「なあ、、聞かせてくれないか」

すでに日も落ち、選手たちに「今日はこれまで」と告げたハースが、フィールドに降り立ったばかりののもとにやって来て苦々しげな顔をしてみせた。

「な、何?」

首を傾げて訊ねると、彼はじれったそうに小さく唸った。

「お前が、一体いつになったら自分の箒を買ってくれるかってことだ」

は一瞬固まり、それからさり気なく視線を外して口を噤んだ。だがハースも粘り強く、黙って彼女の返事を待っている。他の選手たちが「疲れたな」とぼやき城へと戻っていくのを遠目に見ながら、彼女は諦めて口を開いた。

「ねえ、ずっとこの箒使っちゃダメかな?」

あの日、彼がわたしのために選んでくれた学校の箒。練習のときはいつもこれに乗っている。
ハースは途端に素っ頓狂な声をあげた。

「はぁ? お前それ本気で言ってるのかよ。自前の箒持ってねえ選手なんてお前くらいのもんだぜ?」

は箒を胸元に抱き抱えながら何度も何度も頭を下げた。

「ほんとにごめん! でも……無理なんだよ、うちの家計じゃ」

その言葉を聞き、ハースはばつの悪そうな顔をして不自然に話題を逸らそうとした。

「そういや、ルーピン先生は最近どうしてんだ?」
「……何にもしてないよ。二年前に『反人狼法』が可決されて就職できなくなったから」

目をパチクリさせた彼はグローブを嵌めた右手で頭を掻いて、喘ぐように言った。

「あー悪かった悪かった! もう箒買えなんて言わねえから。あぁそうだ、お前は箒持ってるだけのパトリックなんかよりよっぽど……あ、いや、言葉のあやだ、忘れてくれ……まあとにかく、お前はただ箒を持ってるだけの野郎よりもよっぽど上手いんだから、とにかくその腐れ箒でも全力でやれ、いいか、ああ、それならいいんだ」

半ば自分に言い聞かせるように力説しながらハースはぼそぼそひとりで喋り続け、は彼と並んで城への道をのんびりと歩いた。振り返った森のそばにあるハグリッドの小屋はやはりまだ真っ暗のままで、ひっそりと静まり返っていた。

at the Hog's Head

アンブリッジが初代高等尋問官とやらに就任し、ほとんどの先生の授業を回り終えた頃だった。
『占い学』を選択している同級生たちが、査察を受けたトレローニー先生が半狂乱になってしまっていると話している談話室を抜けてハッフルパフ塔の外に出たとき、彼女は背後から駆け足の音が近付いてくるのを聞いた。

!」

振り向くと、息を切らせたハーマイオニーがひとりで走ってくるところだった。

、ちょうど良かった」
「どうしたの?」

城の中でハーマイオニーを遠目に見かけることは何度かあったが、新学期に入ってから彼女と話したことはなかった。
ハーマイオニーに手を引かれて、人気のない廊下まで歩く。注意深く辺りを見回してから、ハーマイオニーはの耳元でそっと囁いた。

「あなたがアンブリッジと言い争ったって聞いたときには心配したわよ。でもひどい罰則もないみたいで良かったわ」

ピクリと眉を上げて、相手の顔を見返す。

「ハ、ハリーはひどい罰則を食らったの?」

ハーマイオニーは一瞬表情を強張らせたが、すぐに小さく笑って、少しだけねと言った。

「それより大事な話があるの。きっとあなたも賛成してくれると思うわ」

そしてまた周囲に誰もいないかを確認して、先ほどより余計に声を落としてハーマイオニーは続けた。

「わたしたちで考えたんだけどね、もう『闇の魔術に対する防衛術』の授業に期待はできないわ。だからハリーを先生にして、自分たちで勉強しようと思うの」

は目を瞬かせて素っ頓狂な声をあげた。

「ハリーが『闇の魔術に対する防衛術』を教える?」
「静かに喋って!」

唇の前に人差し指を立ててハーマイオニーが制した。辺りを見渡して、ごめんと呟く。

「ハリーは一年生の頃からもう何度もヴォ……ヴォルデモートと対決して生き残ってるの。彼なら素晴らしい先生になると思うわ。だから、十月最初の週末に、関心のある人はホグズミードに集まって討論することにしたの。ほら、アンブリッジに気付かれたらあまり良くないでしょう? だから。十一時に裏通りの『ホッグズ・ヘッド』っていうパブで。上級生に聞けば分かるわ。も来てくれるわよね?」

