『移動キー』の行き着いた先にはマグルになり損ねたかのような奇妙な服装の魔法使いがふたりいて、そのうちのひとりにキャンプ場を指示されたたちは、そこでディゴリー親子と別れることになった。

「ウィーズリー……ウィーズリーっと。ここから四百メートルほどあっち。歩いていって最初に出くわすキャンプ場だ。管理人はロバーツさんって名前だ。ディゴリー……二番目のキャンプ場。ペインさんを探してくれ」
「ありがとう、バージル」

ウィーズリー氏は礼を言って、みんなについてくるよう合図した。は首を巡らせてセドリックを見やる。彼はにっこり笑って手を振ってきた。

「それじゃあ、また学校で」

は目を細めて微笑み、すでに歩き出したウィーズリー一家に小走りで追いつく。しばらく進んでから振り返ると、ディゴリー親子が並んで歩き始めたところだった。
にやにやと意味深な笑みを浮かべたジニーとハーマイオニーが、いつの間にやらの両脇に並んでその耳元でそっと囁く。

「あなたって、とっても分かりやすいのね」

は頬を真っ赤に染め上げてじとりとふたりを交互に睨み付けた。

a dark mark of skull

ウィーズリー一家のスペースはキャンプ場の一番奥で、森の際だった。競技場はこの森のちょうど反対側なので、こんなに近い所はないとウィーズリー氏はとても嬉しそうだ。
ウィーズリーおじさんは、厳密に言うと魔法は許されないのでテントはマグル式で建てよう! と興奮気味に言った。彼は『マグル製品不正使用取締局』に勤めていてマグルに関するものなら何でも目がない。マグルの世界で暮らしているハリーとハーマイオニーの指導でたちは何とか手作りでふたつのテントを張ることができた。女子用テントの中は寝室とバスルーム、キッチンの三部屋で、寝室には二段ベッドがふたつ置かれている。男子用テントは少し大きかったが、なぜか猫の臭いがした。
その後ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人が水を汲みに行き、たちは近くの森に薪を拾いに出た。

、ディゴリーなんかと仲良くするなよ」

両手一杯に薪を抱え、出し抜けにフレッドが言った。しゃがみ込んで薪をかき集めていたは、顔を上げて思い切り眉をひそめてみせる。

「何よ、フレッドに関係ないでしょう。それにわたし、ハッフルパフだよ?」
「だってあれだぜ? あの去年の開幕戦でハリーに勝って自分がスニッチ取ったなんて親に話してるようなやつだぞ? とんでもない野郎だ」

フレッドの隣で、ジョージも不機嫌そうに顔を歪める。は目尻をつり上げて声を張り上げた。

「学校で何があったかなんて親に話したって当然でしょう? それにセドはあの試合のときだってやり直しを求めてたじゃない。いつまでもくだらないこと根に持って、セドのことばっか責めてんじゃないわよ!」

ぴしゃりとそう告げると、双子は不貞くされた子供のように頬を膨らませて、から少し離れた所へと闊歩していった。憤慨する彼女にジニーはそっと「気にしない方がいいわよ。焼きもち焼いてるだけなんだから」と言った。
みんながそれぞれ抱えきれないほどの薪を拾い集めると、一行はテントへと戻った。双子の機嫌は相変わらずでには口も利かない。ウィーズリー氏は苦笑しながらポケットから何やら小さな箱を取り出した。興奮しながらそのマッチを擦るが、どうもうまくいかないらしい。彼の周りには折れたマッチの残骸がどんどん積もっていった。
やがて水汲みから戻ってきたハーマイオニーの指導で、ウィーズリー氏はようやく火を点けることができた。そして昼頃になると、森の方からビル、チャーリー、パーシーが揃ってゆっくりと歩いてきた。

「ただいま『姿現し』ました!」

パーシーが大声で叫ぶ。ウィーズリーおじさんは顔を上げた。

「ああ、ちょうど良かった。昼食だ!」

昼食は焼いた卵とソーセージだった。食事中にそばを通りかかった派手な魔法使いはやはり魔法省の役人らしく、ウィーズリー氏と親しげに会話を交わしている。その魔法使いバグマンは『魔法ゲーム・スポーツ部』の部長で、彼のお陰でいい切符が取れたのだとおじさんは嬉しそうに言った。バグマンはそんなことは何でもないという風に手を振り、ウィーズリー氏に賭けの話を持ちかけた。おじさんは少しだけ顔をしかめて「アイルランドが勝つ方に一ガリオンで」とぼやいた。

