「ねえ…ジェームズ。訊きたいことがあるんだけど」

「ほーらほらハリー、いい子でちゅねー。うん?何だい、リリー」

 最近では騎士団の任務から戻ってくる時はいつも、彼はひどく疲れた顔で全身ボロボロになっている。それでも自分やハリーを前にすると彼はその眼鏡の奥でニッコリと微笑んでみせるので、せめて我が家では無理をしないで欲しいと言ったことがある。

「やだなぁ、リリー。僕は無理なんてしてないよ。君たちのところに帰ってこられると本当にホッとするんだ」

 だからいつまでも僕の帰ってこられる場所≠ナいてくれ。彼はそう言って安堵したように笑みながら、ギュッと彼女を抱き締めた。

 ジェームズがいつでも安心して帰ってこられるように。いつでも抱き締めてあげられるように。

 リリーは息子を胸元であやす夫の隣に腰を下ろしながら口を開いた。

のことなんだけど…何か、分かった?」

 ジェームズはほんの一瞬目元を引き攣らせただけですぐに笑顔に戻ったが、それでもその表情の変化を読み取るには十分だった。

「ねえ、何か分かったのね?どうして教えてくれなかったの?は今どこにいるの?何をしてるの?」

 ハリーの額に唇を寄せるジェームズに非難がましく訊ねる。彼はこちらから顔を逸らしたまま、軽い調子で言った。

「ああ、彼女ならホグワーツに就職したらしいよ」

     ホグワーツに…?それって、先生になったっていうこと?」

「モーンが退職したんだってさ。その後任に。ダンブルドアが言ってた」

 がホグワーツの魔法薬学の教師に?どうして、そんなことに。

「ねえ、どうして?どうして私に何も話してくれなかったの?のことなら私だってあなたと同じように心配してるのに     

     リリー」

 ハリーの緑色の瞳を覗き込んだまま、ジェームズが囁くように告げる。

「お願いだ。彼女のことは忘れてくれないか」

「…え?」

 どうして。そんなことを言うの。リリーは目を見開いてソファの上で固まった。

「彼女の心はすっかり僕たちから離れてしまった。そしてもう、戻らない。僕は彼女を忘れることにした。だから君も、忘れてくれないか」

「…どういう、こと?に何があったの…?だいぶ前にあなたとムーディがダイアゴン横丁でと…スネイプを見かけたって言ってたわよね。何か関係があるの?2人とも      本当に死喰い人だったの?」

「お願いだ、あいつらのことは忘れてくれないか!」

 突然ジェームズが声を荒げ、驚いたハリーが大声で泣き始めた。腕の中で息子を優しく揺らしながらジェームズが静かに呟く。

「…ごめん」

 そしてゆっくりと立ち上がり、彼は彼女を見ないまま溜め息雑じりに言った。

     ハリーと風呂に入ってくるよ」
the TRUTH
「…ジェームズたちのため、と言ったかのう」

 背もたれに身体を預けたまま、ダンブルドアがやっと口を開く。は机越しに彼の心臓に杖先を突きつけたまま視線を鋭くした。

「わしを殺して、果たしてそれが彼らのためになろうか」

「分かりません。でもあなたがいなくなれば帝王は予言された子供のことなんて忘れてしまうかもしれない。そうすれば少なくともハリーは助かります」

「わしが死んだとしても為された予言の内容は変わらん。必ずやあやつに打ち勝つ力を持った者が育つ。君が本当に彼らを救いたいと思うのなら、忠誠の魔法を彼らに勧めることの方が有益じゃと思わんか」

「ジェームズが私の言うことを聞くのなら、その通りでしょう。でも彼はそうしません。そして私も彼らのもとには戻れない」

「なぜじゃ…君は愛する者のために戻ってきたのではなかったのか」

 フンを鼻を鳴らし、は冷たく笑った。

「申し上げたはずですが。私は闇の帝王から直接閉心術を学んだのですよ。あなたは少々お人好しが過ぎましたね。もちろん、そのことには心から感謝していますよ」

 ダンブルドアの青い瞳が、僅かに細められる。杖を握る指先に力がこもった。

「私は初めから帝王のところに戻るつもりでした。あのお方が60歳になられたらすぐにでも。それまでは自分にできることをしようと思ったまでです。人を信じることしか知らない、ダンブルドア、あなたに接近することで」

