フランシスもニースもアイビスも、ワールドカップの決勝戦は家族で応援に行くと言っていた。ウィーズリー一家と一緒だとが口にすると、親友たちは素っ頓狂な声をあげた。

「なんで他の家族と一緒に行くの? ルーピン先生は?」

ぶくぶくソーダに突っ込んだストローの先を噛みながらは小さく肩をすくめてみせた。

「うちそんなお金ないよ。リーマスはまた仕事なくなっちゃったし。リーマス元々そんなに興味ないって言ってたしね。そしたらロンが誘ってくれたから」
「ひょっとしてに気があるとか!?」

悪戯っぽい笑みを浮かべフランシスがそう言うとニースも一緒になって黄色い声をあげる。は説明するのも面倒だったので好きにさせておいた。

「でもルーピン先生、本当はと一緒に行きたいんじゃないかな」

チーズケーキを突きながら寂しそうな顔で口を開いたのはアイビス。は顔を上げた。

「そ、そうかな?」
「そうだよきっと。熱烈なファンじゃなくたってクィディッチはやっぱり見てるだけで面白いし、イギリスでワールドカップが開催されるの三十年ぶりでしょう? 誰だって行きたいもの。それにルーピン先生、のことすっごく大事にしてるし」

アイビスの最後の台詞には思わずストローに息を吹き込んでしまった。突然ソーダが内側からマグマのようにぼこぼこと泡を生み出し途端にグラスからソーダが噴き出した。店員の魔法使いが「お客さん! ぶくぶくソーダは拭いちゃダメですよ!」とカンカンになりながらも残骸を始末してくれた。

帰り道の『漏れ鍋』で、アイビスがやはり寂しそうな顔をして言った。

「ルーピン先生、大事にしてあげてね」

彼女の笑顔を正面から見据えたは、ハッと目を見張った。

あぁ、アイビスの顔は   きっと私と、おんなじだ。

そして気が付く。親友のその表情は、セドリック・ディゴリーを想う自分のものととてもよく似ているということに。

THE BURROW

居間の暖炉から赤毛の少年が飛び出してきたのは、昼食を終え彼女が台所で皿洗いをしている時だった。

「ルーピン先生!」

ロンの歓声が聞こえてくる。は水道を止めて傍らの布巾で手を拭くと小走りで居間へと顔を出した。そこにはテーブルに着いたリーマスと嬉しそうに彼に話しかけるロン、そしてちょうど暖炉から出てきたばかりの赤毛の男性がいた。ロンの父親だろう。は慌てて挨拶した。

「こんにちは、ウィーズリーさん!」

ロンとウィーズリー氏はほぼ同時にこちらを向いた。ロンがそばかすだらけのその顔をパッと明るくする。

「やあ! 迎えに来たよ!」
「君がだね? こんにちは」

ウィーズリー氏はそう言って微笑むと、くるりとリーマスに向き直り大きな声を出した。

「初めまして、ルーピン先生ですね? アーサー・ウィーズリーです。子供たちから色々とお話は聞いています。この一年は子供たちが大変お世話になりまして」

リーマスは困ったような笑みを浮かべ口を開く。

「いいえ、私はもう教職を退いた立場ですから。こちらこそ、この度はがお世話になります」
「娘さんはしっかりとお預かりいたします」

ウィーズリー氏がリーマスと握手しながらそう告げるのを見ていると、ロンがこちらに歩み寄ってきて言った。

、荷物はどこ?」
「あ、二階だよ。私取ってくるね」
「僕も一緒に運ぶよ」

その時また暖炉が何かを吐き出した。

「お、ルーピン先生だ!」
「ルーピン先生、これはこれはお元気そうで!」

フレッドとジョージは青白いリーマスの顔を見てそう言ったがは何も言わなかった。彼らなりの愛情表現だと彼女にはよく分かっている。リーマスは彼らを見て口元を綻ばせた。

「やあ、フレッド、ジョージ。久しぶり、元気そうだね」
「先生! またホグワーツに戻ってきてよ。もう先生以外『闇の魔術に対する防衛術』担当なんて考えられない!」
「いや、きっと来年はいい先生が来られるよ」
「来るもんか! あの教科、呪われてるって言われてるんだぜ!」
「こら、フレッド! ジョージ!」

