「…久し振りじゃのう。、セブルス」
2年ぶり、になるか。こうして顔を突き合わせるのは。
胸の底から沸き上がってくる憎悪を十分に覆い隠せるほどには、はしっかりと閉心術を身につけていた。
「…お久し振りです…ダンブルドア先生」
自分の行いを深く悔いていると示すには一体どうすればいいか。必死に考えた。けれどそれは、悩むようなことでもない。
だって私は、本当に悔いているのだから。
ダンブルドアは柔らかく微笑み、を傍らのソファに促しながら言った。
「 積もる話もあるじゃろうが、とりあえずは二人とも掛けるとするかのう」
MEETING again at the MEETING
軽いアルコールを含んだ方が気楽に話ができるというダンブルドアの提案を断り、とセブルスは静かにバタービールを口にした。ダンブルドアは死喰い人としての二人にはあまり多くを問わず、ただ騎士団に忠誠を誓うことへの信念を確かめた。
「もちろんです。私は 誤った道を選択してしまいました…」
深く頭を下げたに、ダンブルドアはニコリと微笑む。
「それでも君は、こうして戻ってきてくれた。信じておったよ」
都合のいいことを。
セブルスもまた神妙な面持ちで、騎士団への忠誠を誓った。
何の印も残さない、ただの口約束だ。
そんな誓いに、意味なんてない。
「ダンブルドア先生」
は顔を上げ、目の前の老人の青い瞳を真っ直ぐに見据えた。
「何かな」
「私に 闇の陣営の動向を探らせていただけませんか」
ピクリとダンブルドアの眉が上下し、傍らのセブルスもまた小さく息を呑む。は伏せた瞼をそっと上げて、澱みなく続けた。
「騎士団に属することになればそれをいつまでも闇の帝王に隠し通すことができるかは疑問です。それならば double agent として動いていた方が自然に行動できるかと。幸い闇の帝王は私にはいささか甘いように思われます。私にだけは死喰い人の印すら残しませんでした」
眉を顰めるダンブルドアの前に、袖を捲り上げた左腕を突き出す。ダンブルドアは僅かに目を見開き、髑髏のない彼女の皮膚をしばらくじっと凝視した。
「しかしそれでは…君をまた危険に晒すことに」
「ご心配には及びません。セブルスも一緒です。私たちは帝王から直接閉心術を学び、互いに高め合いました。闇の帝王を欺く自信はあります」
セブルスは何も言わず、顎鬚に手を当てて考え込むダンブルドアを見つめている。も静かに老人の答えを待った。
やがて、小さく息をついたダンブルドアが、徐に口を開く。
「それならば セブルス、君にその仕事を頼めるかな」
2,3度瞬きをしたセブルスと、目を丸くする。彼女は僅かにソファから身を乗り出して声を荒げた。
「どうしてですか、私では真意を帝王に見抜かれると!?」
「…、君を信用していないわけではない」
じゃが、とダンブルドアが言葉を紡ぐ。
「…君は20年以上昔に、ヴォルデモートに為された予言のことを…知っておるか?」
ぴたりとは動きを止めた。視線を老人から外しながら、浅く頷く。
「帝王から 聞いています」
うむ、とダンブルドアは穏やかに言った。
「わしもヴォルデモートの下についておった人物から…その予言の話を聞いておる。、君はあやつが何年も前から喉から手が出るほど欲しておった存在じゃ。あやつが60歳を過ぎてから君の血を手に入れれば…あやつは手がつけられんほどの力を持つことになる。それだけはどうしても避けたいのじゃ。君が戻れば…あやつは二度と君を手放さんかもしれん。少しでもその危険性を減らしたいのじゃ。確かに double agent を派遣してあちらの情報を手に入れることができればそれは騎士団にとっても非常に有益じゃ。それらを全て考慮すると、その任はセブルス一人に頼むのが得策じゃと思う。あやつには、セブルス、は騎士団が常に見張っていて身動きが取れんと伝えて欲しい」
「 分かりました。引き受けさせていただきます」
セブルスが静かに頷く。は唇を引き結んでソファの上に身体を戻した。
「任務は密偵だけではない。たとえ死喰い人の印はなくとも自らの行いを償いたいというのなら、、君にも頼まれて欲しい仕事はいくらでもある」
眉根を寄せたまま、小さく首を縦に振る。ニコリと笑ってダンブルドアは半分ほどに減ったグラスを軽く掲げた。
「さあ、堅苦しい話はここまでとしよう。再会を祝して、そして不死鳥の騎士団の未来に 乾杯」
かざしたグラスがランプの明かりを受け、煌きながらカツンと乾いた音を立てる。それは飲みかけの缶を道端に放り出した時のそれに似ているとは思った。
「思った通りね」