 だから私は。ジェームズやシリウスたちのところには帰れない。

 もう二度と      彼らのもとには。

「機会さえあれば帝王は私があなたを殺すことを許可されました。だから今ここで、私はあなたを」

 ダンブルドアは微塵も動かない。ただ真っ直ぐにこちらの瞳を見据えている。こんな状況で余裕すら感じさせるその態度に、苛々と胸の奥が焼け付く。

「私が帝王から学んだのは閉心術だけではありませんよ…俗に『禁じられた呪文』と呼ばれているものも」

 杖先を僅かに動かしたその時に、ダンブルドアがゆっくりと口を開いた。

「わしを殺すことでハリーたちが助かるのなら、わしは喜んでこの命を差し出そう。わしが死ぬことであやつの手からこの国が守られるのならばわしは何も厭わん。じゃが、現実はそうではない。わしが消えることで死喰い人たちの暴挙が激しさを増し、そして、君がその力をあやつの下で使おうと言うのなら」

 彼の青い瞳が半月形の眼鏡の奥できらりと光った。

     わしは君をこの手で殺してでも、君を食い止めねばならん。君はそれほど、強大な力を秘めておる」

 言いようのない冷え切った感情で心臓が震えた。甲高い悲鳴のような笑い声をあげ、は杖を握り直す。

「本音が出たようね、ダンブルドア!あなたは私を殺したい      帝王が自分を凌ぐ力を手に入れるのが怖いから!だから私を始末しておきたい      そう、母さんを殺したようにね!!」

 自分の言葉に、一瞬背筋がぞくりと冷える。はダンブルドアの瞳が衝撃に大きく見開かれるのを見た。優越感に似た何かが胸を揺さぶる。

「知らないとでも思ってたのかしら!あなたは私の母を殺した!だから私があなたを殺す!!」

     否定は…せん」

 瞼を伏せたダンブルドアが、独り言のように呟く。はその言葉にどうしようもないほどのショックを受けている自分に気付いた。どうして。そんなことは、とっくに知っていたはずなのに。

 …いや。私は彼に、否定して貰いたかったんだ。

 本人の口からその言葉が出ることで、動かしようのない事実へと変わってしまった。分かっていたのに。何かの間違いだと期待する気持ちが心のどこかに眠っていたんだ。

 乾きかけた涙が、再び溢れ出す。ローブの上から十字架のネックレスに触れる。

 下ろしかけた杖を、はダンブルドア目がけて振り上げた。

「信じてたのに!私も母さんも      ずっと、あなたを信じてたのに!!」

 最後に見えたのは、涙に揺らめく老人の青い瞳だった。

「アバダケダ     

「エクスペリアームス!!!」

 突然背後から絶叫にも近い呪文が聞こえ、自分の杖が手の内から吹き飛ぶと同時には傍らの棚に熱風で叩きつけられた。衝撃に震えた棚の中から色々な魔法の道具が降ってくる。は床にぐったりと横たわったまま首だけを捻ってようやく校長室に入ってきた二つの人影を視界に捉えた。

!一体何を      これはどういうことですか!!」

!お前さん、何てことを     

 彼女の杖を震える手で握り締めたマクゴナガルと、青ざめたハグリッド。彼の肩には美しい不死鳥がとまっていて、はこんな場所で愚かな行動に出てしまった自分に心底嫌気が差した。目覚めた歴代校長たちもあたふたと額縁の中で大騒ぎしている。

『迂闊な行動には出るな』

 …ああ、もう。私だけの問題ではない。私もセブルスも…そして帝王の計画も。全て、終わりだ。

『もしも再び『名前を言ってはいけないあの人』の下に戻ることがあれば、その時は確実にアズカバンへ送る』

 はそのままだらりと床に伏せた。もう、どうにでもしてくれ。

 徐に立ち上がったダンブルドアが、ゆっくりとの側に近付く。それを慌てて遮ろうとしたマクゴナガルをやんわりとかわし、彼は床に膝をついてへとそっと手を伸ばした。

 それを見てフンと鼻を鳴らし、は仰向けになったまま声をあげて笑った。

「もう、どうだっていいわ。アズカバンでもどこでも勝手に送ってよ。でもセブルスは関係ないわ。これは私の独断でやったことだから。私がいなくてもきっと帝王は新たな計画をお考えになる     

「…、お前さん…ほんとに心から死喰い人になっちまったのか…?一体どうしちまったんだ、…お前さんには自分の血筋なんかよりもっとずっと大切な仲間がたくさんいたじゃねえか!ダンブルドア先生だってそうだ、ずっとお前さんのことばっかり気にかけて、いつもお前さんのことを     