ウィーズリー氏が双子を抑えようとするがリーマスは「構いませんよ」と笑った。そこでようやくフレッドとジョージがこちらに顔を向ける。

じゃないか!」
「姫! 会いたかったぜ!」

そう叫んで駆け寄ってくる二人をロンはしかめっ面で睨み付けた。

「邪魔するなよ、今からの荷物運ぶんだから」
「お、ロニー坊やが『僕たちの仲を邪魔しないでくれ』と」
「ロン、独り占めは良くないぜ」
「いちいち茶化すなよ!」

ロンが真っ赤になって怒鳴る。は口元を押さえ小さく吹き出した。
結局四人揃っての学用品やらを部屋まで取りに上がった(「これがの部屋か! あんまり女の子らしくは見えないね」と漏らしたフレッドの膝に彼女は渾身の力で蹴りを入れた)。すぐにスーツケースやを入れた鳥かごを持って居間へと下りる。リーマスと何やら話し込んでいたらしいウィーズリー氏が顔を上げて言った。

「準備はいいかい? 
「はい、オッケーです」

親指を立てて答えるとウィーズリー氏はうんうんと頷いた。もう一度リーマスに顔を向けて告げる。

「それではそろそろ。はホグワーツ特急に乗せるまできちんと面倒を看ますので」
「はい、よろしくお願いします」

ウィーズリー氏が踵を返し暖炉にその杖先を向けた。

「インセンディオ」

途端に暖炉の中で赤々とした炎が勢いよく燃え上がった。ウィーズリー氏が懐から取り出した袋の中からフルーパウダーを摘んでその中に投げ込む。エメラルド色に変わった炎を示してウィーズリー氏が双子に顔を向けた。

「フレッド、ジョージ、先に戻りなさい」

フレッドは頷いてからリーマスを見やった。

「ルーピン先生、また来てもいい?」

リーマスは小さく笑んで答えた。

「満月の日でなければね」

は一瞬固まってしまったが、フレッドとジョージはニヤリと笑うと「オッケー。それじゃ先生、またね!」と言い残しのスーツケースを持って「隠れ穴!」、炎の中に消えていった。双子に続いてロンが暖炉に飛び込んだ。

「それじゃあ次は、君だ。行き先は   『隠れ穴』」

はウィーズリー氏を見てから、ゆっくりとリーマスに顔を向けた。彼は穏やかに微笑んでいたが、その表情はどこかしら寂しそうだった。
しばしの間考え込んで   口を開く。

「それじゃあ……行って、きます」

リーマスは僅かに目を細め、小さく首を縦に折った。

「行って、おいで。次は   一年後…かな?」

ズキンと胸が痛んだ。もうじきワールドカップに行けるというのに   何だかとても、悲しい。
は一瞬瞼を伏せてから力なく笑った。

   かもね。それじゃ……ね」

彼女は腕の中の鳥かごをさらに強く抱き抱えると父の顔も見ずにエメラルド色の炎の中にジャンプした。次の瞬間にはは急旋回を始め、見慣れたダイニングと父の姿は視界から消え去った。
そこはキッチンのようだった。は暖炉から放り出された時に床に転がしてしまった鳥かごを拾い上げながら立ち上がる。格子の向こうで森ふくろうがキーキーと非難めいた音を発していた。

「ごめんってば。でも、そろそろフルーパウダーで移動した時に放り出されても我慢できるようになりなさい」

またが怒ったように喧しく鳴きだす。が顔をしかめると、声をあげて笑ったジョージは開いた窓を指差しながら言った。

、そいつ外に放してやりなよ。遊んでくれば機嫌も直るだろ」
「そうだね、そうする」

頷いて窓まで歩み寄ると彼女は鳥かごを開けた。はかごを飛び出してさっさとどこかへ飛んでいってしまった。

、ふくろうなんて飼ってたっけ?」

首を傾げながらテーブルの上のクッキーをつついているフレッドが訊いてくる。が彼の隣に腰掛け口を開いた時にちょうどウィーズリー氏がポンと音を立ててどこからともなく現れた。

