授業開始1日目から城中は大騒ぎだった。『赤毛ののっぽの隣のやつ』『あの眼鏡の』『額に傷があった!』…。
「なあ、雛菊の根を蝙蝠の爪と取り替えたらどうなると思う?」
「そうだな…よし、じゃあこれとこれを入れ替えて…」
「 ミスター・ウィーズリー」
音も立てずに背後から忍び寄ったに、赤毛の双子はギョッと目を見開いて飛び上がった。小さく息をつき、は冷ややかに告げる。
「下らないことを考えている暇があるのなら、早く済ませてしまいなさい。この教室で爆発なんて二度と起こして欲しくないの。グリフィンドールは10点減点」
「そ、そんなぁ!先生、僕たちただ、これとこれを入れ替えたらどうなるのかなって話してただけで 」
「 それならば共謀罪とでも言えばいいのかね。君たちが余計な企みを飽きもせずに行ってくれるお陰で我々の厄介事はいつも必要以上に増える。ご理解いただきたいものですな。グリフィンドールはさらに10点減点」
「そんな!」
教室の前からすぐさま闊歩してやって来たセブルスの言い渡しに、ウィーズリーの双子は声を荒げる。スリザリン生のクスクス笑いを聞き流しながら、は2人を無視して他の生徒たちの調合を見て回った。セブルスも教壇に戻り、何やら分厚い本を静かに捲っている。
無言の非難を全身から放出する双子やグリフィンドール生に冷たい一瞥を投げかけ、はジョンソンの縮み薬がどれほど明るい黄緑色から程遠いかを指摘し、ヒルの汁はほんの少しでいいのだと素っ気無く告げた。
魔法薬学の教師は2人ともひどいスリザリン贔屓だという噂は今ではすっかり生徒たちの間に定着してしまった。としてはそんなつもりはさらさらなかったが、セブルスのスリザリン贔屓を黙認している自覚はあったので、生徒たちには勝手に愚痴を言わせている。実際、自分がグリフィンドールに手厳しいというのは間違っていないと思う。
グリフィンドール生を見ると。どうしても。あの制服を着ていた頃を思い出してしまうから。目を逸らさずにはいられなかった。
中でも見ていられないのは3年生のフレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリーで、彼らはこの城に知らぬ者がいないほどの悪戯常習犯だった。毎日のようにフィルチの怒りボルテージを極限まで引き上げ、どれだけ罰則を受けても反省の色を全く見せずに翌日にはまた新しい手口を思いつく。
彼らを見ていると。どうしても学生時代の仲間を思い出さざるを得なかった。
『魔法悪戯仕掛け人』
どれだけの華々しい業績を残したろう。卒業の日、最後に5人で仕掛けた大広間での花火大会はきっと先生方の記憶にも残っていると思う。ダンブルドアは嬉しそうに笑い、厳格なマクゴナガルもあの時ばかりは涙と笑いを堪えようと必死になって、結局歪んだ泣き顔を人前に晒していた。
ウィーズリー兄弟の姿は、本当に、あの頃の彼らを彷彿とさせて。苦しくてたまらない。
双子の悪戯にやられたフィルチと時折廊下で遭遇したりすると、彼は嫌そうに顔を顰めてこう吐き捨てるのだった。
「まったく…昔のお前たちを見てるようでうんざりする!」
そんなフィルチの呟きでさえ、胸に深々と突き刺さる。
グリフィンドール生はその大半が魔法薬学の授業とその担当教師を嫌っていた。それを代表するように次々と仕掛けてくる双子の悪戯をあっさりとかわせてしまう自分にも少し呆れる。どれだけ時が過ぎても、自分も悪戯仕掛け人の一人だったのだ。双子の手口は新しいが、それでも予測できないほどのものでもない。一方のセブルスは度々彼らの罠にかかり、その度にひどい罵声とともに減点と罰則を言い渡した。
「次は確実に仕留めるぞ!妥当だ!」
「 ミスター・ウィーズリー。威勢がいいわね。その元気は他のことに向けるべきじゃないかしら?グリフィンドールは10点減点」
気配を感じさせないようにして歩くのは、死喰い人時代に自然と身に着いた能力だ。背後からの声にギョッとして飛び上がった双子に向けてニコリと笑い、は静かにその場を後にした。
