セブルスが死んだ。不思議と、その場に居らずともそのことははっきりと分かった。

帝王はが連れ戻ったセブルスと共に、森の奥へと入っていった。ついてこいとも命じられなかったし、そうしたいとも思わなかった。セブルスは死ぬ。闇の帝王に殺される。それを動かすことは、できない。そんなことは、彼自身が望まない。彼は、そういう男だ。私が一番    きっと、ダンブルドア以上に、そのことをよく分かっている。
適当な時間が経てば、一部の監視を城に残して他の死喰い人たちを禁じられた森へと連れてくるようにという命令は受けた。ふらふらと、覚束ない足取りで城への道をたどる。頭は回らなかった。どうしよう。どうすればいい?この一年、帝王の許で忠実な死喰い人の仮面を被り、どれだけの命を殺めながらも、自分にできるだけのことをしてきたつもりだった。それはセブルスとて同じことだろう。帝王の手を離れていたとあって、彼の方がより動きやすかったであろうことは想像に難くないが。

城は再び休戦状態に入っていた。樫の扉を潜って玄関ホールに足を踏み入れると、崩れ落ちた階段に、落下した天井。床に伏したまま動かない人影も少なくなかった。死んでいる者もいれば、怪我をしてるだけの者もいるだろう。は傍にいたロドルファスに声をかけ、一旦禁じられた森へと引き揚げる旨を告げた。

死喰い人たちと禁じられた森へ戻る途上、帝王の甲高い声が辺り一帯に響いた。声をホグワーツ全土にまで拡張しているようだ。その口振りからも、彼がとうとう『古の杖』の真の主人となったことが知れた。

「諸君は戦った    勇敢に。ヴォルデモート卿は勇気がいかに価値あるものかを知っている」

勇気。それはあまりにも、空しい言葉だと思った。

「だが諸君は多大なる損失を被った。もしも諸君が私に抵抗し続けるのなら、諸君は一人ずつ死ぬことになろう。私は決してそのようなことを望んではいない。魔法の血を流すなど、まったくの無駄だ」

は死喰い人たちの先頭に立って歩きながら、湧き上がる感情を必死に抑えようと努めた。

「ヴォルデモート卿は慈悲深い。私は我々の部隊を撤退させよう、ただちに。一時間だけ時間をやる。尊厳をもって死者を葬ってやれ。怪我人の手当てをしろ」

の足が、禁じられた森の土を踏んだ。

「ハリー・ポッター、お前に直接伝えよう。お前は私と直接対面するよりも自分の代わりに友人たちが死ぬ道を選んでも良い。禁じられた森で、一時間だけ待ってやろう。もし現れなければ、再び戦闘を開始する。その時は私が自ら赴こう、ハリー・ポッター。私はお前を見つけ出す。匿う者は誰であれ罰する。一時間だ」

なるほど。そうすればハリーは、必ず帝王の許へ現れざるを得なくなる。あの子は決して、仲間を見捨てることはない。どうする。考えろ、何のためにセブルスは自ら命を捧げたのか。

たどり着いたその先では、切り株に腰掛けた帝王の後ろに、ハグリッドの姿があった。太い木の幹に縛り付けられている。彼はの存在に気付くと一瞬だけその黒い眼に希望の光を燃やしたが、すぐに視線を外して口惜しそうに歯噛みした。セブルスの姿は、もはやどこにもなかった。

「そういうことだ。一時間だけ待ってやろう。奴は必ず現れる」
はロドルファスと組み、禁じられた森の中を探索した。これだけ森を乱しておきながら、森の生物はまったく姿を見せない。帝王を恐れているのだろう。あの誇り高い、ケンタウルスでさえも。