は少しだけ考え込んだが、すぐに小さく笑んで頷いた。ハーマイオニーがパッと顔を輝かせる。

「あなたならそう言ってくれると思ってたわ! 興味がありそうな人がいればその人たちにも伝えてもらえないかしら? ヴォ、ヴォルデモートに対して自衛する方法を学ぶチャンスを、習いたいと思う人には習わせてあげるべきだと思うから」
「そうね。分かった」

快くそう答えると、ハーマイオニーは「それじゃあわたし他の人のところにも行ってみるから、またね」と言って走り去っていった。彼女はいつ見ても忙しそうだ。は図書館に向けていた爪先を、レイブンクロー塔へと向けてゆっくりと歩き出した。

結局、彼女はニース、アイビス、そしてアレフにだけハリーの『闇の魔術に対する防衛術』の件を伝えた(アレフはすでにアーニーから聞いていた)。三人ともかなり乗り気で、初めてのホグズミード週末、はアイビス、ニースと共にフィルチの前を通り抜けて石段を下りた。フランシスはケイトやエラたちと出かけたようだ。
日差しは明るいが、とても寒い朝だった。赤いマフラーを首にきつく巻きつけたニースが身を震わせる。

「ドキドキするわね、初めてのホグズミード」

青いマフラーのアイビスが白い息を吐きながら微笑んだ。

「そうね。楽しみ」
「四人で来られなかったのが残念だわ」

こちらをちらりと見てニースがぼやいた。アイビスが恨みがましい顔をして彼女の腕を突く。「だってさぁ」とニースは口を尖らせて唸った。

「せっかくの初ホグズミードなのにさぁ。さっさとフランシスと仲直りしてよ?」

は苦笑いして曖昧に頷いた。
ハーマイオニーの言っていた時間まではしばらくある。たちは大通りの店をいくつか適当に回った。ハニーデュークス店の『異常な味』という棚の前で三人していろいろと物色していたとき、壁に掛かった時計を見てはアッと声をあげた。

「ねえ、そろそろ行った方がいいんじゃない?」

ニースとアイビスも顔を上げて、そうねと頷く。彼女らはお菓子専門店を出て辺りを見回した。

「場所知ってるの?」

アイビスに問われて眉根を寄せる。

「うーん、裏通りって聞いたけど」
「知らないの!?」

ニースが素っ頓狂な声をあげたちょうどそのとき、ハニーデュークスから小さな紙袋を抱えてアレフとアーニー、ザカリアス、ジャスティンとハンナ、スーザンが出てきた。陽気に笑んでアレフが近付いてくる。

「何だ、お前もいたのか。そろそろ例のとこ行くんだろ?」
「アレフ、ちょうど良かった! 連れてってよ!」

が泣きつくと、彼は「場所知らなかったのかよ。やっぱりバカだなぁお前は」とゲラゲラ笑ってホッグズ・ヘッドまで連れて行ってくれた。
はパブに着くまでにちらりと後ろのハッフルパフ生たちを見やった。アレフ以外の    ザカリアスは特に    寮生たちがこの会合に参加するとは思ってもいなかったのだ。彼らがに話しかけることはなかった。

横道のどん詰まりにある、猪の首が描かれたボロボロの木の看板が掛かった小さな旅籠の前で、多くのホグワーツ生がたむろしていた。二十人くらいはいそうだ。そのうちの一部がこちらに気付いて声をあげた。

