リーマスがホグワーツを辞めたという噂は瞬く間に広まった。スリザリン生だけはリーマスの正体について悪口雑言を並べ立てていたが(「この一年人狼に教わってたなんて考えるだけで反吐が出るね!」)、大抵の生徒たちは彼がいなくなったことで気を落としていることが分かり、今の彼女にはそれだけが救いだった。
「! 家に帰ったらルーピン先生にこれを渡してくれよ」
うだるような暑さの中、フランシスと共に校庭の隅で寝転んでいたは顔を上げて相手の顔を確認した。その次の瞬間には寝返りを打ち、自分の顔を覗き込んでいる少年ふたりに背を向ける。フレッドとジョージは同時に不貞腐れた声を発した。
「! 僕たちがこれだけお願いしてるのに!」
「どうせまたホグズミードで怪しい玩具でも買ってきたんでしょう? お断りよ」
「どうしてだい!? ルーピン先生ならきっとお喜びになられると」
「だったら自分でふくろう便にして出してよ」
「うちのエロールじゃノースウェストまで行く途中に確実に力尽きるぜ!」
「知らないわよそんなの。わたしは疲れてるの、諦めて帰ってよ」
「のケチー」
ぶーぶーと口を尖らせながら去っていった双子だったが、彼らが手品並みのテクニックで彼女のローブのポケットに小さな包みを忍ばせたことには気付いていない。フランシスはウィーズリーの双子があまり好きでないらしく、のもとに彼らが現れるといつも明後日の方を向いて関わり合いにならないようにしていた。
夏休みまで残すところあと四日だ。試験の結果発表も近付いている。は誕生日の晩にとんでもない場面に遭遇した挙げ句、自分の出生の秘密すら知ってしまったので、誕生日の件でフランシスを怒ることさえすっかり忘れてしまっていた。
「ねえ、七月に入ったらアイビスとニースと、四人で遊びに行こう。どう?」
ぼんやりと虚空を眺めていたはハッとして隣に寝転がるフランシスを見やった。
「そうだね、それもいいね」
フランシスはニヤリと笑って再び青空に顔を向け目を閉じる。その睫毛が自分のものよりもかなり長いことに初めて気付き、はギョッとしながら慌ててそちらから目を逸らした。彼方で双子の笑い声が聞こえた。
FORWARDS
学期の最終日、とうとう試験の結果が発表された。もフランシスも全科目合格だった。予想通りは『闇の魔術に対する防衛術』と『箒飛行術』以外あまり芳しい成績ではなかったが、『魔法薬学』もパスしたので良しとしよう。一方フランシスの『魔法薬学』は、担当があのスネイプであることを考慮に入れると悪くはなかった。アイビスは『呪文学』と『薬草学』が学年トップだったし、ニースは『変身術』でかなりの高得点をあげていた。そういえば合同授業のときにニースがマッチから変身させたねずみが完璧だからご覧なさいとマクゴナガル先生が絶賛していたことがあったのを思い出す。
O・W・L試験の結果も同時に発表されたが、セドリックはかなりの上位にランクインした。ウィーズリーの双子はほとんどの科目をすれすれでパスしたらしいが、「これで何とか首が繋がったぜ」と少なからず喜んでいた。学期末の宴会ではハッフルパフがいつものように最下位として読み上げられたが、寮杯は三年連続でグリフィンドールが獲得したので悪い気はしなかった(双子とその親友のリー・ジョーダンが一際大きく暴れ回っていたのが印象的だ。もちろん被害はのところにまで及び、フランシスはひどく不快そうだった)。
が目の前のご馳走を少しずつ突いていると、隣に腰かけたフランシスがそっと耳打ちしてきた。
「ねえ。昨日は今年最後のセドリックの飛行補習だったんでしょう? どうだった? 進展は?」
はため息混じりにかぶりを振った。
「特に何も。ただ箒乗って、一時間くらいずーっと飛んでただけ」
「飛んでただけ?」
「そう、飛んでただけ」
「あなたが好きに飛んで、セドリックが近くで見てて。それだけ?」
「そう、それだけ」
