参加した初めての会合は、2人の新メンバーの紹介と、各自の任務の配当やその確認作業で終わった。は2年間ヴォルデモートの下についていた経験から、死喰い人たちの行動パターンを推測し、必要とあらば事件が予測される現場の張り込みや注意人物の護衛を任されることになった。もちろん、自身≠警護する団員と共に、だが。セブルスは double agent として闇の陣営に戻ることが公表された。
「静かにしてくれ」
ざわめく団員たちを見渡し、ダンブルドアが少しだけ声を大きくする。
「騎士団に属しながらヴォルデモートの下へ戻るということは非常に高いリスクを伴う。セブルスはその危険を冒してまで騎士団のために動いてくれるというんじゃ。みな、素直に受け入れて欲しい」
「ですが、ダンブルドア先生 」
眉を顰め、唸るように言った男に視線をやり、ダンブルドアは静かに言い放った。
「フランク、わしはセブルスを信用しておる」
次の言葉をグッと飲み込み、ロングボトムが渋い顔をしながら俯く。他の団員たちもその大多数が腑に落ちない様子だったが、それ以上口を開こうとする者は誰もいなかった。
「セブルスの任務のことはくれぐれも内密に頼む。それでは、今日はこれで解散じゃ。次の会合の日時はまた日を追って連絡する」
ダンブルドアのその言葉で会合はお開きとなり、はセブルスと揃ってすぐさま席を立った。
「セブルス、少しいいかな」
歩み寄ってきたダンブルドアがセブルスに声をかける。はさり気なくそちらから視線を外し、彼らの会話が終わるのを待った。
しかし。
「 」
ああ、来たか。後ろから聞こえてきた声に、そっと伏せた瞼を、物憂げに開く。
首を捻って見つめたその先には、かつての親友たち そして。
PARTING of the ways
団員たちが少しずつ去っていく部屋の中で、かつての親友たち、そして恋人と対峙する。それでもの心は揺れなかった。私には、果たさなければならない目的がある。
「何、かしら」
心を閉じろ。セブルスはそう言う。その通り。私は心を閉じる。
「『何』、だって? 、君は」
強い口調で口を開いたジェームズを、セブルスから向き直ったダンブルドアが遮った。
「ジェームズ、リーマス、シリウス。積もる話もあるじゃろうがわしからもに話がある。先に済ませても良いかな。できれば、わしらだけにして欲しい」
唇を引き結んだ3人はすぐさま顔を顰めたが、素直にダンブルドアの言葉に従って部屋を出て行った。声を落とし、ダンブルドアがにそっと告げる。
「君には近いうちに魔法省に赴いてもらわねばならん。君はあやつの下で働いておった…残念ながら、その事実だけは消えん。わしが保証人になる、じゃからわしに話してくれたようにウィゼンガモットでも自らの罪を認め、これからのことを宣言して欲しい」
「…セブルスは?」
の問い掛けに、ダンブルドアは僅かに目を細めた。
「セブルスのことは、魔法省には明かさん。それでは密偵としての任務もうまく運ばんじゃろうからのう。君は死喰い人からの警護のこともある…魔法省も君のことは把握しておくべきじゃと思う。じゃから裁判は君だけに受けてもらいたい」
ちらりとセブルスを一瞥してから、は小さく頷いた。
「…分かりました どうか、宜しくお願いします」
の裁判は3日後の水曜に予定されているという。開廷は朝の9時半。余裕を持って行動すべきだというダンブルドアの尤もな提案で、集合はホグズミードに8時半と決まった。それから姿現しでロンドンへ。ウィゼンガモットで Chief Warlock を務めるダンブルドアが保証人ともなれば、いくら死喰い人といえどもアズカバン送りということにはなるまい。有り難いことだ。
もこの時ばかりは心底ダンブルドアに感謝した。私をアズカバンから遠ざけておけるのはこの男の庇護下だけだ。死喰い人となって以来、魔法界のあれこれはセブルスから多く教えられた。特に魔法省や監獄の情報は。
「では、また水曜にここで。さあ、友人たちが待っておる。わしはこれで失礼するよ」
にこりと笑って、ダンブルドアが部屋を去っていく。彼と入れ替わりになるように、部屋にはすぐさまジェームズたちが飛び込んできた。
「、説明してくれないか。どうして僕たちに何も言わずに死喰い人なんかに」
一歩こちらに踏み出しながら、ジェームズが声を荒げる。自分でも驚くほどに落ち着いた面持ちで、は小さく笑った。
「『何も言わずに』?言えば良かったの?私はこれからセブルスと死喰い人になるわ、と」
