新学期初日、が憂鬱な気持ちでジニーの部屋を出ると(彼女はひどく寝起きが悪く、同じベッドで寝ていたジニーとハーマイオニーはかなりの迷惑を被った)、バタバタと慌てふためいてローブを着直しているウィーズリー氏が階段を下り、ジニーの部屋の前の踊り場に来たところだった。
「やあ、おはようジニー、ハーマイオニー、! わたしはこれからすぐに出なければいけないんだ。気を付けて、素敵な新学期を!」
そのままドタドタと階段を下りていくおじさんを眺め、ハーマイオニーが呟いた。
「こんなに早くから……お父様、ほんとに大変ね」
キッチンに下りると、すでにフレッドやジョージたちは席に着いてトーストをかじっている。はほとんど焦点の合わない目で手近な椅子に腰かけ、目の前のトーストに何もつけないまま無造作にかぶりついた。
「、最後の朝くらい着替えてから下りてきて欲しかったね」
「そうだぜ、最後くらい僕らの前でも恥じらいというものを見せて欲しかった」
からかうような口振りで叫ぶ双子をネグリジェのままジロリと睨み付け、は寝起き特有の低い声で唸った。
「そういうことは自分がもっと男らしくなってから言ってもらえるかな?」
するとパーシー以外のウィーズリー家の息子たちとハリーが一斉に吹き出した。は炊事場からふわふわと飛んできたミルクでトーストを流し込み、苛々する頭を押さえつけてベーコンエッグに手を伸ばす。
まだ完全には目覚めていない意識の中で、ははチャーリーたちが何やら「マッド−アイ」などと口にしているのを聞いたような気がした。
a nasty day
ビルもチャーリーも、みんなをキングズクロス駅まで見送ることに決めた。パーシーだけは「どうしても仕事に行かなければいけないんだ」と言ってくどくど謝っていた。
「アーサーが魔法省から車を借りるように努力したんだけど、一台も余裕がなかったの」
ウィーズリーおばさんは村の郵便局とやらに行って電話というものをかけ、ロンドンに行くのにマグルのタクシーを三台呼んだ。マグルの運転手はみんなのトランクをフーフー言いながら車に載せ、ようやく全部積み終えた頃にはそれだけですでに疲れ切ったようだった。おまけに途中フレッドのトランクが開いた拍子に長々花火が炸裂し、驚いたクルックシャンクスが運転手の脚にかじりつき運転手は悲鳴をあげた。は双子、ジニーと同じタクシーに乗り込んだが、先ほどの花火ですっかり興奮してしまったは駅に着くまで喧しく鳴き通しだった。
一年前はリーマスとふたりで九と四分の三番線への柵をくぐったが、今年はウィーズリー家の友人たちと突き抜けた。大人数なので三回に分かれることになり、彼女は双子とジニーと共に、二番目にマグルのホームに別れを告げた。
ホームをしばらく進むと、すぐに同じ寮の親友に出会った。フランシスは彼女を見つけると大きく手を振ってこちらに駆け寄ってきたが、フレッドとジョージに気付くとあからさまなまでに顔をしかめた。
「、久しぶり! もう席は取ってあるの、アイビスもニースも一緒よ!」
「あ、ほんとに? じゃあ行こー行こー」
は双子とジニーにしばしの別れを告げて、手ぶらのフランシスについていった。親友の取ったコンパートメントはそこからしばらく歩かねばならなかったが、は急いで荷物を入れると、ウィーズリー夫人やビル、チャーリーを探しにもう一度ホームに飛び降りた。そこにはすでに荷物を置いたハリー、ロン、ハーマイオニーに、双子、ジニーも集まっていた。
「僕、みんなが考えてるより早く、また会えるかもしれないよ」
チャーリーがジニーを抱き締めてさよならを言いながら微笑んだ。
「どうしてだい?」
フレッドが首を傾げる。チャーリーは殊更ニッコリと笑った。
「今に分かるよ。僕がそう言ったって、パーシーには内緒だぜ? 何しろ『魔法省が解禁するまでは機密情報!』なんだから」
「あーあ、俺も何だか今年はホグワーツに戻りたい気分だぜ」
ビルはポケットに両手を突っ込み羨ましそうな目で汽車を見た。
「どうしてさ?」
ジョージは知りたくてたまらないといった様子だ。ビルは意地の悪い笑みを浮かべ、
「今年は面白くなるぞ! 俺もいっそ休暇でも取ってちょっと見物にでも行くか」
「だから、何なんだよ!」
苛々したロンが口を尖らせる。はビルを見上げ、アッと小さな声をあげた。
「それってドレスローブに何か関係ある?」
するとビルとチャーリーはちらりと目を合わせ、ニヤッと笑う。ちょうどそのとき、汽笛がホームに鳴り響いた。
「さあ、あるかもな? なにぶん『機密情報』だから。まあ、早く行け」
ビルはそう言ってを汽車のデッキへと追い立てて言った。
「、また会おう。そうだな……あと二、三年もすれば君は絶世の美女になってるだろうと思うから、またそれくらいの頃に」