大広間での食事の際にはグリフィンドールのテーブルは敢えて見ないようにした。手元に視線を落とし、セブルスやシニストラとの会話をぼんやりと繰り返す。生徒たちの『ハリー・ポッター観察熱』はなかなか冷めることがなく、少なくとも新学期第1週目はどのテーブルからも身を乗り出すようにして多くの学生がグリフィンドールの眼鏡の少年を探していた。
そしてとうとうグリフィンドールとスリザリンの1年生の合同授業が待ち構えている金曜日の朝を迎え、は寝起きから落ち着かない気分だった。もうどうしても、ハリーとネビルを避けられない。
朝食のトーストを溜め息雑じりに少しずつ齧っていると、ちょうどその時広間に何百というふくろうが雪崩れ込んできた。に手紙を送るような人間はもう誰もいない。城のふくろう小屋で生活しているは時々甘えて餌をねだるためだけに彼女のもとを訪れ、その日もはトーストの端を千切って与えた。セブルスは定期購読している予言者新聞をいつものふくろうから受け取って物憂げに開いた。
「何かある?」
「いや、特には。魔法運輸局で何か問題があったらしい」
「ああ、そう」
生返事を返し、は手にしたゴブレットに口をつけた。暗黒時代が終わりを迎えてから魔法大臣はバグノルドという魔女からファッジという魔法使いに代わったが、彼が就任して以来間の抜けた事件が増えたように思う。ファッジが抜けた男だということは彼が週に何度もダンブルドアに意見を求めているという情けない話が残酷にもはっきりと証明していた。
広間での朝食を終え、とセブルスはすぐに地下へと戻った。午前中の授業は新入生の初授業なので、生徒たちの力を確認するためだけにかなり初歩的な薬を調合させることにしている。自分が1年生の時に成功したかと問われれば答えはノーだが。学生時代は本当に魔法薬学が苦手だった。
リリーは調合が得意だったな。アドバイスも上手で。きっと彼女が教授になっていたら、もっとすごく分かりやすい授業をしてくれたろうに。
教室に準備した材料の最終確認を済ませ、は一旦私室へと戻った。心を落ち着けて。気丈に臨まなければ。
研究室に戻ると、既に教科書を準備したセブルスが待っていた。心を閉じているのだと。目を見れば分かった。
私も閉じなければ。剥き出しの心では、まともにハリーとネビルに接することができるとは思えない。忘れかけた閉心術の術を思い出し、はようやくセブルスの後について薬学の教室へと向かった。
既に生徒たちは席に着いており、とセブルスは真ん中の通路を抜けて黒板の前に立った。通常は教室の後ろに陣取って子供たちの様子をつぶさに観察しているが、新入生の初回の授業だけは自己紹介のためにセブルスと共に前に出る。生徒たちに身体を向け、俯き深呼吸を一つ繰り返してからは視線を上げてスリザリンとグリフィンドールの1年生を見回した。
目が悪ければ良かったのに、と思った。ハリーとネビルの顔を見ずに済む。はハリーとネビルが教室の中ほどに座っているのを見つけてそっと瞼を伏せた。心を閉じてしまわなければ。気持ちが乱れる。軽く頭を振った。
セブルスが名簿を開いて出席を取り始める。そして彼はハリーの前まできて、少しだけ言葉を切った。
「ああ…左様」
猫撫で声だ。は表情には出さずに顔を顰めた。あまり、いい予感がしない。
セブルスは冷ややかに笑いながら、その暗い瞳でハリーを見つめた。
「ハリー・ポッター。我らが新しい スターのようだ」
前の方に座っていたドラコと、クラッブ、ゴイルが隠しもせずに冷やかし笑いを漏らす。口を開けば心が乱れそうだったので、は小さく溜め息をつきながらもセブルスの言葉を咎めることはしなかった。ハリーは眉根を寄せて不快そうにセブルスを凝視した。
出席を取り終えたセブルスが名簿を閉じ、教室をさっと見渡しながら口を開く。
「セブルス・スネイプ教授だ。こちらは我輩の補佐を務める・助教授。このクラスでは、我々が諸君に魔法薬調剤の微妙な科学と厳密な芸術を教授する」