明らかに衝撃を受けた顔で、ジェームズが、リーマスが そしてシリウスが、硬直する。は青ざめたシリウスの目からさっと視線を外した。
「どうして 」
震える声で、ジェームズが呟く。彼のハシバミ色の瞳は喪失から次第に憤りへと変わっていった。
「どうしてなんだ、!君は君だって分かってるだろう!?ヴォルデモートの血を引いてたって君は紛れもなく君なんだって!僕たちはずっと一緒だったじゃないか!一緒に闇祓いになろうって!それなのに 」
拳を握り締めたジェームズが、鋭い視線をギロリとセブルスに向ける。彼は無表情に佇むセブルスの胸倉を掴み上げて怒鳴った。
「お前がを唆したんだろう!それを今更 どういうつもりだ!何を企んでる!?」
「やめて、ジェームズ」
あくまで静かに、は言った。
「セブルスは関係ないわ。私が自分で決めたのよ。そして彼は私と一緒にダンブルドア先生の下に戻ることを決めてくれた 彼がいなかったら今頃私は破滅してた。セブルスを責めるなんてお門違いよ」
呆然と目を見開くジェームズの手を胡散臭そうにセブルスが払い除ける。は冷たい視線をジェームズたちに投げかけながらセブルスの袖を引いた。
「帰ろう、セブルス」
「 待て!」
扉に向けて歩き出そうとしたの腕を、無造作にシリウスが掴んだ。もう片方の手でセブルスを捉えたまま、物憂げに振り返る。
「何」
「ちょっと 来い」
唸るように呟いたシリウスがドアを開けてを廊下に連れ出そうとする。ちらりとセブルスの顔を窺うと、彼はうんざりした様子で「行ってこい」と言った。
この2年でシリウスはまた背が伸びて、顔立ちもずっと大人っぽくなった。子供らしさが目立っていた学生時代とは違い、今では黙っていれば紳士にすら見える。会合のあった部屋からしばらく歩いた廊下の先で、彼女の腕を掴んだままのシリウスはようやく足を止めた。
振り返らずに、シリウスが口を開く。
「本音なのか」
は眉を顰め、ただ彼の後ろ姿を見つめた。広く、とても寂しそうな背中。
そうさせたのは自分なのかもしれない。けれど、そんなことに構っていては闇の世界で生きていけないのだ。
私にはただ、セブルスがいればいい。瞼を下ろし、心を閉じる。
「さっきのは全部 本音なのか」
ゆっくりと、シリウスが繰り返す。は「ええ、」と素っ気無く頷いた。
「 リリーと…約束してたんだろう?卒業旅行…。一度日本に帰ったら、俺の家に…来てくれるって…言っただろう…?」
荒っぽい言葉や仕草でしか自分を表現できなかった彼が。今ではそれすら満足にできないのか。彼をこんな頼りない男にしたのは。
軽く頭を振り、雑念を振り払う。そんなことは、どうだっていい。
「あの頃からもう…決めてたのか…?初めから、果たすつもりのない約束をしたってことか…?」
「今更そんなこと、どうでもいいでしょう」
は溜め息雑じりに囁いた。勢いよく振り向いた彼の瞳に、涙が浮かんでいる。
揺れ動く心を、は難なく目的という名のベールに包んだ。
「…俺はお前が…好きだ」
どきりと心臓が跳ね上がる。けれど。
私はいずれ…帝王の下に戻る。それならば、このまま。
シリウスは唇を引き結んで何度か首を振った。
「…でも、どうすればいいか分からない…お前が何を考えてるのか…俺にはさっぱり分からない…」
「分かろうとしないで。私だってあなたが何を考えてるかなんて分からない」
嫌というほど、分かるのに。シリウスは馬鹿みたいに、真っ直ぐな男だ。嘘のつけない人だ。彼が考えてることなんて、手に取るように分かるのに。
衝撃に目を見開いたシリウスが、呻くように漏らす。
「…お前、ほんとに…なのか?」
覆い隠した胸の奥で、何かがずきんと痛んだ。 それでも。
「私は私よ。ひょっとして死喰い人か誰かがポリジュース薬でも飲んでるんなら話は別だけど」
口角を上げてニヤリと笑うに、シリウスが僅かに後ずさる。そのままどこか、遠くへ行ってしまって。もう私が手を伸ばそうとしても決して届かないような、遠いところへ。
それでもやがて決然とした面持ちで眉根を寄せたシリウスは、自分が開けたとの距離をぐいと詰めて途端に強い口調で言った。
「お前、まさか死喰い人だったからってわざと俺たちに冷たく当たってるのか?死喰い人の印は二度と消えないから、だから俺たちのところに戻ってきても敢えてそんな態度を…お前が何で死喰い人なんかになったのか、何を考えてるのかきちんと話してくれたら、俺たちだって 」
やめて。素直に突き放してよ。
はシリウスの腕を払い除けて、自分のローブの左袖を乱暴に捲し上げた。何の印も見受けられないその皮膚を見て、シリウスが目を丸くする。
