最悪なのは『魔法薬学』だった。あんな先生を好きな生徒がスリザリン以外にいるというのなら是非お会いしたいものだ。
フランシス、ニースと共にその地下牢のような教室へと向かいながら溜め息をつく。今日はグリフィンドールと合同だ。不幸中の幸いは、ハッフルパフはスリザリンとの合同授業がグリフィンドールほど多くはないということだった。
「聞いてよ、この前なんかスリザリンとの授業の時に、サラが砕いたヘビの牙が大雑把過ぎるとか言って減点したんだよ!? スリザリンのグラトンなんかほとんど砕かずに入れて気持ち悪い色になってたのに注意受けただけでお咎めなし!!」
ニースが憤慨して鼻息を荒くする。アイビスがここにいればうまく宥めてくれるのかもしれないがとフランシスは適当にあしらった。スネイプがスリザリン贔屓で他の寮、特にグリフィンドールに容赦がないのは周知の事実だ。
ホグワーツに来る前に父親からその名を聞いたことがあったは人知れず肩をすくめた。
「ホグワーツにはスネイプ先生という薬学の先生がいてね。彼が脱狼薬を調合してくれることになったんだ。満月の日には講義も代わってくれるらしい。彼のお陰でホグワーツに行けることになったよ」
その話を聞いた時はまだ見ぬスネイプ教授にどれほど感謝したか分からない。だが、実際会ってみれば
。
DETESTABLE PROFESSOR
スリザリンでないというだけで、スネイプに友好的な目を向けられることなど有り得ないのだが、中でもに対する彼の態度はハッフルパフの中では明らかに異常だった。
「ミス・ルーピン?」
彼女の名前を呼ぶだけでその顔には嘲りの色が浮かぶ。顔を顰めると、スネイプはせせら笑った。
「本日は諸君たちに何の薬を調合してもらうか分かるかね?」
「私はスネイプ先生ではないので、先生のお考えを推測することなんて出来ません」
周りからは小さな笑い声があがったが、スネイプの咳払い一つで辺りは静まり返った。スネイプはの前までマントを翻し歩み寄ると、その顔を覗き込むように腰を折り言った。
「ミス・ルーピンは、前回の我輩の話を聞いていなかったようだ。前回の講義で我輩は寄生虫の話題を出し、その後カモミールのことを話した。今日はカモミールを使った虫下しを調合してもらう、と、その程度のことも考えられなかったのかね? ハッフルパフは五点減点」
「先生」
が口を開くよりも先に彼女の隣に座るニースが右手を勢いよく挙げた。スネイプは彼女を無視したが、ニースは果敢に言った。は口の動きだけで友人を制しようとするが、ニースは止まらない。
「先生、お言葉ですが先生はカモミールのお話しかされませんでした。寄生虫の話は少しも
」
「黙りなさい、ミス・リジール」
は顔を顰め息をつく。スネイプはその目をニースに向けてゆっくりと告げた。
「君はあの出しゃばりのグレンジャーにそっくりだな。我輩は、確かに寄生虫の話をした。口答えは許さん。グリフィンドールは、三点減点だ」
ニースは真っ赤になってスネイプを睨み付けていた。スネイプは意地悪そうに小さく笑いマントを翻して教室の前へと戻っていく。二人の前の席に着いていたフランシスは呆れ顔で振り返り「言わんこっちゃない」と唇の動きで告げるとすぐさまスネイプの方へと向き直った。は、スネイプが前回寄生虫の『き』の字も口にしなかったことだけは覚えていた。
「ねえ、リーマス! 脱狼薬に毒とか入れられてない!?」
研究室に飛び込むやそう叫んだ娘の姿を見て彼は呆気にとられてしまった。はずっと走ってきたのか息を切らしてドアに倒れ込んでいる。
「、一体どうしたんだい?」
椅子に座ったまま首を傾げると、彼女はばたんと乱暴に扉を閉めて小走りでデスクのすぐ前までやって来た。机にその両手をつき声を荒げる。
「今日は満月よ!?」
「、声が大きいよ」
「ごめん」
は途端に縮こまり声を潜めて続けた。
「今日はホグワーツ初の満月よ? 脱狼薬はもう飲んだ?」
「心配要らないよ、。さっきスネイプ先生が持ってきてくれた。それだよ」