セブルスに紹介された時、は軽く頭を下げただけだった。生徒の誰もがセブルスの言葉を一言も聞き漏らすまいと集中してこちらを見ている。ドラコは唯一の例外で、彼はまるでセブルスとが兼ねてからの知人であるかのように親しげな視線を向けてきた。やはりルシウスから何か話を聞いているのか。は彼のグレイの瞳からさり気なく目を逸らした。
セブルスが毎年新入生に話して聞かせる小難しい演説を終えると、は材料の準備をしようと脇の棚に身体を向けた。するとその時、背後で突然セブルスが声を張り上げた。
「ポッター!」
いきなりのことに驚いて振り返る。生徒たちも目をパチクリさせてセブルスとハリーを交互に見比べていた。当のハリーは椅子の上ですっかり固まっている。ジェームズがあんなに驚いた顔をしていたことなんてほとんどなかったと考えている自分に気付いて、は慌てて頭を振った。忘れろ。閉じなければ。
「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になる」
いきなり何を。セブルスはまさか新入生が教科書を全部暗記しているとでも思っているのだろうか。否、彼は今まで新入生の初回の授業でこんな質問をしたことなどない。
当惑しきった様子のハリーは隣の赤毛の少年、ウィーズリーをチラリと見たが、ウィーズリーも降参だという顔をしている。空中に高々と手を挙げたのはグリフィンドールの茶髪の少女一人。確か…グレンジャー、だったか。
「分かりません」
ハリーが答えると、セブルスは口元でせせら笑った。
「有名なだけではどうにもならんようだな。ポッター、もう一つ訊こう。ベゾアール石を見つけてこいと言われたらどこを探すかね」
グレンジャーは椅子に座ったままで挙げられる限界まで高く手を伸ばしたが、セブルスはひたすらにそれを無視した。ドラコたちは声には出さずに身を捩って大笑いしている。なるほど、そうきたか。セブルスはとことんハリーをいたぶる計画に乗り出したらしい。口を挟もうか悩んでいるとハリーはまた「分かりません」と答え、セブルスは鼻で笑ってみせた。
「授業に来る前に教科書を開いて見ようとは思わなかったわけだな、ポッター、え?」
それでもハリーが真っ直ぐにセブルスを見続けたのには感心した。私だったらたまらずに逸らしてしまうだろう。だがその一方で、はその意志の強いグリーンの瞳をセブルスが見つめ続けていることにもまた驚いた。
これはセブルスの中に蠢く強い葛藤の結果なのだろう。はその光景から視線を外し、今日だけは取り敢えず黙ってセブルスの動向を見守ることに決めた。
「ポッター、モンクスフードとウルフスベーンの違いは何だ」
「分かりません」
ハリーは落ち着いた口調で答え、とうとう椅子から立ち上がって天井に届かんばかりに手を伸ばしているグレンジャーを見やった。
「ハーマイオニーが分かっていると思いますから、彼女に質問してみたらどうですか」
グリフィンドール生が数人笑い声をあげる。セブルスは不快そうに鼻を鳴らし、「座りたまえ」と冷たくグレンジャーに言い放った。グレンジャーは屈辱的な顔ですぐに腰を下ろした。
「教えてやろう、ポッター。アスフォデルとニガヨモギを合わせると眠り薬となる。あまりに強力なため、生ける屍の水薬と言われている。ベゾアール石は山羊の胃から取り出す石で、たいていの薬に対する解毒剤となる。モンクスフードとウルフスベーンは同じ植物で、別名をアコナイトともいうがトリカブトのことだ」
すらすらと先ほどの問いの解答を述べるセブルスを、生徒たちはポカンとした表情で見つめている。セブルスは教室中を見渡して冷ややかに告げた。
「諸君、なぜ今の解答を全てノートに書き取らない」
一斉に羽根ペンと羊皮紙を取り出す音がしたが、生徒たちはセブルスの答えがあまりに速くて一瞬のことだったのでほとんどが聞き取れていない様子だった。小声で隣の生徒と何やら口々に囁き合っている。杖を取り出し、は溜め息雑じりに黒板を軽く叩いた。先ほどのセブルスの解答が浮かび上がり、慌てた様子で生徒たちが羽根ペンを走らせ始める。