「…闇の印が…」
「ないわ。闇の帝王は孫である私には甘かったのよ。彼にも人としての情が残っていたというところかしら。私は帝王のためにセブルスと何度か任務についたことがあるけど、でもセブルスや他の死喰い人とは違って闇の印だけは持ってない。だからそんな無駄な考えは捨ててちょうだい。離れている間に、あなたたちへの感情は消え失せたの。ただそれだけのことよ」
シリウスは瞼を伏せ、また少しだけ彼女から距離を取った。袖を下ろし、ローブの上から左腕を擦る。本当はここには、帝王に刻まれた髑髏が眠っているけれど。
ハッと顔を上げたシリウスが、唸るように呟く。
「 まさかお前…スネイプと…」
は嘲るように笑った。
「そう受け取ってもらっても構わないわ」
彼の顔が、決定的に白くなった。2,3度軽く頭を振り、は吐息雑じりに漏らす。
「他に話すことがないのなら、私たちはこれで失礼するわ。暗くなる前には戻りたいから」
私たち、というところを強調したのはもちろん意図的にだ。呆然と立ち尽くすシリウスを残し、はくるりと踵を返した。大股で歩き、セブルスの待つ先ほどの部屋に戻る。
ジェームズとリーマスは俯いたまま入り口の側の椅子に腰掛けていて、セブルスは窓際に立ち真っ直ぐに外の通りを見下ろしていた。
振り向いたセブルスが、「終わったか」と口を開く。
「ええ、早く帰ろう。私、お腹すいたわ」
「待ってくれ、。話なら僕たちにもある」
ガタンと音を立てて立ち上がり、ジェームズが声を荒げる。はこちらに歩み寄ってくるセブルスを見つめたまま物憂げに返した。
「ええ、そうね。これからは同じ騎士団員としてお世話になることもあるでしょうね。その時はどうぞよろしく」
「そんなことじゃないだろう!!」
握った拳をテーブルに叩きつけて、ジェームズ。セブルスはうんざりした顔でに向けて肩をすくめてみせた。
「何を考えてるんだ!リリーと旅行の約束をしてたんだろう!一度日本に帰るって言ってたんだろう!?お父さんが心配してわざわざイギリスにまで君を探しに来た!まだこっちに残ってずっと君からの連絡を待ってるはずだ!君と一緒に住めることをシリウスは心から楽しみにしてたんだ!それをこんな形で踏み躙った上にその態度なのか!?たとえ死喰い人から足を洗ったんだとしてもずっと君がその態度を貫くなら、ダンブルドアが許したって僕は一生君を許さないよ!僕たちの結婚式だって、君なら何があっても来てくれると思ってた!リリーは披露宴が終わるその瞬間まで いや、終わってからもずっと君を信じて待ち続けた!!ここにリリーが来ていないのに君は彼女のことを一言も僕たちに聞かない!君はどこまで君を大切に思うみんなを裏切るんだ!!」
ちらりとセブルスを見たが、彼は眉一つ動かさない。そのことに少しホッとするものを感じながら、は平然とジェームズを見返した。
「許してもらおうなんて思ってないわ。私は自分の犯した罪を騎士団に報いることで償うつもりよ。ダンブルドア先生さえ私を信用してくれているのなら、私はそれでいい。もう、嫌なのよ 人と交われば、それだけ多く厄介事が生まれる。もうそんなの、うんざり。セブルスさえいてくれたら、私にはもう誰も寄り添う相手なんか必要ない」
人と交われば、それだけ多く厄介事が生まれる。それは心から実感している。私はダンブルドアと交わったから。母もダンブルドアと交わったから。だから、こんな。
目を見開いたジェームズとリーマスが、とセブルスの顔を交互に見やる。セブルスはやはり顔色一つ変えない。はセブルスの腕を掴んでそのまま部屋を出ようとした。
扉に手をかけたの袖を、後ろからジェームズが掴む。
反射的に振り向くと、突然頬に鋭い痛みが走り、ぱしんと乾いた音が響いた。少しだけ顔を顰め、叩かれた頬に触れる。ジェームズは自分の右の平手をギュッときつく結びながら、低い声で言った。
「 何があったかなんてもう聞かない。好きにすればいい。でもリリーとシリウスの前にはもう姿を見せないでくれ。シリウスが1日でも早く君を忘れられるように、リリーが君のことなんかで悲しまないで済むように。僕たち…もうすぐ子供が生まれるんだ。リリーは今すごく 不安定な時期だから、君が騎士団に入ったということはまだ伝えてないし、教えるつもりもない。とにかく2人の前からは 完全に消えてくれ」
え、と無意識のうちに声が漏れてしまった。慌てて口を噤み、無表情を装う。ジェームズとリリーに子供が?ダンブルドアに為された予言のことが頭を掠めた。