「なーんだ、つまんない子ね」と肩をすくめてフランシスは再びスプーンを動かし始めた。はそんな親友を思い切り睨み付けてから豆のスープに視線を戻す。分かってる、わたしだって分かってる。でもわたしは。
(セドと一緒にいられるだけで、満足しなきゃいけないんだ)
だって彼は。
はちらりと顔を上げて同じ長テーブルの彼方に座る青年を見やる。彼がときどきレイブンクローのテーブルを盗み見ていることなどとうに知っていた。
「改めて
誕生日おめでとう、」
飛行訓練に付き合ってくれた彼の第一声はそれだった。父親からは当日にプレゼントはもらったが面と向かっておめでとうと言われたときは何だか気まずい雰囲気だったし、親友たちに至ってはまともに祝いの言葉すらかけてもらっていない。試験と重なったのである意味仕方ないという思いもあるが。彼のその「おめでとう」が、十二歳の誕生日に初めてもらった誠意ある祝辞だった。
彼は友人たちとホグズミードに出かけていたのを、彼女のために早目に切り上げて帰ってきてくれた。
フランシスの言う通り、わたしはただ飛んでいて、セドはそんなわたしを、前回と同じことにならないようにと見守っていてくれただけで。口にしてみれば、ただそれだけのことなんだけれど。
でもわたしは彼の近くにいられるだけで幸せだと感じられるし……そう、思わなければ。彼はわたしのことなど、見てはいないのだから。
「そろそろ終わろうか」と告げた彼は箒の上でいつものように笑っていた。
「、やっぱり君はチェイサー向きだね。来年の入団試験、是非受けてくれよ?」
それは何気ない一言だったのだろう。彼にとっては。けれど、わたしにとっては。
全身が火照ってくるくらい嬉しくて。
わたしはただ下を向いて、チームに誘われたことに照れている振りをした。
分かっている。彼はわたしを見ていない。でも。
「もしチームに入れば箒は買って欲しいね、。試合で流れ星には乗って欲しくない……ああ、いや、気が早かったね、ごめんごめん」
そう言って笑う彼の顔を。
わたしは、それだけでいい。
ふとハリー・ポッターのファイアボルトのことが脳裏を過ぎった。
ファイアボルトが欲しいとは言わない。けれど。
あの箒は、シリウス・ブラックがハリーに贈ったものだという。ブラックは彼の名付け親だという話も聞いた。今さら現れた本当の父親などにプレゼントを贈って欲しいなどとは思っていない。彼は自分の存在すら知らなかったのだ。ましてや彼女の誕生日など、知るはずもない。それでも。
(親友の息子にファイアボルトを贈る余裕はあるのに、実の娘には何ひとつするつもりはないってことよね)
胸中がそのまま顔に出たらしい、は正面に座る同期の女子生徒に怪訝そうな顔をされた。
「? どうかしたの?」
「ん? ううん、何でもないよ!」
適当にごまかしてチキンを頬張る。顔を上げると真紅と金色の飾りがすぐに目についた。ちょうどそのとき後ろから彼女の頭越しに何かがテーブルに投げ込まれ、たちは目を丸くしてそれを見やる。刹那。
端から端まで小さな石のようなものがくっ付いたその紐が突然パチパチと爆ぜたかと思うと。
途端に凄まじい破裂音が響き、紐に付いた石が灰色の煙を吐き出して爆発した。
思わずむせ返り煙が消え去った頃に目を開けると、なんとの目の前に山とお菓子が詰め込まれた可愛らしい三角帽子がちょこんと置かれていた。突然のことに唖然としてしまう。
振り返るとそこにはすっかりお祭り気分のフレッドとジョージが小躍りしながら立っていた。
「! 盛り上がってるかい?」
「ウィーズリー! 宴会の場におかしな玩具を持ち込むものではありません!」
眉間にしわを寄せ、教員席から怒鳴り声をあげるマクゴナガル先生を、ニコニコ微笑んだダンブルドアがやんわりと制止した。
「まあまあ、マクゴナガル先生。悪質な悪戯というわけではあるまいし」
「ですがダンブルドア先生! いきなりあのようなものを投げ込まれたら誰だって」