「本当にハリー・ポッターが来ると思うか?」

はルーモス呪文で周囲を照らしながら、にべもなく言った。

「帝王がそう仰るのなら、そうなんでしょう」
「俺はお前に聞いてるんだ。城はあの有り様だ。のこのこ出てくれば死ぬことは分かりきってる。それでも奴は、現れるのか?」

足を止めることはない。彼を振り向くこともない。

「忘れたの?ポッターはシリウス・ブラックを夢に見ただけで神秘部に乗り込んだ英雄気取りの愚か者よ。彼は必ずやって来る。私たちは、それを仕留めれば良いだけのこと」

二人はしばらく無言のまま歩みを進めたが、帝王の野営地からかなり遠ざかると、ロドルファスはひっそりと言ってきた。

「……ハリー・ポッターを殺せるかと、俺はお前にそう訊いたな」

ぴたりと足を止め、は彼の言葉を聞いた。

「今でも同じ答えか?『ポッターを殺すのは帝王』。お前は本当に、それに耐えられるのか?」

ようやく振り向いた彼女は、あまりにも無機質な声で、こう言った。

「そんなこと、もうどうだっていいの」

セブルスが死んだ今となっては、もう    
一通りの巡回を終え、ひとまず野営地へと戻る。続いてヤクスリーとドロホフが出て行き、は帝王から少し離れた位置の木に軽く身体を凭せ掛けた。ハグリッドはよほど抵抗したのか、既に全身ぼろぼろになってぐったりとしている。ナギニは期待顔で彼の方を見ていたが、半巨人など美味くもなんともなかろうと言って、帝王は、もう少し待て、と付け加えた。「どうせお前の餌など、あとでいくらでも見つかるのだ」。

戻ってきたドロホフは、ポッターがやって来る気配は微塵もないと言った。奴は、現れないのではないかと。だが帝王は顔色一つ変えずに、「奴は必ず来る」と言った。そう、彼は必ず、やって来る。だからもう少し、時間が欲しい。どうすればいい。どこで帝王を出し抜けば。どこで、どうやって。ハグリッドを拘束されている以上、迂闊には動けない。どうすればいい。

だがそれからさらに時間が経過し、誰もがその瞳に諦めの色を映す。奴は現れない。ハリー・ポッターは仲間を見捨てて、逃げ出したのだと。

「……俺の見込み違いだったか?どうだ、

だが彼女が口を開くよりも先に、どこからか声が響いた。

「間違っちゃいないさ」

はっとして、は顔を上げた。見上げた視線の先に    ちょうど透明マントを脱ぎ捨てたばかりの、ハリーがひとりで立っている。座り込んでいた多くの死喰い人たちは瞬時に立ち上がり、喚いたり、喘いだり、果ては笑い出す者までいた。はどうしても笑う気にはなれず、幹から身体を離し、握っていた杖を軽く上へと持ち上げる。どうする、どうすれば乗り切れる?帝王は    今こそ、ハリーを殺そうとしている。

「ハリー!だめだ!」

木に縛り付けられたままのハグリッドが金切り声で叫んだ。

「だめだ、だめだハリー!お前さん、何をやって    
「黙れ!」

ローレが声を荒げ、杖を一振りしてハグリッドを黙らせる。ベラトリクスは興奮に息を弾ませながらハリーを見た。揺らめいているのは焚かれた炎と、不気味に地面へと伸びたナギニの影だけだ。

「ハリー・ポッター」

帝王は、あまりにも柔らかい声で、呟いた。

「生き残った男の子」

誰も動かなかった。誰もがそれを待っている。この世のすべてが、その瞬間を待ち焦がれていた。ハグリッドは縄の中でもがき、ベラトリクスはゼイゼイと荒っぽい呼吸を繰り返している。プライアは落ち着いた眼差しで帝王とハリーを見つめ、ロドルファスは横目で密かにを見ていた。帝王が『古の杖』を上げた。

だめだ、もう    動くとしたら、今しかない。半歩踏み出そうと身を乗り出したところへ、突然誰かの声が聞こえた。

『動かないで』

反射的には動きを止めた。ロドルファスは彼女の些細な動きに気付いたが、何も言わずに視線を外した。彼女は今まさに、覚悟を決めたのだと。だがの耳には、さらに同じ声が響いた。

『大丈夫。あの子は死なない。だからここは、動かないで』

何が起こったのか理解できず、杖を握ったまま硬直したの眼に、突然その光景は飛び込んできた。

帝王の杖先から噴き出した緑色の光線が、彼の胸を真っ直ぐに突き刺した。