が談話室に戻ったのは、ハロウィーンの晩餐会が始まる少し前だった。すでに多くの生徒たちは大広間へ行ってしまっている。セドリックももういない。隅で雑誌をパラパラと捲っていたフランシスが顔を上げ、こちらに気付くと声をあげて怒鳴った。
「遅かったじゃない、何してたのよ」
「あー……ううん、別に」
小さくかぶりを振る。フランシスは雑誌をテーブルに放り出してズカズカとこちらに歩み寄ってきた。
「早く行こう、代表選手の発表よ!」
談話室を出たとき、入り口の聖女がニッコリと笑った。
four champions
とフランシスが中に入ったときには、蝋燭の灯りに照らされた大広間はほぼ満員だった。『炎のゴブレット』は今は教職員テーブルの、まだ空席のままのダンブルドアの席の正面に移されている。ハッフルパフのテーブルに着く前、はフレッドとジョージに出くわした。もうすっかり彼らの髭は消え失せていた。
「、代表の座はうちのアンジェリーナが頂くぜ」
誇らしげなフレッドが言った。は負けじと拳を握り、鼻を鳴らす。
「残念ね、代表はうちのセドで決まりよ」
「それはないな、」
肩をすくめるジョージに舌を出してから、はハッフルパフ席に着いた。セドリックはかなり離れた位置に座り、友人たちと大騒ぎしていてとても近寄れない。彼女は懐を押さえつけてこっそり下唇を噛んだ。
ハロウィーン・パーティはいつもより長く感じられた。二日続けての宴会だったせいかもしれないが、準備された豪華な食事にいつもほど心を奪われない。大広間の誰もが首を伸ばし、待ちきれないという顔をしていた。そしてついに金の皿がピカピカになると、大広間の喧騒が急に大きくなった。だがダンブルドアが立ち上がると、辺りは一瞬にして静まり返る。彼の傍らのカルカロフ校長とマダム・マクシームも、みんなと同じように緊張と期待感に満ちた顔だった。バグマンは生徒の誰にということもなく笑いかけウィンクしており、一方のクラウチは心底うんざりした様子だ。
「さて、ゴブレットはほぼ決定したようじゃ。わしの見込みではあと一分ほどじゃの。さて、代表選手の名前が呼ばれたら、その者は大広間の一番前に来るが良い。そして教職員テーブルに沿って進み、隣の部屋に入るように」
ダンブルドアが教職員テーブルの後ろの扉を示す。
「そこで、最初の指示が与えられるであろう」
彼は杖を取り、大きく一振りした。途端にくり抜きかぼちゃを残し、あとの蝋燭がすべて消え、部屋がほとんど真っ暗になる。『炎のゴブレット』は今や大広間の中で一際明々と輝き、キラキラした青白い炎が目に痛いほどだった。広間中のすべての目がそれを見つめ、そしてそのときを待っている。フランシスがごくりと唾を飲み込んだ。
刹那、ゴブレットの炎が突然赤くなり、火花が飛び散り始めた。次の瞬間、炎がメラメラと宙を舐めるように燃え上がり、炎の舌先から焦げた羊皮紙が一枚はらりと落ちてきた。ダンブルドアがその羊皮紙を捉え、再び青白くなった炎の明かりで読もうと腕の高さに差し上げる。彼は力強いはっきりした声で言った。
「ダームストラングの代表選手は
ビクトール・クラム!」
フランシスが甲高い悲鳴をあげた。大広間中が拍手の嵐、歓声の渦に巻き込まれる。ビクトール・クラムがスリザリンのテーブルから立ち上がり、前屈みにダンブルドアの方に歩いていき、先ほどダンブルドアが示した扉の奥へと消えた。
「ブラボー、ビクトール! 分かってたぞ、君がこうなるのは!」
カルカロフの声が響いた。
拍手とお喋りが収まり、今や全員の関心は再び赤く燃え上がったゴブレットに集まっていた。炎に巻き上げられるように、二枚目の羊皮紙が中から飛び出してくる。
「ボーバトンの代表選手は、フラー・デラクール!」
