「もうすぐハロウィンだね」
彼女の手編みのセーターに袖を通した彼は、その言葉に顔を上げて白い壁を見やった。
「あぁ、ほんとだな」
カレンダーには、十月二十一日という文字が点灯している。彼女はソファに座り込んでいる夫の首に後ろから抱きついて微笑んだ。
「今年もパンプキンパイ作るからね」
「……あんまり甘くないやつな」
彼が苦笑すると、彼女は明るい声をあげて笑った。
彼らは、今年の十月三十一日に、何が起こるかを知らない。
THE HALLOWE'EN
その日は、ノースウェストのブラック家でパーティが行われることになっていた。
ブラック夫妻、ポッター夫妻、そしてリーマスにピーターといった面々は、毎年交替でブラック家とポッター家にてハロウィンを祝っている。去年はポッター家で大騒ぎをした。ピーターは体調が優れなかったらしく、早々と帰ってしまったが。
・ブラックはかぼちゃを煮ながら、空いている手でヘラに魔法をかけた。パイ生地の材料を放り込んだボールの中身をヘラが独りでにぐるぐると混ぜ始める。
ダイニングルームでは、シリウスがかぼちゃやお化け型に切り取られたフィルトで飾り付けをしていた。彼は漆黒のマントを羽織ってドラキュラ仮装だ。元々八重歯が目立つ彼は、それだけで十分に吸血鬼らしいと学生時代からよく言われていた。
は去年はカボチャの被り物をしてみんなを笑わせた。思いのほかそのカボチャには重量があったらしく、よろよろと歩くにふざけて抱きついたりしてジェームズがシリウスやリリーに怒られていた。がこのいつもの面々の中で学生時代に一番親しくしていたのはジェームズであるため、彼女はジェームズに転ばされても「こらー!」と怒鳴りながらもどこか楽しそうにしていた。とシリウスが交際を始めたのは卒業後のことなのだ。
今年はネタが思いつかなかったので彼女は何も仮装衣装を用意していない。「じゃあもう一回カボチャになれ」と言ってシリウスが去年の被り物をクローゼットの奥から引きずり出してはきたが。
そうこうしているうちに、暖炉からいきなりリーマスが飛び出してきた。
「ハッピーハロウィン! シリウス、!」
彼はシリウスと同じく真っ黒のマントを羽織っている。リーマスはちょうど天井にカボチャのフェルトをつけ終えたところのシリウスを見やると、「えー君、今年もドラキュラ? 今年くらい僕に譲ってよ」と口を尖らせた。
「俺がドラキュラになるくらい想像できるだろうが。お前がそこんとこ考えて別のに仮装してこいよ。カボチャとか、お化けとか」
「カボチャはの専売特許じゃないの?」
「いつからよ!」
キッチンからが突っ込むと、シリウスとリーマスは顔を見合わせて吹き出した。
リーマスは台所に向かうと、煮立ったカボチャをすり潰しているの横に立って腕捲りをし、手を洗い始めた。
「今何やってる?手伝うよ」
「わーありがとう!今はパンプキンパイの生地作りしてるとこ!シリウス、料理になるとてんで使えないんだから」
リーマスが苦笑いを漏らす。シリウスには聞こえなかったのか、彼はダイニングで相変わらず鼻歌を歌っているようだった。
二人で料理を始めてから、かなりの時間が経過した。
が薪のオーブンに 出来上がったパイ生地をセットした時、居間からシリウスの声が聞こえてきた。
「ジェームズたち、ちょっと遅くねえか?」
言われて壁の時計を見やると、その針は夜の九時を指している。パーティは毎年八時から始まり、そして明け方まで続く。料理の準備にの時間が極端にかかるというのは毎度のことだったが、ポッター夫妻が遅刻してきたことはなかった。
「そうだね、ちょっと遅いみたいだね」
リーマスが心配そうに呟く。シリウスは続けて言ってきた。
「! フルーパウダーどこだ? 俺ちょっと様子みてくるわ」
彼女はキッチンからダイニングに顔を出し、その前でパチンと両手を合わせた。
「シリウスごめん、買ってくるの忘れた……」
「おいおい、お前一週間も前からずっとそれじゃねえか」
「文句があるなら自分で買いに行けば!」
眉根を寄せて怒鳴りあげるの肩をぽんぽんと撫でてリーマスが言った。
「まぁまぁ、もう少し待ってみよう。まだまだ夜明けまでは時間があるよ」
「そうだね」
が頷く。シリウスは唇を尖らせて、ソファにごろんと横になった。
この時彼が既に家を出ていれば、彼らの人生は変わっていたのかもしれない。