夕食の席ではウィーズリー一家と対面することになった。大家族だとは聞いていたが、まさかこんなに兄弟がいるなんて。キッチンには入りきらないという理由で庭に出た彼らは双子の出してきた食卓に着く。はフレッドと長男のビルに挟まれて座った。
「、フレッドとジョージが君のことでうるさいからどんな子かと思ってたんだ。予想通り、きれいだね」
いきなりビルにそんなことをさらりと言われ、は真っ赤になり俯いてしまった。あまりきれいとは言われたことがない。社交辞令にしても、彼の一言は彼女を無口にさせるには充分だった。
「おいおいビル、に手ぇ出すんじゃないぜ? は僕らみんなのアイドルだ」
フレッドが口を尖らせる。ビルは声をあげて笑った。
「分かった分かった。でも、ほんとにきれいだよ。よっぽどお父さんもお母さんも美形だったんだね、将来がとっても楽しみだ」
彼女のちょうど正面に座ったロンとハーマイオニーの顔がサッと強張ったのが見える。は気付かない振りをして慌ててサラダをかき込んだ。ああ、母の顔を見たことはないが確かに実の父親の顔は非常に整っている。スネイプの言葉が脳裏に甦る
君は本当に不気味なほど、あの男にそっくりだな。虫唾が走る。
ああ、虫唾が走る。スネイプにも、シリウス・ブラックにあまりに似通ったこの顔にも。
今年魔法省の『国際魔法協力部』に就職したという三男のパーシーが、隣のハーマイオニーに大鍋の厚さに関する薀蓄を延々と語るのを眺めながら(「クラウチ氏が僕に仰るには」、彼はこの出だしを何度口にしただろう?)、は小さく息をついた。耳ざといフレッドがこちらの顔を覗き込んでくる。
「どうかした? 」
は顔を上げてフレッドを見やった。
「ううん、何でもない」
小さく笑って手元のスープに視線を戻す。フレッドは腑に落ちない様子だったがの肩に手を回してきたビルを見るとまた非難の声をあげ、ジョージとひそひそとビルへの悪戯作戦を練り始めた(「僕らのに手を出そうなんて、ここらでひとつお灸を据えてやらねばならん」)。この長男が彼らの悪戯に引っかかるとはあまり思えなかったが。
その日の晩はジニーの部屋でハーマイオニーと三人、同じベッドで寝ることになった。ウィーズリー夫人の魔法でベッドはいつもの倍ほどの広さになっている。布団に入った後には女の子らしく恋愛の話題が浮上し、はジニーがハリーに恋していることを知ったが、ハーマイオニーに関してはよく分からなかった(本人は「いないわ」と言ったが女の子の本心とは分からないものだ)。
「それでは?」
興味津々といった顔でこちらを覗きこんできたジニーが言った。はもちろん同じ寮の六年生のことを考えたが。
「……どうせ片思いだし」
ぽつりとぼやいて、唐突に頭から布団を被る。だがジニー・ウィーズリーとハーマイオニー・グレンジャーの手から逃れられるはずもなく、は数十分の尋問の後にすっかり吐かされることとなった。
TO THE WORLD CUP!
