再び悲鳴をあげそうになった彼女の口を、スネイプの薬品臭い大きな手が押さえ込んだ。目の前が真っ暗になる。
ハリー・ポッターと彼の親友が二人。そこに自分の父親と    脱獄囚。そのありえない光景にスネイプは動じる様子もなく、じっとマントを通して部屋の中を見据えている。

・ルーピンは震える手でスネイプの漆黒のマントを握り締めていた。

THE TRUTH

リーマスは彼女ですら知らないような自分の人狼の話を始めた。幼い頃に人狼に噛まれ、当時は治療法が全くなかったこと。しかし予防措置を取りさえすれば彼が学校に来てはいけない理由などないとダンブルドアが言ったこと。その予防措置として、満月の日にはホグズミードのこの屋敷に連れてこられ、ここに誰も来られないように秘密の抜け道の入り口に暴れ柳が植えられたということ。この屋敷が『叫びの屋敷』と呼ばれるようになったのはリーマスが変身した時の叫びを聞いた村人たちが怖がったためだということ。それから    

「しかし、変身することだけを除けば、人生であんなに幸せだった時期はない」

リーマスはそう言って自嘲気味に小さく笑った。

「生まれて初めて友人ができたんだ。そう、三人の素晴らしい友人    シリウス・ブラック、ピーター・ペティグリュー。そして、ハリー、君のお父さん、ジェームズ・ポッターだ」

全身に大きな震えが走った。ハリーの父親がリーマスの親友だということも驚いたが    シリウス・ブラックと父は、旧友だったのか。ますますわけが分からない。スネイプのマントに今まで以上にしがみつくと、彼の手が背中に回ってきたような気がして彼女は思わず身を強張らせた。実際はが動いたためにずれそうになったマントをスネイプがかけ直しただけであったが。

リーマスは透明マントの存在には微塵も気付かないまま先を続ける。その三人の友人はリーマスの正体を知ってしまい、なんと彼のために『動物もどき』になり、そして毎月狼のリーマスと共に過ごしてくれたのだということ。そのうちリーマスたちは変身したままホグワーツを歩き回るという危険を冒すようになったこと。
もちろん、ダンブルドアを裏切っているという罪悪感を私は時折感じていた、とリーマスは苦しそうに言った。

「他の校長なら決して許さなかったろうに、ダンブルドアは私がホグワーツに入学することを許可した。私と周りの者の両方の安全のためにダンブルドアが決めたルールを私自身が破っているとは、夢にも思わなかったろう……私のために、三人の学友を非合法の『動物もどき』にしてしまったことを、ダンブルドアは知らなかった。しかしみんなで翌月の冒険の計画を練る度に、私は都合よく罪の意識を忘れた……そして私は、今でもその時と、何ら変わってはいない」

リーマスの顔が強張り、その声には自己嫌悪の響きがあった。はマントの下で唇を噛み締めた。

「この一年、私はシリウスが『アニメーガス』だとダンブルドアに告げるべきかどうか迷い、心の中で躊躇う自分と闘ってきた。しかし私は……告げなかった。なぜかって? それは私が臆病者だからだ。告げれば、学生時代に私がダンブルドアの信頼を裏切り、他の者を引き込んだと認めることになる。ダンブルドアの信頼が、私にとって全てだったのに。ダンブルドアは少年の私をホグワーツに入れてくださった。大人になっても、全ての社会から締め出されてまともな職にも就けない私に、ホグワーツという職場を与えてくださった。だから私は、シリウスが学校に入り込むのにヴォルデモートから学んだ闇の魔術を使っているに違いないと思いたかった……『動物もどき』だということは、シリウスの侵入に何の関わりもないのだと自分に言い聞かせた。だが、違った    ある意味では、スネイプの言うことが正しかったというわけだ」

突然スネイプの名が出てきては目を瞬かせた。だがいち早く反応したのはシリウス・ブラックだった。

「スネイプだ?」

ブラックが鋭くささやく。

「スネイプが、一体何の関係がある?」
「シリウス、セブルスがここにいるんだ」

びくっと身震いしただったが、それは思い過ごしだった。リーマスは「彼もホグワーツで教師をしているんだよ」と言ってハリーたちに顔を向けた。

「スネイプ先生は私たちと同期なんだよ。私が『闇の魔術に対する防衛術』の教職に就くことに、彼は強硬に反対した。ダンブルドアに私は信用できないとこの一年言い続けていたんだ。セブルスにはセブルスなりの理由があった。それはね、このシリウスが仕掛けた悪戯で、彼が危うく死に掛けたんだ。その悪戯には私も関わっていた」

彼女が硬直したのとスネイプが僅かに身じろぎしたのとはほぼ同時だった。ブラックが仕掛けた悪戯でスネイプが死にかけて   それに、リーマスも関係していた? 父がそんなことをするはずがない。だがもしも本当にそうなのだとすれば、スネイプがなぜこの一年間に憎悪の眼差しを向けてきたのか分かるような気がした。ブラックがせせら笑う。

