は慌ててゴールへと向かった。
ザカリアスがデイビースとブラッドリーに挟まれ、苦渋の表情を浮かべている。が視線で軽く合図すると、彼はクアッフルを両手で掴んで頭の上に振りかぶり、に向けて渾身の力で投げつけた。
「スミスがルーピンにクアッフルをパス! 何という腕力でしょう!! ルーピンがキャッチしました!! そしてキーパーのキャンベルを抜き
ゴール!!
ルーピン、デビュー戦で見事初ゴールです!! ハッフルパフに十点!!」
信じられないといった様子でしばらく呆然としていたレイブンクローのキーパーが、歯噛みしながらデイビースにクアッフルをパスした。
その後も、レイブンクローとハッフルパフはいい勝負だった。点は、取られたら即座に取り返す。アレフの打つブラッジャーもなかなかのものだ。
心配していたザカリアスとのコミュニケーションも、悪くはない。とうとうが六回目となるシュートを決め、八十対六十と二十点差でリードすると、今まで選手たちの頭上で旋回していたエアロンとチャンがほぼ同時にある一点に向かって急降下した。
「スニッチを見つけたのか、サマービー、チャン、ほぼ同じ
いや、チャンがリードしている! チャンがリードしています! そして
あぁ!!
スニッチを掴んだ! チャン選手、スニッチを取りました!! レイブンクロー百五十点獲得
百七十対八十で、レイブンクローの勝利です!!」
クアッフルを持ってゴールに向かうデイビースを追っていたは、箒をぴたりと止めて振り返った。フーチ先生のホイッスルが鳴り響く。レイブンクローのスタンドから割れんばかりの拍手と歓声が轟いた。
士気を挫かれてよろよろと競技場に降り立つと、みんな疲れた顔をしていたが、青ざめたエアロンを見てハースが乾いた笑い声をあげた。
「いや、でもみんなよく頑張った! ここ何年かの試合の中で一番良かった! あぁそうだ、レイブンクロー相手によくやった! 次は勝つぞ、あぁ
次はグリフィンドール戦だ、
次は勝つぞ、よし、
エアロン、そんな顔するな、次取ればいいんだ。
もうグリフィンドールにはポッターはいない、次こそはいけるぞ!」
彼の最後の言葉にピクリと眉を上げたのはとアレフだけだったが、他のメンバーはそんなことには気付かずに、さっさと競技場を引き揚げていった。レイブンクローの選手たちはホッとした様子で口々に何やらまくし立てている。
チャンはスニッチを掴んだまま憑き物でも落ちたような表情を浮かべていた。……やっぱりチェイサーじゃ、チャンを箒から叩き落すどころじゃなかったな。
物憂げに箒にもたれ掛かったアレフが、ぽつりとつぶやく。
「もうハリーも、フレッドもジョージも……プレーできないんだな、ほんとに」
「
できるよ」
え、とアレフが間の抜けた声をあげる。彼女は口角を上げ、小声で言った。
「アンブリッジさえいなくなればね」
「そういうことはこんなとこで言うな、馬鹿」
「こんなにうるさいとこで誰も聞いちゃいないよ」
競技場はまだ興奮の渦に包まれ、歓声が止まない。ハッフルパフのスタンドからこちらに大きく手を振っている双子を発見して、とアレフは伸ばした手を振り返した。
「ま、間違っちゃいないけどな」
更衣室に入るとき、アレフが不敵に笑いながら小さく漏らした。
アンブリッジに奪われた百五点を取り返すには、あと、五回ゴール。