ハリーが「隠れ穴」に現れたのは日曜の夕方だった。ハリーの親戚の家で双子が何やらやらかしたらしく、ジニーの部屋にいても下からウィーズリー夫人の怒鳴り声が聞こえた。
は部屋でひとり横になっていた。昨日の晩に食べ過ぎたらしく、朝から少し胃が重苦しかったのだ。朝食を抜いて昼食も軽く済ませると大分体調も良くなってきていた。
どすどすと複数の階段を上がる足音が次第に近付いてきて、ジニーの部屋の前で止まった。
「、調子はどう? ハリーが来たんだけど」
ハーマイオニーだ。はゆっくりと身を起こしベッドを降りた。寝惚け眼で部屋の扉を開ける。そこにはハーマイオニーとジニー、ロン、そしてハリーがいた。
「あ、ごめんなさい、寝てた?」
眉をひそめるハーマイオニーにはかぶりを振ってみせた。
「ううん、起きてた。大丈夫……ポッターさん、お久しぶりです」
口の端を僅かにつり上げて口を開くと、ハリーは少なからずショックを受けたようだった。ロンもハーマイオニーも気まずそうに顔を歪める。は目を瞬かせ声をあげた。
「……何か?」
するとハーマイオニーがそっと耳打ちしてきた。
「あのね、この前も言ったけど、ハリーはあなたと親しくしたいって思ってるから……『ハリー』って呼んで、それで敬語もやめてあげた方がいいと思う」
はハッとし、真面目な顔をして頷いた。
彼らは階段を上がって家の一番上まで歩いた。部屋の入り口には『ロナルドの部屋』とでかでかと書かれている。中は思ったより広かったが、色々な物や四つのベッドが所狭しと置かれているので、動き回れる空間はさほどなさそうだった。壁と切妻の天井にはチャドリー・キャノンズのポスターが貼られ、窓際には大きな蛙が一匹入った水槽がある。そして隅の鳥かごの中では、あの灰色の豆ふくろうがピーピー鳴きながら飛び回っていた。ロンは、フレッドとジョージの部屋をビルとチャーリーが使っているし、パーシーは仕事で忙しいと言って自分の部屋を占領しているから仕方なく双子が同じ部屋なのだと説明した。
「ハリー、あなたの方は夏休みはどうだったの?」
ハーマイオニーがベッドに腰かけて言った。
「わたしたちからの食べ物の小包とか、いろいろ届いた?」
「うん、ありがとう。ほんとに命拾いした、ケーキのお陰で」
ケーキのお陰で命拾いする生活というのはどんなものなのだろうかと、は眉根を寄せた。
「それに、便りはあるのかい? ほら……」
ハリーの方に身を乗り出したロンがそう切り出すと、すぐさまハーマイオニーが厳しい顔をして彼を肘で軽く突いた。ロンはしまったという顔でジニー、そしてを見てから俯いて口を噤む。はロンが何を言おうとしていたのかすぐに分かった。彼らはシリウス・ブラックの逃亡に深く関わっているし、ハリーに関してはブラックは名付け親である。ブラックのことを心配しているに違いない。
「どうやら下での論争は終わったみたいね。下りていって、お母様が夕食の支度をするのを手伝いましょうか?」
沈黙をごまかそうと咳払いしながらハーマイオニーが言った。頷いて、五人はキッチンまで下りていく。そこにはひどくご機嫌斜めのウィーズリー夫人ひとりしかいなかった。
「また庭で食べるわよ。お嬢ちゃんたち、お皿を外に持っていってくれる? ビルとチャーリーがテーブルを準備してるわ。そこのおふたりさん、ナイフとフォークをお願い」
たちが棚から数種の皿を取り出している間中、ウィーズリー夫人はずっと鼻息も荒くフレッドとジョージのことを喋り続けていた。
「あの子たちがどうなるやら、わたしには分からないわ。まったく、志ってものがまるでないんだから。できるだけたくさん厄介事を引き起こそうってこと以外には! 脳みそがないってわけじゃないのに」