だぜ」
「おーい!」

フレッドとジョージだ。が駆け寄ると、ふたりは笑って彼女の頭をくしゃくしゃに撫でた。

「お前は来ると思ってたぜ!」
「やめてよもう!」

ふたりの手を払い除け、慌てて髪に手ぐしを通す。顔をしかめて視線を上げると、その固まりの中に青いマフラーを巻いたチョウ・チャンの姿が見えた。思わず身体が強張る。そのとき恐る恐るといった感じで一番前にいたグリフィンドールの上級生が古びたドアを開いた。
中は小さくてみすぼらしい、ひどく汚い部屋だった。出窓は煤けていて陽の光がほとんど差し込まない。代わりにざらざらした木のテーブルの上で、ちびた蝋燭が辺りを照らしていた。あまり大量の客に慣れていないのだろう、バーテンはボロ布でコップを拭きながら、固まって動かなくなっている。ハリー、ロン、ハーマイオニーは、バー・カウンターから一番離れたテーブルに座っていた。

「やあ」

フレッドがバー・カウンターに行き、集まった人数を素早く数えながら注文した。

「じゃあ、バタービールを二十九本頼むよ」

バーテンはフレッドを一睨みすると、苛立たしげにボロ布を放り出し、カウンターの下から埃だらけのバタービールを出し始めた。

「乾杯だ乾杯だ」

バタービールをみんなに配りながらフレッドが叫ぶ。は回ってきた瓶をニースやアイビスに渡しながらポケットを探った。するとニースがの手を止めて、フレッドに「二人分」と言って小銭を渡した。

「え、何で? いいよそんなの」

それほど貧しいと思われているのだろうか。まぁ、間違っていないが。が顔をしかめると、ニースはニヤリと笑った。

「結局、誕生日プレゼントあげてないから。こんなもんで済ませようなんて思っちゃいないけど」

はしばらく眉根を寄せていたが、やがてありがとうと微笑んでハーマイオニーたちの着いているテーブルの近くに腰かけた。彼女の斜め前にはチャンの姿も見える。は気付かない振りをして、ハリー、ロン、ハーマイオニー、ジニーにだけ挨拶した。
ニースとアレフに挟まれて、は初めてのホグズミードで飲むバタービールを数口味わった。
お喋りが次第に少なくなり、みんなの目がハリーに集中した頃、ハーマイオニーが緊張した面持ちで口を開いた。いつもより幾分も声が上擦っている様子だ。

「えー、それでは……えー、こんにちは」

みんなが今度は一斉にハーマイオニーに注目したが、それでも目だけはちらちらとハリーの方に走らせていた。

「さて……えーと、じゃあ、みなさん、なぜここに集まったか、分かっているでしょう。えーと……じゃあ、ここにいるハリーの考えでは    つまり、わたしはいい考えだと思うんだけど……『闇の魔術に対する防衛術』を学びたい人が    つまり、アンブリッジが教えてるようなクズじゃなくて、本物を勉強したい人という意味だけど」

そこでハーマイオニーの声が、急に自信に満ちた力強いものになった。

「なぜなら、あの授業は誰が見ても『闇の魔術に対する防衛術』とは言えません」

レイブンクローの男子生徒がそうだ、そうだと合いの手を入れ、ハーマイオニーは気を良くしたようだ。彼女は一層強い調子で続けた。

「それで、いい考えだと思うのですが、わたしは、ええと……この件は自分たちで自主的にやってはどうかと考えました」

ハーマイオニーは一息ついて、ハリーを横目で見てからまた話に戻った。

「そして、つまりそれは、適切な自己防衛を学ぶということであり、単なる理論ではなく、本物の呪文を    
「だけど君は『闇の魔術に対する防衛術』のO・W・Lもパスしたいんだろ?」
「もちろんよ」

別のレイブンクロー生の突っ込みにハーマイオニーは即答した。

「だけど、それ以上に、わたしはきちんと身を護る訓練を受けたいの。なぜなら……なぜなら……」

彼女は大きく息を吸い込んで、震えながらも果敢に最後の言葉を言い切った。

「なぜなら、ヴォルデモート卿が戻ってきたからです」

たちまちテーブル中から小さな悲鳴があがった。チャンの友達は金切り声をあげてバタービールを零したし、グリフィンドールの上級生は奇声を発しかけたが咳で何とかごまかした。バタービールの瓶を持つニースの手もビクッと震えたが、彼女はそれ以上の恐怖感は懸命に抑え込んでいるようだった。傍らのアレフはと同じように身じろぎひとつしなかった。
しばらく待ってからハーマイオニーが言った。