「それは私が闇の帝王の血を引いてるからでしょう!私がいつ帝王のところへ行ってしまうかが不安だったんでしょう、だから学生時代もずっと私を監視してた!私をわざとスリザリンから切り離そうとして、私に肝心なことを隠し続けて!」

「そんなことじゃねえ!ダンブルドア先生はお前さんを本当に大事に思ってたんだ!!ダンブルドア先生はお前さんのことものことも、本当の孫みてえに     

「もうよい、ハグリッド」

 静かにハグリッドの言葉を遮ったダンブルドアに嘲笑を投げかけ、は唸るように言った。

「本当の孫みたいに?だとしたら皮肉ね。あなたは孫を殺した、その手で!帝王が最強の存在になることを恐れて、あなたが母を殺した!」

 するとハグリッドとマクゴナガルは目を見開き、どすどすと足を踏み鳴らしながらハグリッドがこちらに大股で近付いてきた。

「お前さん、何を言うとるんだ!ダンブルドア先生がを殺した?そんなわけがなかろうが!」

「そうです、。ダンブルドア先生は最後の最後までを守り抜こうと必死だったのですよ!一体誰に何を吹き込まれたのですか!」

 今度はが驚愕に目を瞬く番だった。棚から落ちてきたものが散らばった床に横たわったまま、呆然とハグリッドとマクゴナガルを見上げる。まさか、そんな。

「だっ…でもダンブルドアは、否定しなかった!!」

、お前さんは何を考えとるんだ!ダンブルドア先生がを殺す必要がどこにある!確かに予言のことはあるが…だからこそダンブルドア先生はを何としてでも例のあの人の手から守ろうと必死に戦ったんだ!どうしてそんなことが分かんねえんだ!」

「ハグリッド、もうよいと言っておる」

 疲れたように囁き、ダンブルドアがまたに手を伸ばす。彼は独り言のように言った。

「…わしが殺したも同然じゃ。がわしを憎むのも十分に分かる」

「違う!ダンブルドア先生はいつも最善を尽くしていらっしゃった!どうにもできんかった、先生のせいじゃねえ!」

 どういう、ことなんだ。わしが殺したも同然?つまりそれは      本当にダンブルドアが母を殺したのではない?

 だとしたら、私はこの3年、一体何のために。

 身体中を駆け巡る震えが、どうしても止められなかった。もしもそうだとしたら、私は何ていうことを。

「…、君には…全てを話さねばならん。…老人の過ちじゃ。君の言う通り、わしは君に最も肝心なことを話さなかった。その事実が君を利用しようとする者たちによって、歪められて君に伝わる可能性を考慮しなかったわけではない…じゃがわしは、恐ろしかったのじゃ…彼女の大切な娘である君に真実を打ち明けることで、それが自分の咎じゃということが益々明確になるのが怖かった…」

 ダンブルドアの手を取ってようやく身を起こしたは、ゆっくりと顔を上げて老人の青い瞳を見返した。その潤んだ目はただ慈しむように彼女を見つめていた。

 どうしようもなく、胸が掻き乱される。私は      本当に。

 徐に立ち上がったダンブルドアは、厳格さと戸惑いの双方を浮かべているマクゴナガルに向き直った。

「…ミネルバ。に杖を返してくれんか」

 目を瞬いたマクゴナガルが上擦った声をあげる。

「で、ですが…」

「わしはこれから…に全てを、話すつもりじゃ。それを聞いた上でがわしを殺したいというのなら…わしは甘んじてそれを受け入れる。わしはにそれだけのことをした」

「そんな!」

 真っ青になったマクゴナガルが何度も首を振る。ハグリッドも一歩前に踏み出して壮絶な顔でダンブルドアを見た。

「ダンブルドア先生がいなくなっちまったら俺たちはどうすればいいんですか!、確かにの死は痛ましいことだった、だがダンブルドア先生は最善を尽くしたんだ!だってダンブルドア先生を恨んでるはずなんかねえ!」

「…わしから話をする。ミネルバ、に杖を」

 静かに、だが強い意志を感じさせるダンブルドアの言葉に、マクゴナガルが渋々とに杖を手渡す。2人だけにして欲しいというダンブルドアの頼みに、不安げな顔をしながらもハグリッドとマクゴナガルは校長室を去っていった。ハグリッドからダンブルドアの肩に移った不死鳥の羽をそっと撫でながら、彼は穏やかに言う。

