最初の競技は十一月二十四日。内容は秘密だが、選手の勇気を試すもの。武器は杖のみ。第一の課題終了後、第二の課題について情報が与えられる。選手は期末テスト免除。「いいなーセド」とアレフが冗談めいて呟くのを、セドリックは静かに笑って聞いていた。

ハロウィーン明けの月曜日からまたいつものように授業が始まったが、ハッフルパフ生は明らかにグリフィンドールに冷たい態度をとった。ハッフルパフは滅多に脚光を浴びることがない。みんな、自分たちの代表選手の栄光をハリーが横取りしたと感じていた。グリフィンドールはハウスカップでもクィディッチでもいくらでも見せ場がある。それなのに、こんなときまで。とて例外ではなかった。
何か良くない力が働いた結果だということは薄々も勘付いていた。代表選手は三人と決まっていた。それなのに四枚目の羊皮紙が飛び出してきたということは、ゴブレットに何らかの力が作用していたということだ。けれど、やはりどうしても。
合同授業でグリフィンドールのニースが話しかけてきても、フランシスはあからさまに素っ気無い態度をとるし、もぎこちない受け答えになってしまう。あのウィーズリーの双子ですらはさり気なく避けるようになった。廊下でハリー本人に会ってしまったときには、確実に口元が引きつったろうと思う。「おはよう、ハリー」と告げた声も微かに震えた。彼もそれに気付いたのだろう、とても暗い顔をしていた。

だが身勝手なことに、ハリーが代表選手になったことも嫌だったが、セドリックが他の寮の女子生徒たちに追い回されるのを見るのはもっと不快だった。確かに彼は顔がいいし頭もいい、優しい。クィディッチではシーカーでキャプテンだ。その上に対抗試合の代表選手だなんて、ファンが付きまとわないはずがない。容易に推測できたことだ。けれど、その光景を見る度に身を切られるようで。

(はー……一年なんて持つかな)

やっぱり間違いだったのかも。セドリックが代表選手に選ばれますように、なんて。いや。関係ない。わたしが何を願おうが祈ろうが、そんなことは彼には関係ない。
そうだ、それが一番怖い。自分が彼に、何の影響も与えられないと思い知らされることが。

第一の課題が近付いてくると、スリザリン生たちが大きなバッジを学校中で配り始めた。特にハッフルパフ生を中心にその普及を図っているようで、廊下を歩くとフランシスのもとへも、スリザリンの二年生が数人意地の悪い笑みを浮かべてやって来た。

「ルーピン、アップルガース、お前らもひとつどうだ?」

そのバッジを掲げる彼らのローブの胸にも同じものが留まっている。そこには赤い蛍光色の文字が燃えるように輝いていた。

『セドリック・ディゴリーを応援しよう    ホグワーツの真のチャンピオンを!』

はそれをちらりと一瞥すると、小さく口笛を吹いた。

「へー、たまにはまともなもの作るじゃない」

するとスリザリン生はニヤリと笑って胸のバッジを押してみせる。途端に赤文字がパッと消え、緑に光る文字が先ほどとは別の言葉を映した。

『汚いぞ、ポッター』

フランシスがプッと吹き出した。スリザリン生はドッと笑い出す。一方のは眉間にしわを寄せると、彼らの手中にあるふたつのバッジをパチンと指で弾いた。その拍子にバッジは跳ねて床に落ちた。