「じゃ……とにかく、そういう計画です。みなさんが一緒にやりたければ、どうやってやるかを決めなければなりません」
「『例のあの人』が戻ってきたって証拠がどこにあるんだよ」

アレフの斜め前に座っているザカリアスが食ってかかるようにいきなり声をあげた。少し慌てた様子のハーマイオニーがそちらを見ながら口を開く。

「まず、ダンブルドアがそう信じてますし」
「ダンブルドアがそいつを信じてるって意味だろ」

ハリーを顎でしゃくりながら、ザカリアスがぶっきらぼうに告げる。が非難の声をあげようとしたとき、不機嫌そうなロンが言った。

「君、一体誰?」
「ザカリアス・スミスだ。それに俺たちは、そいつがなぜ『例のあの人』が戻ってきたなんて言うのか、正確に知る権利があると思うな」
「ちょっと待って」

ハーマイオニーが素早く割って入った。

「この会合の目的は、そういうことじゃないはずよ」
「構わないよ、ハーマイオニー」

ハリーが平然と口を開く。彼はザカリアスを正面きって見つめながら続けた。

「僕がなぜ『例のあの人』が戻ってきたと言うのかだって? 僕は奴を見たんだ。だけど先学期ダンブルドアが、何が起きたかを全校生徒に話した。だから君がそのときにダンブルドアを信じなかったのなら、僕のことも信じないだろう。僕は誰かを信用させるために午後一杯を無駄にするつもりはない」

だけでなく、誰もが息を押し殺して彼の話を聞いていた。だがザカリアスはそれでは納得できないとばかりに反論した。

「ダンブルドアが先学期話したのは、セドリックが『例のあの人』に殺されたことと、君がホグワーツまで彼の亡骸を運んできたことだ。詳しいことは話してくれなかった。俺たちみんな、それが知りたいんだと思うな」

は信じられない思いでザカリアスを見た。彼はそんなことを言うためにここにやって来たのか。涙を流さずに済んだのはきっと『憂いの篩』にその気持ちを落としてきたからだ。ハリーが苛立たしい顔をして口を開いたそのとき、の傍らから静かな声が響いた。

「ザカリアス」

みんなが一斉にアレフを見やった。ハリーも目を瞬かせて彼に顔を向ける。アレフは真剣な眼差しでザカリアスを見据えた。ザカリアスでさえ次の言葉を飲み込んで口を噤んだ。

「お前はそんなことを聞きにこんなところに来たのか。いいか、ここはあいつがどうやって死んだかポッターが話して聞かせるための集まりじゃない。そんな馬鹿げたことを言いに来たなら今すぐここから出て行け。他の奴らもだ」

アレフが威嚇でもするかのような視線でテーブルを見渡す。だが席を立つ者は誰もいなかった。ザカリアスも口を尖らせながらも何も言わずに俯いた。
呆気にとられた様子だったハーマイオニーが、咳払いをひとつしてからまた上擦った声で言った。

「それじゃ……さっきも言ったように、みんなが防衛術を学びたいのなら、やり方を決める必要があるわ。会合の頻度とか場所とか」
「ねえ、ほんとなの?」

スーザンがハリーを見ながら口を挟んだ。

「守護霊を創り出せるって、ほんと?」

みんなが関心を示してざわめく。ニースも「……守護霊?」と呟いて目をパチクリさせた。ハリーが身構えるように頷く。

「うん」
「有体の守護霊を?」
「あ……君、マダム・ボーンズを知ってるの?」
「わたしの叔母さんよ。わたし、スーザン・ボーンズ。叔母さんがあなたの尋問のことを話してくれたわ。それで、ほんとにほんとなの? 牡鹿の守護霊を創るって?」
「ああ」