「案ずるでない。さあ、お前もハグリッドについておいき」

 すると不死鳥は長い尾をシュッと一振りし、あっという間に消えてしまった。

 静まり返った部屋の中で、狸寝入りを決め込んだ歴代校長たちが時折発する咳払いだけが聞こえてくる。

 散らかった床をさっと片付け、ダンブルドアはが倒した椅子に再び彼女を促した。

 自分もまた机を挟んでを向き合う形で、ダンブルドアが腰を下ろす。彼はさり気なく目尻の涙を拭ってから、一言一言を噛み締めるように口を開いた。

「…君のお母さまが…ヴォルデモートの血を引いておるという話を彼女にしたのは、7年生の時じゃったということは話したかのう。彼女も君と同じように…初めはひどく取り乱しておったが、それでも彼女にも、支えてくれる素晴らしい友人がおった。そして…どこで知り合うたかは知らんが、マグルである君のお父さまの存在も大きかったろうと思う。自分が何者であろうとも、自分にはかけがえのない大切な人たちがおるんじゃと」

 ずきんと胸が痛んだ。同じだ、母さんも私と。大切な仲間たちがいれば、それでいいと割り切れたと思っていたのに。

「そして彼女は卒業と同時にお父さまと結婚した。君を授かったのも早かったように思う。じゃがそんな彼女の前に現れたのが、ヴォルデモートじゃった」

 帝王の紅い瞳を思い出し、僅かに身震いする。帝王の下で働くにつれ、恐怖よりも憧憬の念が勝ってきたはずなのに。

「あやつは予言が為されて以来、自らの血を継ぐ者を血眼になって探しておった。そして彼女の持つ様々な特殊能力の噂を聞きつけて、彼女が自分の娘だということを確信したのじゃ。彼女には愛する家庭があった…もちろん易々とあやつの言うことを聞くはずもないし、彼女は服従の呪文にもある程度の抵抗力を備えておった」

 歴代校長の誰かが小さく咳払いした。

「じゃが、彼女はこう考えてしまった…このままではたとえ自分は逃げ遂せたとしても、ヴォルデモートの暴挙は止まらないだろうと」

 そこで、と言ったダンブルドアの声が僅かに震えたように思う。

「彼女はあやつにも家族としての情が残っておることを期待した…自分の言うことならば、もしかすると父親は聞いてくれるかもしれないと。あやつを改心させることができればこの国には平和が訪れる。大切な家族が安心して暮らせる国になる…」

『…正義感の強い      …そして優しい子だった…』

『正義感の強い      立派な生徒じゃった…』

 ハグリッドとダンブルドアの言葉が一気に脳裏に蘇ってきた。胸が捩れる。

「そして彼女は、君のお父さまには何もかも秘めてあやつのもとへ赴いた…彼女にもそれなりに閉心術の心得はあった。初めは素直にあやつに従う振りをして、信頼を得てから改心するように説得しようと。君が生まれてからも、彼女は闇の陣営に足を運び続けた…もちろん、君たちが安心して暮らせる国にするためにじゃ。彼女は誰にもそのことを打ち明けず、ただあやつに取り入ろうと必死じゃった…」

 はただ黙って、膝に乗せた杖をぼんやりと見つめていた。

「じゃが、ある日彼女はとうとう予言のことを知ってしまった…あやつの血を引く者の血を取り入れれば、ヴォルデモートは無敵の存在となる…そうなるともう手がつけられん。それだけはどうしても避けたい。だが自分が逃げれば、あやつは自分の子供、つまり君に近付くに違いないと…。彼女は君を心から愛していた…家族だけはどうしても守りたいと、はあやつの監視を掻い潜り、ようやくわしのもとへとやって来た…」

 そこでダンブルドアは一旦言葉を切り、眉間にそっと手を当ててしばらく黙り込んだ。やがてゆっくりと顔を上げたダンブルドアは、静かに続ける。

「…あやつの下についておった人間から予言の話を聞いたと言ったが…それは君のお母さま本人のことじゃ。予言の通りにヴォルデモートに血を与えては絶対にいけない、自分はどうなってもいいが娘だけはどうか守ってやって欲しいと…彼女はわしに言った。約束する、と言った途端…彼女はわしの目の前で…息絶えた…」

 どくんと心臓が高鳴った。セブルスが見せてくれた古惚けた本の記憶。そうだ      確かに母さんは突然…ダンブルドアの目の前でぷつりと糸でも切れたかのように崩れ落ちた。

      ダンブルドアは何もしていなかった…

 零れ落ちる涙を拭いもせずに、は小さく口を開けた。

「…どうして…母は、死んだんですか…何で、突然…」

「詳しいことは…わしにも分からん。これはわしの推測じゃが…ヴォルデモートが何らかの呪いを彼女にかけておったのではないかと…自分のもとを逃げ出せば彼女の身体を蝕む何かが発症するように。彼女は何とかそれに抵抗し…わしに助けを求めてきたというのに、わしは      彼女を…守れなかった…」