「お言葉ですが、マクゴナガル先生! 僕たちはただ試験に埋もれてみんなに忘れ去られてしまったに違いないミス・ルーピンの誕生日を僕たちなりに祝おうと考え抜いた末、このように学期末の宴会中にという結論に至ったわけでして」
畏まってそう声をあげるジョージを見てダンブルドアがまた笑った。
「ほうほう、そういうことならばミネルバ、今日は多少目を瞑ってやらんかね?」
マクゴナガル先生はしばらくじっと双子を睨み付けていたが、やがて「羽目を外し過ぎないように……今はあくまで全生徒と教職員の、宴会ですから」と言って食事に戻った。フレッドとジョージが嬉しそうにこちらに向き直った途端、はフランシスの顔が歪むのを見た。
「というわけで!」
「十二歳の誕生日おめでとう!」
「かなり遅れてるけど、どうもありがとう」と苦笑混じりに告げると、双子は「一番派手にやらかせるのはいつかって考えたら学期末の宴会になっちゃったんだよ。遅れてごめんよ」と言って先ほどのお菓子以外にも、何やら使い道の分からない数々の悪戯用品をくれた。誕生日当日ハッフルパフの寮生たちには何度もおめでとうと言ってもらえたのだが、今日は双子の画策した想定外の事態にグリフィンドールやレイブンクローの生徒たちまでお祝いを言いに来てくれた(中には顔も知らない生徒たちも多くいた)。
そして宴会もたけなわという頃。彼女のもとをふたりのレイブンクロー生が訪れた。
「あなたがルーピン先生の娘さん?」
は顔を上げ
自分の頬の筋肉が一瞬ぴくりと引きつるのを感じた。そのレイブンクロー生たちは笑って「ハッピーバースデー、ミス・ルーピン?」と言った。
「ルーピン先生好きだったのになぁ。よろしくお伝えしてね。わたし、レイブンクローのハンナよ、四年生」
「分かりました。ありがとうございます」
右手を差し出して軽く握手すると、今度はもうひとりが前に出て言った。
「お誕生日おめでとう。わたし、レイブンクローのチョウ・チャン」
「あ……ありがとう、ございます」
震える右手をもう一度差し出す。どうか、感付かれませんように。
チャンは自然な笑顔で彼女の手を優しく握って放した。
どうしてこの人が、来るんだろう。
早く帰って欲しい。早く。
わたしは知っているのだから。
はちらりと視線を巡らせてハッフルパフのテーブルを見回した。そのとき。
彼と、目が合ってしまった
。
すぐさま逸らす。
「確かあなた、とっても箒が上手なんですってね。セドリックが話してたわ、ルーピン先生の娘さんが将来有望な乗り手なんだって。うちも負けないように若手も育てないと。あ、わたし、レイブンクローの選手なの」
お願い。やめて。
彼女はやっとの思いで曖昧な返事だけを返すと、さっさと手近なデザートに手を伸ばし無理やり口の中に流し込んだ。
「あら、やだまだ食べるの? あなたそんなに大食いだったっけ? それよりさっきから鬱陶しいの何のって、あなたの隣にいると落ち着いて食事もできないわけ? どうしていつもいつもグリフィンドールのあの双子がくっついてくるのよ!」
「あんたの口から喧しく『ベータ』なんて単語が飛び出してこないための予防策ってとこかしら?」
「あら何それ、喧嘩売ってる?」
「とんでもないわ、お姫さま」
フランシスはひどく機嫌を損ねたようだったが、気にせず次のプリンにスプーンを突っ込む。とうにレイブンクローのテーブルに戻っていった先ほどのふたりを横目で見やり、は大きく息をついた。
わたしは知っている。
彼が彼女を見つめているということは。
分かってる。
だから。
どうか。
翌朝ホグワーツ特急がホームから出発した。は入学の日に同じコンパートメントに乗ったメンバーでまたひとつの区画を占領した。
「ミス・ルーピン! 良い休暇を!」
「ルーピン! 先生によろしくな!」
この一年で様々な要因が重なり、もすっかり有名人の仲間入りを果たしているかのように思えた。今ではこうして知らない生徒たちに気軽に声をかけられることもしばしばだ。
その中で。近頃、気にかかるのは。