「一ガリオン?」

バグマンはがっかりしたようだったが、周りの子供たちを見回して声をあげた。

「よし、よし……他に賭ける者は?」
「この子たちにギャンブルは早すぎる」

ウィーズリー氏が慌てて口を挟んだが、フレッドとジョージがコインを掻き集めながら叫んだ。

「賭けるよ! 三十七ガリオン、十五シックル、二クヌートだ。まずアイルランドが勝つ。でも、ビクトール・クラムがスニッチを取る。あ、それから『だまし杖』も賭け金に上乗せするよ!」

「バグマンさんにそんなつまらないものをお見せしてはダメじゃないか」とパーシーが非難がましく言ったが、バグマンはパッと顔を輝かせてフレッドから杖を受け取った。そしてその杖がガアガア大きな鳴き声をあげてゴム製の玩具の鶏に変わると、彼は大声をあげて笑い、喜んだ。ウィーズリー氏はその後、何とか息子の賭けを止めさせようと躍起になっていたが、興奮気味のバグマンはさっさと羊皮紙に双子の名前を書き付けてしまった。

「全財産賭けるなんて……一体なに考えてるの?」

が双子に駆け寄りながら強く言い放つと、バグマンから受け取った羊皮紙のメモを懐に仕舞いながら、フレッドが半分ほど瞼を伏せ冷たく言った。

には関係ないことだろう?」
「そうだよ、僕らのお金だ。にどうこう言われる筋合いはないね」

ジョージも口を揃えて冷ややかに告げる。は「勝手にすれば!?」、カンカンになって少し離れたジニーの隣に戻った。
それからパーシーの崇拝するクラウチが『姿現し』でやって来て、バグマン、ウィーズリーおじさんとしばらく話をすると、彼はバグマンと揃って『姿くらまし』た。

夕方が近付くにつれ、興奮の高まりがキャンプ場を覆う雲のようにはっきりと感じられた。夕暮れ時には、凪いだ夏の空気さえ期待で打つ震えているかのようだった。試合を待つ何千人という魔法使いたちを夜の帳がすっぽり覆うと、最後の慎みも吹き飛ぶ。あからさまな魔法の印があちこちで上がったが、魔法省の役人たちはもう何も言わなかった。
はウィーズリーおじさん、ビル、チャーリー、ジニーたちと行商人の間を縫ってしばらく散歩した。アイルランドのマスコットやマークをずらりと並べたセールス魔ンの前でビルたちが立ち止まる。

「何か少しくらい買いましょうよ」

ジニーの言葉に頷き、彼らはしばらく商品を手に取って品定めしていたが、やがてお揃いで緑のロゼットをつけることになった。おじさんは一緒にアイルランドの国旗も買った。

「あれ、は?」

何も買わない彼女に気付いてビルが目を丸くした。は苦笑いして慌てて口を開く。

「あーええと、その……お金、ほとんど持ってないし、わたしはいいよ」

するとビルはすぐさま箱の中からアイルランドのロゼットと、ついでにパンフレットまで取り上げて行商人に金貨と銀貨を払った。そしてそれをそのままの前に差し出す。彼女は思わず飛び上がって素っ頓狂な声をあげた。

「え、ビル! 悪いよそんなの……わたしはいいから」
! ワールドカップなんてそうそうあるもんじゃないんだぜ? 俺は稼ぎもあるんだから、黙って受け取ってくれないか?」
、ビルの気が変わらないうちにもらっておいた方がいいわよ?」

ジニーもくすりと笑ってそう言った。はかなり眉根を寄せて悩んだが、「ありがとう……」とおとなしく受け取る。急いでそのロゼットを着けると、何だかとても温かい気持ちになった。
テントに戻るとハリー、ロン、ハーマイオニーがそれぞれの手に万眼鏡とパンフレットを持って帰ってきていた。チャーリーが歓声をあげてロンの万眼鏡を覗き込んでいる。フレッドとジョージは全財産をバグマンに渡したので何も持っていなかった。
そのとき、どこか森の向こうからゴーンと深く響く音が聞こえ、同時に木々の間に赤と緑のランタンがいっせいに明々と灯り競技場への道を照らし出した。

