「いや! いや!!
そんなの、嘘!!!」
「! 落ち着くんだ、!!」
何で、どうして。そんなはずがない。
彼が親友を裏切るなんてことは。
AFTER THE NIGHT
深夜の零時をまわった。
食卓の上で、既にパイは冷え切ってしまっている。暖炉の中で赤々とした炎だけがパチパチと喧しく踊っていた。
はソファの上で膝を抱えてそこに顔を埋めた。シリウスは膝の上に肘をつき鋭い視線で掛時計と睨めっこしている。リーマスは壁に背を預けて腕を組み、小さく息をついた。
「
絶対におかしい」
イライラしながらそう吐き捨ててシリウスは立ち上がった。はハッとして顔を上げ、声をあげる。
「どうするの?」
彼はマントを脱ぎ捨てながら言った。
「あいつの家行ってくる」
「え、でも、フルーパウダー切らしてるんだよ?」
が驚いて立ち上がると、シリウスはさも当然のようにポケットから鍵の束を取り出してみせた。
「何のために俺がバイク持ってると思ってんだ」
「でもジェームズたちの家まではかなりあるよ、シリウスが向かってる間にジェームズたちがフルーパウダーで来たら行き違いになっちゃうじゃな……」
「あいつらが本当に来るんだったら、もうとっくに来てるはずだろうが!!」
の言葉を遮って彼女を怒鳴りつけていることに気付き、シリウスは慌てて口元を覆うと、「……悪い」と小さく呟いた。彼女は目線を下げて黙り込んだ。
「……シリウス、本当に行くのかい?」
リーマスは壁から身体を離してシリウスを見やった。彼は鳶色の髪の親友を見返し、神妙な面持ちで頷いた。そしてクローゼットの中から黒いコートを引っ張り出すと、そのまま居間を飛び出す。
・ブラックが彼を追って玄関を飛び出した時には、彼は既に愛用のオートバイに跨って漆黒の空へと飛び立っていた。
「
シリウス!!」
腹の底から絞り出すように絶叫する。だが彼は振り返ることなく、闇の中に消えていった。
彼女はただそこに、いつまでも呆然と立ち尽くしていた。
彼ともう二度と会えないような。彼女はそんな予感に襲われて。
ハロウィンの行事なのだろうか。空の彼方で音を立てて、何十発も花火のようなものが打ち上げられているのが見えた。
・ブラックはゆらゆらと優しく揺り動かされてようやく目を覚ました。ソファの上からこちらの顔を覗き込んでいるのは、心配そうに顔を歪めたリーマス・ルーピン。窓の外に目をやると、既に空は明るくなっていた。
「、おはよう、大丈夫? 今から出掛けられる?」
「え?」
とろんとした目で彼を見上げると、リーマスは切羽詰ったように一気にまくし立てた。
「
さっき町に行ったら、みんなお祭り騒ぎをしていた。僕は知らなかったけど、どうやら昨日かららしい……それがどうしてか、分かる?」
「え?」
わけが分からず、ゆっくりと身を起こしながら自信なさそうに口を開く。
「ハロウィンだから、じゃないの?」
「……違う、そんなことじゃない」
彼はそう言って、いきなりの両肩をつかんだ。びっくりして目を丸くする。
「な、リーマス、何……?」
彼は苦々しげに表情を歪め、そしてやがて言いにくそうに小さく言った。
「『例のあの人』が
消えたんだ」
どくんと鼓動が高鳴る。は驚愕の声をあげた。
「『あの人』が? 本当なの、リーマス?」
彼は静かに頷いた。
「それが本当なら、何でそんなに暗い顔してるの! みんなに加わってお祭り騒ぎすればいいじゃない、みんなで
」
そこまで口にしたところで、彼女の脳裏に一つの考えが浮かんだ。まさか。ひょっとして?
「リーマス、まさかそれ……ジェームズたちに何か、関係があるの?」
彼が一瞬にして固まる。の背筋に悪寒が走った。震える指先でリーマスの腕をつかむ。
「
どういうこと? ねえリーマス、話して。ジェームズは? リリーは?
シリウスはどうしたの!」
「、落ち着いてくれ、頼むから」
彼に突っかかっていきそうな勢いの彼女を懸命に抑えて、リーマスは彼女の隣に腰を下ろした。彼女の黒い瞳は不安に揺れていた。
「……僕にも、何から話せばいいのか分からない……僕だって現場を見たわけじゃない、だから
これを」
そう言って彼は、懐から一通の手紙を取り出した。その封筒には彼女の知る筆跡で、『・ブラック様』と書かれていた。
どうして
どうしてダンブルドア先生から。
彼女は慌てて彼の手からその封筒を受け取った。
「夜のうちにふくろう便で届いたんだ……ごめん、先に読んでしまって。状況が状況だったから」
は既に破られた封筒の中から一枚の羊皮紙を取り出した。
そしてその全てに目を通した後、彼女は
。
「いや! いや!!
そんなの、嘘!!!」
「! 落ち着くんだ、!!」
頭を抱えて悲鳴をあげる彼女を抱きかかえ、彼は彼女を抑えようと何度も何度も呼び掛けた。
「
!!!」
「そんなことあるはずない! ジェームズが、リリーが……シリウスが
そんなこと、あるわけない!!!」
何で。どうして。そんなはずがない。
ジェームズ・ポッターが。リリー・ポッターが。昨日という日に命を落としたなんて。そして。
彼が親友を裏切るなんてことは。
あるはずがないんだ。
食卓の上で冷えて固まったパンプキンパイと、床に転がったカボチャの被り物、昨夜彼が脱ぎ捨てていったドラキュラのマント、一枚の羊皮紙。それらが静かに、乱れた彼女を見守っていた。