不安もたくさんあるけれど、それでも私は幸せだった。ジェームズがいて、ハリーがいて。

 リーマスがいて、シリウスがいて、そしてピーターがいて。

 でも      心にぽっかりと開いた穴だけはどうしても誤魔化せなくて。

 そこに一体何が嵌るべきなのか、そんなことは考えなくても分かりきっていた。

 色んなことがあったけど、私たちはいつも一緒で。

「それじゃあ、、8月1日の正午にまたここでね」

 卒業というものはもちろん寂しさも否めなかったけれど、でも私たちはすぐにまた会えると信じて疑わなかった。

 日付が変わるまで私は、ホームで彼女を待ち続けた。

      彼女は、やって来なかった。

 彼女は日本の実家にも帰省していないという。シリウスのところにも連絡すらいっていない。何度もふくろうを替えて手紙を送ったのにどのふくろうも彼女を見つけられずに封筒を脚につけたまま疲れた顔で戻ってきた。

 死喰い人か例のあの人に捕まったのでは、と彼女の祖父の正体を知る人々は推測した。ダンブルドア、彼の集めた魔法使いたち、そしてダンブルドアの信頼する魔法省の一部の人間が一丸となって捜索したが見つからない。不死鳥の騎士団は闇の陣営に対抗するために創立された秘密結社だが、彼女を探し出すためにダンブルドアが仲間たちを集め始めたのがそもそものきっかけだった。

 そして卒業から約半年後。ジェームズが闇祓いのムーディと組んでダイアゴン横丁の偵察に出掛けた際。

「…、だったかもしれない…」

 青ざめた顔で帰ってきたジェームズは自分でも信じられないといった面持ちでポツリと呟いた。スネイプがダイアゴン横丁を一人の老婆と歩いていて、ムーディによるとそれがだったという。ムーディはダンブルドアの頼みで学生時代から何度もの護衛についていたことがあるようで、間違いないと言い切ったそうだ。

 がホグワーツに戻ってきていると知ったジェームズが私たちの結婚式の案内を彼女に送ったと聞いたのは披露宴の直前だった。けれど彼女は、とうとう最後まで現れなかった。

 それ以来、ジェームズは彼女の話をぱたりとやめてしまった。私が少しでもその話題に触れようとすると過剰に拒絶するか曖昧に誤魔化すかだ。でも私はどうしても彼女を忘れることなんてできなかった。

 この世で一番大切だと思える      親友だったから。それはジェームズだって、同じこと。

 彼女に嫉妬したこともあった。私はずっとジェームズのことが気になっていて、彼と驚くくらい親しかった彼女を羨んでいた。同時に自分にはない魅力を持った彼女にその頃から惹かれていたのも事実で、ジェームズにモヤモヤした感情を抱いたこともある。あの2人は私なんてとても割っては入れない何か強い絆のようなもので繋がれていた。

 ジェームズが彼女を忘れられないのと同じように、私もまた彼女から離れることができない。

 どうしても      彼女にまた、会いたかった。

…なの?」

 だから、ジェームズの怒鳴り声と一緒にあの懐かしい声を耳にした時には、私は。
FIDELIUS CHARM
     リリー…?」

 その呟きは、空気に溶け込むようにして静かに薄れていく。は扉の向こうから現れた人影を呆然と見つめ、そのまま固まってしまった。

 リリーは卒業した頃よりも随分と髪も伸び、そして顔立ちも大人びて一段と綺麗になっていた。あの緑色の透き通った瞳が、今は大きく見開かれて真っ直ぐにこちらを凝視している。彼女が恐る恐る足を踏み出したその時、リリーの前に飛び出したジェームズが彼女を庇うようにして腕を広げた。