レイブンクローのテーブルからシルバーブロンドの女子生徒が優雅に立ち上がった。もフランシスもほぼ同時に顔をしかめる。歓迎会でダンブルドアの話の途中に嘲笑ったあの女だ。ボーバトン、さいあく! 彼女はたちの横を滑るように進んでいった。選ばれなかったボーバトン生たちはひどく落胆していた。
フラー・デラクールも隣の部屋に消えると、また沈黙が訪れた。今度は興奮で張り詰めた沈黙が、びしびしと肌に食い込むようだ。次はホグワーツの代表選手。ああ……どうか! は両手を組み合わせて懸命に祈った。フランシスも思い詰めた表情でゴブレットを見つめていた。
そして三度、『炎のゴブレット』が赤く燃えた。溢れるように火花が飛び散る。炎が高く燃え上がり、その舌先からダンブルドアが三枚目の羊皮紙を取り出した。
「ホグワーツの代表選手は」
彼の瞳が、確かにハッフルパフのテーブルを一瞥した。
「セドリック・ディゴリー!」
「やったああああああ!!!!」
は椅子から飛び上がって歓声をあげた。彼女ばかりではない。ハッフルパフ生は全員総立ちになり、大声で叫び、足を踏み鳴らした。隣のエラと抱き合って叫ぶ。嘘みたいだ……本当に、本当に彼が選ばれた!
セドリックの方に目をやると、彼は満面の笑みを浮かべ、周りの友人たちから祝福の拳を浴びていた。「痛いよアレフ」と彼が苦笑いとともに言っているのが見える。ようやく友人たちの輪から抜け出した彼は心底嬉しそうだった。彼が横を通り過ぎるとき、誰もが祝福の言葉を叫ぶ。セドリックがすぐそこまでやって来るとも身を乗り出して拍手した。
「セド! セド、おめでとう!!」
セドリックがこちらを向いてニッコリと微笑んだ。
「ありがとう!」
彼が通り抜けていく。セドリックもふたりの代表選手と同じように教職員テーブルの奥の部屋に入っていった。それでもハッフルパフの寮生たちの拍手と歓声はしばらく止まなかった。
「結構、結構!」
やっと大歓声が収まった頃、ダンブルドアが嬉しそうに呼びかけた。
「さて、これで三人の代表選手が決まった。選ばれなかったボーバトン生もダームストラング生も含め、みんな打ち揃ってあらん限りの力を振り絞り、代表選手たちを応援してくれることと信じておる。選手に声援を送ることで、みんなが本当の意味で貢献でき
」
ダンブルドアが突然言葉を切った。何が彼の気を散らせたのか、誰の目にも明らかだった。
『炎のゴブレット』が再び赤く燃え始めたのだ。火花がほとばしった。空中に炎が伸び上がり、その舌先にまたしても羊皮紙を載せている。ダンブルドアが反射的に長い手を伸ばし、その羊皮紙を捉えた。彼はそれを掲げ、そこに書かれた名前をじっと見つめている。次に口を開くまで、ダンブルドアは身じろぎもしなかった。
やがてダンブルドアが咳払いし、その羊皮紙を読み上げた。
「ハリー・ポッター」
大広間のすべての目が、一斉にグリフィンドール席に向けられた。はただ呆然と彼を見つめていた。グリフィンドール寮の四年生、ハリー・ポッター。かの伝説的な人物であり
わたしの実の父親の、子供のような存在。遠いようでいて、実はとても近いのかもしれない、そんな、不思議な縁のあるその少年を。彼は凍りついたようにその場にじっとしていた。
拍手の代わりに怒った蜂の群れのような、ワンワンという音が大広間に広がった。ハッフルパフ席からは一際大きい非難の声があがっている。彼女の向かいのフランシスもひどく顔を歪め、何やら口汚い罵声を吐いていた。親友がハリーのことを悪く言うのは去年のグリフィンドール対レイブンクロー戦以来だ。
「あの人、まだ四年生よ?」
「何考えてるの?」
「代表はセドって決まったのに!」
マクゴナガル先生がダンブルドアに何か耳打ちすると、彼は頷き、顔を上げた。
「ハリー・ポッター!」