(……誰もわたしがシリウス・ブラックの子供だって知らない)
今でもごくごく自然に、人々は彼女をルーピンと呼ぶ。当然だ。自分は・ルーピンなのだから。けれど、自分はブラックの娘だという意識がどうしても頭の隅に浮かび上がってきてしまう。誰も知らない。それでいいのに。
「ルーピンさん!」
開いたコンパートメントの扉から顔を覗かせた黒髪の少年がを呼んだ。顔を上げて驚いた。ハリーだった。
「話があるんだけどちょっといいかな? 僕たちのコンパートメントに来てもらっても」
「あーはい、いいですけど……」
フランシスやニースは意味深な目でじろじろとこちらを見てきたが、はふたりに歯を剥くと、黙ってハリーの後を追った。彼らのコンパートメントはそう遠くなかった。ハリーはロンとハーマイオニーの向かいにひとつだけ空いた席を示し「座って」と言った。
「、君、ワールドカップはどうするの?」
出し抜けにロンが口を開いた。は目を瞬かせたが、すぐさま鼻で笑い飛ばしてみせる。
「無理ですよ、うちはお金も伝手もないですから。行きたいのは山々ですけど」
「でもハリーに聞いたけど、君、クィディッチ好きなんだろう? もったいないよ、せっかく三十年ぶりにイギリスで開催されるのに!」
ロンはひとりでやけに興奮している。こちらに身を乗り出さんばかりの勢いで彼は続けた。
「それでね、僕のパパ、魔法省に勤めてて伝手があるんだ! 決勝戦のチケット頑張って取って、うちの家族にハリーもハーマイオニーも、みんな一緒に行くつもりなんだ。チケットが取れたらも一緒にどう?」
は驚きのあまり、声が裏返ってしまった。
「えっ! え、いいんですか!? 何でわたしまで……」
そこまで仲が良いはずは
確か、ない。彼の双子の兄とはかなり親しい間柄だとは思うけれど。
すると彼女の向かいに座るロンとハーマイオニーは気まずそうにちらりと目を合わせた。わけが分からず首を傾げる。そのとき突然、の隣のハリーが不自然な咳払いを漏らして立ち上がった。
「あー……僕、あの……何かお菓子、買ってくる」
そう言ってハリーはコンパートメントを飛び出していった。彼の座席にはまだ多くの蛙チョコやビーンズ、他にも彼女の知らないお菓子がたくさん残っているというのに。ハリーが去ってから、ロンとハーマイオニーはいきなり音を立てて吹き出した。
「な、何がおかしいんですか?」
「あーごめんなさい、」
目尻に涙すら浮かべて笑うハーマイオニーは、咳払いで呼吸を整えてからようやく口を開いた。
「実は、ハリーがね、あなたと仲良くなりたいんですって。それで、ワールドカップなら喜んで来てくれるんじゃないかなって話してたの」
彼女の言葉に思わず飛び上がる。その様子を見たロンとハーマイオニーはまた吹き出した。
「な、何でポッターさんがわたしなんかと……」
「あー……それはその、あの、君がシリウスの子ど 」
「ロン!」
しどろもどろのロンをハーマイオニーが一喝した。だが遅かった。は軽く瞼を下ろした。視線を泳がせ懸命に言葉を探しているハーマイオニーがしばらくして口を開く。
「……あ、その……ね、? ハリーにはご両親がいないでしょう? 親戚の人たちもあまり、いい人じゃないみたいだから……ハリーにとって唯一の家族と言えるのが、名付け親のシリウスなの。ハリーにとってシリウスはとても大切な人なの。だからその……シリウスの子供であるあなたは、育て親がルーピン先生だとしても いいえ、養父がルーピン先生だからこそ余計に、あなたのことが妹みたいに思えて……とても、可愛いらしいのよ。分かるわよね? だから、それでハリーはあなたと」
「わたしの前でシリウス・ブラックの話はしないでください」
自分の口をついて出てきた言葉に、自身ひどく驚いた。ロンとハーマイオニーは雷にでも打たれたかのような顔をして固まってしまっている。ようやく絞り出したと思われるハーマイオニーの声は心なしか震えていた。