ちらりとを一瞥してから、セブルスは締めと言わんばかりにこう言った。
「ポッター、君の無礼な態度でグリフィンドールは1点減点」
それからセブルスは生徒を2人一組にして簡単に指示を出した。今日はおできを治す薬だけだ。は棚を開けて生徒に材料を取らせると、セブルスと入れ代わり立ち代わり机の間の通路を歩いて回った。やはりドラコは親しみをこめた視線でチラチラとこちらを見ている。はさらりとそれを受け流しながら、彼に干しイラクサが若干多いように思うと注意した。するとドラコは少し拗ねたような顔をしたが、傍らでクラッブとゴイルのあまりに雑な作業をたしなめると、ころりと機嫌を良くしたようだった。
スリザリン生を一通り見回り、グリフィンドール生のテーブルに近付く。大抵は魔法薬調合など初めての者が多いので、どの大鍋も注意する点が多々あった。だが時折繊細な指先で作業を行う生徒もいて、中でもグリフィンドールのグレンジャーは抜きん出て優秀だった。何を注意すればいいのかも分からない。それでもセブルスは色が少しおかしいと嫌味を言い、はそこでようやく生徒たちには見えないようにセブルスをジロリと睨み付けた。ドラコのよりはずっといい、と唇の動きだけで告げて。
一つずつテーブルを回り、とうとうハリーの番が近付いてきた。視界の隅を何とか脳裏から押し出してきたが、それももう限界だ。パチルの鍋を覗き込んで軽く注意点を述べながら、は改めて自分に言い聞かせた。心を閉じろ。本当の感情は覆い隠し、あくまで一人の生徒として。
大鍋を掻き混ぜる彼の手付きはひどく覚束なく、それは父親のものとも母親のものともあまり似ていなかったけれど。グツグツと音を立てる鍋の中身を覗き込むその瞳だけはリリーのもので。くしゃくしゃの黒髪も、輪郭も。学生時代のジェームズに出会ったよう。
瞼を伏せて小さく深呼吸してから、は静かに口を開いた。
「少し…色がおかしいわね。角ナメクジを茹ですぎたんじゃないかしら。どれだけエキスを抽出できるかが重要だから茹で時間には留意するように」
ああ、この手が。あんなに小さかった赤ん坊の手だなんて。
ハリーは一瞬挑戦的な視線を上げただけで、「気を付けます」とぶっきらぼうに答えてまた大鍋を掻き混ぜ始めた。もすぐに彼から目を逸らし、ハリーの隣で懸命に作業しているネビルへと顔を向ける。
その時ドラコのところにいたセブルスが教室中に聞こえるように声を張り上げた。
「諸君、ミスター・マルフォイが角ナメクジを完璧に茹でたので参考にするように」
が振り向いたその瞬間。
シューシューという大きな音が広がり、突然地下牢いっぱいに強烈な緑色の煙が上がった。思わず噎せ返り、原因を求めて目を凝らす。のすぐ側でネビルが薬をかぶり、その腕や足からは真っ赤なおできが噴き出していた。
「何をしているの!」
溶けた大鍋から流れ出た薬が石の床を伝って広がり、生徒たちの靴に焼け焦げの穴を作っている。の靴も同様に被害を受け、後ずさりながら彼女は取り出した杖を一振りして零れ落ちた薬を取り除いた。
セブルスも憤然とした顔でこちらに向かって大股に歩いてくる。彼がネビルの前にやって来た時には、おできが鼻にまで広がったネビルはシクシクと声をあげて泣き始めた。
「馬鹿者!おおかた鍋を火から下ろさないうちに山嵐の針を入れたんだろう!」
セブルスが怒鳴りつけると、ネビルはますます情けない顔をして涙を落とす。はうんざりと息をつきながら、ネビルと作業していたフィネガンに彼を医務室に連れて行くようにと指示した。
苛々と舌打ちしたセブルスが、怒りの矛先を突然ハリーに向けた。
「ポッター、針を入れるなとなぜ言わなかった。隣で作業している人間が間違えば自分のひどい魔法薬もましに見えると考えたのかね。グリフィンドールはもう1点減点」