「いよいよだ!」

興奮しきったウィーズリーおじさんが立ち上がって叫んだ。

「さあ、行こう!」
ウィーズリー家は最上階の貴賓席だった。そこは小さなボックス席で、両サイドにある金色のゴールポストのちょうど中間に位置している。フレッドとジョージが前列に飛び出して歓声をあげた。
それから試合が始まるまでの間、はジニーとチャーリーに挟まれて、競技場を隈なく眺めようと目を皿のようにしてぐるりと辺りを見回した。そうしている間に後ろでは貴賓席も徐々に埋まっていったようだ。ウィーズリーおじさんや畏まったパーシーの挨拶が聞こえてくる。魔法省大臣のお出ましだと分かったときにはさすがのも思わず振り返った。
ははっとした。魔法省大臣ファッジは、彼女も見たことがあったからだ。学期末    シリウス・ブラックに出会ったあの日の晩、彼女の横たわる医務室に、スネイプ、ダンブルドアと共に飛び込んできたあの男。ファッジはに気付きもしなかったようだが。そのすぐ後に現れた三人家族を見たウィーズリー一家たちは一瞬にして厳しい顔になった。そのうちのひとりはも知っている。スリザリンのあの姑息なシーカー、マルフォイだ。マルフォイ氏とウィーズリーおじさんはしばし静かに火花を散らし合っていたが、蔑むような軽い会釈をすると、マルフォイ一家はたちからやや離れた席に着いた。

「むかつく奴だ」

ピッチを睨み付けたロンが呟くのが聞こえてくる。ちょうどそのとき、バグマンが貴賓席に勢いよく飛び込んできた。

「みなさん、よろしいかな? 大臣、ご準備は?」
「君さえ良ければ、ルード、いつでもいい」

魔法省大臣が満足げに言った。
バグマンはさっと杖を取り出して自分の喉に当て、「ソノーラス!」、満席のスタジアムから沸き立つどよめきに向かって呼びかけた。その声は大観衆の上に響き渡り、スタンドの隅々までに轟いた。

「レディース・アンド・ジェントルメン、ようこそ! 第四二二回、クィディッチ・ワールドカップ決勝戦に、ようこそ!」

観衆が一斉に叫び拍手した。貴賓席正面の巨大黒板が、最後の宣伝広告を消して得点ボードに変わる。それからバグマンはブルガリアとアイルランドのマスコット(ヴィーラが現れたとき、すぐにでもピッチに飛び降りそうになったチャーリーを引き止めるのは至難の業だった)、続いてメンバーを紹介していった。ブルガリアのクラムがピッチに飛び出してきたときの歓声は一際すごかった。
そしてバグマンの絶叫で(「試あぁぁぁぁぁぁぁい、開始!!」)、とうとう試合は始まった。

「マレット! トロイ! モラン! ディミトロフ! またマレット! トロイ! レブスキー! モラン!」

はどこを見ればいいのかまったく分からなかった。選手たちの動きがあまりに速すぎて、バグマンは名前を言うだけで精一杯だ。気が付いたときには、トロイが先取点を奪っていた。
試合はアイルランドが優位だったが、途中ブルガリアのクラムが仕掛けたフェイントにアイルランドのリンチが見事に引っかかり、顔面から地面に激突した。専門の魔法医に薬をやたらと飲まされリンチが回復するまでの間、クラムは目を凝らしてスニッチを探しているようだった。やがてリンチも立ち上がり、試合が再開される。だが試合は次第に激しさを増し、反則続出で事態は泥沼化していた。レプラコーンに挑発されたヴィーラがカンカンになって醜悪な姿に変わったのをウィーズリーおじさんが見たときには、彼は「だから外見だけにつられてはだめなんだ!」と叫んだ。
再びモランが得点し、点差は百六十点に開いた。その直後だった。