そう言って机の端に載ったゴブレットを示すと、はぎょっと身を強張らせて煙の上がるそのゴブレットをしばらくじっと見つめていた。やがてぎこちない動きで彼の顔を見返すと。
「ど、毒とかまさか、入ってないよね?」
娘があまりに真剣な顔をしてそんなことを訊いてくるので、彼は思わず吹き出してしまった。は心外だと言わんばかりに囁くように怒鳴りつけてくる。
「私は本気なのよ! な、何ならリーマス、私が毒見を……」
「おいおい!」
ゴブレットに手を伸ばす彼女を慌てて止め、彼は上擦った声をあげた。
「何言ってるんだ、脱狼薬はトリカブト系の薬だ。人狼でもない人間が飲むなんてとんでもないよ」
「でも……でもでも、リーマス……」
が突然泣き出しそうな顔になる。ころころと変わるその表情は幼い頃からずっと見ていても飽きないが、今はそうも言っていられない。
「、脱狼薬に毒が入っているだとかいないだとか、何を言ってるんだい?」
涙で潤んだ瞳が彼をじっと睨み付けている。
「だってこの薬……スネイプ先生が調合してるんでしょう?」
「そうだよ? これを調合できる魔法使いはとても少ないんだ。彼と同じ職場で働けるなんて幸運だったよ」
「リーマスは間違ってる!!」
再び興奮してきたらしいは強く言い放った。唇の前に人差し指を運び「頼むから静かに喋ってくれ」と言うと彼女はまた申し訳なさそうに目尻を下ろす。彼は力なく笑った。
「私が何を間違ってるって?」
「スネイプ先生は偏見屋の苛めっ子だよ。心根が曲がって腐り切ってる!リーマスはあの人が『スリザリン以外の何か』にどんな風に接してるか知らないでしょう? しかも、しかもだよ? スネイプ先生は『闇の魔術に対する防衛術』の先生にずーっとなりたくて、そのためならどんな卑劣な手段だって使う、そう、まさにスリザリンそのもの! リーマスの薬に毒を盛ってリーマスのこと亡き者にしようって思ってるかも……」
「」
笑いもせずに、彼は彼女の言葉を遮った。いつもと違う空気に気付いたのだろう、はぴたりと喋るのを止め、息を呑みこちらの顔をじっと見返してきた。彼は静かに言った。
「
。脱狼薬はね、本当に複雑で難しい薬なんだ。私は……もともと薬学はあまり得意ではなかったんだが……まあとにかく、私にはまず確実に完璧なものは作れない。それをスネイプ先生は、毎月、ダンブルドアの頼みとは言え私のために調合してくれる。脱狼薬があれば、私はただの『無害な狼』になれるんだ。彼のお陰で私がどれだけ助かることか。、私が変身した時の姿を知っている君なら、分かってくれるだろうと思う」
彼女は目を伏せて俯いた。彼は続けた。
「彼は
あぁ、そうだね、誤解されやすい人だ、確かに。私が彼に好かれていないというのもきっと事実だろう。しかしだ、だからといってセブルスがこの薬に毒を混ぜたとは私は露も思わない。彼は本当に、誤解されやすい人なんだよ。ただ、少し……ほんの少し、素直でないだけだ。昔から、ね」
そして彼はゴブレットを手に取り匂いを嗅いでから一口飲んだ。ひどい味だが、砂糖を入れると効き目がなくなるということは以前から知っていた。少しずつ、少しずつ喉に通し、ようやく空になったゴブレットをデスクに置くとはとても悲しそうな顔をしていた。彼は椅子から立ち上がり、間に机を挟んだまま娘の頬をそっと撫で微笑んだ。
「他の生徒たちがスネイプ先生のことをあまり良く思っていないのは私も知っている。君が彼をどう思おうと私がそれをとやかく言う権利などない。だが君がこの薬のことで彼のことをひどく言うのは、あまり感心しないな?」
は涙で揺れる瞳をそっと持ち上げて彼の目を真っ直ぐに見据え、小さく頷いた。「いい子だ」彼は彼女の頭を優しく撫でた。
椅子に座り直すと、はこちらの様子を窺うような上目遣いで口を開いた。
「スネイプ先生のこと、前から知ってたの?」
目尻の筋肉がぴくりと上下した。彼女は気が付いただろうか。
彼は小さく言った。
「……ああ。同級生だったんだよ」