ハリーが動かないのを見てダンブルドアがまた叫んだ。
「ハリー、ここへ来なさい!!」
隣のハーマイオニーに軽く押され、やっとハリーが立ち上がった。完全に放心状態のようで、ローブの裾を踏んでよろめいている。の横を通り過ぎるときも、彼の目はただぼんやりと教職員テーブルの方を向いていた。ハリーはダンブルドアの前まで進み、彼に何か言われたあと、そのまま教職員テーブルに沿って歩き、他の代表選手三人と同じように扉の向こうに消えた。
途端にワッと大広間が喧騒に包まれた。グリフィンドールから「すっげぇハリー! アイツどうやったんだ?」とリーの歓声が聞こえ、ハッフルパフの寮生たちがギロリとそちらを睨み付けた。
「信じられない!!」
フランシスが拳をテーブルに叩きつけて怒鳴る。ケイトもエラも、とにかくハッフルパフ生の多くはひどく憤慨していた。
「ホグワーツの代表は紛れもなくセドよ!!」
「ポッターなんかにセドの栄光は強奪させないわ!!」
だがダンブルドアは広間の喧騒にも負けないくらいの大きな声で全員に呼びかけた。
「静粛に!」
一瞬で広間が静まり返る。ダンブルドアは4つのテーブルを見渡すと落ち着いた声音で告げた。
「三校の代表選手が決まった。少々
予想外の事態が起こってしまったようじゃが、それはこちらで対応する故、諸君が心配する必要はない。先ほども言ったように、みんながひとつになり、それぞれの代表選手たちを応援してくれることとわしは信じておる。それでは今日はこれで解散じゃ、おやすみ!」
そう言うとダンブルドアは、興奮したバグマンと共に代表選手の消えた部屋に入っていった。そのすぐあとに、クラウチ、カルカロフ、マダム・マクシーム、マクゴナガル先生、スネイプが続く。再び大広間の生徒たちはワーワーと騒ぎ始めた。
「静かに! 早く寮に戻ってお休みなさい!」
教職員席からハッフルパフのテーブルにやって来たスプラウト先生が怒鳴った。セドリックが選ばれた際は隠しきれない喜びが口元ににじみ出ていたのに、今はその笑みは影を潜めている。フランシスが眉根を寄せた。
「だって先生、セドリックがちゃんと代表に選ばれたのにポッターが」
スプラウト先生は顔をしかめながら言った。
「それは……ダンブルドアがきちんと片を付けて下さいます。余計なことは考えず、早くお戻りなさい」
を含め、ハッフルパフ生たちはスプラウト先生にぶーぶー文句を言いながら広間を出たが、先生にとってもハリーの羊皮紙がゴブレットから出てきたのは面白いことではないはずだ。それは充分に分かっている。塔に戻った寮生たちは寝室に上がらず、全員が談話室に残った。
未だにハリーへの悪口をぺちゃくちゃと喋り続ける寮生たちを前にして、セドリックの同級生アレフが全員に向けて声を張り上げた。
「えー、ハッフルパフの皆様、注目!」
ダンブルドアのようにみんなを黙らせる力はなかったが、多くの生徒たちが彼の言葉に耳を傾けた。アレフは右手を掲げて続ける。
「今宵は我が寮にとって、一生忘れられない夜になることと思います! 我らがミスター・セドリック・ディゴリーが、三大魔法学校対抗試合のホグワーツ代表選手に選ばれました!!」
ワッと談話室が喧しいほどの歓声に包まれた。
「えー、とても、喜ばしいことです、記念すべき日です。そこで
えー、非常に申し上げにくいのですが、我らがセドリックの栄光を下手すると奪いかねない状況にいるグリフィンドールのあの少年のことですが
えー、きっとダンブルドアがどうにかしてくれるでしょう! 正しく選ばれたのは我らがセドリックであります! ですので、ここはひとつあの少年のことは忘れ、彼が快くこの素晴らしい夜を楽しめるように、ここはひとつ!! セドリックが戻ってきてからは、あの少年への文句などは一切口にしないように! お願いしたい!!」