は勝手口から裏庭に出ながら人知れず肩をすくめた。そうだ、双子は頭はいい。そうでなければあんなに様々な悪戯を毎日のように考え付くはずもない。だが親にしてみれば、悩みの種以外の何物でもないだろう。上の息子三人が揃いも揃って立派な就職を果たしているのだから尚更だ。そんなことをまったく考えず奔放に生きる彼らは、彼女にはとても眩しい存在だった。
前庭ではビルとチャーリーがテーブルをふたつ芝生の上に高々と飛ばし、お互いにぶつけて落とし合いをしていた。今この瞬間もウィーズリー夫人のストレスを着実に増やしているであろうフレッドとジョージは長男と次男のその遊びに歓声をあげている。も双子と一緒になって「やれやれー!」とビルとチャーリーを煽った。ビルがチャーリーのテーブルの脚をもぎ取ったところで、三階の窓からパーシーがその仏頂面を突き出して怒鳴った。
「静かにしてくれないか!」
ビルがニヤッとして顔を上げた。
「ごめんよパース。鍋底はどうなったい?」
「お陰さまで最悪だよ」
そう言い放ちパーシーはぴしゃりと窓を閉めた。ビルとチャーリーはくすくす笑いながらテーブルを芝生に降ろし、ビルが杖を一振りするともげた脚は元通りになった。
夕食は昨日と同じ七時に始まった。今日はチャーリーとジョージの隣だ。テーブルの一番端ではパーシーがウィーズリー氏に例の鍋底の報告書や魔法省の役人について長々とまくし立てており、テーブルの真ん中ではウィーズリー夫人がビルの牙のイヤリングのことでひどく気を揉んでいるようだった。一方は双子、チャーリーとワールドカップの話で盛り上がっていた。
「絶対アイルランドだ」
チャーリーがポテトを口いっぱい頬張ったままもごもごと言った。
「準決勝でペルーをぺちゃんこにしたんだからな」
「でもブルガリアにはビクトール・クラムがいるぜ」
フレッドが身を乗り出して声をあげる。だがチャーリーはきっぱりと言い放った。
「クラムはいい選手だがひとりだ。アイルランドはそれが七人だ。アイルランドに決まってる」
「そうだよフレッド。わたし、雑誌で見たけどモランもマレットもトロイも、とにかくみんな最高のチェイサーだよ!」
が目を輝かせて口を開く。チャーリーはうんうんと頷いた。
「ああ、イングランドが勝ち進んでりゃなぁ。あれはまったくの赤っ恥だ! まったく!」
「どうしたの?」
ハリーが怪訝そうな顔をしてチャーリーに訊く。チャーリーは肩を落としながら、意味もなくスープをぐるぐるとかき回した。
「トランシルバニアにやられた。三百九十対十、最悪だ。それからウェールズはウガンダにやられたし、スコットランドはルクセンブルクにボロ負けだ」
ハリーはふーんと唸って目の前のサラダを突き始めた。
やがて空も暗み、ウィーズリー氏が蝋燭に灯りを点けた。それから手作りのストロベリー・アイスクリームが並べられ、はフレッドやジョージたちの冗談に大笑いしながらデザートをゆっくりと口に運ぶ。チャーリーはワールドカップの話が一段落すると、彼の仕事のことを少しだけ話してくれた。
「あら、もうこんな時間」
ウィーズリー夫人が腕時計を見て素っ頓狂な声をあげた。
「みんなもう寝なくっちゃ。全員よ。ワールドカップに行くのに明日は夜明け前に起きるんですから。あ、ハリー、それからも、学用品のリストを置いていってね。明日ダイアゴン横丁で買ってきてあげますから。みんなの買い物もするついでがあるし。ワールドカップの後は時間がないかもしれないわ。前回の試合なんか五日間も続いたんだから」
「わー! 今度もそうなるといいな!」
ハリーは興奮していたが、パーシーはしかめっ面だった。
「僕はまったく逆だ。五日もオフィスを空けたら、未処理の書類の山がどんなになってるかと思うとぞっとするね!」
「そうとも、また誰かがドラゴンの糞を忍び込ませるかもしれないし。なあ、パース?」