「何すんだよルーピン!」
「やっぱりスリザリンは所詮スリザリンね。あんたたちはただグリフィンドールをからかう口実が欲しいだけでしょ?」

するとカッと顔を火照らせたスリザリンのグラトンが何とか嘲るような笑みを浮かべて叫んだ。

「はっ、お前ハッフルパフのくせにポッターの味方なのか? それともお前、ひょっとしてポッターが好きなのか?」

またスリザリンがドッと笑った。「勝手にほざいてろ」と冷たく言い放ち、その場を後にする。グラトンたちが何やら罵声を浴びせてくるのが聞こえるがはそれを完全に無視した。
次の授業の『呪文学』のときに隣に座ったフランシスをちらりと見ると、彼女の胸にはしっかりと『セドリック・ディゴリーを応援しよう』バッジがついていた。がそれを持つことは決してなかったが、寮生たちが身につけることに対して責めるようなこともしなかった。もちろんセドリックの胸元にもそのバッジはついておらず、それがには少なからず嬉しかった。
だが『日刊予言者新聞』に対抗試合の記事が掲載されたときは、も『汚いぞ、ポッター』バッジをつけようか少し迷った。記事を書いたのがリータ・スキーターだと分かった時点で思い止まったが。彼女が嘘八百の三文記者だと知らなければ、確実にハリー・ポッター軽蔑側に回っていたろうと思う。対抗試合記事のほとんどがハリーのことばかりで、ボーバトンとダームストラングの代表選手名(綴りも間違っていた)は最後の一行に詰め込まれ、セドリックに至っては名前さえ出ていなかったのだ。これにはハッフルパフ生はひどく憤慨し、ハリーへの憎悪がさらに増大した。

ビクトール・クラムが入り浸っているという図書館へ毎日のように通っているフランシスを見送ってから、は談話室の隅でひとり大きく息をついた。セドリックは先ほど廊下でまた女子生徒たち(その中にはボーバトン生もダームストラング生もいた)に追い回されていたのでしばらく戻らないだろう。

、今日の調合のここがよく分かんないんだけど……」

『魔法薬学』の教科書を持ってきたケイトにしかめっ面を向けながら、は数日後に迫った第一の課題のことを頭の隅でぼんやりと考えていた。

the FIRST TASK

月曜の晩、談話室はセドリックを囲む寮生たちでいっぱいだった。セドリックはその中心で笑っていたが、やはり緊張しているのかその口元は少なからず引きつっている。

「セド、落ち着けよ。お前なら何だってやれるさ」

六年の男子生徒に肩を叩かれ、セドリックはまたぎこちない笑みを浮かべる。そばに近付いて何か一言かけたかったが、は遠目に彼を見つめるばかりだった。
翌日の朝食の席でも彼はあまり元気がないようだった。いつも優しく笑っているその整った顔が今はすっかり青ざめている。傍らのアレフが何度も「落ち着け、深呼吸だ! どーどー」と言っているのが見えた。

午前の授業を終え、大広間に昼食を摂りに行くと、まだ生徒たちはあまり来ていなかった。お陰ではフランシスと共に、セドリックたちのグループの隣に席を取ることができた。

「よう、、フランシス」

アレフが大きく手を振って声をかけてくれた。そちらに歩み寄りながら、六年生の集団に笑みを返す。セドリックは朝より幾分も顔色が悪くなっていた。

「セドリック、大丈夫?」

眉をひそめ、フランシスが訊ねる。彼はスプーンに少しだけ載せたオートミールを口に運びながら苦笑いしただけだった。
食べ終わるまでの間、アレフはひとりであまり中身のないことをペラペラと喋り続けていた。彼は普段から明るく陽気だったが、今日はそれがあまりにも異常だ。彼はカチカチになったセドリックの緊張を必死にほぐそうとしていた。あまり効果が出ているようには見えなかったが。
ちょうどセドリックがスプーンを置いたとき、教職員テーブルのスプラウト先生が彼を呼んだ。セドリックはいかにも神経質そうにピクリと身体を強張らせた。その腕を向かいのアレフが軽く叩く。

「ほら、行ってこいセド。大丈夫、スネイプの課題で『O・優』とったことあるお前なら何だってできる」
「えっ! セド、薬学で『O』なんかとったことあるの!? すごいすごい、それなら何でもできるよほんとだよ!」

スネイプがスリザリン生以外に『O』をつけることなどありえないと信じ込んでいたとフランシスが口々に叫ぶと、ようやくセドリックは自然な笑みを見せて「行ってくるよ」と言った。昼食を摂っていた寮生たちは教職員テーブルに歩いていく彼に精一杯の拍手を送る。スプラウト先生が彼に何か告げると、彼は二、三度首を縦に振って、立ち上がったマクゴナガル先生について大広間を出て行った。