あまりといえばあんまりの理不尽さにはムッとしてセブルスを見たが、それ以上は反論らしい反論も出来なかった。口を開けば、せっかく閉じた心が崩れそうだったから。
は唇と一緒にきつく目を閉じ、小さく咳払いしてからくるりとセブルスやハリーたちに背を向けて他のグリフィンドール生の大鍋を見回った。その後は特に大きな問題は起きず、セブルスは出来上がった魔法薬を入れた小瓶にラベルを貼って提出するようにと締め括った。
グリフィンドール生は我先にと逃げるように教室を飛び出していった。それに反してスリザリン生はご満悦の様子だ。ハリーの不当な扱いについてセブルスに文句を言うべきか否かと考えながらが提出された小瓶を整理していると、自信たっぷりに笑んだドラコがクラッブとゴイルを従えてとセブルスのところへやって来た。
「先生、素晴らしい授業でした」
クラッブとゴイルが、合わせるようにニタリと笑った。答えたのは教壇から教科書を手に取ったセブルス。
「そうかね。マルフォイ、君の煎じ薬はなかなか良かった。クラッブ、ゴイル。お前たちはもう少し繊細さというものを覚えねばならん」
ドラコはますます嬉しそうにほくそ笑んで胸を張った。
「父上から伺っています。お2人とも父上の古い友人だと。お話通りのご立派な先生方で僕は感激しています」
ルシウスは11歳の子供にこんなことを言わせるのか。は胸中で訝りながらも穏やかに微笑んでみせた。
「それは嬉しいわ。ご両親に宜しく」
「はい。それでは失礼します」
恭しく一礼し、ドラコは一言も発さなかったクラッブとゴイルを連れて嬉しそうに教室を出て行った。扉が閉まり、彼らの足音が遠ざかるのを確認してからようやく全身で大きく息をつく。
「…こんなに気を遣う授業なんて、もううんざり」
生徒の提出した小瓶を載せた箱の一つを手に取ったセブルスが素っ気無く言った。
「仕事だ。我慢しろ」
小瓶を教室の脇の保管庫に移すのを手伝い、は顔を顰めてみせる。
「ドラコにあんなに甘いのは、ルシウスのことがあるから?」
「当たり前だろう。ドラコにいい印象を与えるのは今後のことを考えると重要だ。ルシウスとは距離を見てうまく付き合う必要がある」
「…それにしても、あからさま過ぎるんじゃない?スリザリンに多少甘いのは仕方ないと思うけど…まるであなたがマルフォイ家に媚を売っているように見えるわよ?」
「構わん。放っておけ」
保管庫の鍵を閉めたセブルスはそのまま石造りの教室を出た。彼に続き、教室にも鍵をかけて研究室へと戻る。部屋のソファに腰掛けたは机の上の整理を軽く済ませたセブルスを見上げ、試すような口振りでそっと訊ねた。
「…ハリーにあんなにきついのも、計画のうちなのかしら?」
セブルスがほんの一瞬眉を顰めたのを、は見逃さなかった。瞼を伏せ、セブルスは落ち着いた声音で答える。
「 あの男を思い出す。それが気に入らないだけだ」
「…そう」
彼が思い返しているのは。ジェームズのことだけではないと私は知っている。ハリーを目の当たりにして、一番辛い思いをしているのはきっとセブルスなんだ。
セブルスの葛藤を推し量ることなんて出来ない。それに私は。セブルスの気持ちまで考えている余裕なんてない。
自分の心を閉じてしまうだけで、精一杯。
ソファの上で膝を抱え、瞼を伏せる。ごめんなさい、ジェームズ。ごめんなさい、リリー。
あなたの息子と向き合うのが怖いの。あなたたちをこんな生々しい形で思い出すのが辛いの。彼がいつ私の罪深さに気付くのかと考えただけで恐ろしい。
あなたたちの大切な息子は、私たちが必ず守り抜く。だからどうか 心を閉ざして彼に接することを、許して。
剥き出しの感情で彼と向き合えば。私はきっと壊れてしまうから。
どれだけ悪役になったっていい。むしろその方が、私には合っているだろうと思う。
あなたたちの息子に愛されようなんて、思ってない。
ただ、彼を守り抜くことだけを心に誓って。
私はまた、心を閉じてしまう。そう、これがきっと、最善の道。