マグルの町外れの打ち棄てられた廃屋。仮にこのようなところを通りかかるマグルがいたとすれば、まず気にも留めずに通り過ぎるであろうボロ小屋。だがそこがとセブルスの住まいであり、今夜も二人はいつものようにそんな我が家に舞い戻ってきた。
ああ、と短く答えて、セブルスが小さく開けた窓から散歩に出ていた森ふくろうを中に入れてやる。はソファにどさりと身を横たえながら大袈裟に息をついた。
「ダンブルドアは私が帝王の下に戻るのが怖いのね。ああ、せっかく堂々と帝王のところへ有益な情報を持って戻れるかと思ったんだけど」
「心配するな。俺が確実にこなす」
「誰も心配なんかしてないわよ。手柄を一気に強奪された気分」
セブルスは呆れた顔で目を細め、くつくつと笑った。
今日はダンブルドアと会って騎士団への寝返りを申告しただけで、特別に任務の話などもなく終わった。数日後に会合が行われるのでそこで団員たちとの顔合わせと任務の確認をするらしい。死喰い人だった人間を仲間に引き入れるということにはやはり賛否両論があるようだが、ダンブルドアはその会合で団員たちを説得してみせると言っていた。
「お人好しにも程があるわね。闇の帝王がこの国を征服する頃には後悔なんてもんじゃ済まないわ、あの男」
「あまり大きな声でそんなことを言うな。いつ誰が聞き耳を立てているかしれん」
「誰もここを見つけられやしないわ。大体ここ以外でいつ本音が言えるっていうの」
は吐き捨てるように言った。母の敵を前に従順に振る舞ってみせた反動がしっかりと出ている。セブルスは先が思いやられると肩をすくめた。
「騎士団の連中がついてきているかもしれん」
「どうして」
「俺たちが闇の帝王の密偵だとすれば、騎士団への潜入に成功した今夜喜び勇んで帝王のもとへ報告に向かうかもしれんからな」
ハッと顔を上げ、は硬いソファに横たわったまま流し台に立つセブルスを見上げた。
「 だから今夜は真っ直ぐ帰ってきたのね?」
「ああ。2人は確実に尾行してきた」
ぼそりと呟いたセブルスが、厚いカーテンを僅かに捲ってガラス越しに暗闇を覗く。は身体を起こして物憂げに伸びをした。
「ああ、嫌になるわ。やっぱり信頼されてないってことね」
「いや、少なくともダンブルドアは俺たちを信用している。厄介なのはムーディだな」
「ああ…あの、闇祓いの?」
magical eye はもちろんのこと、あの normal eye もできることならば避けたいと思わせる力を持っている。は気が重くなるのを感じて溜め息を吐いた。
「密偵の仕事を任された俺はともかくお前の周囲の警護はこれから厳しくなるだろう。大人しくダンブルドアの言うことを聞いて闇の帝王や死喰い人とはできるだけ接触するな。帝王とは俺がパイプになる」
「ああ、やっぱり手柄を根こそぎ奪われた気分ね」
「言うことを聞け。お前に何かあればお叱りを受けるのは俺だ」
「はいはい、分かってますよセブルスさん」
こうして拗ねる姿を見せるのは今ではセブルスだけだ。心地良い距離感を覚えながら、は肩に飛び乗ってきた森ふくろうの頭を優しく掻いた。
この2年の共同生活で互いの好みは嫌というほど知り尽くしている。セブルスはに砂糖とミルクのたっぷり入ったコーヒーを出しながら、自分はブラックのそれをゆっくりと喉に通した。彼は彼女のコーヒーを淹れる際、いつもその香りにうんざりと顔を顰める。
「セブルス」
「何だ」
ソファの傍らに腰を下ろしたセブルスはこちらを振り向きもせずに生返事をした。
「来週は泣かないようにね」
「お前がな」
間髪容れずにセブルスが切り返す。ニヤリと笑ったはもちろんと呟いてまたゴロンとソファに横になった。セブルスの膝に遠慮なく頭を乗せる。
「重いと言っているだろう」
「いい加減に慣れてよ」
彼の仏頂面を真下から見上げ、クスクスと笑う。テーブルにカップを置いたセブルスは吐息雑じりに言った。
「だが、お前はグリフィンドールの連中とはこれからどう付き合うつもりだ」
「え」
は目を瞬いて真っ直ぐにセブルスを見る。
「どうって、今更付き合うも何もないわよ。何で?」
「それは不自然じゃないか?」
無造作にの黒髪を梳きながら、セブルスが言った。
「俺たちは自らの行いを悔いて騎士団に入るんだ。俺はいいが在学時代にあれほど仲の良かったお前があの連中と付き合わん理由はない。それこそ永遠にあいつらのもとを去ると分かりきっていなければ」
「…何が言いたいわけ?」
「お前は連中と付き合いを続けろ。その方が自然だ」
「お断りね」
あっさりと言い放ち、は反動で勢いよくセブルスの膝枕から身を起こした。
