やっと    やっと見つけた!

彼は青白い顔で重々しい身体を引きずりながらも懸命に走った。ああ、ようやく見つけた!
瞼の裏に浮かぶのは、やはり学生時代の仲間たちの笑顔で。
彼は固く目を閉じてかぶりを振った。
もう、戻らない。決して戻りはしない。
けれど。
この数年    十数年で失った何かを。ひょっとしたら。
取り戻せるかもしれないだ、なんて。

突然、階上から甲高い声が聞こえてきた。

「ここよ! わたしたち、上にいるわ。シリウス・ブラックよ、早く!」

彼は目を見開き、今にも暴れだしそうな足を放り出してくたびれた木の階段を一気に駆け上がった。

SNAPE'S INTENTION

脱狼薬を持って現れたスネイプは部屋の中へとずかずか入り込んできて冷ややかな声で言った。

「こんな時間にこんな所で何をしている? おまけに今夜は満月だ。試験明けの浮ついた脳みそは、そんな大切なことまで忘れてしまったのかね?」

は口元を引き結び、湧き出てくる怒りを何とかこらえようと努めた。

「分かっていて来たんです。それよりスネイプ先生、父が……ルーピン先生が、いないんです」

嘲笑を浮かべるスネイプの顔が僅かに曇った。ゴブレットを手にしたまま部屋の奥まで歩を進め、彼は眉をひそめる。

「薬も飲まずに一体どこへ」

だがスネイプは机に上に広げられたままの羊皮紙を覗き込むと、途端に目を見開きすぐさまあの嫌らしい笑みを口元にたたえた。

「……なるほど。そういうことか」

眉をひそめ、は声をあげた。

「何が、分かったんですか?」

スネイプが顔を上げ、デスクを挟んで彼女の顔を覗き込んでくる。彼はゴブレットを無造作に机に置くと、ニヤリと笑って小さく言った。

「これはこれは……面白いことになっているようだ。ミス・ルーピン? 君も『真実』を知りたいと思うかね?」
「……何を仰っているのか、よく分かりません」

スネイプはことさら可笑しそうに口の端をつり上げてみせた。

「君は生まれてからずっとルーピンに育てられたと。確か、そのような話だったな?」

いきなり何を言い出すのだろう。は歯噛みしつつ答えた。

「そうです」

スネイプが鼻を鳴らす。

「君はあの人狼が実の父親だと信じて疑わぬと。そういうことですかな?」
「一体何が言いたいんですか! わたしの父はリーマス・ルーピンです!」

たまらず怒鳴り上げると、彼は怒るどころかますます大きく笑った。

「反吐が出る。まったく……貴様は本当に……顔ばかりでなく、そうして気の短いところまでもあの男にそっくりだ。自分のどこを見てルーピンの娘だなどとほざけるのか。我輩には貴様の方が理解に苦しむ」
「いい加減にして下さい! あなたは一体何を言ってるんですか? わたしは……・ルーピンです!」

腹の底からようやく絞り出したその声は震えていた。スネイプはサッとマントを翻し彼女の横を通り過ぎてドアの前まで移動する。彼は目を細め、いつの間にか笑みの消し飛んでいたその口の端を、今度はほんの少しだけ上げた。

「自分の目で確認することだな。我輩の言っていることを知りたいと思うのなら」

そしてそのまま部屋を後にしたスネイプを見やり、は呆然とその場に立ち尽くした。わけが分からない。お前の方が反吐が出る。そう、叫びたかった。けれど。
彼が何を言っているのか、それを知らないことには。何も変わらないような    何も、始まらないような。奇妙な感覚に襲われた。
はパッと顔を上げ、弾けたようにリーマスの研究室を飛び出した。
スネイプは足早に校庭を突っ切っていった。彼が灯りもつけずにどんどん進むので、は何度も転びそうになる。ときどき振り返ると、城の明かりはいつものように静かに無数の窓から漏れ出していた。
かなり歩いたろうと思う、彼女は突然立ち止まったスネイプに気付かずその背中に激突した。小さく悲鳴をあげるがスネイプは何も言わない。すると彼はしゃがみ込んで何かを拾い上げたようだった。

