ジェームズ・ポッターという青年がいた。
彼は闇の魔法使い、『名前を言ってはいけないあの人』に以前から目をつけられていたという。

    そしてついに、この十月三十一日、彼は『例のあの人』によってその短い生涯を閉じた。

A LETTER

彼女は何度も何度も、その手紙を読んだ。自分が目にした文章は、間違いだったのではないかと。
けれどどれだけその羊皮紙を手にしたところで、羽ペンで書かれたその文字は一字も変わることなどなかった。

「ひどい……ダンブルドア先生」

今日何度目かの涙が再び頬を伝って床に零れ落ちる。

「ドッキリなんだって、何で言ってくれないんですか……」

寝室には彼女一人しかいない。ダブルベッドの上に身を投げ出し、手中の手紙を放り出す。
ほんの一週間前。彼女は彼と一緒に、この布団の上にいたのに。
もうあの温もりは、ここにはない。冷たくなった毛布が彼女の身体を凍えさせた。
六日前のハロウィンの日、彼は確かにこの家にいた    彼女の夫である、シリウス・ブラック。

ハロウィンの翌日、彼女はホグワーツ魔法魔術学校の校長からふくろう便を受け取った。
・ブラック様

久しぶりじゃの、。しかし悠長なことは言っておられん。君も既に噂を聞いているかもしれないが、昨日ヴォルデモートが消えた。どこへいってしまったのか、どうなってしまったのか、詳しいことは分からん。じゃが、驚かずに聞いて欲しい    と言っても無理な話じゃろうが    ポッター夫妻が、ヴォルデモートの手にかかり亡くなってしまったのじゃ。
ハリーのことなら心配は要らん。ジェームズもリリーも死んでしまったが    理由は分からんが、あの子だけは生き残ったのじゃ。信じがたいが、無傷でな。ハリーの何らかの力がヴォルデモートを打ち破ったようなのじゃ。あの子は、マグルの叔母さん夫婦の所に預けた。他に親戚もおらんのでな。

    さぁ、君が最も気にしておるであろう、シリウスのことじゃが。
彼がどこへ行ってしまったか、わしにも分からん。じゃがハリーを迎えにゴドリック谷へハグリッドに行ってもらったのじゃが、その時にハグリッドはシリウスに会うたらしい。彼からオートバイを借りておった。そこでハグリッドはシリウスと別れたと言っておったが、バイクを返そうと探しても、彼は見つからんかったようじゃ。

ところで一つ気になることがあるのじゃが    わしとて彼を疑いたいわけではない。だが気になるのは、ポッター家の秘密の守り人が、シリウスじゃったということじゃ。
秘密の魔法をかけておる限り、ヴォルデモートがジェームズやリリーを見つけられるはずはない。守り人が漏らさぬ限りは    絶対に。じゃがシリウスがジェームズたちを裏切ったなどということが果たして有り得るのかのう。何か知っておれば、教えて欲しい。

卒業しても、どれだけ時間が経っても    、君やジェームズ、リリー、そしてシリウス……みんな、いつまでもわしの大切な生徒じゃ。君たちのためと言えば偽善になるかもしれんが、それでもわしに出来ることがあれば全力でそれをしたいと思っておる。何かあればすぐにふくろうを飛ばして欲しい。じゃがくれぐれも、自分一人で無茶などはせぬように。

アルバス・ダンブルドア
『例のあの人』が消えた。なんて喜ばしいことなんだ。この約十年、彼が現れてから、魔法界は一気に暗い空気に包まれた。何人もの魔法使いやマグルが殺された。その闇の魔法使いがいなくなったなんて、どんなにか素晴らしいことだろう。
    ポッター夫妻を殺して、でなければ。

しかも夫は、どこへ行ったかなど皆目見当がつかず、その理由も分からない。戻らないとも一言も言わなかった    本当に忽然と、彼女の隣から消えてしまった。まるで『あの人』に道連れにでもされたかのように。
どうして。話して欲しいことは山ほどあるのに。どうしてジェームズとリリーは死ななければいけなかったの、ハリーは生き残ったの、『名前を言ってはいけないあの人』はいなくなってしまったの、どうして    

    どうして『あの人』は、ポッター夫妻の居所が分かったの?

あなたが守り人なんじゃなかったの?

どうして消えてしまったの?
ゴドリック谷を訪れることは、今の彼女には出来なかった。ショックが強すぎて、とても大破したポッター家を見る気にはならなかった。いつか    いつの日か、その現場を真っ直ぐ見つめることが出来ればとは思っているのだが。リーマスは何度かそこに行ったらしかった。

結婚した後、シリウスは彼女に色々と話してくれた。思い出したくもないはずのブラック家のことや、ホグワーツでの思い出も    そして、ポッター家の秘密の守り人を引き受けているということ。
卒業後に付き合い始めた彼女らはお互いのことをよく知らなかったし、夫婦になってから知ったこともたくさんある。にはそんな結婚生活がとても楽しかったし刺激に満ち溢れていた。

初めて身体を重ねたのは、結婚初夜のことだった。
真新しいベッドに腰を下ろしたシリウスは、少し離れた場所で俯いて立ち尽くしているを手招きした。

、こっち来い」

彼女は薄明かりの中でも分かるくらい頬を紅潮させて、おずおずと彼の方へと近づいていった。彼は優しく彼女の手を引いて自分の隣に座らせると、その肩に腕を回して彼女の頬にそっとキスを落とす。彼女は嬉しそうに小さく息を吐いた。

    

耳元で囁かれ、びくんと身体を強張らせる。シリウスは笑った。

「愛してる」

唇を重ね合わせながら彼がそう漏らすと、彼女も彼のグレイの瞳を見返しながら、

「私も……愛してる」

がそう言うと、彼は彼女の肩をつかんだままバタンと布団の上に倒れ込んだ。いきなりのことに驚いて彼女は小さな悲鳴をあげる。

「わっ!」

その次の瞬間には、くるりと身体を回転させられ仰向けになったの上に彼が覆い被さる。真剣な顔で見つめられ、彼女の胸はドキドキと激しく脈打った。そのまま彼の顔が近づいてきて、唇にキスを落とされる。舌を絡みとられ興奮してきたは、彼の首に腕を回して相手の熱い口付けを受け入れた。
彼は舌を抜いて唇を離した時、小さく呟いた。

「ずっと    俺の側にいてくれ」

すると彼女は、はにかむように笑って少しだけ頷き、言った。

「一緒に……素敵な未来にしようね」

彼は嬉しそうに笑みを漏らし、頷く代わりに彼女の首筋に深く口付けた。
    約束したじゃない。

・ブラックはベッドの上で一人、声に出さずに呻いた。

二人で、素敵な未来を作ろうって。
約束したのに。
あなたが台無しにしてくれた私の七年よりも、もっとずっと、素敵な未来にしてくれるって。
あなたが約束したんだよ?
側にいて欲しい、必要だって言ったのは、あなたなのに。

ジェームズとリリーを裏切ったのは本当にあなたなの? あなたはジェームズもリリーも、そして私のことも    必要としてはなかったの?

もしそうじゃないのなら。

    帰ってきて。早く、私のところに。

帰ってきて、シリウス。そうじゃないと。

私まで、あなたを疑ってしまいそうで。

    怖いの。
(05.11.09)