ニヤニヤしたフレッドが口を開く。パーシーは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「あれはノルウェーからの肥料のサンプルだった! 僕への個人的なものじゃなかった!」
「個人的だったとも」
席を立ったの耳に、息がかかりくすぐったくなるほど顔を近づけたジョージが囁いた。
「僕らが送ったんだぜ」
呆れながらも小さく吹き出す。は憤慨しながら家へと戻っていく三男の後ろ姿を見やり、彼がこの双子の兄であることをほんの少しだけ気の毒だなと思った。
翌朝はまだ外が暗いうちにウィーズリー夫人に揺り起こされた。
「、出かける時間ですよ。起きて」
しばらく布団の中で呻いてからゆっくりと瞼を上げると、ジニーとハーマイオニーはすでに着替え始めていた。
「……おはよう」
寝惚け眼で呟くと、ジニーはぼんやりした目でシャツを着込みながらこくんと頷き、ハーマイオニーは声にもならない声で何やらぼそぼそと呟いた。
揃ってキッチンへ下りると、ウィーズリー夫妻とフレッド、ジョージ、ハリーにロンがすでに朝食を摂っていた。
「どうしてこんなに早起きしなきゃいけないの?」
ジニーが欠伸を漏らしつつ、テーブルに着く。ウィーズリー氏は糖蜜のたっぷり乗ったオートミールを口に運びながら言った。
「結構歩かなきゃならないんだ」
「歩く? 僕たちワールドカップのところまで歩いていくんですか?」
顔をしかめるハリーに、ウィーズリー氏は軽く微笑む。
「少し歩くだけだよ。マグルの注意を引かないようにしながら大勢の魔法使いが集まるのは非常に難しい。わたしたちは普段でさえどうやって移動するかについては細心の注意を払わなければならない。ましてやクィディッチ・ワールドカップのような一大イベントは尚更
」
「ジョージ!」
突然、ウィーズリー夫人の鋭い声が飛んだ。その場の全員が飛び上がった。
「どうしたの?」
ジョージはしらばっくれたがウィーズリー夫人は厳しい顔をして言った。
「ポケットにあるものは何?」
「な、何にもないよ」
「嘘おっしゃい!」
ウィーズリー夫人は杖をジョージのポケットに向けて叫んだ。
「アクシオ!」
すると鮮やかな色の小さいものが数個ジョージのポケットから飛び出した。ジョージは捕まえようと身を乗り出したが、それは彼の手を掠めてウィーズリー夫人の手に真っ直ぐ飛び込んだ。
「捨てなさいって言ったでしょう!」
夫人はカンカンに怒っている。にはその飴が何なのか分からなかったが、ジョージの隠し持っていたものだ、ウィーズリー夫人の神経を逆撫でするような危険なお菓子なのだろう。
「全部捨てなさいって言ったでしょう! ポケットの中身を全部お出し。さあ、ふたりとも!」
正直に言って、ひどく情けない光景だった。ふたりはその飴を隠密にできるだけたくさん持ち出そうとしたらしい。夫人が「アクシオ! アクシオ!」と叫ぶ度に、思いもよらないところから飴はピュンピュンと飛び出してくる。ジョージのジャケットの裏地やフレッドのジーンズの折り目からも出てきた。
「僕たち、それを開発するのに六ヶ月もかかったんだ!」
飴を捨てるウィーズリー夫人に向かってフレッドが悲痛な声で叫んだ。
「おや、それは立派な六ヶ月の過ごし方だこと! O・W・L試験の点が低かったのも当然だわね!」
そんなこんなで出発のときはとても和やかとは言えない空気だった。夫人はしかめっ面でウィーズリー氏の頬にキスしたが、双子は夫人よりももっとひどく顔を歪めていた。彼らは「お行儀よくするのよ」というウィーズリー夫人の声に振り向きもせず、黙々と歩き始めた。
はフレッドとジョージの隣を歩く。先ほど捨てられた飴は長い年月をかけて開発した自信作らしく、かなりの時間歩いても彼らの機嫌はなかなか直らなかった。ストーツヘッド・ヒルを登り息切れし始めると、「ーどうにかしてー」と甘えてきたが。