するとリーが心底感心したように声をあげた。

「すげえぞハリー! 全然知らなかった!」
「お袋がロンに、吹聴するなって言ったのさ。ただでさえ君は注意を引きすぎるからってね」

フレッドがハリーに向かってニヤリと笑む。それ、間違っちゃいないよ、とハリーが口ごもると、何人かのグリフィンドール生が笑った。

「それに、君はダンブルドアの校長室にある剣でバジリスクを殺したのかい?」

レイブンクローの男子生徒が訊ねた。

「先学期あの部屋に行ったとき、壁の肖像画が僕に言ったんだ」
「あ……まあ、うん、そうだ」

ハリーが答えると、ジャスティンがヒューっと口笛を吹いた。ニースもアイビスも素っ頓狂な声をあげる。もこれには驚いて目を丸くした。
一番最初にこのパブに入ったグリフィンドール生がみんなに顔を向けて口を開く。

「それに一年の時、ハリーは『言者の石』を救ったよ!」
「『賢者の』」

ハーマイオニーがヒソヒソ声で言うと、その男子生徒は「そう、それ!」と叫んだ。

「『例のあの人』から救ったんだよ!」
「それに、まだあるわ」

チャンがニッコリ微笑む。がさり気なく彼女から視線を逸らすと、悪戯っぽく笑んだアレフと目が合った。

「先学期、三校対抗試合でハリーがどんなにいろんな課題をやり遂げたか。ドラゴンや水中人、大蜘蛛なんかをいろいろ切り抜けて」

テーブルの周りで、みんながそうだそうだと感心してざわめいた。だがは信じられない思いでチャンを睨み付けた。どうして彼女が、そんなことを口にできるのだろう。三大魔法学校対抗試合のことなんて、思い出したくもないはずじゃないのか?
それとも彼女も『憂い』を頭から出したとでもいうのか。あなたを水中人から救い出したのはセドリックだ。それをどうして、笑いながら話すことができるの?
唇を噛み締めて俯く彼女の背を、そっとアレフが撫でた。

「聞いてくれ」

ハリーが口を開くと、みんなたちまち静かになった。

「僕……僕、なにも謙遜するとか、そういうわけじゃないんだけど……僕はずいぶん助けてもらって、そういういろんなことをしたんだ」
「ドラゴンのときは違う。助けはなかった」

すぐにレイブンクロー生が言った。

「あれはほんとに、かっこいい飛行だった」
「うん、まあね……」
「それに、夏休みに吸魂鬼を撃退したときも、誰もあなたを助けやしなかったわ」

スーザンが賞賛の目で告げると、またハリーは「ああ」と頷いた。

「そりゃ、まあね、助けなしでやったことも少しはあるさ。でも、僕が言いたいのは    
「おい、のらりくらり言ってそういう技を俺たちに見せてくれないつもりかよ」

ため息混じりに口を開いたザカリアスに、ロンが大声で言った。

「いいこと教えてやろう。減らず口叩くな」

ロンにひどく睨み付けられ口ごもったザカリアスを見て、アレフが呆れたように声をあげて笑う。ザカリアスは真っ赤になった。

「だって、俺たちはポッターに教えてもらうために集まったんだ。なのにポッターは本当はそんなこと何にもできないって言ってる」
「そんなこと言ってやしない」

フレッドが唸る。ジョージは大きな紙袋の中から長くて危険そうな金属の道具を取り出しながら言った。

「耳の穴かっぽじってやろうか?」
「耳以外のどこでもいいぜ。こいつは別にどこに突き刺したって構わないんだ」

警戒して眉根を寄せるザカリアスを笑いながら、アレフが興味深そうにジョージの手元を覗き込んでいた。ジョージは何やら嬉しそうにアレフにその道具の説明をしている。

「ま、まあ、それじゃあ先に進めましょう……要するにハリーから習いたいということで、みんな賛成したのね?」

慌ててそう言ったハーマイオニーに、みんな口々に同意の声をあげた。アレフもジョージの手元から顔を上げて、もちろん、と口を開く。もニースたちと「異議なし」と答えた。

「いいわ」

やっとひとつ決定したので、ハーマイオニーがホッと安堵の表情を見せた。

「それじゃ、次は何回集まるかね。少なくとも週に一回は集まらなきゃ意味がないと思います」
「待って」

グリフィンドールの黒人の女子生徒が口を挟んだ。確かクィディッチ・チームのジョンソンだ。

「わたしたちのクィディッチの練習とかち合わないようにしなきゃ!」
「もちろんわたしたちの練習ともよ」
「俺らのもだ」

チャン、ザカリアスも口々に叫ぶ。ハーマイオニーは少しイライラしながら頷いた。

「どこかみんなに都合のいい夜が見つかると思うわ。だけど、いい? これはかなり大切なことなのよ? ヴォ……ヴォルデモートの『死喰い人』から身を護ることを学ぶんですからね」
「その通り!」