 ずきんと胸が痛む。

「リリー、君は休んでいていいよ。話なら終わった。彼女はもう帰るから」

「…ジェームズ、どうしてよ!私だってと話がしたいわ!ねえ、、一体今までどうしてたの     

「リリー、分かってくれ!彼女は僕たちの知っているじゃないんだ!彼女と話すだけ無駄だ、彼女のことは忘れてくれと言っただろう!」

「分かるように説明して!そんなことじゃ納得なんてできないわ!ねえ、、一体何があったの!?」

 こちらに歩み寄ろうとしたリリーの肩を掴み、ジェームズがそれを遮る。目を細め、唇を引き結ぶの傍らで、そっとダンブルドアが立ち上がった。

「ジェームズ、ひとまず落ち着かぬか。そのように大声を出してはハリーが起きてしまうじゃろう」

 ばつの悪い顔をして、ジェームズが口を噤む。を哀しそうな目で見つめるリリーを一瞥しながらダンブルドアは言葉を続けた。

「ジェームズ、が君たちの知る彼女ではないと言ったが…それは、過去の話じゃろう。先ほど彼女と話をしてみて、少し戸惑ったのではないかね。彼女は自分の知る彼女ではない…そう思っていたにも関わらず、今ここにおるは自分の知る彼女そのものじゃと」

 ジェームズは驚いた顔をしてダンブルドアを見返した。その瞳には明らかに狼狽の色が浮かんでいる。

「本当の彼女を長きに渡って封じ込めてしまったのはわしの咎じゃ。どうか、許して欲しい。彼女はずっと本当の自分を押し殺し、ただお母さまを強く思ってそれを貫こうとしてきたのじゃ。今や彼女はそのベールを全て脱ぎ去った。もう一度…ありのままの彼女と向き合ってみてはどうかね」

 ジェームズもリリーも、瞬きもせずにとダンブルドアを交互に見やった。やがて、ジェームズの腕をそっと退かせたリリーが、ゆっくりとこちらに歩み寄り口を開く。

「…どういうことなの、。分かるように説明してもらえる?」

 それは決して責めるような口調ではなく、ただ哀しげで、ただ優しかった。それだけで身が捩れそうだ。

 俯き、込み上げてくるものを無理やり押し込んで、はようやく顔を上げた。

「…ごめんなさい。リリー、ジェームズ…本当に、ごめんなさい…」

 言い終えてしまう頃には、抑えきれなかった涙が頬を伝って落ちた。慌ててそれを拭いながら、言葉を続ける。

「…私、7年生の時に…母さんは、病死じゃなくて殺されたんだってセブルスに言われたの。そんなこと、まさか信じようなんて思わなかったけど…でも、母さんが死ぬ瞬間を記憶してた本があって…それで、私見たの…母さんが、ダンブルドア先生の腕の中で息絶えるのを…」

 ジェームズが目を見開き、リリーは息を呑んで口元を押さえる。は眉間にそっと手を添えた。

「…闇の帝王に為された予言のことは…知ってる?帝王が60歳を過ぎて…自分の血を継いだ人間の血を取り入れると…彼は無敵の存在になれるの。それを知ったダンブルドアに母は殺されたんだって…私、あの本の記憶があまりに鮮明すぎて…私、それを信じたの…私、その時に闇の帝王のところに行くって決めたの。母さんの仇を討とうって…ダンブルドア先生を…殺そうと思った…」

「…そんな!」

 ジェームズはすぐさま声を荒げたが、次の台詞は呑み込んだようだった。唇を引き結び、彼らはの言葉に耳を傾ける。ダンブルドアは立ち尽くしたままただ黙っていた。

「…セブルスは私に閉心術を教えてくれた…彼の訓練のお陰で私は自分の心を思うように閉じることができるようになった…私、ただ母さんの仇を討つっていう目的のために…私が闇の陣営に行くつもりだって誰にも悟られないように…卒業まで、それまで通りに振る舞った。あなたたちの前でも…先生たちの前でも…セブルスと近いことも、隠し通して」