アイルランドのビーターが目の前を通るブラッジャーを大きく打ち込み、クラムめがけて力の限り叩き込んだ。クラムは避け損ない、ブラッジャーがその顔面に飛び込んだ。
競技場が呻き声一色になった。クラムの鼻が折れたかに見え、そこら中に血が飛び散った。だが審判は自分の箒が燃えていて気付かない。はヒッと悲鳴をあげて思わずチャーリーにしがみ付いた。そのとき。

アイルランドのシーカーが急降下していった。スニッチを見つけたんだ。もウィーズリー一家もみなチームのシーカーに大声援を送った。だがクラムが血の線を後ろに引きながらもリンチの後ろにぴったりとついた    クラムがリンチに並んだ! ふたりとも一対になって再びグラウンドに突っ込んでいく    

「ふたりともぶつかるわ!」

ジニーが金切り声をあげた。しかしハリーは叫んだ。

「リンチがぶつかる!」

ハリーの言った通りだった。またもやリンチが地面に激突し、怒れるヴィーラの群れがたちまちそこに押し寄せた。
チャーリーが身を乗り出して叫んだ。

「スニッチは、スニッチはどこだ!?」
「とった    クラムが捕った! 試合終了だ!!」

ハリーがまた絶叫した。
赤いローブを血に染めながらクラムがゆっくりと舞い上がる。高々と突き上げた彼の拳の中に、金色の煌きが見えた。
大観衆の頭上にスコアボードが点滅した    ブルガリア 百六十 アイルランド 百七十

「アイルランドの勝ち!!」

バグマンが叫んだ。バグマンはこの突然の試合終了に度肝を抜かれたようだった。それはも同じことだった。

「何でクラムは点差が百六十点もあるのにスニッチを掴んだの?」

アイルランドチームに精一杯の拍手を送りながら、は興奮して吼えるチャーリーに向けて声をあげた。

「アイルランドがうますぎたんだ! クラムはすごい! 勝てないと分かったからせめて自分の手で終わらせたかったんだろう!」

は目線をピッチに下ろしてクラムの姿を探した。彼は医師団に囲まれてひどくむっつりとした顔をしていた。それからしばらくしてブルガリアの七選手が階段を上がってボックス席に入ってきた。
列の最後尾のクラムは顔は血まみれで、両目の周りに見事な黒い痣が広がりつつあったが、その手にはまだしっかりとスニッチが握られていた。は間近でその力強い眼差しを見つめ、なぜか胸が締め付けられるような感覚に襲われた。
    ああ、この人はとても勇敢な人だ。
先の見えたゲームは自分の手で終わらせる。
は割れんばかりの大歓声の中、そっと解いた自分の手のひらを眺め下唇を噛み締めた。

ひょっとして。そんな期待は無意味な妄想かもしれない。
わたしは    このままでは、いけない。
逃げてはいけない。
このままじゃ。
は目を閉じ、ぎゅっと眉根を寄せた。

動き出さなきゃ。
前に進もうと思うなら。

大喝采は収まる気配も見せない。はゆっくりとその瞼を押し上げて、漆黒の空を見上げた。レプラコーンがいつまでも金貨の雨を降らせながら狂喜乱舞を繰り返している。緑の花火が上がるのを見て、彼女は人知れず決然とした面持ちで頷いた。
    今夜はとても、暑くなりそうだ。
テントに戻ると、ウィーズリー氏が寝る前にもう一杯ココアを飲むことを許したので、途端にみんなは試合の話に花を咲かせた。はクラムの勇敢さについて、ハーマイオニーと黄色い声をあげながら語り合った。

「あそこで試合を終わらせるなんて、普通の人なら絶対にできない! 彼って素敵だわ!」

ハーマイオニーが頬を少しだけ染め上げて言った。

「勇気ってやっぱり、始める勇気、続ける勇気    それにもちろん、終わらせる勇気だってあるのよね」

そして彼女はうっとりと虚空を見上げる。は大袈裟なまでに同意しながら冷たいココアを飲んだ。やがて小さなテーブルで転寝していたジニーが床にココアを溢してしまい、とうとうウィーズリーおじさんは全員寝なさいと促した。はハーマイオニー、ジニーと隣のテントに移り、パジャマに着替えるとすぐさまベッドに入った。外では喧しいお祭り騒ぎがまだまだ続いていた。
本当に眠りに落ちたのかは定かではなかった。ただはウィーズリーおじさんの絶叫ではっと飛び起きた。

