大広間では飲めや歌えの大宴会が繰り広げられていた。この戦いで命を落とした犠牲者は丁重に横たえられ、夜明けと共にそれぞれの帰るべきところへ帰ってゆくという。モリーは息子のフレッドを失って悲しみに暮れていたが、家族の許へ戻ってきたパーシーに慰められて何とか持ち堪えたようだった。やはり、誰もが最後に戻るのは、家族のところなのだ。そこにはいつだって、見返りを求めない愛がある。

「ピーターが、死んだわ」

言って彼女がそっと隣に歩み寄ると、リーマスは僅かに首を巡らせて、そうか、とだけ呟いた。
二人は広間を抜け出し、グリフィンドール塔のバルコニーに立っていた。この城で二番目に、あの大空に近いところ。宴会から持ち出してきたバタービールの瓶を二つのグラスの上で傾け、は空っぽのそれを静かに満たした。

「私たち以外、ほんとにみーんな、いなくなっちゃったね。でも、良かった。ピーターのお母さんがもう亡くなっていて。二度も……しかもこんな形で息子を失ったとあっては、とても正気じゃいられなかったでしょうから」

グラスを持ったリーマスは虚空を見上げたまましばらく何も言わなかったが、やがてほとんど独白のような声音でこう言った。

「……死んだ人間のことを悪く言うつもりはないけれど。でも私は、やっぱりワームテールのことを」
「何も、言わないで。分かってる。だけど私は、彼を憎みきることはできないから」

あなたが私の罪を認めてくれたときのように。
それからしばらく、二人は無言のまま静かに夜空を見上げていた。二十年ぶりのバルコニー。子供の頃はこうしてよく、彼らと共に星を眺めていたものだった。この季節、あの一等星は見えない。

「……

そっと、控えめにリーマスは彼女の名を呼んだ。は眼球だけを動かして、横目に彼を見やる。リーマスは真っ直ぐに空を見上げたままだった。

「ありがとう。ドーラを、助けてくれて」

彼女は小さく笑って、手元の手摺りに軽く身体を預けた。

「それ、何度目?もういいってば」
「何度言っても足りないよ。彼女がもしも生き残ってくれなければ、私は」
「もうやめにしましょう。現にあなたも私もトンクスも、こうして生きてるんだから」

リーマスは折に触れて、彼女が妻の窮地を救ってくれたことに関して心からの感謝の意を伝えてきた。それに加えて、自分自身を護ってくれたことも。彼女は足掬いの呪文で彼を階段上から放り投げたが、落下寸前に衝撃を和らげてさらに彼を気絶させておいたのだ。彼女はすぐ傍でドロホフが敵味方の区別なく死の呪文を放っていることを知っていた。あのままリーマスを放置して立ち去っていれば、恐らく彼は無事ではいられなかったろう。それほどに、ドロホフの呪文に殺された犠牲者は多くいた。

「私がベラトリクスに復讐を果たしたのだと、そう思ってる?」

問うと、彼は少しだけ首を回してこちらを見た。思わず小さく噴き出して、頭を振る。

「分からないの。でも、そうかもしれない……私は心のどこかで、確かにベラトリクスを憎んでいた」
「……
「だけどね、これだけは信じてほしい。あの時はとにかく必死だった。結果として復讐のような形になってしまったけど、私はただ彼女を憎んでいたわけじゃない」

酒でもないのに、僅かに頭の中がふらついた。火照った頬を、グラスの側面で冷やす。

「私は彼女を羨んでいた。彼女には、心から信じられるものがあった。生涯ずっと、それを貫き通した」

私はずっと、迷ってばかりで。何を信じていいのか、悩み抜いた時期もあった。彼女もまたそうだったかもしれない。だが少なくとも帝王の下にいた時、彼女の瞳は眩いばかりに輝いていた。

「君にだってずっと、貫いてきたものがあるじゃないか」

静かにそう言ったリーマスは、軽くグラスを掲げて寂しそうに微笑んだ。

「愛だよ。真実の、愛」
セブルスの遺体は彼女が城へと運び込んだ。ハリーにその正確な場所を聞いて、一人でひっそりと彼を迎えにいったのだ。禁じられた森の、そう深くはないところ。彼はまるで襤褸雑巾のように、そこに無造作に倒れていた。セブルス。何よ、こんなところで、惨めなものね。口に出そうとして、代わりに溢れ出したのは涙だった。ああ、本当に。彼は逝ってしまったんだ。

多くの犠牲者は大広間に安置されていたが、セブルスや帝王、そして命を落とした死喰い人の遺体はひとまず地下室へと下ろされた。セブルスは決して、心まで闇の世界に戻ってしまうことはなかった。けれども、人々の精神的な問題を考慮するに、無垢な人々と並べるのは不適切だろうと判断されたのだ。彼もまた、そんなことは望むまい。