 眉根を寄せたジェームズが、ギュッと拳を握る。

「…卒業して…私はすぐにセブルスと帝王のところに向かったの…そこで闇の印を受け入れて…私は死喰い人になった…ただの自分の思い込みで…先生を殺すためだけに…」

 するとそこで僅かに眉を顰めたダンブルドアが、くるりとに顔を向けた。

「…闇の印を?、確か君の左腕には…」

 は首を捻り、ダンブルドアを見上げながらそっと左の袖を捲り上げた。そこには何の印も見受けられない。けれど。

 そこ≠右手で撫でながら、口を開く。

「先生、ここには闇の印が刻み込まれています。私が騎士団に潜入する時、帝王が私だけは捕まるわけにいかないからといって印の上から特別に膜を被せました。今でも帝王が死喰い人の誰かの印に触れると目には見えなくても以前と同じように焼け付きます」

 そうだったのか、とダンブルドアは吐息雑じりに呟いた。リリーがごくりと唾を飲み込む。

     それだけでは…ありません。今は…潜入調査という形で騎士団に属していますが…帝王が60歳になったらすぐに戻ってくるようにと…闇の帝王が60歳になったその瞬間に…また元通りに、闇の印が浮かび上がってくるようになっています。私の血を手に入れれば…帝王は恐れるものなんて何もなくなりますから…」

 そこではサッと袖を下ろし、その腕を庇うように右手を添えながら続けた。

「…私はセブルスとたくさんの死喰い人の補助をしてきた…もしもの時のためにと直接標的に手を下す役を与えられたことはないけど…情報収集は私たちが進んで行ったし、それに…」

 ああ、息が詰まりそうになる。ジェームズたちの顔を見ることなどできなかった。

「…ごめんなさい…帝王を打ち破る者が7月の末に生まれる…ホッグズ・ヘッドであの予言を聞いたのは私なの…。私は無茶をするなと帝王からきつく言われていたから…だから直接帝王に伝えたのはセブルスだったけど…でも本当は、私があの予言を聞いたの、ごめんなさい…まさかあなたたたちのことだなんて…思わなくて…」

 誰も何も言わなかったので、は俯いたまま言葉を続けた。

「それから…騎士団の調査をしていたのも私とセブルスで…外部からじゃ限界があるからって、セブルスが潜入調査を帝王から頼まれたの…。私たちも限界を感じてたから…セブルスはその任務を引き受けて…私も、セブルスと一緒に行かせて欲しいと頼み込んだの…ダンブルドア先生を殺す…チャンスだと思って…」

 肺から深く息を吐き出したジェームズが、唸るように口を開く。

     つまり…君もスネイプも、改心して騎士団にやって来たわけじゃないと認めるんだね」

「私は      そう…私は、改心して戻ってきたわけじゃ、ないわ…私はダンブルドア先生を殺す機会をいつも窺ってた…でもセブルスは違う!セブルスは私まで騙して騎士団のために動いてたの!ジェームズ、あなたが彼を今でも好いていないのは…仕方ないと、思う…でも彼は本当に心から騎士団に忠誠を誓ってるの!彼が今でも帝王に忠実だとすればダンブルドア先生に闇側の情報を与えすぎてるわ!私は…どうしようもない裏切り者よ…それは認めるし私を信じてくれなんて言わない!でも…せめてセブルスの情報は信用して。あなたたちは狙われてるの…このお願いだけ聞いて…ここから出て、忠誠の魔法を使って…」

 憤りを顕にし、唇を引き結ぶジェームズ。次に口を開いたのは、胸元で軽く手を握ったリリーだった。

「…。それを私たちに話してくれたってことは…あなたはもう、心から改心したっていうことなのよね?まさかダンブルドア先生が…あなたのお母さんを殺したなんて…何かの間違いなんでしょう?」

 どくどくと心臓が早鐘を打つ。その様子に気付いたダンブルドアはそっとの肩に手を置いた。

 ああ、こんなにも温かい手を。私はずっと思い込みで憎んできたなんて。

 ダンブルドアがついてくれているだけで、心強く感じられる。

 大丈夫。全て、打ち明けるんだ。それがかつての親友に今自分ができる      唯一の、贖罪。

「…そう。それを知ったのは…つい、さっきのことで。帝王に為された予言のことを聞いた母さんは…帝王に何としてでも自分の血を与えてはいけないって…そして予言の内容に当て嵌まる私を守ろうとして…ダンブルドア先生に助けを求めたの。でも…多分帝王が母さんに…自分の下から逃げたら呪いがかかるようにしてあって…それで母さんは、ダンブルドア先生の目の前で死んだ…私が見たのは、母さんが死ぬところだけだったから…勘違いして…私は…」