 老人の頬を、瞳から零れた涙が伝って落ちた。それを目の当たりにしてようやく、は自分がどれほど愚かな思い込みで取り返しのつかないことをしてきたかを知った。

 ダンブルドアは自分が泣いていることにも気付いていない様子だった。彼方を見つめるようにただ遠い目をしている。

「…わしはせめて彼女との約束は何としてでも果たそうと…彼女の家を訪れた。マグルの世界で君とお父さまは穏やかに暮らしておられた…彼女の帰りを、待ちながら。わしは君のお父さまに真実を話すべきか随分と悩んだ。だが結局…話さなかった。お父さまは魔法界で起きていることを何も知らず…わざわざその混沌の中に彼を突き落とすことはないと…身勝手な判断じゃったと思う。じゃが、わしはあの頃も今も…弱い人間じゃ。わしはお父さまに記憶修正を施し…彼女が聖マンゴで病死したと告げた。そして次に悩んだのが…君をどうやってヴォルデモートから守り抜くかということじゃった。あやつから完全に隠れるにはそれこそ忠誠の魔法でも使わん限りは無理じゃろうと。だが、わしは思った…そもそも彼らは日本人じゃ。それならばこの国に留まる必要もあるまいと」

 顔を上げ、目を瞬かせる。まさか、そんなことまで全てダンブルドアの思惑だったのか。

「わしは日本の魔法について随分と調べた…そして、とうとう見つけたのじゃ。日本に伝わる古くからの魔法で守られているという地域があると。そこにはわしらのような西洋人には理解できん力が作用しておる。ここにはヴォルデモートも近づけんとわしは確信した。そしてさらに君のお父さまに記憶修正の術を施して…その土地を自分の故郷だと、記憶させた…」

     じゃあ…父が私を連れてイギリスを離れようと思ったのも、今の家に引っ越したのも…全部あなたの…?」

 彼が小さく頷く。憤りは感じなかったが、全身の力が一気に抜け落ちた。私も父も、何も知らずにもう20年近くもダンブルドアの手の上で踊らされていたということか。それが母の遺志を貫こうとした結果だとしても、素直には受け入れられなかった。

 でもきっと私がこうして大人になることができたのも偏にダンブルドアのお陰なのだろう。本当に私は      何ていうことをしてしまったんだ…。

 杖を放り出し、は床に座り込んで額をそこに押し付けた。目を瞬いたダンブルドアが素早く立ち上がり彼女の傍らに膝をつく。

、やめぬか。君が謝ることでない、わしが君に真実を話さんかったために起きたことじゃ」

「でも、私はダンブルドア先生を信じようとしませんでした!ただあなたの目の前で母が死んだ光景だけを見て、あなたが殺したのだと勘違いした!私は私を信じてくれたみんなを裏切りました!私のせいで数え切れない人たちを苦しめたり死なせてしまった!ボーンズ一家やマクキノンの情報を帝王に伝えたのは私です!ホッグズ・ヘッドであの予言を聞いたのはセブルスではなく私です!私は心まで闇に堕ちてしまった…私は一生死喰い人です、こんなこと…私が死んでも償いきれない!母が守ろうとしたものを、自分の手で打ち壊すようなことを…」

、落ち着くのじゃ」

 嫌。そんなの、無理だ。私の思い込みでたくさんの犠牲を出してしまった。

 騎士団員にもなりきれず、死喰い人にもなりきれず。

 もう私の居場所は      なくなってしまった…。

 私があの予言を聞かなければ、ジェームズとリリーは。ハリーは狙われることも。

 頭を抱えて悲鳴をあげるに、瞳を潤ませたダンブルドアはそっと杖を掲げた。そこから飛び出した仄かな光線が彼女の首筋を直撃すると、意識を失ったはぱたりとその場に倒れ込む。彼女を慌てて支えながら、ダンブルドアは歴代校長の写真を見上げた。

「…すまぬが誰が、マダム・ポンフリーを呼んできてくれんかのう。安らぎの水薬を持ってきて欲しいと」

 端の方にいた太った魔法使いが、「了解しましたよ」と言ってひょいと額縁の中から姿を消した。

 ダンブルドアがの頭をそっと撫でた時、抜け目のない瞳をした黒髪の魔法使いが物憂げに欠伸を漏らしながら呟いた。







「…真実とは常に残酷なものだなぁ、ダンブルドア」