「起きなさい! ジニー、ハーマイオニー、! 緊急事態だ!」

寝惚け眼をこすって、薄がりの寝室を見回す。切羽詰った様子のウィーズリー氏はテントの入り口を指差して叫んだ。

「時間がない! 上着だけ持って外に出なさい、早く!!」

言われた通りにはコートを引っかけて、ジニー、ハーマイオニーと共に外に飛び出した。まだ残っている火の明かりで、みんなが追われるように森へと駆け込んでいくのが見えた。キャンプ場の向こうから、何かが奇妙な光を発射し、大砲のような音を立てながらこちらに向かってくる。大声でやじり、笑い、酔って喚き散らす声が次第に近付いてくる。そして突然、強烈な緑色の光が炸裂し、辺りが照らし出された。
魔法使いたちが一塊になって杖を一斉に真上に向け、キャンプ場を横切りゆっくりと行進してくる。は目を凝らした。魔法使いたちはフードを被り、仮面を着けていた。その遥か頭上に、宙に浮かんだ四つの影がグロテスクな形に歪められ、もがいている。仮面の一団が人形使いのように、杖から宙に伸びた見えない糸で人形を浮かせて地上から操っているかのようだった。
段々多くの魔法使いが、浮かぶ影を指差し、笑いながら、次々とその行進に加わった。行進する群れが膨れ上がると、テントは潰され、倒された。行進しながら行く手のテントを杖で吹き飛ばすのをは何度も目撃した。

「わたしたちは魔法省を助太刀する」

後からテントから出てきたウィーズリーおじさんが腕まくりしながら言った。彼の傍らにはちゃんと服を着たビル、チャーリー、パーシーも立っている。

「お前たちは森へ入りなさい。バラバラになるんじゃないぞ。片がついたら迎えに行くから!」

ビル、チャーリー、パーシーは、近付いてくる一団に向かってもう駆け出していた。おじさんもその後を急いだ。は唇を噛み締めて、思わず胸元に着けたロゼットを握り締めた。

「行こう!」

フレッドがジニーの手を掴み、森の方に引っ張っていく。たちもふたりに続いた。森にたどり着くと、全員が振り返った。浮かせられたロバーツ一家の下にいる群集はこれまでより大きくなっている。魔法省の役人たちが何とかしてフードの集団に近付こうとしているが、ロバーツ一家が落下してしまうのを恐れて魔法も使えず苦戦しているらしい。
競技場への小道を照らしていた色とりどりのランタンはすでに消えていた。木々の間を黒い影がまごまごと動き回っていた。子供たちが泣き喚いている。ひんやりとした夜気を伝って不安げに叫ぶ声、恐怖に戦く声が響いている。は顔も見えない誰かにあっちへこっちへ押されているのを感じた。あまりに四方八方へ動く人が多すぎて、身動きが取れない。
やがて最悪の懸念に襲われたは縋るように絶叫した。

「……み、みんな!?」

騒然とした空気を飛び越えて、ジョージの声が微かに耳に届いた。

?     !」

だがその叫びも。次第に遠ざかり。

「……ジョージ?!」

また前と後ろから同時に押され、は呻きながら顔をしかめた。ジョージの答えは、もう聞こえなかった。
はぐれてしまった。
真っ青になってはとにかくがむしゃらに突き進もうと身体を前のめりにした。ダメだ、逃げなければ。
方角も分からず、ただ前へ前へと彼女は力任せに歩き続けた。いつの間にか人の波からは抜け出していた。力尽きたように、ばたりとその場に座り込む。暗闇の中でも、そばを何人かの魔法使いたちが息も切れ切れに駆けていくのが分かる。フードの魔法使いたちの喧騒はもう聞こえてはこなかった。