「これは……運がいい」

そう呟き、スネイプは振り返って短く言ってきた。

「中に入りたまえ」
「……はい? 何の……」

眉をひそめると、スネイプは有無を言わさずいきなりの肩に手を回し自分の方へと引き寄せた。あまりの彼の行動に仰天し上擦った声をあげるが、スネイプはただ事務的な口調で「透明マントだ。おとなしく入っていろ」と言った。そうしてふたりにマントを被せたままスネイプがどんどん進んでいくので、彼女は驚く間もなく彼にしがみつき離れずにいることしかできない。なぜかドキドキと胸の高鳴る自分に気付き、「相手はあのスネイプだぞ!?」、は余計な意識を脳裏から締め出そうと懸命に努力した。どうして校庭に透明マントが落ちていて、しかもこんなに密着してまでふたりでその中に入らねばならないのか、訊ねたところでスネイプはまともに答えてはくれないだろう。
だがその理由は意外にもあっさりと解明された。が顔を上げ目を凝らすと、ふたりの眼前には暴れ柳がそびえ立っていた。

「柳の根元に大きく開いた隙間がある。今からその中に入る。遅れずについてきたまえ」

囁いたスネイプが再び歩き出す。は相変わらずぴったりと彼に引っ付いたまま、暴れ柳の根元まで進み穴に飛び込んだ。スネイプと共に、狭い土のトンネルの傾斜を滑り落ちる。彼女は尻餅をついたが、うまく着地したらしいスネイプは頭から被っていた透明マントを脱ぎ左手に握り締めて、彼女を置きざりに先へと歩を進めた。は慌てて立ち上がり後を追った。
そのトンネルは天井が低く、でさえ腰を折って歩かねばならない。スネイプは身体を二つ折りにしたというくらい背を丸めていたが、それでもかなりのスピードを出して進んでいった。スネイプがここまで急いでいる様子を、少なくともは今までに見たことがなかった。

通路は延々と続いた。走るには限界かもしれない、そう思い始めた頃、トンネルが上り坂になった。やがて道が捻じ曲がり、突然彼女の視界に小さな明かりが飛び込んでくる。スネイプの足が速まった。「ようやく……ようやくだ」、スネイプが何やらぶつぶつと呟くのが聞こえた。
トンネルを抜けるとそこは埃っぽい部屋だった。壁紙は剥がれかけ、床は染みだらけで家具という家具は打ち壊されたかのようにボロボロになっている。窓には全部内側から板が打ち付けてあった。

「……スネイプ先生、ここは?」

恐怖に震えながら問うたが、彼は何も答えなかった。代わりにスネイプは部屋を飛び出し崩れ落ちそうな階段に足を載せた。ぎし、とその段が軋んだのを見て、スネイプは慎重に足を進めていく。も彼に続けてそっと階段を上がった。
階段を上り終え踊り場までやって来たの耳に、聞き知った声が響いてきた。顔を上げると、いくつかの扉が見える。駆け出そうとした彼女の腕を、スネイプは凄まじい握力で掴んだ。

「ルーピン。マントに入りたまえ」

スネイプが囁く。は渋々もう一度スネイプの身体に寄り添い、彼が透明マントを被せるのを許した。彼がゆっくりと足を前方に運ぶ。は懸命に彼と歩調を合わせようと神経を尖らせた。
この部屋の中に誰かがいる。その扉の前で立ち止まったスネイプは、ちらりとを見下ろしてからドアノブに手をかけた。彼が勢いよくドアを開け中へと飛び込む。は驚いて思わず声をあげそうになったが、スネイプに口元を押さえつけられて何とか助かった。部屋の中にいたリーマスが慌てて扉に歩み寄り、踊り場を確認してから静かに扉を閉めた。

「……誰もいない」
「呪われてるんだ!」

ボロボロになった足を抱えてロンが叫ぶ。不審そうにドアに目を向けたまま、リーマスが言った。

「『叫びの屋敷』は決して呪われてはいなかった。村人がかつて聞いたという叫びや吼え声は、わたしの出した声だ」

リーマスは、何を言っているのか。
の目は父親に釘付けになっており、部屋の中にいる人物全員を認識するまでには時間がかかった。
そこには蒼白のリーマス、尻餅をついたままのロン、ハリー、ハーマイオニー、そして。

今度こそ悲鳴をあげそうになった。アズカバンの脱獄囚、シリウス・ブラックがそこにいた。
(05.12.22)