アーニーが大声で言った。

「個人的にはこれはとても大切なことだと思う。今年僕たちがやることの中では一番大切かもしれない。たとえO・W・Lテストが控えていてもだ!」

彼はもったいぶってみんなを見回したが、アレフが小さく苦笑しただけだったので話を続けた。

「個人的には、なぜ魔法省があんな役にも立たない先生を我々に押し付けたのか、理解に苦しむ。魔法省が『例のあの人』が戻ってきたと認めたくないために否定しているのは明らかだ。しかし我々が防衛呪文を使うことを積極的に禁じようとする先生をよこすとは」
「アンブリッジがわたしたちに『闇の魔術に対する防衛術』の訓練を受けさせたくない理由は    それは、アンブリッジが何か……何か変な考えを持ってるからよ。ダンブルドアが私設軍隊のようなものに生徒を使おうとしているとか。アンブリッジはダンブルドアがわたしたちを動員して魔法省に楯突くと考えているの」

ハーマイオニーの言葉にほとんど全員が愕然としたが、アレフは口元に手を当てて「……なるほど」と小さく呟いた。ちょうどそのときジニーの隣に座っているレイブンクローの女子生徒が声を張り上げた。

「でも、それ辻褄が合うよ。だって結局コーネリウス・ファッジだって私設軍団を持ってるもン」

え、とハリーが上擦った声を出した。その女子生徒が重々しく告げる。

「うん、『ヘリオパス』の軍隊を持ってるよ」
「まさか、持ってるはずないわ」

ハーマイオニーがぴしゃりと言うと、レイブンクロー生が顔をしかめて反論した。

「持ってるもン」
「『ヘリオパス』って何?」
「火の精よ」

その女子生徒が目を見開くと、何だか奇妙な生き物を見ているかのようだった。見るからに、少し変わっている。

「大きな炎をあげる背の高い生き物で、地を疾走し、行く手にあるものを全て焼き尽くし    
「そんなものは存在しないのよ、ネビル」
「あら、いるよ、いるもン!」
「すみませんが、いるという証拠でもあるの?」

ハーマイオニーとそのレイブンクロー生の口論はあまり実のある話とは言えなかった。ヘリオパスなんて生き物が存在しないということは魔法界の常識だ。だが女子生徒は苛々しながら自信ありげに言った。

「目撃者の話がたくさんあるのよ。ただあんたは頭が固いから何でも目の前に突きつけられないとダメなだけ    
ェヘン、ェヘン

ジニーの声色がアンブリッジにそっくりだったので、はジニーを見て苦笑した。

「防衛の練習に何回集まるか決めるところじゃなかったの?」
「そうよ」

ハーマイオニーがみんなに向き直ってすぐに答えた。

「ええ、そうだった。ジニーの言う通りだわ」
「そうだな、一週間に一回ってのがグーだ」

リーがニヤリと笑む。ただし、と口を開きかけたジョンソンを、ハーマイオニーがピリピリしながら遮った。

「ええ、ええ、クィディッチのことは分かってるわよ。それじゃ、次にどこで集まるかを決めないと」

難題はむしろこちらの方で、みんなが一斉に黙り込んだ。
しばらくして、グリフィンドールのチェイサーが、図書館は?と言った。

「僕たちが図書館で呪いなんかかけてたら、マダム・ピンスがあんまり喜ばないんじゃないかな」

ハリーが答えると、別のグリフィンドール生が口を開いた。

「使ってない教室はどうだ?」
「うん、マクゴナガルが自分の教室を使わせてくれるかもな。ハリーが三校対抗試合の練習をしたときにそうした」

は最終課題の前にセドリックとアレフがスプラウト先生の許可を得て、空き教室で呪いの練習をしていたことを思い出した。アレフは今どんな思いでこのロンの言葉を聞いているんだろう。