      取り返しのつかないことを。

「…ごめんなさい…みんな、ごめんなさい…ごめんなさい…」

 もう涙は止められなかった。項垂れ、顔面を両手で覆う。

「…わしの責任じゃ。わしがに全てを話しておれば…こんなことにはならずに済んだ。はお母さまを思うあまり道を踏み外してしもうた…咎はわしだけのものじゃ。どうか      をもう一度、信じてやって欲しい」

 ダンブルドアの言葉に、は激しく首を振った。

「先生のせいじゃありません…私が、私が…」

 私がダンブルドアを信じていれば。自分の目で見ただけのものを、何の疑いもなく信じ込むなんて。

 なんて浅はかだったんだろう。

「…

 今にも泣き出しそうな声で、リリーが彼女の名を呼ぶ。恐る恐るが顔を上げると、歩み寄ってきたリリーがギュッときつく彼女を抱き締めた。驚愕に、涙を流すことすら忘れて目を瞬く。

 リリーの瞳から零れ落ちた涙がの頬を濡らした。

「…どうして…どうして何も、話してくれなかったの…?言ったはずでしょう?どんなことだって受け止められるって…一言打ち明けてくれてたら…あなたの誤解だってすぐに解けてたかもしれないのに…そうしたら私たちも…あなたも…こんなに苦しまずに済んだのに…」

 どうしようもなく胸が痛んだ。最悪な形でみんなを裏切った私に、どうしてあなたはそんな言葉をかけてくれるの。

 罵って、突き放されて、当然のことをしたのに。

「…ごめん…私…ごめん…」

 この背に手を回してもいいのだろうか。闇の印を刻んだこの腕で彼女を抱き締めても。震える手を膝の上で握り締めた時、黙り込んでいたジェームズが声を荒げた。

「馬鹿だよ、君は!ダンブルドアが君のお母さんを殺すなんて…そんなこと普通に考えれば有り得ないってことくらい分かるだろう!そんなことで死喰い人なんかになって…リリーを傷つけて、シリウスを傷つけて…みんなを傷つけて!」

 唾を散らしたジェームズのハシバミ色の瞳が涙で潤んでいるのを、はリリーの肩越しに見た。どっと涙が溢れ出す。そうだ、どうかしていた      冷静に考えれば、そんなこと、有り得ないのに。

 つまらない思い込みで、かけがえのない仲間たちを傷つけた。

 そして今、彼らの命を危険に晒してしまっている。

 全て、私のせいで。

      シリウス…。

 もう彼を求める権利なんて、私にはない。

 彼の名を呼ぶことなんて、誰も許してくれるはずない。

     スネイプのせいだ。君にそんな馬鹿なことを吹き込んだのはあいつなんだろう。あいつが君を闇の世界に引きずり込んだんだ。僕は絶対に許さない      、僕は奴の情報を鵜呑みにして動くことは絶対にしない。僕たちが標的になっていると言えばフランクたちの守りが手薄になる、あいつはそれを狙ってるんだ。、忠誠の魔法が必要なのは彼らの方だ、急いでフランクたちに     

「ジェームズ、お願いだから言うことを聞いて!セブルスは何も知らなかったのよ!彼はただ任されたことを実行しただけなの…セブルスが一緒じゃなかったら私は破滅してた…これは本当よ!お願い、素直に言うことを聞いて…」