「誕生日にリーマスにもらったの」
「へえ、けど先生はにふくろうを買ってあげる前に自分のローブを買い直すべきだね。やっぱりどこの家でも父親って娘に甘いのかな」

は答えなかった。しばらくして、双子、ロン、ウィーズリー氏、そしての五人だったキッチンに外から赤毛の女性が両手を真っ黒にして入ってきた。フレッドたちの母親であることは一目瞭然だ。

「駆除しても駆除してもどこから湧いてくるんだか……あら、アーサー、お帰りなさい」

ウィーズリー氏に微笑みかけてから、彼女はやっとの存在に気が付いたらしい。一瞬驚いた顔をしてから急いで流しで手を洗うと、ウィーズリー夫人はタオルで手を拭きながらいそいそとこちらに歩み寄ってきた。

「あら、まあ、いらっしゃい、あなたがね? フレッドたちから話は聞いてるわ。よく来てくれたわね」
「初めまして、ウィーズリーさん。・ルーピンです。お世話になります」

と握手を交わしたウィーズリー夫人は思い出したように付け加えた。

「そうそう、ハーマイオニーがついさっき着いたわよ? ジニーの部屋にいるから、ロン、連れて行ってあげて」

席を立ったロンが「ジニー、僕たちの妹さ。今度三年生になるよ」と言いながら彼女のスーツケースを持って階段を上がった。は空っぽの鳥かごを抱えてついていった。
ジグザグの階段を上り3番目の踊り場のドアの前でロンは立ち止まった。

「ジニー、ハーマイオニー! が来たよ」

すると部屋の中からしばらくガタガタと音がし、それが完全に収まってからやっと扉が内側からゆっくりと開いた。顔を出したのはハーマイオニーだった。彼女はを見るとパッと顔を輝かせた。

! 待ってたのよ、入って!」

は「ありがとう」、ロンからスーツケースを受け取り部屋の中に入った。あまり女の子らしい雰囲気とは思えなかったが、の部屋とは違い所々に可愛らしい工夫が施されているのは見て取れる。ベッドの上にはの知らない赤毛の少女がちょこんと座っていた。

「初めまして、私、・ルーピンです」

軽く頭を下げるとジニーはくすりと笑った。

「知ってるわ。学期末の宴会でフレッドとジョージがあなたのことで大騒ぎしてたし、それにルーピン先生の娘さんなのよね? 多分自分で思ってるよりあなた、有名人よ?」

真っ赤になって俯くとジニーはまた笑った。

「きれいな黒髪ね?」

首を傾けたジニーの一言に、ベッドの縁に並んで腰掛けたとハーマイオニーは一瞬固まった。ジニーは気付かず続ける。

「ルーピン先生は鳶色なのに。お母さんの髪があなたみたいに真っ黒なの?」

しばし考え込むが、は顔を上げ口を開いた。

「あー……私、母を見たことなくて。でも母は東洋の人だったらしいから、多分黒髪だったんじゃないかなって思います」
   お母さんは……?」

怪訝そうに眉を顰めたジニーに軽く告げる。

「……私が生まれてすぐに、死にました」

ジニーは瞼を伏せて小さく「ごめんなさい」と言った。は苦笑して力なくかぶりを振る。やがて気まずい沈黙を打ち破ろうとしたハーマイオニーが勢いよく立ち上がった。

「ねえ、ここに来るの初めてでしょう? ちょっと散歩しない?」
「いいね、行こう

ジニーも頷いて立ち上がる。は目を細め微笑むと、「うん、行こう!」ふたりについてベッドから飛び上がった。
部屋を出る時ジニーは振り返り「敬語じゃなくていいから」と囁いた。

「隠れ穴」を飛び出すと、草の匂いと澄んだ空気がとても心地良かった。首を巡らす。庭では双子やロンがぶーぶー不平を漏らしながらも庭小人駆除に精を出していた。がフレッドとジョージに向け軽い野次を飛ばすと、「それは僕らの台詞だぜ!」と彼らは珍しく怒り出す。

大声で笑い見上げた空は、いつもより幾分も深い青に見えた。
(05.12.27)