「いや、それは無理だろ」

あっさりとそう言ったのはアレフだった。ロンが、え、と間の抜けた声をあげる。

「ど、どうして?」
「この集まりはどう考えたって今の体制に反抗的なもんだ。先生が易々と許可するとは思えねえ。アンブリッジが、ダンブルドアが私設軍隊を作ろうとしてるなんて馬鹿なことを考えてるならなおさらな。適当な空き教室も危険だ。アンブリッジは学校中を動き回れるわけだし、生徒の中にもアンブリッジに友好的な輩はいる。フィルチだってアンブリッジに取り入ってるし、すぐに見つかるさ」

みんなが黙り込んで苦渋の表情を浮かべる。アレフはフレッドとジョージに顔を向けた。

「ウィーズリー。お前らどっかいい場所知ってんじゃねえか?」

ふたりは顔を見合わせて目をパチクリさせた。

「何で僕らが?」
「お前ら、いろんな秘密の抜け道とか知ってんだろ? 秘密の抜け道があるってことは、秘密の部屋もどっかにあるってことさ。そういうとこじゃねえと危険だ。あー、もちろんスリザリンの継承者しか入れないようなとこは却下だぜ?」

これには何人かの生徒が小さく笑ったが、には何のことやら分からなかった。
フレッドとジョージは納得したように手のひらを打ち合わせて、「じゃあ探してみるわ」と答えた。

「それじゃあ、場所は近いうちにどこか探すことにします。最初の集まりの日時と場所が決まったら、みんなに伝言を回すわ」

そう言ってからハーマイオニーは鞄を探って羊皮紙と羽根ペンを取り出し、少し躊躇いがちに口を開いた。

「わたし……わたし、考えたんだけど、ここに全員の名前を書いて欲しいの、誰が来たか分かるように。それと」

そこで彼女は大きく息を吸い込んだ。

「わたしたちのしていることを言いふらさないと、全員が約束すべきだわ。名前を書けば、わたしたちの考えていることをアンブリッジにも誰にも知らせないと約束したことになります」

フレッドが嬉々として手を伸ばし、羊皮紙に一番に名前を書いた。もアイビス、ニースと名前を並べて書き記す。アレフはその下にスラスラと羽根ペンを走らせた。だがジョージが羊皮紙を渡そうとすると、ザカリアスは手をバタービールの瓶にくっ付けたままのろのろと言った。

「えーと……まあ、アーニーがきっと、いつ集まるか俺に教えてくれるから」

だがアーニーも名前を書くのをかなり渋っているようだった。先ほどあれだけ大口を叩いておいて、いい態度だ。は半眼で彼を見つめながら、バタービールを喉に通した。

「僕は……あの、僕たち、監督生だ」

苦し紛れに、アーニーが呟く。

「だから、もしこのリストがばれたら……つまり、ほら……君も言ってたけど、もしアンブリッジに見つかったら」
「このグループは今年僕たちがやることの中では一番大切だって、君さっき言ったろう?」

ハリーが念を押すが、まだアーニーは思い切れない様子だ。

「僕……うん、ああ、僕はそう信じてるよ。ただ    
「アーニー、わたしがこのリストをその辺に置きっ放しにするとでも思ってるの?」

ハーマイオニーが苛立たしげに言うと、アーニーは少し安心したようにかぶりを振った。

「いや、違う。もちろん違うさ。僕、うん、もちろん名前を書くよ」

アーニーのあとは、誰も異議を唱えなかった。最後のひとり、ザカリアスが署名すると、ハーマイオニーは羊皮紙を回収し、慎重に自分の鞄に入れた。グループ全体に奇妙な感覚が流れた。まるで一種の盟約を結んだかのようだった。