 リリーの腕をそっと解き立ち上がったは、ジェームズを真っ直ぐに見つめて強く訴えかけた。息を呑んだジェームズに、瞼を伏せ唇を噛み締めるリリー。

 すると顎鬚を僅かに弄り、遠い目をしていたダンブルドアが、やっと口を開いた。

「…それならば、こうしてはどうかね。君たちの家にも、そしてフランクたちの家にも忠誠の魔法をかけると良い。ジェームズ、事は緊急を要するのじゃ」

 眉を顰めたジェームズが、ちらりとリリーに視線を走らせる。2人の無言のやり取りがあった後、やがてジェームズは諦めたように息をついた。

     そこまで仰るのなら…分かりました」

 …良かった。ホッと胸を撫で下ろすに、ダンブルドアが微かに笑いかける。

 再び椅子に腰掛けたダンブルドアは、たちにも席に座るよう促した。は彼の隣に、その向かいに落ち着いたポッター夫妻が腰を下ろす。

 すっかり温くなったワインを一口喉に通してから、ダンブルドアが言った。

「そうと決まれば早い方が良い。肝心の秘密の守り人じゃが     

「先生。それなら僕にはもう考えがあります。きっとリリーも賛成してくれると」

 彼の言葉を遮って口を開いたジェームズに、ダンブルドアは眉を顰める。

「…君の考えというのは      シリウスのことかね」

 彼の名前を聞くだけで、どきりと心臓が跳ね上がった。胸元を押さえ、そっと瞼を伏せる。

 ジェームズの答えは、はっきりとしたものだった。

「はい。僕は彼にならこの命を…預けられます」

 一方のダンブルドアは難しい顔をしている。顎に手を当てて考え込む素振りを見せる彼に、今度はリリーがゆっくりと口を開いた。

「…私は…に任せたいと思います…」

 目を見開いたのはだけでなくジェームズも同じで、彼はしばらく口をぱくりと開いたまま呆然とリリーを見つめていた。リリーは真面目な顔で続ける。

「…確かには…死喰い人だったかもしれない…でも結局はこうして私たちのところに戻ってきてくれた…もうは、二度と私たちを裏切ったりしないわ…私、分かるの。ジェームズ、あなただってそうでしょう?」

「…それは、そうかもしれないけど…」

 ジェームズは言葉の先を濁し、口を閉ざした。は慌ててかぶりを振ってみせる。

「リリー、私にはそんなこと…できない!私は最悪な形であなたたちを裏切ったわ…もう二度とあなたたちを裏切らない、その自信はある。でも私にそんな資格はないもの!」

、終わったことは振り返っても仕方がないわ。大事なのはこれからのことでしょう」

「でも…!」

 彼女の信頼は涙が出るほど嬉しかった。でも罪悪感が大きすぎて、素直にそれを受け入れることなんてできない。

 たちのやり取りをダンブルドアは重苦しい口調で遮った。

     君たちの信頼の気持ちはまことに尊いものじゃ。じゃが…ここはわしの考えを酌んで欲しい。秘密の守り人はわしに務めさせてもらえんか」

 え、と声をあげて、ジェームズ、そしてリリーは一斉にダンブルドアを見つめた。ダンブルドアは低い声音で続ける。

「…残念ながら、仲間の中にヴォルデモートと通じている者がおるらしい。身内を疑うようなことはしたくないが…少しでも危険を避けるためじゃ。わしを信じて、わしに任せてはくれまいか」

「ま、待って下さい!」

 拳を握ったジェームズが突然声を荒げた。

「それはシリウスを信用できないということですか!?僕はたとえ何があっても彼だけは最期まで信じます!」

 目を細めたダンブルドアは、吐息雑じりに告げる。

「…誰を疑うておる、ということではない。じゃが君たちの居所が闇の陣営に漏れておった。君たちの居場所はやセブルスにも知らせてはおらんかった…つまり、君たちに余程親しい人間が糸を引いておると考えざるをえんのじゃ」

 目を見開き、ジェームズとリリーが顔を見合わせる。それでもジェームズは厳しい顔でダンブルドアに向き直った。

「いいえ、少なくともシリウスは決して僕たちを裏切ったりしません。彼はそんなことをするくらいなら自ら死を選ぶでしょう。あいつはそういう男です。僕は何と言われようともシリウスを信じます」