「ジョージ……フレッド……」

嗚咽混じりに、呟く。不安と恐怖とでたまらなく押し潰されそうだった。コートを羽織っていても、ぞっと寒気がした。
そのとき、後ろから唐突に声がした。

「誰かいるのか?」

驚いて、顔を上げる。振り返ると、彼方からぼんやりと小さな灯りが近付いてきた。は震える声を喉から絞り出し、叫んだ。

「わ……わたし、ひとりなの!」

彼女の声を聞いたその灯りの持ち主は、突然弾けたように駆け出した。ルーモス呪文で灯りを点けた杖を掲げたセドリックは、しゃがみ込んで動けないの前で立ち止まる。彼は目を見開いてこちらの顔を覗き込んできた。途端に、彼女の瞳から涙がこぼれ落ちた。

「……セ、セド?」
?」

彼は勢いよく彼女の前に膝をついた。

、何でひとりなんだ?! ウィーズリーさんたちは」
「は、はぐれちゃって……セドは?」
「僕は父さんが魔法省の応援に行くのを見送ってからきたんだ。だから、少し遅れて」

セドリックがそう言って目を細めた、そのとき。
緑色に輝く何かが。ここからかなり離れたところから漆黒の空へと舞い上がった。は顔を上げ、硬直した。
    巨大な髑髏が。
彼女の視線に気付いたセドリックも、振り返って空を見上げる。
エメラルド色の星のようなものが集まって描く髑髏の口から、舌のように蛇が這い出していた。見る間にそれは高く高く上り、緑がかった靄を背負ってあたかも新星座のように輝き、真っ黒な空にぎらぎらと刻印を押した。は声も出なかった。
闇の魔術に関する本で読んだことがある。
『例のあの人』の。
セドリックもまた一言も発さずにただ呆然とその印を眺めていた。
『例のあの人』の。『闇の印』が。

は痙攣でも起こしたかのような動きで、視線をぎこちなく『闇の印』から目の前の青年に下ろした。そして彼女は見た。
彼の横顔に映る、髑髏の明かりを。

は息を呑んだ。そして次の瞬間には、勢いよくセドリックにしがみついていた。彼は一瞬驚いたようだったが、すぐに彼女の背をそっと抱き返して言い聞かせる。

、落ち着いて。大丈夫だから」

は彼の腕の中で懸命にかぶりを振った。違う、そうじゃない。

「セド……死なないで。セド、死んだらやだ……」

セドリックが眉をひそめる。だが彼女はただ彼に抱きついたまま、ずっとそれだけを繰り返していた。
後になって考えれば、それはあの印が輝いて彼の顔に反射した、ただそれだけのことだったのだけれども。
髑髏の影を戴いた彼の横顔が、どうしても忘れられなくて。
わたしの顔にも同じものが映っていたのかもしれないけれど。そんなことはどうでもよくて。
ただ、不安で不安でどうしようもなかった。
馬鹿げたことを言ったかもしれない。それでも。

テントまではセドリックが送ってくれた。男子用テントの入り口に座り込んでいたフレッドとジョージは、彼女を発見するなり飛び上がって、「!」こちらまですっ飛んでくる。セドリックはの身体に回した右手をそっと解いて、彼女を双子に引き渡した。は意識だけは保っていたが、とても話せる状態ではなかった。

「かなりショック状態になってるみたいだから、早く休ませてあげてくれ」

セドリックがそう告げると、フレッドとジョージは呆然とした顔でセドリックを見つめた。

「ディゴリー……君がを見つけてくれたのか?」
「本当に、偶然だったけどね」

セドリックは小さく肩をすくめてみせた。フレッドが深いため息をつきながら、徐に口を開く。

「ありがとう……ディゴリー」
「いいや。は僕にとっても、可愛い妹みたいなものだからね」

そう言って小さく微笑むと、彼は踵を返して自分のキャンプ場へと戻っていった。フレッドとジョージはしばらくその後ろ姿を見つめていたが、ジョージの腕の中で呻き声をあげたを見て、慌ててテントの中へと彼女を引きずっていった。
先ほどのセドリックの言葉は、とうとう意識を手放したの耳には届かなかった。ただ彼女を取り敢えずと自分のベッドに運んだフレッドは、ジョージとちらりと視線を合わせてそっとの頬を撫でながら、セドリック・ディゴリーの寂しげな笑顔を思い返していた。
(05.12.28)