部屋には既に、すっかり沈みきった一人の魔女が立ち尽くしていた。

    ナルシッサ」

彼女が振り向いたのは、呼びかけてから優に十秒ほどは経過した後だった。元々血色が良かったとはいえない顔色が、この一年でますます悪化したといえる。目の下にくっきりと青白い色を刻み込んだ彼女は、息絶えた姉の傍らに立っていた。

「……疲れているでしょう。ワインでも持ってきましょうか?少し、横になった方が」

するとナルシッサは力なく、一度だけ首を振った。そして再び虚ろな眼差しでベラトリクスの遺体を見下ろす。机に横たえられた彼女の身体は、瓦礫に押し潰されてひどく損傷していた。私が死なせたのだ。いくらトンクスを護るためとはいえ、あのベラトリクスを私が……。

杖を一振りして椅子を二つ出し、それにナルシッサを座らせながらは静かに告げた。

「お礼を言いたかったの。あの時、ハリーが死んでいると嘘をついてくれたでしょう。あなたのあの機転がなければ、きっと彼はあそこで確実に殺されていた」

ナルシッサは気だるげにこちらを向き、無感動に呟いた。

「どうだって良かったの。私はただ、一刻も早く城に戻りたかっただけ。あの坊やが死のうが生きようが、知ったことじゃなかった」
「だけどあなたは、彼を救ってくれた」

それは紛れもない、事実。
ナルシッサは再びベラトリクスの方を向き、虚ろな眼で何度か瞬いた。

「お礼を言わなければならないのは、私たちの方よ」

は驚いて彼女を見た。ナルシッサは姉の遺体を見つめたまま、ひっそりと続ける。

「ずっとあの子を    ドラコを、護ってくれていたでしょう。私とルシウスには、何もできなかったから。あなたがいなければ、今頃あの子は……」
「私は何もしてない。ただ率直な意見を進言していただけ」

そうは言いながらも、彼女は確かにドラコを極力危険な任務から遠ざけるように計らっていた。魔法省の高官を捕らえてこいという任務には「この子にそんな大役が務まるとは思えない」といって自らが現場に向かったし、連行したマグルを拷問した上に殺害せよとの命令には「こんな楽しい仕事をこんな子供に奪われるのは不愉快だ」といって自分が先んじてこの手を汚した。ドラコは無垢な存在だった。あの子を、汚したくはなかった。死なせたくはなかった。

ナルシッサはそこで、ほんの少しだけ唇を笑みの形に歪めた。

「あなた、嘘をつくのが下手ね。子供の頃からそうだったでしょう」

もまた、声を抑えて笑った。そう、そうだったわね。分かりやすいと、友人たちに何度笑われたことか。それが、本来の私のはずだった。
だが椅子の上ですぐに真顔に戻り、は落ち込んだ声で囁いた。

「……あなたには、大切に思う家族がいたはずなのに。もっと早くに、そのことに気付いてほしかった。そうすればきっと、あの子だってあんなにも危険な立場に立たされることはなかったでしょうに」

するとナルシッサは、ベラトリクスの顔を見下ろしたままきつく下唇を噛んだ。呻くように、言ってくる。

    分かっていたわ。だけど、どうしようもなかったの」

そしてがっくりと項垂れ、姉の横たわる机に肘をついて深々と頭を抱えた。

「私はアンドロメダのように強くはなかったし、ベラトリクスのような信念もなかった。だから私には、ただ与えられた運命を受け入れるより他に道がなかったの」

そう言った彼女の瞳に、確かに一瞬涙が光るのをは目撃した。けれども彼女は、決してそれを零すことはなかった。
それから二人は、何も言わずにただじっと眼前に横たわる数人の遺体を見つめていた。セブルス、ベラトリクス、ドロホフ、バイゴット、ダンゲルマイヤー、そして    闇の帝王。私の、最後の家族。

それからどれほどの時間が過ぎたのか。行かなければ。どんな理由があろうとも、私たちは帝王の下でマグル迫害、また省への謀反を図った者として出頭しなければ。朝まで待って、彼らはシャックボルトやベンサムたちと魔法省に赴く手筈になっていた。すべての死喰い人が出頭するわけではない。拘束された者以外の多くは、既に姿を眩ませてしまっていた。アイビス・プライアもそのうちの一人だ。

石の階段を上がり、地上へと戻った二人は、遙か頭上に設けられた天窓から差し込む朝日に思わず目を細めた。足を止めて、ナルシッサが惚けたように呟く。

    朝は、必ずやって来る。どうしてそのことに気付けなかったのかしら……」

は彼女の視線を追いかけて、まさに昇りゆく眩いばかりの太陽を見据えた。小さく笑い、そっと瞼を伏せる。

「愚かだったのね、私たち」

ナルシッサもまた、今にも泣き出しそうな顔で、微笑んだ。