この7月の末、帝王に3度抗った夫婦の間に闇の帝王を打ち破る力を持った者が生まれる。ジェームズとリリーはその夫婦の条件を満たしている。
まさか。
抑えていた感情が、一気に溢れ出そうになる。胸元を押さえ俯くの腕をジェームズとリーマスには見えないようにこっそりと小突き、セブルスは冷ややかな声で言った。
「完全に消えろとは無理な注文だな、ポッター。私たちは騎士団に属している。もちろん会合には顔を出すし、場合によっては共に任務につかねばならんこともあろう。完全に目の前から消えて欲しければ、お前たちが抜けることだ」
「 何だって!?」
一瞬で激昂したジェームズが素早く杖を取り出して怒鳴る。セブルスもまた懐から抜いた杖を構え、2人はありったけの憎悪をぶつけて睨み合った。
疲れたように呟いたのは、リーマス。
「…2人とも、杖を下ろしたらどうだい。そんなことをしても何の解決にもならない」
ジェームズは歯軋りしながら渋々と杖を仕舞い、セブルスもに諭されて右腕を無造作に下ろした。
憤りというよりは悲哀の色を濃くその瞳に浮かべ、リーマスは囁くように言った。
「…、いくら何でもひどいと思うよ。ジェームズの言う通り、シリウスとリリーは本当に君のことを心配していたんだ。何があったのか知らないけど、そこまで言われたら僕らだって失望する」
声を荒げて殴られるよりも、ひどく胸に堪えた。けれどそれも、目的のために閉じてしまわなければ。は黙って瞼を伏せた。
「…行こう、ジェームズ」
静かに言って、リーマスがジェームズを連れて部屋を出て行く。彼らが廊下のシリウスと共に去っていくのをぼんやりと眺めながら、は小さく息をついた。
呆れた様子で、セブルスが口を開く。
「泣きそうになっていたじゃないか」
「そう?」
素っ気無く返したが、は彼の目を見ることができなかった。
空っぽになった部屋の中で、傍らの椅子にどさりと座り込む。
組んだ両手をそっと眉間に当てて下を向くの頭を、セブルスが軽く撫でた。
「泣くな」
「泣いてない、バカ」
吐き捨てるように言って、彼の手を払い除ける。テーブルに肘をついてはまた溜め息をついた。
「気になっただけよ。ポッター夫妻に もうすぐ子供が生まれる」
「 そういう話は、こんなところでするな」
囁いたの唇に人差し指を押し当て、セブルスがたしなめる。はさっと立ち上がり、セブルスの背をドアの方に押した。
「そうね、急いで帰りましょう。話はそれから」
階下の居酒屋には団員たちが数人残ってグラスを掲げていたが、誰もがとセブルスに気付くと素知らぬ顔で目を逸らしたり小声で何やら囁き合ったりしていた。仕方ない、 double agent としてこういう待遇は十分に予測できた。
マグルの町で簡単に買い物を済ませて隠れ家に戻った時には、既に空は薄暗くなっていた。
「帝王に3度抗った夫婦は私たちの調査の範囲では6組。そのうちの一つがポッター夫妻。彼らにはもうじき、子供が誕生する」
事務的な書類でも読み上げるような口調で、リンゴを齧りながらが呟く。セブルスはもう初夏だというのに湯気の立つコーヒーを飲んでいた。
「騎士団の中にもう一組いるぞ。帝王に3度抗い、間もなく子供が生まれるという夫婦が」
はソファから身を乗り出して目を瞬いた。
「そうなの?誰?」
「ロングボトム夫妻だ」
ああ、あの闇祓いのフランク・ロングボトムか。
「いつの間に調べたの?」
「気付かなかったのか。今日の会合にロングボトム夫人は来ていなかった。それに男の子か女の子か、とディグルがロングボトムに訊いているのが聞こえた。もうじきだそうだ」
そう、と呟きながら、は予言された赤ん坊がロングボトムなら良いのに、と思う自分に気が付いた。闇の帝王を打ち破る者が現れるなら確実にその赤ん坊は始末しておきたい。どうか ジェームズとリリーの子供では、ありませんように。
「このことは帝王に報告する」
ポッター夫妻の子供のことも?そう、訊いてしまいそうになった。ロングボトム夫妻のことだけを報告すれば、7月末に生まれれば殺されるのはその赤ん坊だ。ジェームズとリリーの子供は助かる。でも、もしも予言されていたのがポッター夫妻の子供だとすれば。その赤ん坊がいずれ闇の帝王を破ってしまったら。
強い葛藤がの中に生じた。けれど帝王に報告するのは、私じゃない。
「ええ、そうね。お願い」
ようやく口を開いたは、短くそう呟いて甘いカフェオレを一気に飲み干した。
ウィゼンガモット裁判の日が、刻々と近付いている。