「ビル!」
ウィーズリーおばさんに怒鳴りつけられビルは小さく舌を出した。は慌てて汽車に飛び乗り、窓から身を乗り出して夫人へお礼を言うハリーとハーマイオニーの後ろから叫ぶ。
「わたしも……本当に、ありがとうございました!」
「こちらこそ、楽しかったわ」
ウィーズリーおばさんが言った。
「クリスマスにもお招きしたいけど、でも……ま、きっとみんなホグワーツに残りたいと思うでしょう。何しろ……まあ、いろいろあるから」
「ママ!」
ロンが眉根を寄せて怒鳴った。
「三人とも知ってて僕たちが知らないことって何なの!?」
「今晩分かるわ、多分」
おばさんがニッコリ微笑んだ。
「とっても面白くなるわ。それに、規則が変わって本当に良かったわ」
「何の規則?」
ハリー、ロン、双子にが一斉に訊いたが、夫人はかぶりを振ってみせた。
「ダンブルドアがきっと話してくださいます。さあ、お行儀よくするのよ。ね、分かったの、フレッド? ジョージ、あなたもよ?」
ピストンが大きくシューっという音を立てて汽車が動き始めた。
「ホグワーツで何が起こるのか、教えてよ!」
フレッドが窓から身を乗り出して叫んだ。
「何の規則が変わるの!?」
おばさんはただ手を振り続けていたが、列車がカーブを曲がる前に三人とも『姿くらまし』してしまった。
はフレッド、ジョージ、ジニーたちに別れを告げ、親友たちのコンパートメントに戻った。
「来た来た、!」
アイビスとニースが顔を上げて笑った。一方、ふたりの向かいに腰かけたフランシスは、眉間にかなりのしわを寄せて身じろぎもせずじっと一枚の羊皮紙を睨み付けていた。はその隣に座りながら、正面のふたりに訊ねる。
「……フランシーどうしたの?」
ニースが呆れ顔で囁いた。
「今さっきふくろう便が届いたの。レイブンクローの彼氏かららしいんだけど」
「ふくろう便?」
眉をひそめる。今からホグワーツに戻ろうと言うのに、なぜ今頃そんなものを送ってくるのだろうか。何かあるなら特急の中ででも、学校に着いてからでもいつでも言えるだろうに。
ニースは続けた。
「それでね、別れよう、もう学校で会っても話しかけないでくれって言われちゃったんだって」
「えぇ!?」
は素っ頓狂な声をあげた。直後、ぐしゃっと音を立ててフランシスが手紙を握り潰した。彼女は青ざめながらもぶつぶつと何やら呪詛のように呟いている。
「……許さない……絶対、絶対許さない……こんな、こんな終わり方ってないわ……ええ、絶対許さない……新学期早々、しかもわざわざふくろうで言ってくるなんて何様……えぇ、このままで済むと思うんじゃないわよ……殺す!」
はぞっとする思いで隣の親友を眺めた。ニースは「放っときなさい」と冷ややかに言い放ち、アイビスはどこか憐れむような眼差しでフランシスを見つめている。すると突然フランシスが凄まじい形相でに顔を向けた。その拍子に思わず飛び上がり、はコンパートメントの壁に後頭部を強打する。
「いったぁぁぁぁ……!」
「!!」
彼女の涙目の訴えを無視し、フランシスは激しく唾を散らした。
「絶対! 絶対にあんたチェイサーになりなさいよ!」
「は? あ?」
わけが分からず眉根を寄せると、フランシスはこちらに身を乗り出して眉間のしわを増やした。
「あんたがチェイサーになってレイブンクローなんかけっちょんけっちょんにしてやりなさい! いいこと!? 頼んだからね!!」
顔を引きつらせて助け舟を求めるが、ニースは知らん顔でチョコレートの包みを開き、レイブンクローのアイビスもただ苦笑いしながらこちらを眺めているだけだった。
「……は、薄情者」
「いい!? レイブンクローなんかに負けたら許さないから! ベータも、ついでにチョウも、箒から叩き落すくらいのつもりでやりなさい!!」
「あんたの個人的な恨みに巻き込まないでよ……おまけにわたしまだ選手になってもいないんだから」
嘆息混じりにそう漏らしながらも、は選手になればうまくいけばチャンを箒から落とせるかもしれないんだなとぼんやり考えた。
やがてホグワーツ特急は速度を落とし、ホグズミードの真っ暗な駅に停車した。フランシスはまだひどく顔を歪めていた。外を見るとまるで頭から冷水をバケツで何杯も浴びせかけるように、雨は激しく降り続いている。は鳥かごにマントを被せてアイビスたちと汽車を降りた。今年はボートではなく、駅の外に待っている馬なしの馬車に乗り込む。動き出した馬車の中から何気なく外を見やると、隣の馬車のこちら側にはチョウ・チャンが乗っていた。彼女はこちらに気付いたようで、微笑みながら手を振ってくる。もまた口元を痙攣させながら、何とか手を振り返した。
頭の後ろから、またフランシスの呪いがぶつぶつと聞こえてきた。