「さあ、こうしちゃいられないぜ」

フレッドが威勢よく立ち上がった。

「ジョージやリーと一緒にちょっとわけありの買い物をしないといけないんでね。じゃ、またな」

テーブルを離れる際にしっかりの頭を叩いてから、フレッドとジョージはリーと一緒にホッグズ・ヘッドを飛び出していった。他のメンバーもそれぞれ席を立つ。アレフやアーニーに手を振り、バタービールを飲み干してはニース、アイビスと共に重い腰を上げた。すでにテーブルにはグリフィンドールの数人と、チャンとその友達くらいしか残っていない。

「あ、ちょっと待って!」

歩き出した三人をハーマイオニーが追ってきた。

「お疲れさま、ハーマイオニー。どうしたの?」

すると彼女は一仕事終えたあとの満足感に満ちた顔をして言った。

「ねえ、さっきあなたの隣に座ってた男の人。名前覚えてないんだけど」
「アレフのこと?」
「そうそう、その人。あとでお礼を言っておいてもらえないかしら? あの人のおかげでずいぶん助かったから」
「……まあ、かなりザカリアスが余計な茶々入れてくれたから、アレフの発言で相殺ということで」

申し訳ない気持ちで呟くと、ハーマイオニーはクスリと笑った。

「彼、とっても理性的な人なのね。素敵だわ」

思わず吹き出す。ハーマイオニーはキョトンとして目を瞬かせた。

「わたし何か変なこと言った?」
「あーいや、アレフが理性的なんて言うから、おかしくて」

懸命に声を押し殺し、はお腹を抱えて笑った。涙が出てくる。あぁ……おかしすぎて、泣けてしまう。
目尻を軽く拭いながら、は小さく呟いた。

「アレフは普段あんなんじゃないんだよ。すっごく元気で、陽気で、楽しくって、明るくて……ただ」

不思議そうな顔をするハーマイオニーから、視線を外す。するとなぜかもたもたと鞄の留め金を掛けるチャンの姿が目に入り、は慌てて顔を背けた。

「ただ……アレフはね。セドの、親友だったから」

ハーマイオニーの顔が一瞬で強張った。の声はあまりに小さかったので、他の誰もそれに気付いた様子はない。彼女は目を細めて笑うと「それじゃ、また学校でね」と告げてハーマイオニーに背を向け、ニース、アイビスと一緒に薄汚れたパブを出た。陽光のもとに戻ると、何だか生き返った気がした。
生き返る、なんて。なんて、残酷なたとえなんだろう。

大通りに戻った三人は、もう一度ハニーデュークスに向かった。あまりお金を持っていないは誕生日プレゼントと称してふたりにいろいろと奇妙なお菓子を買われてしまった。ゴキブリ・ゴソゴソ豆板、ヒキガエル型ペパーミント、爆発ボンボン、浮上炭酸キャンディ……。
ホグワーツに戻る頃には、三人ともホッグズ・ヘッドで双子が持っていたくらいに大きな紙袋を抱えていた。初めてのホグズミード週末、なんて楽しいんだろう! 一度もフランシスに会わなかったのは幸いだった。
夕焼け色に染まるホグズミードの町を振り返り、目を細める。

(……もうこの風景を彼が見ることは、ないんだ)

もう彼はアレフと一緒にホグズミードには行けない。一年生のときに「ハニーデュークスの新作だ」と言って彼がくれたキャンディをしっかりは購入した。もう彼は新作の飴もチョコも、何もかも食べることができない。
生きることのすべてを突然奪われた、セドリック・ディゴリー。

(わたし……絶対に、負けないからね)

涙は出ない。泣いている自分に酔い痴れることもない。ただ彼の死を受け入れて、そしてこの世界の現実と正面きって対面する。
脳裏を過ぎる魔法薬学教授のことを考え、はふと足を止めた。

「どうしたの?」

ニースとアイビスが不思議そうな顔をして振り向く。は顔を上げ、小さく笑ってみせた。

「何でもないよ」

そしてふたりに並んで、また歩き出す。
みんなが怯えることなくこうして前へと踏み出せる世の中が訪れるその日まで。わたしはわたしにできることをすればいい。
きっとこんなことを気丈に考えられるのは、『憂い』を篩に落としてきたからだろうけれど。
ねえ、セド。
は城への石段を一段一段上りながら、胸中で呟いた。

わたし、好きな人ができたのかもしれません。
(06.01.25)