ようやく平らな地面を踏みしめた頃には額にじっとり汗が滲んでいた。
「さあ、あとは『移動キー』があればいい」
ウィーズリー氏がセーターで拭いた眼鏡をかけ直して言った。
「そんなに大きいものじゃない。さあみんな、探して」
一行はバラバラになって探した。探し始めて二、三分と経たないうちに、しんとした空気を破って聞き慣れない大きな声が響いた。
「ここだ、アーサー! 息子や、こっちだ、見つけたぞ!」
丘の向こう側に、星空を背に長身の影がふたつ立っていた。
「エイモス!」
ウィーズリー氏が大声の主の方にニコニコと笑って大股で近付いていく。たちも彼に続いた。
が追いついたときには彼は顎ひげを蓄えた血色のいい顔の魔法使いと握手していたが、その魔法使いの後ろにたたずむ青年を見てはアッと息を呑んだ。
「みんな、エイモス・ディゴリーさんだよ。『魔法生物規制管理部』にお勤めだ。息子のセドリックは知ってるね?」
ウィーズリー氏が先ほどの魔法使いと、そして次にその後ろの青年を示した。が穴のあくほど見つめていると、青年もやっと彼女に気が付いたようだった。一瞬目を丸くしたが、すぐ口元に笑みを浮かべ口を開く。
「やあ、じゃないか!」
「セっ、セド!」
ウィーズリー氏とディゴリー氏はふたりが知り合いだということに少なからず驚いたようだったが、セドリックが父親に簡単に説明した。
「彼女とは寮が同じなんだ。今度二年生になるんだよ。ほら、前に話したルーピンさんだよ」
するとディゴリー氏は両手を打ち合わせて笑った。
「あぁ、あの! 息子から聞いたよ、君は素晴らしい乗り手だと。是非ともチェイサーになってハッフルパフの勝利に貢献して欲しいものだ!」
は真っ赤になって口ごもった。セドリックが、たとえ箒のうまい後輩としてでも、父親に自分のことを話してくれたということが、恥ずかしいと同時にとてつもなく嬉しい。彼女はフレッドとジョージがしかめっ面でセドリックを見つめていることに気付きもしなかった。
「でも何でウィーズリーさんたちと一緒なんだい? ルーピン先生は?」
セドリックが首を傾げてみせる。は小さく笑った。
「あー……リーマス、あんまり興味ないみたいで。ウィーズリーさんに誘ってもらったから、わたしだけ来たの」
「そっか、言ってくれたらうちでもチケットは取れたのに。ねえ、父さん?」
セドリックが軽い調子でディゴリー氏に顔を向ける。はカッと耳まで熱がこもってくるのを感じ、思わず髪で耳を隠した。ディゴリー氏は豪快に笑った。
「もちろんだ! ハッフルパフの将来有望な乗り手とあれば、ワールドカップは絶対に見ておくべきだろうしな。ああ、きっと役に立つ。素晴らしい選手ばかりだからな」
「あーいえ……どうも」
照れ隠しに、適当にごまかす。ディゴリー氏はからウィーズリー家の息子とハリー、ハーマイオニー、ジニーたちへと視線を移し、言った。
「その子以外は全部君の子かね、アーサー?」
「まさか。赤毛の子だけだよ」
ウィーズリー氏が小さく首を振る。彼はハーマイオニーとハリーを順に示しながら続けた。
「この子はハーマイオニー、ロンの友達だ。こっちがハリー、やっぱりロンの友達だ」
「おっとどっこい」
ディゴリー氏が素っ頓狂な声をあげた。
「ハリー? あのハリー・ポッターかい?」
「あ……はい」
ハリーが気のない返事をする。ディゴリー氏はなぜか誇らしげに笑んだ。
「セドがもちろん君のことを話してくれたよ。去年君と対戦したこともね。わたしは息子にこう言った。『セド、そりゃ孫子にまで語り伝えることだ。そうだとも、お前はハリー・ポッターに勝ったんだ!』」