「私は闇の帝王の下で働いていたのよ。彼らだってそんな私を素直に受け入れるはずがないし、その間に彼らへの私の気持ちはすっかり冷めた。それでいいじゃない。私は心を閉じたのよ。それを今更蒸し返すなんて」
「お前のその考えが悟られんとも限らん。あの連中にも悔い、侘び、元通りに付き合う方がお前には自然だしその方が情報収集の幅も広がる」
「だったら自分がやれば?私は嫌よ」
「俺が在学中にあの連中とどういった付き合いをしていたかはお前だって十分に分かっているだろう。俺が近付けば怪しすぎる」
「情報収集のために彼らに近付けって?」
「嫌なのか」
鋭い視線でセブルスが目を細める。はギュッと固く拳を握り、彼から目を逸らして囁くように言った。
「 いくらセブルスの頼みでも、それだけは嫌」
沈黙が胸に突き刺さる。やがて口を開いたセブルスは、「そうか」と言って残りのコーヒーを飲み干した。
気まずさを紛らわすように、無意味に明るい声を発して立ち上がる。
「それじゃあ、私もう寝るわ。おやすみ」
寝室に向けて大股で歩き出したの背に、セブルスが唸るように呼びかけた。
「おい」
ピタリと、静かに足を止める。俯いたまま口を閉ざす彼女に、セブルスはぶっきらぼうに言った。
「今夜はお前がソファの日だ」
ゆっくりと振り返り、息をつく。
「 ああ、そうだったわね」
セブルスの肩に飛び乗った森ふくろうが満足げにホーと鳴いた。
が、帰ってくる。
けれどそれを素直に喜んでいいものか。
彼女はジェームズとリリーの結婚式にも来なかった。卒業以来何の音沙汰もない。ダイアゴン横丁で闇の印を左腕に受けた彼女の姿がスネイプと目撃されている。
そして彼女は スネイプと一緒に、戻ってきた。
信用すべきではないと口を酸っぱくして繰り返すムーディには、反論したい。けれど朗らかにあの二人を迎え入れたというダンブルドアは理解できない。
自分がどうしたいのか。彼女を信じたいのか、信じられないのか。
彼女に会うのが、怖い。
三本の箒の入り口で立ち尽くす彼の後ろ姿に、静かに声がかけられた。
「やあ、君にしては 随分と早いね」
振り返るまでもなく、声の主は分かっている。ぴくりとも動かない彼の前に回りこんで、ジェームズは明るく言った。けれどその声音はどこか不自然だ。
「こんなところで突っ立ってないでさっさと入りなよ。外にいたって何も変わらない」
「それは…分かってるけど」
リリーはもう随分とお腹が大きくなっていて、最近は外出もせずに横になっているという。彼はジェームズに促されて物憂げに居酒屋に足を踏み入れた。
「…リリーは元気か?」
「ああ、僕がついてるんだ、当たり前だろう?リリーが言うんだ、きっと男の子だろうって!僕に似て元気な子だといいな。まあまず間違いなくそうだろうけどね」
ジェームズの口振りはやはりどこか違和感がある。彼もまた恐れているに違いない 彼女との、再会を。
今日の会合は12号室だとマダム・ロスメルタが言う。彼はジェームズと揃って軋む階段をゆっくりと上がった。
部屋には既に何人もの団員たちが来ていて、声を潜め口々に何やら囁いていた。分かっている。みんな、のことを話しているんだ。ムーディはいつもより厳しい顔で腕組みして背もたれに体重をかけている。彼らは先に到着していたリーマスの隣に腰掛けた。
やがて静かにダンブルドアが入ってきて、壁に掛かる時計が会合の開始を告げる。とスネイプはまだ来ない。ざわめく室内はダンブルドアの咳払い一つで水を打ったように静かになった。
「さて、今日みんなに話しておきたい重要なことが二つ、ある。一つは、予め伝えておったように、我々の仲間に新たに二人が加わってくれることとなった」
まさか、当の本人の不在に気付いていないわけではあるまい。眉を顰める団員たちを見回してから、ダンブルドアは背後の扉にそっと視線をやった。
「二人とも、入ってきてくれんかのう」
どきりと心臓が跳ね上がる。団員たちの間に緊張が走った。
数秒の沈黙を挟んで、ようやく部屋の扉が静かに開いた。そこから姿を現した二人を見て、息が詰まりそうになる。
「 、そしてセブルスじゃ。二人とも先日までヴォルデモートの下で動いておった。じゃが自らの行いを悔い改め、こうして我々の仲間として身を翻すことを決心してくれた。わしは二人の決意と勇気を心から称えたい」
ムーディが全員に聞こえるくらいに大きくフンと鼻を鳴らした。団員たちが静かに目配せし合う。
彼は彼女の少し大人びた顔から目を逸らすことができなかった。けれど彼女は、一度もこちらを見なかった。