眉根を寄せつつも、ハッフルパフ生たちは渋々と頷く。あのフランシスも口を尖らせたが、アレフの言葉に対しては文句を言わなかった。
寮生たちは部屋からお菓子などを持ち寄り、談話室でセドリックを迎える準備をした。一部の上級生たちは厨房に忍び込んでそこからも料理やお菓子を頂戴してきたらしい、談話室のテーブルの上は宴会にも負けないくらい豪華に飾られた。は心躍ると同時に、強烈な不安を抱えていた。そして。
(あー……これ、どうしよう)
そっと懐から取り出したしおりを眺め、ぼんやりと考える。フランシスは傍らでケイトたちとずっと小躍りを続けていた。
意を決したはそれを再びローブの内側に忍ばせて立ち上がった。
「あら、、どこ行くの?」
首を巡らせたフランシスが声をあげる。は小さく笑い、口を開いた。
「わたし、スプラウト先生に話があったの忘れてた」
だがフランシスはそれを聞くと、ニヤリと笑って彼女の耳元に顔を寄せた。
「セドリック迎えに行くんでしょう?」
ポッと頬を赤らめる。フランシスは意地の悪い笑みを浮かべ、続けた。
「行ってこい! そこで一発どーんと彼の心を掴むような……」
「もう、やめてよフランシー! そんなんじゃないってば!」
ジロリと親友を睨み付け、は談話室を飛び出した。そんなんじゃない。そんなんじゃなくて、わたしはただ……。
代表選手になれて、おめでとう。十七歳の誕生日、おめでとう。生まれてきてくれて
ありがとう。
ただそれを。伝えたくて。
彼が談話室に戻ってきてからではきっと言えないから。寮生みんなが彼のためにあの狭い談話室に集合しているのである。ひとりひとりが彼と話す時間などないだろう。わたしは卑怯だろうか。こうしてひとり、抜け駆けのようなことをして。
いや、違う。わたしはスプラウト先生に用がある。うん、そうだ!
階段への廊下の角を曲がったところで、ちょうどはセドリックに遭遇した。
「あっ、」
少し驚いた顔をして、だがやはり嬉しそうにセドリックは声をあげた。
「何してるんだ? もう広間には誰も」
「あ、えっと、その……」
頭の中が真っ白になる。スプラウト先生に用事が
そんな弁解も頭からきれいさっぱり吹き飛んでいた。ただ、しどろもどろに言葉を探す。
「あ、セド、その……代表、おめでとう!」
彼はニッコリ笑って頷いた。
「ありがとう。嬉しいよ」
「あの……ハ、ハリーはどうなったの?」
上目遣いに恐る恐る訊ねると、彼は少しだけ眉根を寄せて答えた。
「ああ、彼は……彼も代表選手だよ、四人目のね。『ゴブレット』の魔法契約は絶対なんだ。だから彼も、競技に参加する」
彼女は目を瞬かせてしばしセドリックの顔を見つめていたが、やがて彼から目を逸らし「……そっか」と呟いた。彼は小さく笑った。
「それで、どうしたんだ? こんな時間にどこかに行くの?」
「あ、えっと……その」
ローブの胸元を握る指先が震える。頬が上気する。は唾を飲み込んで覚悟を決めた。懐から取り出した小さなしおりを彼に差し出す。セドリックはきょとんと目を開いた。
「あの……ほんとは朝に言おうと思ってたんだけど……た、誕生日、おめでとう!」
彼は驚きと喜びの入り混じった顔をして、プッと隠しもせずに吹き出した。
「思い詰めた顔してるから何かと思ったら……びっくりした。ありがとう、」
余程おかしかったらしく、セドリックはしばらく声をあげて笑っていた。は何も言えずに真っ赤になって下を向く。しおりも思わず胸元に隠した。彼は二、三度咳を挟み、呼吸を整えながら、
「いや……、ごめん。今日は一日中みんな代表選考のことばっかりで、実は誕生日のことはまだ誰にも言われてなかったんだ。だから少し驚いて……いや、ごめんごめん。ほんとに嬉しいよ、、ありがとう」