「……行っちゃったね」

が呟くと、アレフは小さく吐息して肩をすくめてみせた。
昼食を終えると、はフランシスと共に生徒たちの流れに沿って競技場へと向かった。禁じられた森の縁を回り、分厚い板で柵を巡らせた囲い地にたどり着く。入り口の階段を上るとそこには競技場を見下ろすスタンドが広がっていた。すでに多くの生徒たちで埋め尽くされている。競技場には硬い地面があるばかりで、他にはまだ何もなかった。

「どんな課題なんでしょうね」

スタンドの向こう側にハッフルパフの同級生たちを見つけ、そちらに早足で進みながらフランシスが言った。

「さあね!」

周囲の喧騒に紛れないように叫ぶ。途中でグリフィンドール生と一緒のニースを見つけたが、はさり気なく目を逸らした。
ちょうど階段と反対側のスタンドまで来て、たちは最前列に席を取っていてくれたケイトたちの隣に座った。

「すっごい特設競技場ね。ドラゴンだって入れそうよ」

ベラの言葉にたちは「そりゃすごいわ」と声をあげて笑った。そのたった数分後、彼女らは何気ないベラの一言が核心を得ていたことを思い知らされる。
十人ほどの魔法使いたちに連れられ、青みがかったグレーのドラゴンが一頭ドスンと競技場に下ろされた。スタンドの生徒たちは全員愕然となった。

「まさか……」

フランシスが絶句する。はそのとき初めて、この対抗試合に年齢制限が設けられた理由を実感として理解した。確かにこんなものを十五、六歳以下の魔法使いが相手にできるとは思えない。

「……セド、大丈夫なのかな」

の呟きに答える者は誰もいなかった。どこからかピーっとホイッスルが鳴り響き、教職員や審査員の並ぶスタンド席にバグマンが現れたからだ。

「レディース・アンド・ジェントルメン! ようこそ、三大魔法学校対抗試合第一課題会場へ! トップバッターはホグワーツ一人目の代表、ミスター・ディゴリー!!」
「うっそ!?」

フランシスが飛び上がって悲鳴をあげる。は思わず競技場に落下しそうなくらい前方に身を乗り出し、囲い地の柵の切れ目から現れたセドリックを食い入るように見つめた。あまりに距離があり過ぎて彼の表情を窺うことはできない。会場中が大歓声に包まれた。

「課題は簡単! それぞれ担当のドラゴンから、金の卵を奪うこと! ミスター・ディゴリーが対戦するのはスウェーデン・ショート−スナウト種!!」

種類などどうでもいい。は今この瞬間に大切な人がドラゴンと対峙しているというだけで泣きそうだった。なにが簡単だ、ふざけるな!
彼は距離を保ちながら何やらドラゴンに杖先を向けて唱えていたが、うまく効かないようだった。何度も魔法が跳ね返って危うく自分に当たりそうになっている。バグマンの解説が殊更の不安と恐怖を煽った。今すぐここから飛び降りて止めさせたい、何度そう思ったことか。けれどそれだけの勇気と度胸をは決して持ち合わせてはいなかった。
十分ほどが経過したあと、セドリックは今までずっとドラゴンに向けていた杖先を突然競技場の岩に向けた。誰もが身を乗り出してその様子を見守る。彼が何やら呪文を唱えると、その岩が一瞬のうちに大きなラブラドールに変身した。呆気にとられ、ポカンと口を開ける。

「セ、セドはどういう……」
「囮にするんだわ!」

ケイトが拳を握って叫んだ。
その通りだった。犬はセドリックの示す方向に向けて走り出し、ドラゴンの気を引こうと吠え立てる。壁伝いに彼がじりじりと卵の方に進むと、犬はセドリックとは逆方向に走りながらドラゴンのいない方のグラウンドの隅でグルグルと回った。ドラゴンが顔を上げラブラドールの方を向く。