「で、でも、聞いたでしょう? シリウスは無実よ? 潔白が証明されればあなただって本当の父親と暮らせ……」
「わたしは父の リーマスのところを離れません」
「……あ。いいえ、言い方が悪かったわ。ルーピン先生を離れてシリウスのところに、なんて言おうとしたんじゃないの。ただね」
「お願いですから、わたしの前でブラックの話はしないでください」
俯き、膝の上で結んだ拳に力を込める。
「ワールドカップの話だったら、ご迷惑じゃなければ喜んでご一緒させて頂きます。だから、ブラックの話は」
「ごめんなさい……。あなたを傷つけるつもりなんて」
切羽詰ったハーマイオニーを振り切って、彼女は立ち上がった。「これで失礼します」、そのまま扉に手をかけコンパートメントを出て行こうとする。が。
最後に、悲痛なハーマイオニーの声が追ってきた。
「じゃあ、これだけ これだけ聞いてちょうだい、」
は振り返らず立ち止まった。
「わたし、ハリーと一緒にシリウスが逃亡するのを助けたわ。そのとき、彼はあなたのことをとても気にかけてた。あの子は大丈夫なのか、普段は元気にしているのか、箒が好きなのか あなたのことなら手当たり次第に何でも聞こうとしてるみたいだった。時間がなかったから、あんまり教えてあげられなかったけど……シリウスはあなたのこと、本当に気にかけてたわ」
「母のことは? 何か言っていましたか?」
問いが返ってくるとは思っていなかったのだろう。ハーマイオニーが答えるには多少の時間を要した。
彼女はこう言った。
「……わたしは、聞いてないわ」
自分の中の何かが音を立てて崩れた ように思えた。は俯いて小さな吐息をひとつ漏らすと、「失礼します」、そのコンパートメントを去った。
どうしてこうも、平常心でいられないんだろう。
セドリックのことになっても。シリウス・ブラックのことになっても。
だけど 許せない。
何年も待たせた挙げ句、そのまま死なせてしまった妻のことを。口にもしなかったなんて。
育てた時間が一秒もない娘のことなんか、どうだっていいじゃないか。そんなものよりも。一生添い遂げる約束をした女性を気にかけるのが、人として当たり前の感情なんじゃないのか。
わたしのことなんか何も考えなくていい。わたしはリーマスがいれば生きていけるよ。
この十二年、あなたなんかいなくたってわたしは幸せに生きてきた。
そんなことよりも。
母さんを 母さんを救ってあげてよ。今でもずっとあの家であなたの帰りを待ってるに違いない母を。あなたが愛したはずの女性を。
(わたしのことなんか、放っといて)
フランシスたちのもとに戻ったは列車がキングズ・クロス駅に到着するまでずっと上の空だった。「つまんない」とフランシスが何度もセドリックのことでからかってきたが、それも完全に無視した。
駅に彼女の迎えはいなかった。それはそうだろう、こんな所にいるのをスリザリン生にでも見つかればひどく騒がれることになるだろうし、彼自身、辞任した学校の生徒にこんなにすぐに会いたくはあるまい。
「先に戻って、待ってるから」
父は確かにそう言った。九と四分の三番線でフランシスたちと別れ、は古惚けたスーツケースに鳥かごをカートで引きながら歩き始める。ルートは『漏れ鍋』の暖炉経由だ。柵をくぐって九番線と十番線の間にひょっこり現れた彼女は、顔を上げて外の青空を見やった。
一年が、過ぎた。
ノースウェストに戻り、またリーマスとの生活が始まる。
それはとても、怖い。もうわたしは彼が実の父親でないこと、本当の父親がシリウス・ブラックだということを知ってしまった。けれど。
それでも。前に進まなければ。
何があったって、一年前には戻れないから。
駅の外に出てから振り返ると、そこにはホグワーツ特急を降りてきたと思われる子供たちがゾロゾロと続いていた。中にはあのウィーズリー一家もいる。は小さく笑みを漏らすと、くるりと身体の向きを変えてカートをゆっくりと押しやった。
そう。前へ、と。