そしてとても優しい眼差しを見せてくれる。は耳まで熱くなっていることに気付いたが、やっとのことで口を開いた。
「それで、わたしの誕生日のときセドは飛行練習に付き合ってくれたから……何かできないかなって思って」
「え? そんなこと構わないよ、おめでとうって言ってもらえただけで嬉しいから」
「でも! わたしがそれじゃ嫌だったから……だから、えっと……だから」
は手中の小さなしおりをまた彼の前に突き出した。彼は瞬きながら目線を落とす。
「だから……これ、全然、大したものじゃないんだけど……でも、他にできることも思いつかなくて。わたしが小さい頃にね、パパに教えてもらったおまじないがあるの」
は自分が握る草のしおりをちらりと見やった。
「名前は覚えてないんだけどこの草でしおりを作ってずっと持ってるとね、作ってるときにしたお願い事が三つ叶うんだって」
「へえ。珍しい草だね、見たことないよ」
彼はそう言って微笑んだ。彼の透き通ったグレイの瞳を覗き込む。
「わたしもこれ作るとき、お願い事したの。ひとつ目は、セドが代表に選ばれますように」
「じゃあ、ひょっとしてのお陰かな。ありがとう」
冗談でも彼がそう言ってくれたことがとても嬉しかった。は目を細め、続ける。
「ふたつ目は……セドが無事に、対抗試合を終えられますように」
髑髏を映した彼の横顔が、また脳裏にちらついた。まさか。馬鹿げてる。今でもそう思うけど、でも。彼が無事に
わたしたちのところに、ハッフルパフに、帰ってきますように。
「三つ目は、セドが優勝できますように」
うそ。
本当は、そんなこと願っちゃいない。これ以上スポットライトを浴びる彼を見たくなんかない。永遠の栄光を手に入れた彼なんて。でも本当のことは、言えるわけないよ。
セドがわたしのこと、好きになってくれますようになんて。
セドリックはそんな彼女の胸中を知る由もなく、心底嬉しそうに笑った。
「ありがとう……、本当にありがとう」
は静かに笑い、彼の手にその手作りのしおりを握らせた。冷たい皮膚に触れたとき、心臓が止まるかと思った。
「だから、わたしの気持ちちゃーんとこめたから……何か、藁にでも縋りたくなったら……持っててくれたら、嬉しいな」
あまりに弱気なの発言に、セドリックはまた失笑する。だが彼は目尻に涙を浮かべつつ、草のしおりを両手で受け取ってくれた。
「ありがとう、。絶対大事にするよ。ひとつ目の願いが叶ったから、きっと、無事に優勝杯を持って戻ってくる。約束するよ」
無事に帰ってくると。彼が約束してくれた。
張り詰めていた糸がぷつんと切れたかのようには突然泣き出した。セドリックが慌てふためいて彼女の背中を撫でる。
「? いきなりどうして
」
「……良かった、良かった、セド……絶対、帰ってきてね……」
彼はしばらく何も言わなかったが、やがて鼻から通る小さな息とともに「もちろんだよ」と笑む。ようやく落ち着いたは寮に戻ろうとしたセドリックに「わたしスプラウト先生に用事があったんだ」と言い残し、そこで彼と別れた。彼と一緒にあの談話室に戻れるはずもない。どこかで時間を潰して帰ろう。
ハッフルパフ塔のそばの廊下に座り込み、十分ほどが経ってから談話室に戻ると、歓声で耳が張り裂けそうだった。もちろんセドリックは寮生全員の中心にいて、先ほどパーティでたらふく食べたはずなのに、友人たちにまたやたらと食べ物を勧められていた。中でもアレフが一番強引で、厨房から持ってきたと思われるチョコレートケーキを彼の口に無理やり突っ込んでいる。苦しそうに胸を押さえつけるセドリックを見て、みんなが声をあげて笑った。
翌日日曜日の午前中、ハッフルパフの談話室には誰も下りてこず、ただテーブルや床にはお菓子やジュースの残骸が無残に転がっていただけだったという。