ホグワーツの親友たち三人とダイアゴン横丁を歩き回っていた彼女の両手には抱えきれないほどのプレゼントが乗っかっていた。

「もう、これ持って買い物なんか出来ないって! ねえ……さっさと帰らない?」
「何言ってるの? 今日は夜まで騒ぐわよー!」

彼女の前を意気揚々と歩くのはフランシス。その隣には色々な店のショーウィンドーを歓声をあげて覗き込むニースとアイビス。
は夏休みに入って数日もしないうちに彼女たちとダイアゴン横丁で落ち合うことにしていた。待ち合わせ場所のフローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーに一番に到着したは、日当たりのいいテラスで五十センチはあるサンデーをつついていた。その時。

「ハッピーバースデー、!」

パーン! という音が突然頭の上で破裂して彼女のテーブルに飴やビーンズなどの小さなお菓子がパラパラと降ってきた。びっくりして振り返るとホグワーツの親友三人がそこに嬉しそうに立っている。アイビスが言った。

「遅れてごめんね。私たちみんな試験のことでうっかりしてたから」
「どうせなら休みに入ってからみんなでゆっくり祝おうってことにしたの。ごめん

ポンポンと彼女の頭を叩いてニースが苦笑いを漏らす。はサンデーのてっぺんのアイスクリームが溶けて傾くのにも気付かずに驚愕の声をあげた。

「え、え……あ、ありがとう!」

そんなこんなで。
はダイアゴン横丁を散々引きずり回されフランシスたちに何でもかんでもプレゼントされてしまった。そして、今に至る。

「ねえねえ見てこれ! 可愛い!」

アイビスが洋装店のショーウィンドウに飾られたスカートを示してはしゃいでいる。ニースがそれを見てニヤニヤと笑った。

「じゃああなたの誕生日はこれね」
「え、じゃあこっちのもね」
「……意外としっかりしてるわよねあなた」

肩をすくめるニースを眺め、は小さく笑った。刺すような陽光が燦々と降り注いでいた。

WALL

ノースウェストに戻ったは、ホグワーツに入学する前と何ら変わらない風を装って過ごしていた。父との間で何か変化があったとすれば、それは互いに心のどこかで遠慮するようになったところだろうか。

「リーマス、洗濯物ここに仕舞っとくよ?」

洋服箪笥の一番上をコツンと叩いて口を開くと、食卓に着いて新聞を読んでいた父が顔を上げて小さく言った。

「あ、あぁ……ありがとう」

そしてすぐさま紙面に視線を戻したリーマスから彼女もまた顔を逸らす。父は元々饒舌ではなかったが、この夏はそれに輪をかけて無口だった。特に先日、派手な色をした大きな南国の鳥が一通の手紙を持ってきた時はひどく悩ましげな顔をしていた。それを鳥から受け取ったのはだったが差出人の名はなく、問うても父は答えてくれなかった。

八月の上旬になると、彼女の家に見たことのないふくろうが現れた。開いている窓から飛び込んできたそれは灰色の小さな豆ふくろうで、まるで迷子の花火のように興奮して居間をひゅんひゅん飛び回っている。そして呆然としたリーマスの頭にぽとりと一通の手紙を落とした。
彼は手紙を取り上げて宛名を見やる。

、君にだよ」
「私?」

は彼の手から封筒を受け取って裏返した。そこには乱雑に『ロン・ウィーズリー』と書かれている   忘れていた。そういえば、ワールドカップに誘われていたのだ。は慌てて封を切った。


久しぶり。元気? パパがワールドカップの切符を手に入れたんだ! アイルランド対ブルガリア! 月曜の夜だ。ルーピン先生は行かせてくれるよね? とにかくピッグに返事を持たせて送り返して欲しい。都合が良ければ明日にでも迎えに行くよ。フレッドとジョージが君に会いたいってうるさいんだ。
じゃあね。ロン』

