確かにウィーズリーの双子の言ったことは正しかった。ファイアボルトは遠目に見てもはっきりと分かるほど素晴らしい動きだ。
「行けーーハリーーー!!」
ニースは拳を握り締め腹の底から絶叫したが、それすら競技場の歓声にかき消されての耳にはほとんど届かなかった。ただ解説者の声だけがはっきりと聞こえてくる。
「チャン選手、スニッチを探すよりもポッター選手をマークする作戦に出たようであります! しかしあの精巧なファイアボルトには到底敵わな……」
「ジョーダン! 今度ファイアボルトの宣伝をしたら
」
マクゴナガルの怒声が競技場に響き渡り、解説者の声が一瞬途絶えた。と、急降下していたハリーが突然上昇に転じた。フェイクだ。チャンは方向転換しきれずそのまま降下していった。解説者が興奮しきった悲鳴をあげている。スニッチを追い、ハリーはレイブンクロー側のフィールドの上空を物凄いスピードで飛んだ。だが。
下方で加速を始めたチャンが一点を指差して叫んだ。見やるとレイブンクロー側の客席から頭巾を被った三つの黒い影がハリーを見上げている。はニースとほど同時にあっと息を呑んだ。
「ディメンター!?」
しかしハリーは臆することなく懐から杖を取り出して叫んでいた。
「エクスペクト・パトローナム!」
白銀色の何かが彼の杖先から噴き出して吸魂鬼を直撃した。そしてハリーはそちらを見ることなくそのまま虚空でスニッチを掴んだ。同時、マダム・フーチのホイッスルが鳴り響く。
「グリフィンドールの勝利!」
途端にグリフィンドール側の観客席が歓声の渦に包まれ、は涙を流すニースにあまりに強く抱き締められて一瞬息が詰まってしまった。咳き込んだがやがてフィールドに視線を移すと、フレッドに羽交い絞めにされ顔をしかめるハリーの姿が見える。彼女はそのままフィールドに流れ込むグリフィンドール生に押し流され、下に降り立ってから紅のユニフォームに身を包んだ双子と一緒になり小躍りを始めた。
second incursion
談話室に戻ってきたフランシスは世界の終末を迎えたかのような顔をしていた。
「ああ……分かってたわ、誰もファイアボルトに敵うはずないって。でもあんまりだわ、ベータがあんなひどい顔してるの、わたし初めて見た……いっそあの箒にほんとに呪いでもかけられてたら良かったのに!」
「なに馬鹿なこと言ってるのフランシー! あんたポッターさんに死んで欲しいわけ!?」
目尻をつり上げたが怒鳴ると、フランシスは腫れあがった目でぎろりとこちらを睨みつけてきた。
「そんなこと言ってないじゃない。呪いがかけられてたら先生が処分してくれてたでしょう? そうしたらチャンはコメットなんかでファイアボルトと戦わなくても良かったのに。ニンバスとかだったらチャンにだって勝ち目はあったはずよ? ベータが言ってたもの」
ベータとはフランシスの恋人であるレイブンクローのチェイサーだ。は向かいのソファに腰を下ろした親友に息をついた。
「ポッターさんはホグワーツ一の飛び手よ? フーチ先生が言ってたわ」
「チャンだってかなりうまいのよ! ファイアボルトさえなかったら!」
フランシスが歯噛みしていると、離れた所にいたセドリックが友人の輪を抜けてこちらにやって来た。
「だいぶお冠みたいだね、フランシス」
フランシスは顔を上げて天からの召使いだと言わんばかりに目を輝かせた。
「分かってくれるのセドリック?」
セドリックは少しだけ困ったように眉根を寄せてみせた。
「まあ、君の言ってることはあながち間違っていないしね。確かにポッターはもともと素晴らしい乗り手だけど、チョウも負けてないよ」
「そうでしょう? ね、ほら見なさい!」
「何であんたが偉そうなのよ」
顔をしかめる。セドリックは笑って友人たちのところへ戻っていった。フランシスはただ満足そうにニコニコしていた。はセドリックの後ろ姿をぼんやり眺めながら考える。フランシスの話に相槌を打つために彼はわざわざ来たのだろうか? それとも。
いや。まさか。かぶりを振る。自意識過剰もいいところだ。
は彼から視線を外し、恋人がどれほど有能なチェイサーであるかを鼻息荒く語り始めたフランシスを眺めた。がどれほど彼のことを想っているのか、きっと目の前の親友は分かっていない。そしてこの恋は永遠に一方通行だ。
は気付いた。彼女が想いを寄せるセドリック・ディゴリーが、一体誰を見つめているかということに。
フランシスはその後、軽く二時間はひとりで喋り続けた。
グリフィンドール対レイブンクロー戦の晩、シリウス・ブラックが再びホグワーツに現れた。今回は
まさに、グリフィンドール塔、しかもハリー・ポッターの部屋に。襲われたのはロナルド・ウィーズリー。フリットウィック先生は城中至る所にシリウス・ブラックの写真をべたべたと貼り付けて回った。
「僕が寝てたら、ビリビリッて何かを引き裂く音がして、僕、夢だろうって思ったんだ。だって、そうだよね? だけど、隙間風がサーっときて……僕、目が覚めたんだ。ベッドのカーテンの片側が引き千切られてて……僕、寝返りを打ったんだ。そしたら、ブラックが僕の上に覆いかぶさるように立ってたんだ。まるでドロドロの髪を振り乱した骸骨みたいだった……こーんなに長いナイフ持ってた。刃渡り三十センチくらいはあったな」
ロンがどこかしら嬉しそうに語っていることにはすぐ気付いた。ハッフルパフのテーブルに着いたままグリフィンドール席を眺めていた彼女は肩をすくめてから、チェス盤を挟み向かいに座るフランシスに視線を戻す。
「でも、変な話よね。ポーンを、Gの四へ」
「何が?」
眉をひそめ、フランシスが顔を上げる。は声を潜めて言った。
「だってそうでしょう? シリウス・ブラックは十二年前に何人も殺してるのよ? 今度の狙いはハリー・ポッターただひとり。グリフィンドール寮まで侵入できたなら、何で殺さずに逃げたのかしら?」
「そんなこと、わたしたちが気にするようなことじゃないでしょう? ナイトをGの五へ移動」
フランシスはブラックのことなどまったく興味の範疇外だったらしい。ゲームの間中ブラックのことばかり口にしていたは、意識のいっていなかったフランシスの駒によりあっさりとキングを取られてしまった。フランシスが歓声をあげる。
「やった! あんたそうやってブラックのことばっか考えてると、そのうちセドリックが目の前通ったって気付かなくなるかもね?」
「変なこと言わないでよ」
口を尖らせつつも、は自分が異常なほどシリウス・ブラックに思いを馳せていることに気付いていた。やはり夏に見たあの記事の写真が、いつまでも彼女の脳裏を離れずにいる。
確かに彼女はあの男の顔を
誰かに似ていると、思った。