「当然の見せしめさ」

その気楽な物言いには眉根を寄せた。頭のすぐ上でスネイプが歯軋りを漏らすのが聞こえてくる。

「こそこそ嗅ぎ回って、我々のやろうとしていることを詮索して……我々を退学に追い込もうとしていたんだ」
「セブルスは私が月に一度どこに行くのか非常に興味を持った」

リーマスはハリーたちに向けてひたすら喋り続けた。

「私たちは同学年だったんだ。それに……つまり、その    お互いに、好きに、なれなくてね。セブルスは特にジェームズを嫌っていた。妬み……それだろうと、思う。クィディッチの彼の才能を特に、ね。とにかくセブルスはある晩、私が校医のマダム・ポンフリーと一緒に校庭を歩いているのを見つけた。先生は私を暴れ柳に引率していくところだった。そこでシリウスが、その……軽い気持ちで彼をからかおうと思って、木の幹のこぶを長い棒で突けば、後をつけて穴に入ることが出来ると教えたんだ。もちろん、セブルスはそれを試した。もし彼がそのままこの屋敷まで辿り着いていたら……人狼になりきった私に出会い    私はきっと彼を……噛んでしまっていた、だろう。でもハリー、君のお父さんがシリウスのやったことを聞くなり自分の危険も顧みずにセブルスの後を追いかけて引き戻したんだ。しかし彼は、トンネルの向こうに私の姿をちらりと見てしまった。セブルスは私の正体を知ってしまったんだ。ダンブルドアが彼に口止めしてくれたんだが    
「だから」

今まで黙り込んでいたハリーが声をあげた。

「だからスネイプは、あなたが嫌いなんですね。スネイプはあなたもその悪ふざけに関わっていたと思って……」
「その通り」

息を潜めていたスネイプが突然、マントの下でそう言った。その場にいた全員が硬直する。もまたそうだった。
スネイプは懐から杖を取り出し透明マントを脱ぎ捨てた。その杖先はしっかりとリーマスを捉えている。ハーマイオニーが悲鳴をあげ、ハリーは飛び上がった。だが一番驚いていたのはリーマスだった。スネイプとの双方を交互に見つめ、ただポカンと開けた口をぱくぱくと動かしている。は声も出せなかった。

「暴れ柳の根元でこのマントを見つけましてね」

スネイプが床に落ちた透明マントを顎で示してみせた。

「ポッター、なかなか役に立った……感謝する」
「……セブルス、なぜ君がここに。どうして……が一緒なんだ?」

リーマスの問い掛けに、スネイプは目をぎらりと光らせた。

「君の部屋に行ったよ、ルーピン。今夜、例の薬を飲み忘れていたようだったから、我輩が持っていってやったのだが……部屋には君でなく、そう、こちらの、ミス・『ルーピン』がおいででね」

彼の冷たい瞳がちらりとを捉えた。

「机に何やら地図があった。一目見ただけで、我輩は全て理解した……君がこの通路を走って姿を消すのが見えたのでね」
「セブルス、聞いてくれ    

リーマスが口を開いたが、スネイプは無視した。

「我輩は校長に何度も進言した。君が旧友のブラックを手引きして城に入れているとね。ルーピン、これがいい証拠だ。いけ図々しくもこの古巣を隠れ家に使うとは……さすがの我輩も、夢にも思わなかった」
「違うんだ、セブルス、君は誤解している」

切羽詰ったように声をあげるリーマスに向けは震える声で叫んだ。

「リーマス! これは、何……どういうことなの? あなたがシリウス・ブラックをホグワーツに入れたの?」
「違うんだ、君もセブルスも誤解している」
「何が違うのリーマス! あなたはそこにいる、シリウス・ブラックの親友だった! あなたが今そう言ったのよ?」
、聞くんだ!」

懸命に声を張り上げるリーマスとの間にスネイプが割って入った。

「ミス・ルーピン。これが、君が『父親』だと信じてやまない男の、真の姿だ」
「セブルス、話を聞いてくれ!」
「リーマス……あの子は君の、娘だったのか……?」

突然、消え入りそうな声で口を開いたのはシリウス・ブラックだった。は目を丸くしブラックを見やる。リーマスは目に見えて青ざめていた。

「あぁ……シリウス、それは……」

苦々しく呻くリーマスを嘲笑い、スネイプが吐き捨てた。

「フン。貴様の目はアズカバンで遂に腐ってしまったのか、ブラック? それとも……自分の顔などとうの昔に忘れたか?」

するとリーマスが殊更真っ青になり悲鳴をあげる。

「セブルス、やめてくれ! それ以上、何も言わないでくれ、頼むから!」
「ミス・ルーピン!!」

スネイプはリーマスの言葉には耳を貸さず、勢いよく振り返ってを睨み付けた。

「君は毎朝鏡くらい見ているだろう。自分がどんな顔をしているのか、十分に分かっているはずだ。たとえどんなに落ちぶれていようと、あの男の顔を見て何か、思うことはないかね?」
「セブルス!!」

リーマスの絶叫はもはや絶望的だった。彼はその場に項垂れて歯噛みする。はゆっくりと顔を上げ    目の前に立ち尽くす、囚人を見つめた。彼は去年の夏に新聞で見た時よりもだいぶやつれたようだった。
愕然としたシリウス・ブラックの顔を眺め    そしてとうとう、はっと目を見開く。

あぁ、そうか……分かった。

母の墓石に刻まれた名前が脳裏を掠める。

その脱獄囚は誰かに似ていると以前から感じていた。あぁ、どうして気が付かなかったんだろう。スネイプの言葉は確かに正しかった    

(君は本当に不気味なほど    あの男に、そっくりだな)

あぁ、本当だ。
どうして今まで、気付かなかった。
その眉も、透った鼻も、唇も、そして輪郭さえも    

・ルーピンは、自分の顔がどれほどシリウス・ブラックに酷似してるのかを知った。
(05.12.22)