「いいぞ、セド!!」

そばにいたらしいアレフが歓声をあげるのが聞こえてきた。
犬があまりに喧しく吼えるので、時折セドリックを睨み付けていたドラゴンの目が今はじっとラブラドールを凝視していた。すぐにでもそちらに飛び立っていきたいが、卵を抱えているので踏み止まっているようだ。だが足音を潜めてどんどんドラゴンに近付いていったセドリックが卵との距離を数メートルにまで縮めた頃、痺れを切らしたドラゴンが犬を睨みながら重い腰をゆっくりと少しだけ上げた。ドラゴンの足が金色の卵から浮き上がる    今だ!

セドリックが飛び出して卵を掴んだ。そこでようやく彼の存在に気付いたドラゴンが足元を見下ろす。だがそのときにはセドリックはすでに金の卵を胸元に抱き抱え、ドラゴンの懐から逃げ出していた。やった、成功した! スタンドの生徒たちが歓声をあげ、バグマンが叫ぼうとしたちょうどそのとき。
ドラゴンがその口を大きく開き、喉の奥から赤々とした炎がセドリックに向けて噴き出された。悲鳴をあげる。彼は何とか身を捩って避けたようにも見えたが、グラウンドに転倒した彼の顔は半分ほど焼けただれていた。

「セド!!!」

は絶叫したが、セドリックは左手で顔を押さえながらも身を起こし右手で金の卵を掲げてみせた。ドラゴンは先ほどの十人ほどの魔法使いたちが押さえつけ、黙らせている。観客は彼に大きな拍手を送り、割れんばかりの大歓声をあげた。

「本当によくやりました!!」

バグマンが興奮の渦の中で叫んだ。

「さて、審査員の点数です!」

は首を巡らせて審査員席を見た。得点はマダム・マクシームが七点、クラウチ氏八点、ダンブルドアが八点、バグマン氏九点、カルカロフが六点、合計三十八点。セドリックはスプラウト先生に付き添われて囲い地を出て行った。先生は喜びと不安の入り混じった複雑な顔をしていた。

二番目に出てきたのはフラー・デラクールで、彼女はドラゴンに魅惑の呪文をかけて恍惚状態にしたが、ドラゴンのいびきで鼻から炎が噴出しスカートに火がついた。得点は三十九点。三番目はビクトール・クラム。彼はドラゴンの目を直撃し、今までで最もスマートなやり方だと思われたが、苦しんだドラゴンがのた打ち回って卵を潰してしまったので、減点されて四十点だった。そして最後が、ハリー・ポッター。彼の対戦するハンガリー・ホーンテールを運んできたドラゴン使いの中には、あのチャーリー・ウィーズリーもいた。
彼は『アクシオ』呪文で、去年手に入れた世界最速の箒ファイアボルトを呼び寄せ、見事彼の陽動作戦に引っかかったドラゴンから金の卵を奪い取った。選手の中で最短時間だった。バグマンも今まで以上に興奮して喚いている。スタンドが歓声で沸き上がった    もちろん、ハッフルパフ生の間でも。

「すっごい! すっごいポッター!!」

もはや誰も彼のことを悪く言う者はいなかった。今この瞬間、すでにハリー・ポッターはセドリック・ディゴリーと同じ、ホグワーツの代表選手だった。すごい。彼は本当に、すごい。はフランシスと抱き合って歓喜の声をあげた。

「ふたりともやった    ふたりともよ!!」

ハリーの得点はクラムと並んで四十点だった。堂々の一位だ。「セドが最下位になっちゃったわ」と漏らすケイトに、は声をあげて笑った。

「何つまんないこと言ってるの」

まだ歓声の止まないスタンドを見回して、ニヤリと微笑む。

「対抗試合はまだ始まったばっかりじゃない!」

その日のハッフルパフ塔の談話室も、一晩中灯りが消されることはなかった。
(06.01.03)