セドリックは途端に困ったような顔をした。も小さく肩をすくめる。ああ、お父さんはセドとまったく性格の違う人だ。そんな風に言われるのを、彼が快く思わないことなど分かりきっているだろうに。
「……父さん、彼は箒から落ちたんだよ。そう言ったでしょう? 事故だったって」
「ああ。でもお前は落ちなかった。そうだろう?」
ディゴリー氏はセドリックの背をバシッと叩き、快活に大声で笑った。
「うちのセドはいつも謙虚なんだ。いつだってジェントルマンだ!」
それには大いに頷きたいが。またセドリックが眉根を寄せた。
「しかし最高の者が勝つんだ。ハリーだってそう言うだろう。そうだろう、え? ハリー? ひとりは箒から落ち、ひとりは落ちなかった。天才じゃなくったって、どっちがうまい乗り手か分かるってもんだ!」
「そろそろ時間だ」
ウィーズリー氏が懐中時計を引っ張り出して、話題を変えた。
「エイモス、他に誰か来るかどうか、知ってるかね?」
「いいや、ラブグッド家はもう一週間前から行ってるし、フォーセット家は切符が手に入らなかった。この地域には他には誰もいないと思うが、どうかね?」
「わたしも思いつかない」
ウィーズリー氏はもう一度時計を見た。
「さあ、あと一分だ。準備しないと」
そう言って彼はとハリー、ハーマイオニーを見やった。
「『移動キー』に触っていればいい。指一本でいい」
背中のリュックがかさばったが、ディゴリー氏の掲げた古ブーツの周りに十人がぎゅうぎゅうと詰め寄る。セドリックのそばにいたはそのまま彼の隣に収まってしまった。セドリックとジョージの間に挟まれる形になるが、意識は左側の、強く押し合うセドリックの腕にしかいかない。こんなに近付いたのは初めてだ。はただただ赤面し、黙って自分の足元を見つめていた。
彼の息遣いまで聞こえてくる。
俯いたまま『移動キー』に手を伸ばすと、誰かの手に触れた。慌てて顔を上げる。それは、セドリックの大きな手で。一瞬の葛藤はあったが、彼女はそのまま彼の手と一緒にブーツを掴んだ。
指先が痙攣しそう。
でも、この手は離せない。
ぎゅっと固く目を閉じると、ウィーズリー氏の呟きが聞こえてきた。
「……三秒」
胸の鼓動が高鳴る。
「……二」
ああ、どうか。
「……一」
このまま。
それは突然だった。
は急にへその内側をグイッと前方に引っ張られるような感覚に襲われた。両足が地面を離れる。両脇の肩と肩とがぶつかり合い、彼女の身体は前へ前へと旋回した。まるで磁石にでも吹き寄せてられているかのように、どんどんスピードをあげ。
は地面に勢いよく落下した。いや
誰かの上だ。目を開けると、下敷きになっているのはジョージだった。慌てて顔を上げる。しっかりと地面に立ったままのセドリックが、屈んでこちらに右手を差し出してきていた。
「『移動キー』は初めて?」
はジョージの背に寝転んだまましばし硬直し。
「……うん」
小さく頷くと、ゆっくりと彼の手を握って立ち上がった。温かい
大きな、手。触れたいのに、ずっと触れられなかった手。
はぼんやりした意識の中で、今感じている温もりととてもよく似た温かさを思い出していた。
そういえば。
放した右手をそっと胸元で抱き締めながら、ぼやく。
あの冬の日、箒から落ちた彼女を医務室まで運んでくれたのは彼だった。
彼の大きな背中。髪のにおい。背負ってくれたがっしりした腕。
気を失った彼女にはその記憶はないけれど。
でもその温もりだけは。身体が覚えてくれていた。そうだ。彼はとても、優しい。
「五時七ふーん。ストーツヘッド・ヒルからとうちゃーく」
アナウンスの声を聞きながら、頬が緩むのを感じる。
(あ……ほんとだ)
父親に話しかけられて楽しそうに笑う彼を見つめ、目を細める。だめだ、顔がにやける。
セドリック・ディゴリーは、そう
いつだって、ジェントルマンなんだ。