 彼の瞳はあまりに真っ直ぐで、長い沈黙の後にダンブルドアもとうとう折れた。

「…リリー、君はそれで良いのかね?」

 ダンブルドアがそっと訊ねる。リリーは一瞬をちらりと見たが、すぐにこくりと頷いた。

「ジェームズがどれだけ彼を信頼しているか…私もよく知っています。ジェームズがそこまで言うのなら、私も彼にお願いしたいと思います」

 そうか、と呟いたダンブルドアが、グラスに僅かに残ったアルコールを一気に飲み干す。良かった。シリウスなら      私も安心できる。彼なら絶対に、ジェームズを裏切るような真似はしない。それは私だってよく分かっている。

 ダンブルドアが徐に立ち上がり、言った。

「それならばすぐにシリウスを呼ぶといい。先日も伝えた通り、あの魔法には証人が必要じゃ。わしが立ち会いたいところじゃがこれからすぐにフランクたちのところへ行かねばならん。他にも信頼できる友人を証人として呼び出来るだけ早いうちに済ませてしまうように」

「はい、分かりました。色々とご迷惑をおかけして…申し訳ありません」

 慌てて立ち上がったジェームズが軽く頭を下げる。も素早くダンブルドアについて席を立とうとすると、ジェームズの声がそれを遮った。

、待って      ダンブルドア先生、少しだけ時間を頂けませんか。少しだけ…と話がしたいんです」

 既に居間の出入り口まで進んでいたダンブルドアが、振り返り穏やかに微笑む。

「それでは、わしは玄関で待っておるよ。話が終わればすぐに来ておくれ。ジェームズ、リリー、遅くにすまんかったのう」

 ダンブルドアが出て行ってしまうと、しばらくは気まずい空気が辺りに漂った。それを一番に打ち破ったのはジェームズで、彼は口をつけていないグラスを取り上げての手に押し付けた。

「少し飲んだ方がいいよ。随分顔色が悪い。教師なんて似合わないことやってるから疲れてるんじゃないかい?」

 俯き加減だった視線を上げて彼の顔を見やると、ジェームズは目を細めて静かに笑んでいた。ぎゅっと胸が締め付けられ、渡されたグラスを持つ両手に力がこもる。また涙が溢れ出た。

     ごめん…ありがとう、ごめんね、ジェームズ…リリー…」

「もうやめてくれ、。どれだけ謝ったって過去は変えられないよ。これからのことを考えた方がいい」

「そうよ、。こうしてあなたは戻ってきてくれたんだから」

 柔らかく微笑んで、リリーがそっとの頬を撫でる。は声をあげて泣きながら温くなったワインを一気に飲み干した。

 から受け取った空のグラスをテーブルに置きながら、ジェームズが口を開く。

「…そうだよ、。これからのことを考えるんだ。君はまだ…シリウスのことを、想っているのかい?」

 ぞくりと背筋が凍えた。最も恐れていた。その話題だけは、どうしても避けたかった。瞼を伏せ、小さく首を振る。

「…私…私は…私はシリウスを…愛する資格なんて、ない…」

「そんなことは問題じゃない」

 ジェームズは厳しい口調で言い切った。

「この際君のそんな気持ちはどうだっていいんだ。シリウスは今でも君を忘れられずにいる。あいつがどれだけ筋金入りの不器用者かは君だって分かってるだろう?君を忘れられるほどあいつは器用な男じゃない。今でもサウスエンドオンシーのあの家で君と暮らす夢を捨てきれていないんだ。君がまだあいつを愛してるんなら、資格がどうだなんて関係ない、シリウスのところに行ってやってくれ」

 リリーが不安げな瞳でを見つめている。はしばらく呆然とジェームズを見ていたが、やがて消え入りそうな声でこう言った。

「…心の整理がつくまでは…そっと、しておいて欲しい…」

 ジェームズは何か言いたそうに口を開けたが、リリーにたしなめられて頬を膨らませながらも口を閉ざした。ありがとう、リリー。ありがとう      ジェームズ。

「…帰る前に…1度、ハリーに会わせてもらえないかな?」

 顔を上げたジェームズとリリーは、こちらに向けてニッコリと微笑んでみせた。

「1度でも2度でも、大歓迎さ」