「へー、お前、ピッグって言うの?全然豚らしくないね」

彼女の頭の周りを旋回しながらピーピー狂ったように鳴く豆ふくろうに笑いかける。ピッグは手紙をちゃんと受取人に届けたことがとても誇らしいようだった。は顔を上げてリーマスを見た。

「リーマス、だいぶ前に話したけど、ウィーズリーさんがワールドカップの決勝戦に誘ってくれてるんだ。チケットも取れたみたいだから、行ってもいい? こっちの都合が良ければ明日にでも迎えに来てくれるって」

彼はしばらく眉根を寄せて何やら考え込んでいたようだったが、やがて目尻を下げてゆっくりと頷いた。

「分かった、行っておいで。ウィーズリーさんたちに迷惑かけるんじゃないよ?」
「ありがとう」

は自分の頭に乗ってピーピー喚き続けるピッグに時々話しかけながら傍らの棚の羊皮紙と羽根ペンを取り出した。

『ロンへ
久しぶり、元気だよ。ロンも元気そうだね。ワールドカップの件だけど、リーマスがいいって! 明日はずっと家にいるつもりだったからちょうど良かった。何時でもいいよ。待ってます。フレッドとジョージにも早く会いたいな。
それじゃあ。誘ってくれてありがとう! より』

この夏、はフランシスたちと出掛けた日にダイアゴン横丁でロンやハーマイオニーに偶然出会った。その時に少し話してから、彼女はその2人には敬語を使わなくなっていた。
は席を立ってまた部屋中を飛び回り始めた豆ふくろうに手を伸ばした。

「よーしよし、ピッグ、大人しくして。これ結ぶからね」

ピッグがテーブルにパタパタ舞い降りたちょうどその時、豆ふくろうがくぐってきた窓からもう一羽のふくろうが勢いよく入ってきた。その森ふくろうは誇らしげに我が家の食卓に居座っている豆ふくろうに気付くとそちらに向けて不快そうに嘴をカチカチ鳴らしの肩にとまった。ピッグは知らん顔をした。

「おかえり、。散歩は楽しかった?」

ピッグの脚に折り畳んだ羊皮紙を括りつけながら問うとは嬉しそうにホーと鳴いて頬ずりをしてきたが、メモを結んでいる最中にピッグが興奮してぴょんぴょん飛び上がるのを見るや否やまた嫌そうに嘴を鳴らした。

しっかり手紙が括りつけられると豆ふくろうはピーピー鳴きながら窓を飛び出していった。は肩に森ふくろうを乗せたまま居間を出て二階の自室へと向かう。部屋に着いた彼女は空っぽの鳥かごを脇に仕舞いながら、部屋の隅に渡された止まり木にを移した。
ベッドにごろんと身を横たえ、大きく息をつく。

自分が森ふくろうの名を呼ぶ度にリーマスが顔を歪めるのを彼女は知っていた。それでも彼女はそれを止めなかったし、むしろ何でもない時にでも故意にその名を口にすることも多かった。単なる嫌味な当て付けだ   それは自分で、よく分かっている。父にそんなことをしても意味がない。分かっている。けれど。
   そうしないではいられなかった。

落ち込む主人に気付いたのだろう、がベッドまで飛んできて嘴でそっと優しく頬を突いた。は首を巡らせて森ふくろうの頭を撫でた。

「……ねぇ。もし、もしも、お母さんが生きててくれたら……お母さんは、あの人を許したと思う? お母さんが私なら……リーマスを、許すかな?」

当然返事はない。彼女はガバッと寝返りを打つと固い拳でシーツを握り締めた。驚いたはパタパタと止まり木に戻っていった。
私がリーマスでも同じことをしたかもしれない。私がもしも、シリウス・ブラックなら   

力強くかぶりを振ってはベッドを渾身の力で殴りつけた。
熱い涙が溢れ出てくる。
彼女は布団に顔をうずめたまま、疲労が彼女を夢の世界に引きずり込むまで静かに泣き続けた。

同じ頃、とある南の国で彼女に思いを馳せる一匹の黒犬がいたということは、誰も、知らない。
(05.12.27)